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1.食べる男を見る男
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「君は本当によく食うよなァ」
豪華な装飾が鏤められた大理石の食卓テーブルに肘をついた恋人が、呆れ半分笑い半分で言った。
「そう?」
俺は一応微笑んで応えたものの、その返事は生返事なのが否定できない。
それに、彼の行儀の悪さも指摘するべきなのだろうが……今は無理だ。
なんせすごく腹が減っているから。
目の前にある繊細な金細工の施された皿は、安い物ではないらしい。
しかし空腹と食欲により、器よりその上に乗っているやたら手の込んだ肉料理……なんだろう。グリルした肉に野菜や果物を使ったソースがかかっている、それを手が汚れるのも気にせず手掴みして食らう。
そんなものだから、俺が彼の横柄とも言える態度や言動をとやかく言う資格も状況でもないのだ。
―――嗚呼、そんなことより。
「ねぇアダム」
気がついたら、空っぽになった皿にはソースがほんの少しこびり付いた位で、とても綺麗なものだった。
それを軽く押し出して恋人の名前を呼ぶ。
……出来るだけモノ欲しげに、乞うように。
「もしかして、まだ食べるのかい?」
金髪の髪をかきあげて、深々と溜息をついた彼はとても美しい。
彼の蒼い瞳。ブルーサファイアのようだと、この前例えたら『陳腐だな。落第』と豚を見るような目をされたっけ。
。まぁ確かに陳腐だ。しかも正しくない。
彼の双眸の方が、そんな石ころなんかよりもずっと深く光を宿しているのは知っている。
同時に濃い闇を孕んで覗き込む度に心を掻き乱されるのも。
そうそう。瞳だけじゃない。彩る長い睫毛も、形の良い鼻梁も薄い唇も。全てが神様が精巧に作った人形のようだ。屋敷に飾ってある磁気のような色の白い肌は滑らかで振れたらしっとりと俺の手に吸い付くようで。
……まぁこの食事が終わらないと触れさせてもらえないのだけれど。
「ほら。遠慮せずしっかり食えよ」
嗚呼、この美しい男が俺の恋人でこの屋敷の主人。
さらに今もこうやって自ら給仕をしてくれるのだ。
それだけでない。料理はこの屋敷の料理人兼執事が作っているという。
俺は生憎、その執事という人を知らない。
俺がこの屋敷に済むようになって3ヶ月。
俺の身の回りの世話をする、やたら無愛想なメイドの他に十数人の使用人がいたのは記憶通りだったか。
何故かそのアダムという男だけは記憶にないし、見たこともないのだ。
―――この屋敷。
3ヶ月前、猟銃で打たれ瀕死の重症を負った俺を、犬猫を拾うように助けたのはここの主人。アダムだった。
どんな理由で、こんな森の中の大きな屋敷で若い彼が使用人達と暮らしているのかは知らなかったし、何故か聞いてはいけないような気がした。
でも今となってはどうでも良い事だ。
ここには美しい恋人と、美味い飯がたらふくある。
「……もう腹は膨れたかい? 犬ころ君」
「犬ころじゃない。俺はジャックだ」
人を犬扱いする恋人に、俺はムッとして言い返す。
牙を剥くような顔をして見せると、アダムは肩を竦めて軽く手を挙げて『ジャック』と俺を呼んだ。
「そうだ。俺はジャック」
……お前の恋人。
嗚呼、なんて幸せな響きだろう!
神様なんてガキの頃も祈ったことは無いけれど。それでも今なら感謝もするしお辞儀もしよう。
足にキスなんかはしないけどな。するなら彼の足の甲にでも存分に。
「美味かった。ありがとう」
「そうか。オリバーにも伝えておこう」
オリバーとは料理人、男の名前らしい。
俺はその瞬間、ほんの少し気分を害した。
腹は満たしたが、胸の辺りがモヤモヤとした苦々しい気分だ。
「アダム」
おもむろに立ち上がり椅子をひく。何やら言いたげな彼と俺の視線が絡んだ。
そのまま彼の方へ回り込む。そして努めて優しく微笑み、その手を取った。
肉付きの悪い腰に腕を回し引き寄せ、最後のお強請りの言葉を耳朶に囁く。
「なぁ、デザートは?」
思い切り甘えた声で。そこに吐息を多く混じらせると腕の中の身体が小さく震えたのが分かった。
……嗚呼、今夜も期待して良いらしい。
待てをされた犬のように、口内に涎が溜まり自然と呼吸が荒くなるのが分かった。
ごくり、とその唾を反射的に飲み込めば。
「わ、分かった」
震えを含んだ声で、小さな返事が返ってくる。
俺の顔がそんなに怖かったのだろうか。
でも怯える彼も悪くない……いや、むしろそそる。
俺は暗い喜びを胸に、その肌に爪を立てぬようにゆっくりと抱きすくめていく。
