玉の輿になるまで待てない!

田中 乃那加

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不遜な後輩

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 平日のランチタイムが一段落つくと、それだけで一日の大半が終わった気分になる。

「あれ、西森さん休憩行かないんスか?」
「先に佳奈ちゃんに入ってもらったから」
「ふーん」

 いちおうメインのバイト先であるここは、いわゆるカフェというやつ。値段も立地のわりにはカジュアルで、それでいて雰囲気も悪くないからか昼には平日でも忙しくて仕方ない。

 その時間さえ過ぎれば、ホッと一息もつけるんだけどな。

 オレは残った仕事を片付けつつ、話しかけてきた後輩の北嶋きたじま 雅健あたるの方を見た。

「お前も行けばいいよ、ここやっとくし」
「いや、いいっス。西森さん手際悪そうだし」
「おい」

 とんでもない暴言吐いてきやがった。でも、こいつはいつもこんな感じなんだよな。なんつーか、それでも憎みきれないというか妙な人懐っこさがあるんだよな。

 それに仕事自体はたしかによく出来る。

「いや冗談。先輩とお話がしたいってカワイイ後輩の甘えっス」
「カワイイって誰がだよ、自称すんな」

 ほらな。こうやって絶妙にフォローしてくるんだ。
 そういや北嶋は末っ子だって言ってたからそのせいかもしれないな。

「ていうか西森さん、顔色悪くないっスか」
「え、そうか?」

 美紅にも顔死んでるって言われたけど、調子悪い自覚ないけどな。
 まあ少し……疲れてる、かも。

「もしかしてまだあのマッチングアプリしてるんですか」
「ん? してるけど」

 あのマッチングアプリは佳奈ちゃん。あ、彼女もバイトの後輩だが。
 彼女に勧められてしてるんだ。
 あの子は女の子で可愛いし、βだしでオレみたくα相手のガチ婚活ってワケじゃないみたいだけどな。
 
『アタシってぇ、出会いがなくってぇ』

 と頬をふくらませる可憐な姿を思い出す。
 甘ったるい喋り方も可愛い仕草もメイクも、ゆるふわな感じであざとい。でも男のオレとしてはグッとこないワケがない。
 
 そうだよ、いくらΩであってもオレだって男だから普通に可愛い女の子は好きでさ。
 とは言っても、結婚もお付き合いもできないんだけどな。

「必死すぎじゃないっスか、ひくわー」
「うっせぇ」

 Ωナメんなよ。過酷な自分の将来くらい切り開いてやるっての。
 そうでなけりゃ社会的底辺のビッチに成り下がっちまう未来がマジでみえるんだもん。
 それよか上昇婚の方が全然良いだろ。
 
「でもアプリだとヤリもくばかりでしょ」
「んなこと、ないし」

 たしかにほぼ八割がそうだと思う。でも仕方ないだろ、そこから探さなきゃだ。

「だいたいαだのΩだのだって自主申告だから、西森さんなら普通に騙されそう」
「ゔっ」
「まさかマジで騙されたんスか」

 昨夜やられたばっかりのオレは無言でうなずく。すると雅健の声が一瞬ものすごく低くなった。

「……あ? マジかよ」
「えっ」
「ヤられたの、西森さん」
「い、いや」

 ヤられてはない。断じてないと首をぶんぶん振って否定。
 なんかいつもより目が怖い気がするのは気のせいか。なんとなく距離も近いし。

噛まれたの?」
「っ、おい」

 無遠慮に首根っこを掴まれた。
 つけていた【保護具】が首を軽く締め付ける。

 オレたちΩはうなじを噛まれるのが一番危険だ。
 そこを晒す時はつがい関係を結ぶ時だけ。しかも人生で一度だけの慎重な選択だから、結婚したカップルでも番関係を結ばない奴らもいるくらいだ。
 なんせ解除出来ないからな。

「さ、さわんな」
「なあ噛まれたの? レイプされたの?」
「されてないってば!」

 目が怖い。薄く笑ってるのが尚更。
 なんでこんなにこいつが怒るんだよ。意味わかんねぇし、つーかなんもされてないのに。

 慌てて距離をとると雅健を睨みつけた。

「なに勘違いしてんだバカっ、なんもされてねぇよ。ちゃんと抵抗して逃げたっての」
「……そうなんスか」
 
 スン、といった様子でトーンダウン。

「なんだヤられてないんスね」
「されてねぇよ!」

 なんだってなんだよ。
 オレをなんだと思ってんだ。そう簡単にヤらせてたまるかっつーの。
 って、実際は助けてもらったんだが。なんとなく言うのをやめた。
 だってかっこ悪いだろ。年下の、しかも高校生のガキにってのが。感謝はしてるが、オレにだって男のプライドっつーのがな。

