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異形の鱗と境界域の最果
――『トゥーレ』
そこは古くから、過酷とも言える自然の脅威が立ちはだかる土地である。
木々は生い茂り、陽の射さぬ湿地が取り囲む。
灰色の雲ばかりが覆う空を眺めて、なおも突き進んだ末に楽園があると古くから伝えられてきた。
「ここも変わらないな」
「ええ、そうですね」
彼の言葉に、シスター・マリアが感慨深げにうなずく。
西の森――そう彼らが呼ぶ地は、この過酷な湿地を抜けた先である。
「あまり良い思い出がないよなァ。ここにはさ」
彼女に対してアレンは、苦々しい表情だ。
手にした剣を、手持ち無沙汰に弄びながらつぶやく。
「ふふっ。お互い駆け出しの冒険者でしたからねぇ」
「笑い事じゃないぜ。君も僕も、あれは完全に無駄足だったじゃないか」
「そうでしたわね。でも、得たものもあったはずですよ」
「そりゃそうだけど……」
国王からの命で、彼らはこの島にあると言われる伝説の剣を探しにきたのだ。
当時、アレンは前世の記憶すらなかった。チート能力についても覚醒前だ。
しかしただ脳裏に、漠然とあった魔王討伐への使命感。
彼は、生まれ育った村を出た。
向かったのは、王都エアリクルム。そこで王が直々に、魔王討伐を指揮していることを知る。
すぐさま勇者として名乗りをあげようと思った矢先、別の命も下された。
……この伝説の島にて眠る、聖なる剣を探しだすこと。
恐らくそれが、凶悪にして強大な力を持つ魔王を倒す切り札となるのだろう。そう考えた多くの冒険者達が、こぞってこの島に足を踏み入れた。
自らの力や魔力を誇る、強者たちが。
「それにしても、あの浅ましさったらないだろう」
「まぁ……そうですね」
聖女も思い出して苦笑いするほどの、酷い状況だったのだ。
狭い島に、数十人が一本の聖剣をめぐって争う。
しかも新種や亜種の魔獣や魔植物がウヨウヨいるような、危険な湿地が広がっている中でのことだ。
阿鼻叫喚なバトルロイヤルになるのは、火を見るより明らかで。
「僕らも必死ではあったけどな」
「誰かさんが、金欠ってのもありましたしね」
「仕方ないだろ。あの時は持ち金、全部置いてきちまったんだから」
アレンはマリアに出会う前の道中、ならず者の男たちに襲われかけていた。
可愛い顔だ、なんて。気色悪いことを言われたと思ったら、手馴れた様子で取り囲まれ売り飛ばされそうになったのだ。
まっぴらごめんとばかりに、抵抗し全員をのしてやった。
剣の腕や身のこなし。闘いのカンの良さは天性の才もあるが、自身の努力のたまものでもある。
彼とて、別にチート能力ありきで旅をしてきたワケではない。
そうでなければ、いくら能力があってもここまで成長は出来なかっただろう。
「それでも。わたくしと、あの教会を守って下さったじゃありませんか」
「行きがかりだ。今じゃ、わりと後悔してるよ」
やっとの事で駆け込んだ先の教会。それが、彼女との出会いだった。
それが、こういう事になろうとは。アレンはこの時、想像もしてなかっただろう。
「とはいえ、アレン。貴方の目的は別のところにあったみたいですけど」
「ゔっ、まだ蒸し返すのかよ」
「わたくしは、まんまとダマされてしまいましたねぇ。まさか仲間になって、そうそうに隠し事されるなんて」
「そ、それは……」
含みのある言い草に、鼻の頭にシワを寄せる。
アレンはこの時、本当は聖剣を目指していたわけではなかった。
とにかく金のない彼は、手っ取り早く賞金首で金を稼ごうとおもったのだ。
そのターゲットが、聖剣さがしに紛れ込んでいるという情報を得た上での参加であった。
「あの件は謝っただろう」
「ええ。そうですわね。だから別に怒っていませんわ、今は」
「前は怒っていたって口ぶりじゃないか」
「さぁ。どうかしらね」