ハァ……と一つ零された吐息ごとその唇を奪ってしまう為に。
―――俺はこの瞬間が堪らなく好きだ。捕食し、食わしてやるこの時が。
今度は彼の腹を満たさなきゃいけない。
豪華な装飾が鏤められた大理石の食卓テーブルに肘をついた恋人が、呆れ半分笑い半分で言った。
「そう?」
俺は一応微笑んで応えたものの、その返事は生返事なのが否定できない。
それに、彼の行儀の悪さも指摘するべきなのだろうが……今は無理だ。
なんせすごく腹が減っているから。
目の前にある繊細な金細工の施された皿は、安い物ではないらしい。
しかし空腹と食欲により、器よりその上に乗っているやたら手の込んだ肉料理……なんだろう。グリルした肉に野菜や果物を使ったソースがかかっている、それを手が汚れるのも気にせず手掴みして食らう。
そんなものだから、俺が彼の横柄とも言える態度や言動をとやかく言う資格も状況でもないのだ。
―――嗚呼、そんなことより。
「ねぇアダム」
気がついたら、空っぽになった皿にはソースがほんの少しこびり付いた位で、とても綺麗なものだった。
それを軽く押し出して恋人の名前を呼ぶ。
……出来るだけモノ欲しげに、乞うように。
「もしかして、まだ食べるのかい?」
金髪の髪をかきあげて、深々と溜息をついた彼はとても美しい。
彼の蒼い瞳。ブルーサファイアのようだと、この前例えたら『陳腐だな。落第』と豚を見るような目をされたっけ。
。まぁ確かに陳腐だ。しかも正しくない。
彼の双眸の方が、そんな石ころなんかよりもずっと深く光を宿しているのは知っている。
同時に濃い闇を孕んで覗き込む度に心を掻き乱されるのも。
そうそう。瞳だけじゃない。彩る長い睫毛も、形の良い鼻梁も薄い唇も。全てが神様が精巧に作った人形のようだ。屋敷に飾ってある磁気のような色の白い肌は滑らかで振れたらしっとりと俺の手に吸い付くようで。
……まぁこの食事が終わらないと触れさせてもらえないのだけれど。
「ほら。遠慮せずしっかり食えよ」
嗚呼、この美しい男が俺の恋人でこの屋敷の主人。
さらに今もこうやって自ら給仕をしてくれるのだ。
それだけでない。料理はこの屋敷の料理人兼執事が作っているという。
俺は生憎、その執事という人を知らない。
俺がこの屋敷に済むようになって3ヶ月。
俺の身の回りの世話をする、やたら無愛想なメイドの他に十数人の使用人がいたのは記憶通りだったか。
何故かそのアダムという男だけは記憶にないし、見たこともないのだ。
―――この屋敷。
3ヶ月前、猟銃で打たれ瀕死の重症を負った俺を、犬猫を拾うように助けたのはここの主人。アダムだった。
どんな理由で、こんな森の中の大きな屋敷で若い彼が使用人達と暮らしているのかは知らなかったし、何故か聞いてはいけないような気がした。
でも今となってはどうでも良い事だ。
ここには美しい恋人と、美味い飯がたらふくある。
「……もう腹は膨れたかい? 犬ころ君」
「犬ころじゃない。俺はジャックだ」
人を犬扱いする恋人に、俺はムッとして言い返す。
牙を剥くような顔をして見せると、アダムは肩を竦めて軽く手を挙げて『ジャック』と俺を呼んだ。
「そうだ。俺はジャック」
……お前の恋人。
嗚呼、なんて幸せな響きだろう!
神様なんてガキの頃も祈ったことは無いけれど。それでも今なら感謝もするしお辞儀もしよう。
足にキスなんかはしないけどな。するなら彼の足の甲にでも存分に。
「美味かった。ありがとう」
「そうか。オリバーにも伝えておこう」
オリバーとは料理人、男の名前らしい。
俺はその瞬間、ほんの少し気分を害した。
腹は満たしたが、胸の辺りがモヤモヤとした苦々しい気分だ。
「アダム」
おもむろに立ち上がり椅子をひく。何やら言いたげな彼と俺の視線が絡んだ。
そのまま彼の方へ回り込む。そして努めて優しく微笑み、その手を取った。
肉付きの悪い腰に腕を回し引き寄せ、最後のお強請りの言葉を耳朶に囁く。
「なぁ、デザートは?」
思い切り甘えた声で。そこに吐息を多く混じらせると腕の中の身体が小さく震えたのが分かった。
……嗚呼、今夜も期待して良いらしい。
待てをされた犬のように、口内に涎が溜まり自然と呼吸が荒くなるのが分かった。
ごくり、とその唾を反射的に飲み込めば。
「わ、分かった」
震えを含んだ声で、小さな返事が返ってくる。
俺の顔がそんなに怖かったのだろうか。
でも怯える彼も悪くない……いや、むしろそそる。
俺は暗い喜びを胸に、その肌に爪を立てぬようにゆっくりと抱きすくめていく。
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