世界を救った勇者ですが童帝(童貞)の嫁になるようです

田中 乃那加

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黒歴史に喘げよ1

 それは温かく、例えるならば母胎の微睡まどろみ。断続的な鼓動という名の雑音と、羊水の中であった。

「アレン……起きて」

 優しい声と、わずかな振動。
 不思議なことに意識が浮上すると共に、目が開く。
 透明な膜に覆われた、向こう側を目を凝らした。

(なんだ、ここは)

 屈折した光の乱反射。
 見えるような見えないような、りガラスの隔たりのようにぼんやりと映る人影。
 要領を得ない思考に、何度もまばたきを繰り返す。

「魔法を解きましょう」

 パチンッ、と手を打ち鳴らした瞬間。

「!」

 目の前がパッと晴れた。
 まるで感覚も何もかも幻覚だったみたいに。

「少し手荒なマネをしてしまいましたわ」
「っ、し、シスター・マリア……っ、君は……!」
「話は後です。まずは立てますか? 」

 冷たい床にうずくまったアレンの目の前。相変わらず、穏やかな微笑を浮かべた聖女が膝をついて見下ろしていた。

「どういうつもりだ。まさか――」

 奇妙な水晶に閉じ込めたのは、彼女である。
 やはりマリアもまた、魔王に操られているのか。それとも魔王そのものが擬態しているのか。はたまた魔王の手の者なのか。
 色んな可能性が心を占める中、アレンは自分の身体が濡れていないことに気が付いた。

(あれは、幻だったのか?)

 ぬるい液体に浸された感覚。
 産まれる前の環境とは、おそらくこんなものではないかと思うような。心安らぐ時間だったのに。

「アレン。貴方は、わたくしにもう一つ隠し事をしている……そうでしょう」
「隠し事? ど、どういう事だ」

 手を貸されながらも、ゆっくりと立ち上がった。
 見渡せば、わずかに声が反響する空間が広がっている。
 ぽつりぽつりと、小さな灯りのみの薄暗い部屋。
 今までに、覚えのない場所であった。

(ここは)

 分からないことだらけ。不安や心細さより何より、苛立ちが勝る。
 
「おい。この通り、立ってやったんだ。質問に答えろよな」

 そう吐き捨ててキツく睨めつけたが、当の本人はというと飄々ひょうひょうとしたもので。

「そんな約束、したかしら」

 なんて首をかしげている。

「いい加減にしろッ! マリア――いや、魔王と呼べばいいのか。どちらにせよ、さっさと正体を現せ。卑怯者め」
「まあ。ヒドい誤解ですこと! わたくしは魔王でも無ければ、洗脳も裏切りもしてませんよ。むしろ貴方の方です――わたくしに黙っている事があるでしょう?」
「だからなんだよ!」

 正直、身に覚えがありすぎる。
 特に旅の間は、聖職者ゆえに真面目で小煩こうるさい彼女の説教を逃れる為に隠し事や小さなウソをついたものだ。
 そのほとんどが、奔放すぎる女性関係にまつわる事なのだが。

「しらばっくれる、という事ですね?」
「……」
「おやおや。今度は口を閉ざしますか。本当に、困った人だわ。貴方って人は」

 彼女が大きなため息をついたタイミングで突然、光がともる。

「!」

 蝋燭ろうそくを用いた豪奢なシャンデリアが、天井から吊るされていた。
 それに一瞬にして、火がついたのだ。
 しかも幽玄な、青白い炎である。
 ゆらゆらと揺らめく無数の明かりに照らされた部屋。
 いささか簡素な造りではあるが、そこは確かに玉座の間であった。
 海の生き物を模した (であろう)調度品、川に住む魔物を独創的に描いた絵画など。若干の個性強めの光景である。
 アレンは驚きと言葉を失い、ただただ辺りを呆然と見渡していた。
 その時だ。