「へぇ、残念」
「ハァァァッ!? 残念とはなんだっ、残念って!」

 そう詰め寄るとまたいつもの人を食ったような笑顔で。

「言うでしょ。人の不幸は密の味って」
「この野郎ぉっ!!」

 今度はオレがこいつの首に掴みかかった。






 ※※※


 ったく、思い出しただけでもけしからん後輩だ。

「お先です」
「はいおつかれ様」

 事務所でタイムカード切って、店長に話しかける。
 
「あ、そうそう。シフト出したいから休み希望お願いね」
「はい」

 店長は人の良さそうな女性だ。
 オレの母さんとそう変わらないんじゃ無いかな、明るくて穏やかで怒ったことなんて見たことすらない。
 
 オレがΩだって理解して採用してくれて、配慮もしてくれる希少な人。
 そう、これが一番難しくてさ。このせいでできる仕事も職場のハードルも上がる。

「あら顔色が……」

 店長にも心配かけてしまった。

「いや大丈夫です、ほらこんなに元気だし」

 アピールのためにも腕を回してみると、優しく笑ってくれる。

「ふふ、それならいいのよ。くれぐれも無理だけはしないでね。あぁ、それとね」

 差し出してくれたのは小さな紙袋。

「え、オレに? 開けていいですか」
「もちろん」

 しめてある可愛いシールを破らないように慎重に剥がして中をのぞくと。

「すげぇ……」

 さらにきっちりラッピングされたクッキーが。一つ一つ型抜いてあって、オマケにピンクやら白やら水色やらの淡くてカラフルな色付けがされてる。

「アイシングクッキー作ってみたの。店の新商品にって思ってね。だから試作品よ、よかったら感想聞かせてね?」
「いいんですか、こんな可愛いの」
「こっちこそもらってくれると嬉しいわ。少し多いけど日持ちもするから」
「いやほんと、ありがとうございます」

 実はこう見えてオレは甘党でさ。あと可愛いモノは普通に好きだ。
 だから素直に嬉しくて頭を下げつつ、有難く頂くことにした。

「店長……優しいなあ」

 自然と顔がゆるむ。
 人から優しくされるって本当に嬉しい。この体質が分かってから特にそう。

 言っとくけど世の中すべてが敵だとかΩに酷いことをするワケじゃないってのはわかってる。
 そんなのごく一部で、大多数は腹の中はどうか知らないけども取り繕ってくれるくらいの善意と理性があるってことくらい。

 でもそのごく一部の悪意と鉢合わせると、動けなくなっちまう。
 その中の一人が多分オレ自身。
 オレがそもそもΩを一番嫌いだし差別してると思う。
 
 でも仕方ねぇじゃん、それでも生きていかなきゃいけないからな。

「あー、疲れた。って、ぅえぇ!?」

 バイト先を出てすぐの電柱の影から、ぬっと出てきた人影に思わず後ずさった。

「……」
「ま、まさか遼太郎?」
「……ン」

 デカい黒ずくめの男。でも白い肌に整った顔は間違いなく、あいつだった。

「なにしてんだ」
「……」

 またダンマリか。
 いい加減うんざりしてきて、こっちもシカトして通り過ぎようとする。

「……瑠衣」
「痛ッ!!」

 いちいち乱暴なヤツ。強引に腕を引かれて思わず悲鳴をあげた。

「お、お前はゴリラかよっ。痛ぇんだよ、バカゴリラ!」
「……」
「ああもう、なんなんだよ。つーか、なんでこんな所にいるワケ? オレ、忙しいんだけど」

 家帰って食事の用意と洗濯物と。他にももろもろやることは山積みなんだよ。
 
「俺も一緒に帰る」
「え?」

 ボソッといわれた言葉。

「もしかして心配してきたのか」
「……ン」

 わざわざここで待ってたのか。昨日、あんなトラブル見たから。
 そう思うと少しだけこいつが可愛らしく思えてきたから不思議だ。

「そ、か。じゃあ帰るか」
「……」

 こくりとうなずいて、歩き出した。手はそのままオレの腕を掴んでいる。

「ったく、高校生がこんな時間までって。昨日だっておばさんに怒られなかったか」
「お袋いない」
「へ?」
「親父のとこに行ってる」
「あー」

 そういやおじさんは海外赴任だったけな。最近だとおばさんが定期的に向こうに行ってるとか聞いた事あるような。

「じゃあお前、今は一人暮らしなのか」

 高校生で。しかも一人っ子で他に兄弟いないのに。

「うちでメシくらい食っていけば」

 自然とそんな言葉が出た。

「……!」

 遼太郎は立ち止まってこっちをまじまじと見る。

「驚き過ぎだろ。いや、別に一人くらい増えたってなんてことないし。あ、その代わり今日オレが夕食当番だからな。買い出しから手伝えよ」
「わかった」

 即答。しかもまた痛いくらい腕掴んでる。
 なんなんだ。やっぱりゴリラなのか。

「俺、手伝う」
「だからなんでカタコトになるんだっての」

 相変わらず無表情に見えるけど、目がなんだからキラキラしてるような気がする。喜んでるんだな、多分。

「あと腕痛いから」
「……すまん」

 今度はシュンとなった?
 あれ思ったよわかりやすいぞ、こいつ。

 だんだんと面白くなってきたオレは試しに冗談かましてやろうと思った。

「手でもつないでやろうか」
「……」
「え?」
 
 ほ、本当につないできやがった!?
 しかもなんの迷いも躊躇もなく。言い出しっぺのオレの心臓が跳ね上がる。

「いくぞ」
「お、おぅ?」

 おかしいな、なんかおかしい。
 なんか釈然としないような、悔しいような。それでいて――。

「晩飯はなんだ」
「あ、ああ。ええっと」

 慌ててオレは家にある食材とスーパーまでの道のり、そして献立について頭を切り替えることにした。

 



 

 





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