「おいおい……」
大仰に肩をすくめてみせれば、穏やかな笑みにイタズラっ気がまじる。
「さて」
マリアはすでに青白い光を放った、古めかしい杖を取り出す。
途端、おびただしい気配と微かな水音。すえたような、生臭い匂いが辺り一面に充満し始めた。
「続きは先に進みながら、ですかね」
「そんな余裕があればな」
アレンは手にした剣を構え、前方を見つめた。
ぬかるんだ湿地のあちらこちらに、底なし沼が口を開けている。
小さな気泡が立ち、薄暗い奥からいくつもの光が覗く。
それが夜行性の獣のごとくの眼光であると、彼らはもう知っていた。
「ここはまだ、彼らの縄張りなんだな」
「ええ。むしろ、安心しますわ」
――びしゃり、と。
濡れた足音と共にアレン達の前に姿を表す。
※※※
鋭い鉤爪。
光のような速度で、肉をえぐりにかかる。
「っ、やっぱり強いな……ッ」
次々と襲ってくるそれを紙一重でかわしながら、アレンは必死で目をこらした。
(くそっ。あの茂みに潜んでやがる)
隙あらば、沼底に引きずり込もうというのだろう。
薄暗い湿地の奥から這い出してきたのは、極めて奇妙な生き物であった。
まず目を引くのが、全身をおおった鱗。鈍く光るそれは、魚鱗そのものだ。
――半魚人、というのを知っているだろうか。
半獣種族のひとつ。マーマン、水棲人とも呼ばれる。
その姿形は様々で、代表的なのは頭部が魚で全身を鱗でおおわれた魔物。
しかし目の前の彼らは、どれも人に近い頭部と顔を持っていた。
それは彼らは『半神オアンネスの末裔』と呼ぶ存在だから。
言わば魚の身体に、人間の顔。そして魚類の尾鰭の下に足が生えているという特徴的な神である。
神話上の生き物とされているが、彼らはその血を継いだ一族と言われていた。
そんな半魚人の性格は、極めて警戒心が高い。そして驚くべきは、その戦闘能力だ。
水陸両用の利を生かし、鋭い爪で攻撃しつつも水の中から狙ってくる。
攻撃魔法を使う種族ではない。しかし魔法耐性は異様に強く、とくに火炎性の魔法は彼らの皮膚を焦がすことすら出来なかった。
「マリア、風だ。風の魔法を……!」
「ええ。分かっておりますとも」
鈴のような声で詠唱される呪文。
彼女の使うそれは、古の神々の言葉を多く模したものだ。おいそれと使える魔法ではない。
「『ラ・ファー・ガ』」
形の良い唇がつぶやく、呪文の端切れ。それが唱え終わるのか終わらない間に、巻き上がるのは疾風だ。
姿無き刃のように、木々を葉を大地を切り裂いていく。
「あっぶねぇ……マリアっ、イキナリ広範囲攻撃するんじゃねぇよ!!」
「うふふ、上手く避けてくださいませね」
慌てて、飛び退きながら怒鳴るアレン。対する聖女の反応は、実に楽しげだ。
「ったく。君の戦闘スタイルも変わってない……なッ!」
鉤爪を剣でかわし、足に絡みつく鱗の生えた腕を蹴り飛ばしながら毒づく。
清楚な見た目からは想像つかないが、この聖女はやたら威力のある攻撃を撒き散らすように繰り出してくるのだ。
「でも無双って、憧れません?」
「何言ってんだ、君は!」
神に仕える女性から『無双』なんて言葉が飛び出すとは。思ったより、好戦的なタイプらしい。
白い聖衣をひるがえし、杖を緩やかに振るう。様々な魔法陣が彼女の周りで、くるくる廻った。
なんと神秘的な光景だろう。
アレンは懐かしさ噛み締めつつ、己の役割をまっとうする。
「……くそ、キリがないな」
「再生能力が上がっておりますわね。さすが、未知の種族ですわ」
ちょっとした刃物なら弾き返してしまうほどの、身体を埋め尽くす固い鱗。
たとえ切り裂かれても瞬く間に回復するのは、魔法でなく潜在的な肉体再生能力だろう。
「何を呑気な――」
「そろそろ、お遊びはおしまいですね」
マリアはそう言うと、やおらに杖を置いた。
「おい!?」
魔法使いが戦闘中、杖を下に置く。
それはありえないことである。