「おお、シスター・マリアよ。約束は果たしてくれたようじゃな」

 低く、しゃがれた声がする。
 勢いよく振り返れば、そこにはその声の主と思われる者とさらに数人。いつの間に部屋に入ってきたのか、アレンとマリアを取り囲んでいた。

「コイツらは……」

 一目見て分かる。
 半魚人、または水棲人。
 彼が気を失うまで戦っていた、半神オアンネスの末裔と名乗る種族だ。
 人間の顔に、鱗と水かきのある身体。
 先程の声の主が、王様のようだ。頭に王冠を乗せている。
 そして彼らは全員、衣服を身にまとっていない。水の中でも生活する彼らには、どうやら装飾の文化はあまり発達していないらしい。

「王の前だッ、ひざまずけ!」
「ぅぐっ……」

 一人の屈強な半魚人がアレンの頭を押さえ、強引に床にねじ伏せる。
 掴まれた首根っこが痛み、思わずくぐもった悲鳴をあげた。しかし、男は表情ひとつ買えない。

「アレン!」
「ふぉっふぉっふぉっ。これこれ、彼に手荒な事をするでないぞ」
「……御意」

 手が離れ、大きく息を吐きながら床にうずくまった。
 無表情だが鋭い視線が、こちらを突き刺すように注がれている。
 逃げ出さないように見張っているつもりらしい。
 いきなり働かれた狼藉に、目の前の老人をキッと睨みつけた。

「っ、貴様、一体なんのマネだ!」
「おい。王になんて口を――」
「もう良い」

 怒鳴りつければ、再び男が掴みかかってくる。
 しかしそれはやんわりと制止された。

「そなたはアレン・カントール、じゃな?」
「……そうだが」

 未だ抑えつけようと構える男の腕を振り払い、アレンは唇を噛む。
 この老人は、半魚人の王であるらしい。立派な体格で、大きな腹を揺すってふんぞり返っている。
 そして、取り囲む男たちは兵士だろうか。
 まるで罪人のように跪かされ、無様な格好を強いられている。
 この状況に思考がついていかない。

「そなたが犯した罪に、身に覚えはないのか」

 王が問う。
 しかし、罪とは何か。
 だいたい攻撃なら、あちらが先にしてきたのに。
 だとすれば、おおよそ『我が領地を侵した』という理由になるだろうか。それならそれで、実にバカバカしい話だ。
 アレンは鼻で笑う。

「君たちの言う罪なんて、僕にとっては取るに足らない事――」
「貴様ッ!!!」
「王に向かって無礼な!」

 激昂し、叫んだのは兵士達であった。
 たちまち数人に囲まれ、数発の蹴りを食らう。
 胸ぐらを掴まれ、軽く殴られたらしい。鉄の味が口いっぱいに広がり、痛みと衝撃で目の前が揺れた。

「アレンっ! ああ、なんてことを……」

 マリアは悲鳴をあげて駆け寄ろうとする。しかしか弱い女性など簡単に羽交い締めにされるのを見ながら、アレンは腕を掴まれる。また殴るつもりらしい。
 振り上げられた拳に与えられる痛みを予感し、強く目を閉じた。

「――皆の者、やめよ」

 王の冷たい声で、喧騒けんそうが止む。
 水を打ったような静寂。空気が張り詰めるのを、肌で感じて恐る恐る目を開けた。

「アレン・カントール。そなたは、以前この国を訪れておるな。それは覚えているかのぅ」
「……」

 黙って首を縦に振る。
 まだ駆け出しの冒険者の時のこと。
 マリアと共に、この島に聖剣を探しに来た。
 結局、それは聖剣とは名ばかりで朽ち果てる寸前の、刀だったのだが。
 伝聞とはかくも滑稽なもので。人々はそれを魔王討伐の切り札と疑わず、血なまこになって探していた。
 しかも壮絶なバトルロワイヤルまで繰り広げて。
 そんな彼らを嘲笑うように、魔王はひとつのエルフの村を焼く。
 冒険者達の目と鼻の先で、だ。
 
(くそっ、思い出してもムカついてきたな )

 意気消沈し、すごすごと島を後にする虚しさよ。
 しかし体力的にも精神的にも、アレンとマリアは直ぐに島を出ることが出来なかった。
 だから数日、島のある国で滞在を――。

