通過儀礼は華やかにはためく

田中 乃那加

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3.ヤンデレと呼ばないで

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 ―――俺の怒りは最高潮に達していた。
 このまま飛び出して行って、あいつを引きずって帰ってもいいくらいだと思うんだよな。
 帰ったら? もちろんお仕置きと調教だ。
 薬でもなんでも使ってやる。この際、俺が持ってる全てのツテも駆使して彼を俺の側に囲って縛り付けてやってもいい。
 
 振袖のクソ雌ガキが寄り添って歩きやがる姿に、握りしめた拳がブルブルと震えるのが分かる。
 それくらい怒ってんの、分かる?
 乱暴に、先程買って飲まずに冷めた缶コーヒーをゴミ箱にぶち込んだ。
 いっそうの事、殺して俺も死ぬのも……いや、それはやめとこう。まだまだ彼の事愛していたいから。
 死んだらそれが出来るか分かんないじゃん?

「……」

 まずあの雌ガキの顔が見えねぇ。どこかで見たような気もするが。なんせ化粧と髪型と振袖姿、あと俺の精神状態がアレだからか分からない。
 もう少し周り込めば……いや、やめとこう。まだバレたくない。
 
「それにしても、あいつら何してんだ……」

 そっと呟いた通り、彼らは色な店に入ってはお目当てのモノがなかったのか、あってもピンと来なかったのか。
 首を傾げて出てくる。
 何事か話しながら歩いているが、それが肩を寄せ合うような距離感で俺のイライラはさらに上乗せだ。

「くそっ、馬鹿にしやがって。殺してやろうか……あの女」
 
 浮気した恋人より、浮気相手に殺意を持つのはアホ女だけかと思ったけど。割とよくある感覚なんだな。
 現に今の俺がそれだ。後ろから刺殺だと帯が邪魔になるだろうな……なんて考えている。
 実際はしないけど。そんな単純な殺し方なんか。
 
 ……そんなことつらつらと考えていると、彼らがに入った。するとなかなか出てこない事に訝しむ。
 
「宝石店、か」

 ジュエリーショップ。
 入る前に女の方が何かを囁いて、彼が絶句という風に沈黙した。
 それから女に引っ張りこまれるように入ったのがここ。
 ……俺が行こうって言ってても、いつも『駄目』って。なのにあの女とは行くのか。
 そりゃあ男同士ではいるのにはかなり勇気のいる場所かもしれない。でも俺だって同じなんだけどなぁ。
 それなりに葛藤してるし。
 でもそんなのどうでも良くなるくらい初めて愛したのが彼だった。
 突然目頭が熱くなって、何かが溢れる感覚に唇を噛んで耐える。

『俺はただ、愛して欲しかっただけ。自分が愛した存在に愛されたかっただけのに』

 諦めたくない、諦めたら駄目だ。そもそも諦められないと思う。
 ……今まで欲しがる事が出来なかった子供時代、狭くて苦しい枠の中で型に嵌められる焼き菓子みたいな。
 それが彼を、初めて欲しいと思った。皆が褒めて、俺が嫌悪するこの顔にだって感謝した。金だけ与えて放置する育児ゲーム気取りなクソ親共にも、コネとこの姿形を与えてくれてありがとうってガラにもなく思ったし。
 だから。

「許さない……」
「……何がだよ、この変態ストーカー男め」

 俯いた俺にぶつけられた声は、すぐ後ろからだった。
 慌てて振り向くと。

「誠……?」

 今日もすごく可愛くて些か目つきの悪い俺の恋人、と着物姿の女がこちらを呆れたように見ていた。

「そういうことだと思ってた。ま、呼び出す手間が省けて良かったよ」
「それは、どういう……」

 まさか別れ話か。女連れてきて『好きな人出来たし』とか?
 ……駄目だ許さない。絶対に。
 あぁ、あの写真だ。これまで撮ってきたたくさんのハメ撮り写真とか動画とか。
 これらをチラつかせて脅してやらないと。でもそれは今までやってきたよな。
 それでも彼は俺の元から離れていくのか?
 じゃあやっぱり殺して……。

「おいおい……ストップストップ! 君、ヤバい思考がダダ漏れだぜ」
「……うわぁ、ドン引きですね。相変わらず病んでるし、サイコホモだし。うわぁ」

 狼狽えたように俺の思考を止め入ったのは、彼。そしてむしろ楽しげな隣の女……ってこの声。

「もしかして、芽衣子ちゃん?」
「……もしかしなくても。まさかアンタ、あたしと認識してなかったんですか!?」

 普段あまりしないであろう、しっかりと化粧して可愛い系から綺麗系になった女友達だった。
 眉を顰めて思い切り見下したような口調。辛うじて敬語だけど、俺が恋愛相談すると大体最後はこうやって辛口で罵倒してくるんだよねぇ。この娘。
 
「も、もしかして誠の浮気相手って……」
「ンなわけないでしょ。SATSUGAIするぞ、クソホモ野郎が」
「えぇぇ、また突然罵倒してくる……」
「相変わらず尾行してるとは」
「だって」

 誠ってば、隙だらけで危なっかしいから。以前、職場の後輩にキスされてたし。
 自分が可愛いくて美人っていう自覚がないんだろうな。この天然鈍感男には。まぁそれが可愛いんだけど!

「でもどうして……」

 買い物なら俺と行けばいいじゃん、と口を尖らせれば。

「……君と一緒に行きたくなかったんだよ」

 とこれまた不貞腐れたような彼。

「ちょ、それはそれでショックなんだけど」
 
 俺、れっきとした彼氏だよ!? 買い物くらい、いやは一緒に行きたいでしょうが。

「……あーもうっ、あたし付き合ってらんないです。あとは年上のお二人で!」
「痛っ!!」

 俺の背中を思い切り叩いて緑系の艶やかな振袖を翻すように、彼女は俺たちに背を向けてさっさと歩き去って行く。

「なんなんだ、彼女……」
「……」

 憮然としながらも訝しむ俺と、視線を逸らして俯いた彼が取り残された。
 道を行き交う人達はきっと俺たちの事なんか注視しない。
 特に激しい口論したり騒いだりした訳じゃない。それぞれ連れ合いと楽しげに会話しながら、または一人で黙々と。それぞれが通り過ぎていく。
 それがこの街だ。それでいいし、それでなくても俺は行動を起こす。

「帰るよ、誠」
「……」

 素早く隣に行って手を握りしめても、彼は何も言わなかった。ただ小さく身体を震わせただけ。
 ……その様子が俺をまた不安にさせる。

「帰る」
「……」

 まだ何も言わない。
 帰りたくないのか、迷ってるのか。俺には何も分からない。盗聴器や発信機をいくら付けても、彼の心の内までは把握出来ないのだろう。

「なぁってば!」
「……痛い」
「え?」

 もう堪らなくなって少し声を荒らげた俺に、ようやく小さな声で答えた恋人。

「……もっと優しく手、繋いで」

 ぼそぼそと言った彼の顔は見えない。完全に俯いてしまったから。でもその耳は……。

「うん、ごめん」

 俺はそっと包み込むように繋ぎ直すと、手を引くように歩き出した。
 真っ赤に染まった耳。……俺の心と下半身にグッときた。
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