いくら彼女が類まれなる体術の使い手であったとしても、こんなおびただしい数の魔物達を相手することなんてできないのだ。
「な、何を考えてる!」
「アレン。戦いはやめなさい」
「シスター・マリア……っ、あ゙!?」
動揺し、思わず注意を怠った。
横から受けた体当たりによろめけば、すかさず下で足を取られる。
「ゔぐっ」
ぬかるみに強か身体を打ち付け、跳ねた泥が聖女の靴を汚した。
「……アレン」
それを気にする素振りもなく、彼女は静かに右手をあげる。
「大丈夫。今は、ゆっくりお眠りなさい」
手のひらに浮かび上がる、紋様。それは血のように赤黒く、禍々しい光を放つ。
「な、なぜ……君は……まさ、か……」
「怖がらないでいい」
さらに唄うように、言葉が紡がれる。
優しげで。それでいて楽しげな響きは、やはり古の神の言葉か。
「すべてが、貴方の選択で決まる」
「どういうことだ!」
半魚人たちの水掻きのついた手が、アレンの身体を拘束する。
すっかり身動きの取れない状態。キツく睨めつける瞳は、怒りと混乱に燃え上がっていた。
「貴方は生贄。この世界の均衡のため、選ばなくてはならない」
シスター・マリア。
神に仕える女は厳かにそう言い、今度は左手を掲げる。
そこには青い光を帯びた模様。
二つの光は色を交ぜ、アレンの伏せた地に大きな魔法陣を描き出した。
(まさか彼女は……!)
また魔王の欺きか、はたまた別の裏切りか。
彼の脳裏には様々な思考が、浮かんでは爆ぜる。
「ゔっ」
じわり、と身体に熱を帯びる。
自分の上で半魚人達が、なにやら囁きあっているのを聞いた。
「おやすみなさい」
そう聖女がつぶやく。
パンッ、と手を打ち付けた音。
空気が激しく震え、大きな風と地響きが辺りを揺らした。
「!!!」
アレンが最後に見た光景。
それは自らを包み込む、丸く大きな水の玉で。
「……水晶の中で」
次に彼女がそう言った時、彼の意識は突如深い闇の中へ落ちた。
後には、大きく透明な水の玉の中に囚われた青年――。
そこは古くから、過酷とも言える自然の脅威が立ちはだかる土地である。
木々は生い茂り、陽の射さぬ湿地が取り囲む。
灰色の雲ばかりが覆う空を眺めて、なおも突き進んだ末に楽園があると古くから伝えられてきた。
「ここも変わらないな」
「ええ、そうですね」
彼の言葉に、シスター・マリアが感慨深げにうなずく。
西の森――そう彼らが呼ぶ地は、この過酷な湿地を抜けた先である。
「あまり良い思い出がないよなァ。ここにはさ」
彼女に対してアレンは、苦々しい表情だ。
手にした剣を、手持ち無沙汰に弄びながらつぶやく。
「ふふっ。お互い駆け出しの冒険者でしたからねぇ」
「笑い事じゃないぜ。君も僕も、あれは完全に無駄足だったじゃないか」
「そうでしたわね。でも、得たものもあったはずですよ」
「そりゃそうだけど……」
国王からの命で、彼らはこの島にあると言われる伝説の剣を探しにきたのだ。
当時、アレンは前世の記憶すらなかった。チート能力についても覚醒前だ。
しかしただ脳裏に、漠然とあった魔王討伐への使命感。
彼は、生まれ育った村を出た。
向かったのは、王都エアリクルム。そこで王が直々に、魔王討伐を指揮していることを知る。
すぐさま勇者として名乗りをあげようと思った矢先、別の命も下された。
……この伝説の島にて眠る、聖なる剣を探しだすこと。
恐らくそれが、凶悪にして強大な力を持つ魔王を倒す切り札となるのだろう。そう考えた多くの冒険者達が、こぞってこの島に足を踏み入れた。
自らの力や魔力を誇る、強者たちが。
「それにしても、あの浅ましさったらないだろう」
「まぁ……そうですね」
聖女も思い出して苦笑いするほどの、酷い状況だったのだ。
狭い島に、数十人が一本の聖剣をめぐって争う。
しかも新種や亜種の魔獣や魔植物がウヨウヨいるような、危険な湿地が広がっている中でのことだ。
