Courtship

田中 乃那加

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9.観覧植物に食ってかかるような

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 日が落ちてきて街の人通り、特に繁華街は賑わいを増した。
 その中で苛立ちと焦りを滲ませた俺が足早に歩いていても、怪訝に思う者はいないだろう。


 ―――蓮が泣きながら店を出て行った、と聞いたのは俺が時間つぶしをしてたコンビニから出てすぐだった。
 ものすごく久しぶりにあった着信にただならぬ事態を想定して出れば、案の定強ばった声の梨花の声。
 そこで告げられたのだ。彼がどこかへ行ってしまった、と。
 とりあえず急いで店に戻れば、電話の声ほど慌てている様子はない梨花とその数十倍は動揺している蓮次がいた。

『えぇぇぇっ、オレはなんにもしてねーぜ!?』

 と最早半泣きになってる若造を責めることはしたくなかった。
 でもまぁ……実際軽く胸ぐらは掴んで問い詰める位はしたが。
 なんせ、な。
 話によると。蓮次と話をしていたら突然泣き出して、心配して顔を覗き込んでいたら梨花が戻ってきた。そしたら逃亡してしまったらしい。

『アタシが見た時、触ってたじゃないのよ!』
『触っ……べ、別に泣いてたから頭ポンポンってしただけっスよー!? そもそも泣く前も別に他愛のない話を』
『なんの話してたのよ』
『えぇっとォ……確か……梨花さんと遼太郎さんの事っス』

 その言葉になんの事だ、とドスを効かせ促す。
 するとさすがに怯えたように肩を震わせて蓮次は少し考えた素振りの後、ようやく白状しやがった。

『はぁぁぁッ!? アンタそんな事言っちゃったの』

 大きく息を吐いたように言ったのは梨花だ。
 蓮次はその反応に首を傾げていたが、実は俺も内心同じ考えだったりする。
 そもそも彼女と俺が元夫婦であるのは事実だろう。しかも10年ほど昔の話だ。今更……というか、何故それが蓮を泣かせたのか検討もつかない。

『もしかしてアンタ……本気で分かんないの?』

 信じられない、と言った様子で彼女が顔を顰める。
 俺は浮かぶ冷や汗を隠しつつ、無表情を決め込んだ。感情を隠すのは職業柄得意だ。 

『この鈍感野郎』

 しかし付き合いの長い彼女にはお見通しだったらしく。
 ……俺は蹴り出されるように、些か乱暴に蓮を追いかけろと命じられたわけだ。




「ったく、あのガキ」

 思わずそんな悪態が口からついて出て来る割には俺自身、怒りも戸惑いも驚き感じていなかった。
 あいつが泣き虫なのも、衝動的でたまに情緒が危うい時があるのも短い付き合いだが把握しているからだ。
 まぁ驚いてはいないが、俺は未だによく分からん。
 その時の状況をもっと蓮次に聞き出す前に店を追い出されちまったからな。というか蓮も梨花も俺の事を鈍感扱いするが、俺に言わせるとあいつらが複雑過ぎるんだ。
 それとまぁ俺が元々、感情の機微という物に疎く自身も無表情だの何考えてるか分からないだの言われるきらいがあるからな。
 それでも俺は別にこの状況を面倒だと思わなかった。
 むしろ蓮を絶対に探し出したいと思ってるし、泣いているという事に関してはちゃんと理由が聞きたい。
 なんであんなよく知らないクソガキに……なんて不思議だが、俺は俺自身の感情にものかもしれねぇ。

 ―――日が落ちてきて、夜に足を踏み入れたような薄暗い空の下。俺は闇雲に歩き回っていた訳じゃない。
 あいつと一緒に歩いた道を辿って、時折電話を掛けてみたりしたが繋がることはないしLINEだって既読すら付かない始末だ。
 そもそも俺は蓮の何を知っているんだろうか。
 出会いが碌でもないモノで、最初は本気で面倒でイカレたガキだとしか思っていなかった。
 でも強引に交わされた連絡先から、どんどんあいつの年相応の部分とそうでない部分……どこか危うくて、手を取らずには居られない所に惹かれ始めて。
 気がつけば、毎日来るLINEメッセージを楽しみにしてる自分がいた。
 そして顔を見れば手を伸ばして、そのまま攫っちまいたくなってきている……とんだ変質者だな。

 でもそのくせ、互いに強く踏み込まない話ばかりだ。
 それに俺は最初にホテルに連れ込んだ時以来、あいつに指先で触れるのすら妙に意識しちまう。
 意識しないように敢えて構ってみたり、でもやっぱりその生意気な中にもある可憐さに動揺して突き放してみたり。
 我ながらまるで思春期のガキみたいだ。
 いい歳したおっさんがみっともないのだろう。
 
