世界を救った勇者ですが童帝(童貞)の嫁になるようです

田中 乃那加

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地獄の裏は死後の国1

 白い後ろ姿について歩くと路地裏を、さらに先へ奥へ進む。
 舗装されている石畳はとうに途切れ、ボコボコとした土が剥き出しになってくる。
 一定の速度で歩み続ける自動人形オートマタの背には、さらさらとしたブロンドの髪が揺れている。
絹より艶やかなそれを目の前にしながらも、アレックスの心は愛しい者の面影で占められていた。

(ちと惜しいコトをしたか)

 あののアレンに一度も触れずにここまで来てしまったが。
 
「『一度くらい、抱いときゃ良かったゼ』」
「……勝手に人の心境、吹き替えするんじゃねぇよ」
「アレックスの変態ぃ~」

 わざわざご丁寧にモノマネ付きで言うミナナの頭に、軽くゲンコツを落とす。

「思ってない。しかも似てないな」
「へへ、嘘つきアレックス。ホントは思ってたデショ。あんなしおらしいクソビッチにエッチなイタズラして、あーんなコトやこーんなコトを――」
「うるせぇ。今すぐぶちのめすぞ」
「キャ~、アレックスがいじめるぅ~」

 拳を振り上げれば、わざとらしい悲鳴をあげて舌を出していた。
 イタズラ小僧みたいな彼女の反応に、怒るのも馬鹿らしくなる。

「ったく」
「ふふんっ、アレックスのアホ~」
「ガキかよ」

 ――ガキと言えば。
 アレン達が潜入していた屋敷にも子どもがいたという。
 ルイ、だったか。もぬけの殻になったあの場所には、確かに子供部屋のような室内はあったし直前まで人がいたような気配もあった。
 そこでふと、彼が以前ぽつりと零した言葉を思い出す。

『ガキからもオモチャにされるなんて、元勇者としては最悪だよなァ』

 確か城で囚われていた時の話だった。
 その時の話をあまりしたがらなかった彼としては、とても珍しく。またあまりにも痛々しい独白に、胸が締め付けられ思わず後ろから抱きしめてしまったのだ。

『おいおい。君、勃ってるぜ』

 苦笑いまじりで指摘する声色は、彼にしては甘い。
 ごめん、と謝りながら項にキスをしたら頭をほんの軽く小突かれた。

『そういうとこ、まぁ、嫌いじゃない』

 精一杯のデレに嬉しさがカンストしたのを覚えている。
 幸せってこういう事か、なんてニヤけた顔を必死に隠してようやく『好きだ』と呟いた。

『僕は……応えられないぞ』

 それでも良い。傍にいて欲しい、ただそれだけで。
 そう口説いたかどうかは覚えていない。
 ただそれは精一杯の痩せ我慢で、真実は他のところにもあるということ。
 自分だけのモノにしてしまいたい。
 囲って縛って、思い知らせてやりたくて。同時に自分自身も、彼に沼のように依存したかった。

(でもそれじゃあ駄目だ)
 
 何が理想か分からないけれど、とりあえずそれは良としてはならない――そう思った。
 でも後悔ばかりしているのも事実。

(俺って、ブレてるな。かっこ悪ぃ)

 決してナルシストではないが、自分がここまでみっともない矛盾した感情を抱えるとは思ってなかった。
 そういう意味で、すべてを狂わせた男が愛しくて仕方ない。

「っていうか。アンタ、ドコ連れていく気ネ」

 相変わらず負傷した足では歩けないから、とヘンリーに支えられながら口を尖らせる。

「なんか良からぬコト、たくらんでンじゃねぇの」
「ミナナ。また彼女にそんな口を」
「うるさいネ、この変態バニー男! この女の肩を持つノカ!?」
「いやそういう事じゃあなくてね……」

 いつの間にか、なんだかいい感じの掛け合いをしている。
 そんな彼らを横目で見つつ、アレックスは前をひたすら機械的に行く少女に声をかけた。

「俺も同感だ。今から向かう場所くらい、教えてくれたっていいんじゃねぇのか」
「……分かりまシタ」

 ピタリと足を止め、振り返る。
 大きくアーモンド型の目が、紫水晶のような煌めきで見つめ返した。

「我々のあるじ……死をつかさどる【アズラーイール】の創造物」
「それは――」

 少女は手にした死神の鎌をかかげる。

「ココまでくれば、充分、でしょう」

 その刃が妖しい光を帯びた。
 少女の口元から無機質な声が、聞いた事のない異国の言葉がつらつらと述べられる。
 呪文というより、暗い詩を読み上げるような。陰鬱で美しい響きが、光の乏しい裏路地に流れる。
 葬送曲、弔いの唄と言えばいいだろうか。
 ただ優しく哀しい旋律が、溶けては浮かぶ。
 胸を打つその音色に、彼らは大きく見開いた。