阿鼻叫喚なバトルロイヤルになるのは、火を見るより明らかで。
「僕らも必死ではあったけどな」
「誰かさんが、金欠ってのもありましたしね」
「仕方ないだろ。あの時は持ち金、全部置いてきちまったんだから」
アレンはマリアに出会う前の道中、ならず者の男たちに襲われかけていた。
可愛い顔だ、なんて。気色悪いことを言われたと思ったら、手馴れた様子で取り囲まれ売り飛ばされそうになったのだ。
まっぴらごめんとばかりに、抵抗し全員をのしてやった。
剣の腕や身のこなし。闘いのカンの良さは天性の才もあるが、自身の努力のたまものでもある。
彼とて、別にチート能力ありきで旅をしてきたワケではない。
そうでなければ、いくら能力があってもここまで成長は出来なかっただろう。
「それでも。わたくしと、あの教会を守って下さったじゃありませんか」
「行きがかりだ。今じゃ、わりと後悔してるよ」
やっとの事で駆け込んだ先の教会。それが、彼女との出会いだった。
それが、こういう事になろうとは。アレンはこの時、想像もしてなかっただろう。
「とはいえ、アレン。貴方の目的は別のところにあったみたいですけど」
「ゔっ、まだ蒸し返すのかよ」
「わたくしは、まんまとダマされてしまいましたねぇ。まさか仲間になって、そうそうに隠し事されるなんて」
「そ、それは……」
含みのある言い草に、鼻の頭にシワを寄せる。
アレンはこの時、本当は聖剣を目指していたわけではなかった。
とにかく金のない彼は、手っ取り早く賞金首で金を稼ごうとおもったのだ。
そのターゲットが、聖剣さがしに紛れ込んでいるという情報を得た上での参加であった。
「あの件は謝っただろう」
「ええ。そうですわね。だから別に怒っていませんわ、今は」
「前は怒っていたって口ぶりじゃないか」
「さぁ。どうかしらね」
「おいおい……」
大仰に肩をすくめてみせれば、穏やかな笑みにイタズラっ気がまじる。
「さて」
マリアはすでに青白い光を放った、古めかしい杖を取り出す。
途端、おびただしい気配と微かな水音。すえたような、生臭い匂いが辺り一面に充満し始めた。
「続きは先に進みながら、ですかね」
「そんな余裕があればな」
アレンは手にした剣を構え、前方を見つめた。
ぬかるんだ湿地のあちらこちらに、底なし沼が口を開けている。
小さな気泡が立ち、薄暗い奥からいくつもの光が覗く。
それが夜行性の獣のごとくの眼光であると、彼らはもう知っていた。
「ここはまだ、彼らの縄張りなんだな」
「ええ。むしろ、安心しますわ」
――びしゃり、と。
濡れた足音と共にアレン達の前に姿を表す。
※※※
鋭い鉤爪。
光のような速度で、肉をえぐりにかかる。
「っ、やっぱり強いな……ッ」
次々と襲ってくるそれを紙一重でかわしながら、アレンは必死で目をこらした。
(くそっ。あの茂みに潜んでやがる)
隙あらば、沼底に引きずり込もうというのだろう。
薄暗い湿地の奥から這い出してきたのは、極めて奇妙な生き物であった。
まず目を引くのが、全身をおおった鱗。鈍く光るそれは、魚鱗そのものだ。
――半魚人、というのを知っているだろうか。
半獣種族のひとつ。マーマン、水棲人とも呼ばれる。
その姿形は様々で、代表的なのは頭部が魚で全身を鱗でおおわれた魔物。
しかし目の前の彼らは、どれも人に近い頭部と顔を持っていた。
それは彼らは『半神オアンネスの末裔』と呼ぶ存在だから。
言わば魚の身体に、人間の顔。そして魚類の尾鰭の下に足が生えているという特徴的な神である。
神話上の生き物とされているが、彼らはその血を継いだ一族と言われていた。
そんな半魚人の性格は、極めて警戒心が高い。そして驚くべきは、その戦闘能力だ。
水陸両用の利を生かし、鋭い爪で攻撃しつつも水の中から狙ってくる。
攻撃魔法を使う種族ではない。しかし魔法耐性は異様に強く、とくに火炎性の魔法は彼らの皮膚を焦がすことすら出来なかった。