 ……これもそれもあいつが悪い。俺好みの顔しやがって。可愛くないのに可愛い、その性格も目の毒だ。
 あぁ、結局身勝手な大人の。いや、変態の理屈だな。
 
「くそっ」

 隣に居ないとなるとなおさら欲しくなる。
 俺は買ったばかりの煙草の箱を取り出しかけて握り潰す。
 コレだって、二度目に会った時言われたんだ。
『煙草、やめなよ』って。
 うるせぇよ、禁煙は何度も成功したんだぜって嘯いたっけ。そしたらあいつ。

『遼太郎の身体、心配だもん』
 だってよ。妙に意識しちまって、固まった俺に蓮は『友達だから』って言ってたな。
 その時から煙草吸う気が失せて、吸わねぇのならくれよってたかる同僚にやっちまったんだ。
 梨花と嬉しそうな話をしてるあいつ見たら、また無性に吸いたくなった。
 ……つまりそういうことだ。

「馬鹿みてぇだな」

 喧騒の中、口の中で呟いても誰の耳にも入らない。
 悪い大人が逃げた子供をを探し回っているって、そのまんま事案だな……などと頭の片隅でぼんやり考えながら、俺は二度目に会って連れ回された所に来ていた。

 ……そういや、あいつ好きな奴に告白したんだろうか。
 結局どうも高校生である彼の予算とかピンと来るものがないとかで、決まらず終いだった。
 ガックリと肩を落とす彼にとりあえず慰めめいた事を口走った気がする。そした妙に浮かれだして、腹が減ったとまた飲食店に連れ込まれた記憶がある。
 相手がどんな奴か知らねぇが。こうやって今あいつと居るのは俺だぜ、なんて変な優越感に浸ってたな。
 思い出せば出すほど、俺はなんかヤバい奴なのかもしれん。
 
「ン?」

 その時だった。俺のスマホが振動をし始めたのは。
 こんな時に電話かけてきやがって、と身勝手な八つ当たりをしながらポケットから取り出すと、見慣れた発信者の名前。
 
「蓮」

 黒田 蓮、と表示されていた。
 何度か掛けたから折り返してきたのか。
 しかし電話の向こうは黙り込んだままだ。
 話をしたくないほど怒っているのだろうか、じゃあ何故掛けてきた?
 ……ふと、何かが心をざわめかせる。

「おい」
『もしもし』
「!?」

 それは耳障りな金属音のような。明らかに人間の生の声ではない。
 ボイスチェンジャーというより、テキストを機械がそのまま読み上げたような。抑揚のめちゃくちゃな不快音。
 俺は全身の毛が下がったような気分になる。

「テメェ……何者だ」

 自分でもゾッとするほど冷たい声が出た。
 蓮の電話なのに他人が出た。これがどういう意味か分からない程頭おかしくない。

『あははは。怒っちゃ、ダメだよ』

 電話の向こうがそう言う。
 ますます怪しい、あいつに何かあったのは明らかだろう。

『黒田 蓮、は預かった。返して欲しければ、取引だ』
「あァ? 誘拐か。ふざけやがって……要求を言ってみろ」

 無駄なやり取りはしたくない。
 しかし俺は敢えて素直に応じて見せて手掛かりを掴むつもりだった。
 いくら機械音で抑揚を消しても、その電話か
得られる手掛かりはあるはずだ。
 言葉の使い方や言い回し、そして背後の音。
 伊達に捜査員やってわけじゃねぇぞってことだ。

『要求は、雪●だ●ふくのコンビニ限定抹茶味。アポ●ヨーグルト。これもコンビニ限定、あと』
「待て待て待て。なんだそりゃぁ」

 ……ガキの遣いじゃねぇんだぞ。
 お菓子やアイス買ってこいって。

『要求はまだまだあるぞ』
「おいおい」
 
 俺のツッコミもスルーで、電話の奴はその後も菓子パンと飲み物の名前を言い始める。
 習慣としてアプリで録音はしてあるが、その内容に辟易し始めた頃。

『箸をくれぐれも忘れるな。以上だ。アイスは溶ける前に持ってこい。警察に言うと、彼の命の保証はしないぞ。場所は……』

 と、ここからそう遠くないマンションらしき建物の一室を指定してきた。
 そしてこちらの返事など全く無視で通話は一方的気切られ、電源も落とされたようだ。

「チッ」

 不可解な誘拐の電話に舌打ちは仕方ないだろう。
 要求された菓子とアイスと飲み物は何種類もある。
 中にはコンビニ限定もあるようだから、急いで買いに走る必要があるらしい。
 
「ったく、俺も若くねぇんだぞ!」

 そう乱暴にひとりごちると、まずは録音された会話を聞きながら歩き出した。
 ……、俺をパシリに使いやがって。
 そう、俺はこんな電話をしてきたふざけた奴を一人だけ知っている。
 蓮との関係性や、動機などについては検討も付かん。だから対峙してから数発殴って吐かせてやる。この際、我慢なんかしてられるか。
 なぜ分かったか……背後の音を聞くまでもない。手掛かりというにはお粗末な一言をは残していったのだ。

 俺は寒さに身を竦ませながら、足早に繁華街を通り抜けて行った―――。



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