「な、なんだ」
「これは……」

 大鎌だけでない。
 アリスは銀色の光に包まれ始めた。まるでその姿が白抜きされたように薄闇の中、鮮烈に映る。

「ようこそ。死の天使の聖域へ」

 表情など見えなかった。
 逆光。白い影になった少女は、優美な人形劇マリオネッタごとく舞う。
 ただ言葉だけが、彼らに降り注いだ。

「ここから先はアレックス、貴方だけです」
「ああっ、なんてことだ!」

 アリスの言葉に打ちのめされた声をあげたのは、ヘンリーである。
 その身を地に投げ出し、しくしくと泣き出だした。

「女王陛下に……一目だけでも……っ」
「なりません、ヘンリー・マクトウィプス」

 有無を言わさぬ少女の口調に、ガクリとこうべを垂れる男。
 そんな彼を一瞥もすることなく、アリスは静かに大鎌を振り上げる。

「アレックス。女王陛下に、お目通りヲ許しマス」
「!」

(まずい)

 口を開く前に、巨大な切っ先ががん眼前に振り下ろされ――。


※※※

「っ……」

 瞬間的にブラックアウトした意識が、急激に浮上した時。

(どこだここは)

 濃密な闇である。
 黒いインクを垂らし溶かしたより深い色の景色は、不思議と彼に安らぎをもたらす。

【――あらあら。お客様ね】

 それは言葉でなく意思であった。
 正しく表現すれば、頭の中に直接差し込んできた声。
 まるでテレパシーみたいだ、と辺りに気を配りながら独りごちる。

【こっちよ。早く来て】

 無邪気な少女の声だった。
 しかしどこか老婆にも聞こえる、そんな声色。
 
「だれだ」
【来たら分かるわ。大丈夫、怖くなんてないのよ】

 光ひとつない空間を、手探りで歩く。
 所々に段差や物が落ちていて、ぼんやり歩けばすぐに転んでしまいそう。
 足先にぶつかる感覚に舌打ちしながらも、持ち前の運動神経でかわしていく。

「おい、いきなり呼びつけておいて失礼じゃねぇのか」
【怒らないでよ。全然怖くなんてないのよ】
「うるせぇ。誰が怖がってんだ」

 暗所に怯えるほど、幼子でも臆病者でもない。
 魔王討伐を志していた頃は、呪われていると名高い森にも平気で飛び込んでいた。
 むしろ怖いもの知らずだと。自分には、恐怖を感じる必要のない能力があるから――と。

【恥ずかしがらなくていいのよ。大丈夫、怖くないわ】
「だから怖がってねぇって言ってんだろ」

 分からんヤツだなと文句たれるが、それは楽しげに笑うだけ。
 鈴を転がすような澄んだ声に、毒気抜かれてため息を吐いた。

「チッ、仕方ねぇな。分かったから、誘導しろ」
【怖いもんね?】
「ああ、そうだ。怖いから、助けてくれねぇか」
【うん!】

 声が嬉しげに弾む。
 そして右だの左だの、と方向だけでなく。時として障害物や段差を『そこ』や『あれ』などと教えてくれるようになった。

「おい、もう少し親切に教えてくれ」
【文句言わないでよ。暗くてよく見えないのよ】
「見えねぇのか。じゃあ灯りくらいつけやがれ」
【節電よ。せ・つ・で・ん】
「ケチか」

 魔法の世界に節電なんて、久しぶりに聞く。
 不自然さより先に懐かしさが先に立って、そっと吹き出す。

【あっ、アレックス笑った!】
「……笑ってない」
【笑ったよぉ】
「しつこいな。いたって無表情だぜ」
【絶対笑ったよ! アタイわかるもん】
「ふん――っうぉッ!?」

 肩をすくめ、踏み出した先に落ちていたガラクタに盛大にすっ転んだ。


 








 



 

 

 


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