「………………あ」

(やべ)

 思い出した。
 完全に都合の悪いことを、である。

「思い出したようじゃな。アレン・カントールよ」
「……」

 王の笑っていない目が、スっと細くなる。

(いやまさか、え? でも、マジ? でもこれはヤバいんじゃあ――)

 魔王に対する因縁や怒りも一転、焦りと罪悪感が猛烈に押し寄せた。
 アレンはすっかり忘れてたのだ。
 自分のいわゆる、黒歴史を。

「ワシの息子を、知っておるな?」
「あ、アンタの……息子……まさか」

 呆然とその名を口にした時である。

「あっ。アレンちゃん~。久しぶりぃ~。元気ぃ?」
 
 間延びしたような口調。少しハスキーな声。
 王の後ろに人影が差す。
 これまた大柄で恰幅の良い――いや、端的に言葉にすれば肥満体がヌッと彼らの前に現れたのだ。
 アレンの最悪な予感は的中した。

「ぴ…………ピス子」
「キャハ☆ マジで運命よね~、めっちゃ嬉しいんだけどぉ」

 バサバサの睫毛。派手なアイラインとアイシャドウ。
 塗りたくった口紅。
 これでもかと盛ったメイクに、鱗に覆われた身体には女性ものの派手なビキニを着ている――大柄な男。
 彼 (または彼女)は王の一人息子である。
 
「ワシの息子がこのような珍妙な格好をするようになったのは、そなたのせいじゃ」
「は、ハァァァ!? なんでそうなるんだよっ、むしろ僕は――」
「アレンちゃん♡ アタシィ、アレンちゃんとの一夜がわすれられないのぉ~♡」
「ウギャァァァ!」

 肉団子……失礼、息子のピス子 (本名ガリダ)はアレンの背中にグワシッと抱きついてそのぶっとい唇を頬に押し当ててきたのだ。
 
「っうぐ、なにを……」
「いやぁねぇ♡ アレンちゃってば、あの夜もこうやって愛し合ったでしょ♡」
「あ、あ、愛し合ったってなぁ!」

(むしろ僕は、襲われたんだが!?)

 彼らの国に滞在中、アレンはある者と一夜の関係を結んだ。
 浴びるように飲んだ酒のせいにするわけじゃないが、フラフラと覚束無おぼつかない足取りで宿屋までの夜道を歩いていた時のこと。
 袖を引かれ、なにかと振り返れば……ピス子である。
 しかし酒の力は恐ろしい。
 アレンはなんだかんだ言って、彼を女と疑わず一緒にシケこんだ。
 当然、服を脱げば女でない事は分かる。
 しかし、当時のアレンはヤケになっていた。心身ともに疲れている状態で、性欲も満タン。いわゆる疲れマラというやつか。
 ――そんなワケで。
 自分の上に跨ってくるオカマさんとの初体験を、存分に楽しんだのである。

(別に掘られたワケじゃないからいいやと思ってたけど。まさか、コイツ王子だったとは)
 
 そう。相手が悪かった。
 王はその内心、怒り狂っていた。息子がオネェになったのはアレンが原因だと思い込んでいたからだ。

「ごっめぇ~ん、アレンちゃん。うちのパパ、すっごく心配性でさぁ~。アタシがオカマで非処女ってのがバレちった☆」
「つーか、僕を巻き込むなァァァッ!!!」

 これはもう説得不可能だろう。
 王は完全に、息子をオネェにした男を許さないし。ピス子はピス子で、アレンとのセックスが忘れられないっ♡♡♡ とベタベタ抱きついてくるし。

「どうしてくれるんじゃ。このヤリチン勇者め」
「し、知るかよ。息子さんは最初っから、こんなんだったぞ」
「そなたは、ワシの息子が産まれながらの変態だと言いたいのかッ!」
「そういうワケじゃ……」
「そなたには責任があるのじゃぞ」
「責任?」