「マリア、風だ。風の魔法を……!」
「ええ。分かっておりますとも」
鈴のような声で詠唱される呪文。
彼女の使うそれは、古の神々の言葉を多く模したものだ。おいそれと使える魔法ではない。
「『ラ・ファー・ガ』」
形の良い唇がつぶやく、呪文の端切れ。それが唱え終わるのか終わらない間に、巻き上がるのは疾風だ。
姿無き刃のように、木々を葉を大地を切り裂いていく。
「あっぶねぇ……マリアっ、イキナリ広範囲攻撃するんじゃねぇよ!!」
「うふふ、上手く避けてくださいませね」
慌てて、飛び退きながら怒鳴るアレン。対する聖女の反応は、実に楽しげだ。
「ったく。君の戦闘スタイルも変わってない……なッ!」
鉤爪を剣でかわし、足に絡みつく鱗の生えた腕を蹴り飛ばしながら毒づく。
清楚な見た目からは想像つかないが、この聖女はやたら威力のある攻撃を撒き散らすように繰り出してくるのだ。
「でも無双って、憧れません?」
「何言ってんだ、君は!」
神に仕える女性から『無双』なんて言葉が飛び出すとは。思ったより、好戦的なタイプらしい。
白い聖衣をひるがえし、杖を緩やかに振るう。様々な魔法陣が彼女の周りで、くるくる廻った。
なんと神秘的な光景だろう。
アレンは懐かしさ噛み締めつつ、己の役割をまっとうする。
「……くそ、キリがないな」
「再生能力が上がっておりますわね。さすが、未知の種族ですわ」
ちょっとした刃物なら弾き返してしまうほどの、身体を埋め尽くす固い鱗。
たとえ切り裂かれても瞬く間に回復するのは、魔法でなく潜在的な肉体再生能力だろう。
「何を呑気な――」
「そろそろ、お遊びはおしまいですね」
マリアはそう言うと、やおらに杖を置いた。
「おい!?」
魔法使いが戦闘中、杖を下に置く。
それはありえないことである。
いくら彼女が類まれなる体術の使い手であったとしても、こんなおびただしい数の魔物達を相手することなんてできないのだ。
「な、何を考えてる!」
「アレン。戦いはやめなさい」
「シスター・マリア……っ、あ゙!?」
動揺し、思わず注意を怠った。
横から受けた体当たりによろめけば、すかさず下で足を取られる。
「ゔぐっ」
ぬかるみに強か身体を打ち付け、跳ねた泥が聖女の靴を汚した。
「……アレン」
それを気にする素振りもなく、彼女は静かに右手をあげる。
「大丈夫。今は、ゆっくりお眠りなさい」
手のひらに浮かび上がる、紋様。それは血のように赤黒く、禍々しい光を放つ。
「な、なぜ……君は……まさ、か……」
「怖がらないでいい」
さらに唄うように、言葉が紡がれる。
優しげで。それでいて楽しげな響きは、やはり古の神の言葉か。
「すべてが、貴方の選択で決まる」
「どういうことだ!」
半魚人たちの水掻きのついた手が、アレンの身体を拘束する。
すっかり身動きの取れない状態。キツく睨めつける瞳は、怒りと混乱に燃え上がっていた。
「貴方は生贄。この世界の均衡のため、選ばなくてはならない」
シスター・マリア。
神に仕える女は厳かにそう言い、今度は左手を掲げる。
そこには青い光を帯びた模様。
二つの光は色を交ぜ、アレンの伏せた地に大きな魔法陣を描き出した。
(まさか彼女は……!)
また魔王の欺きか、はたまた別の裏切りか。
彼の脳裏には様々な思考が、浮かんでは爆ぜる。
「ゔっ」
じわり、と身体に熱を帯びる。
自分の上で半魚人達が、なにやら囁きあっているのを聞いた。
「おやすみなさい」
そう聖女がつぶやく。
パンッ、と手を打ち付けた音。
空気が激しく震え、大きな風と地響きが辺りを揺らした。
「!!!」
アレンが最後に見た光景。
それは自らを包み込む、丸く大きな水の玉で。
「……水晶の中で」
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