 怒りを隠すことなくなった王が、兵士たちに目配せした。

「う、うわっ」
「キャッ☆ ちょ、なにすんだっ、コノヤロー!こらっ、おいっ、アレンちゃん!? 離せやゴラァァァ!」

 先程アレンを組み伏せた男が、再び拘束してくる。
 ピス子は他の者たちが速やかに羽交い締めにし、連れていった。
 ハスキーというより、もはや野太い声が徐々に遠くなっていく。

「ワシはそなたを探したのだ。まさに、血なまこになってなぁ」
「……僕を、どうするつもりだ」
「ふぉっふぉっふぉっ、そう結論を急ぐでない。そこの女によると、そなた国王の花嫁となったらしいのぅ?」
「それがなんだよ。クソジジイめ――っう゛ぐ」

 そんな口を叩けば、また男に『口を慎め』と軽く蹴り付けられる。
 苦しさから身体を折り曲げて息を荒らげる彼を、王は満足そうに見下ろす。

「息子を犯し、汚した男が女となっていたとは」
「女じゃないっ! あのアホ共が勝手に言ってるだけだ。それに僕はアンタの息子を別にレイプしたワケじゃないぜ。むしろ、あっちがノリノリで誘ってきたんだ。僕は差し出されたに突っ込んだだけ――」
「アレン!!!」

 マリアの声が響く。
 
「貴方、なんてことを!」
「べ、別に間違っちゃいないだろ。据え膳食わぬは男の恥っていうし……」
「だからって、今口にする言葉ですか! 空気を読んでください。だいたいこうやって女関係だらしないから、こんなことになるのですよ」
奔放ほんぽうって言ってくれよ」
「一緒です!」

 確かにソッチではかなり、やりたい放題していた。
 今のこの状況は、そのしっぺ返しなのかもしれない。

「王よ。わたくしは約束は守りました。仲間たちを、彼女達は解放してください」
「なっ、なに!?」

 半魚人達は、元仲間の女性たちを人質にとった。
 シスター・マリアは、その交渉人として。アレンを連れてくる為に、画策したのだ。

「うそだろ……じゃあ、あの水晶は」
「魔王の居場所を探ることなんて、わたくしの魔法じゃできません。ごめんなさい、アレン。しかし、わたくしは彼女達を守る必要があったのです」

 神に仕える聖女としては、苦渋の決断だったのだろう。
 悲しげに伏せていた顔をあげる。
 
「……しかしアレン。貴方も悪いのですよ。これまでも散々、女遊びはやめるようにと言ったのに」

 彼女の瞳には、チラチラと怒りが燃えていた。
 当然、罪悪感はあったのだろう。しかしそれ以上に、積年怒りと恨みがあったとしか思えない。
 彼の背中に、スーッと冷たい汗が伝う。

「シスター・マリア。ワシも約束は守ろう。女達は、すぐにでも解放するぞ」
「……感謝します、王よ」
「おいおいおいおいっ、待てよ! 感謝してんじゃないっ。僕はどーなるんだ!?」

 なんだかんだと、普通に帰ろうとする聖女の背中に向かって叫ぶ。
 これじゃあ自業自得とはいえ、元仲間たちを対価に売られるようなものである。
 青ざめるのも当然だった。

「まぁ、ご自分でまいた種ですから……あ。子作り的な意味も含めて、ですよ。念の為」
「聖女が下ネタを解説すんな!」
「うふふ。それではこれで。ごきげんよう」
「おい待て、待ってくれ――マリアァァァッ!!!」

 それから振り向くこともなく、去っていく後ろ姿を絶望感いっぱいで見送る羽目になる。
 これが聖女の。長年の付き合いのある女のすることか、と。

「そ、そん、な」
「アレン。ついに、捕まえたぞ」
「!」

 後ろに回り込んだ王のしゃがれた声が、耳元で囁く。
 慌てて身体を起こそうとしても、相変わらず床に押さえつけられている。
 顔を上げることすら、叶わない。

「さぁて。我が息子を汚した罪、どう償ってもらおうかのぅ」
「なにが目的だ」

 ショックと恐怖で、震えが止まらない。
 それでも、なけなしの気力を振り絞って目線だけで王を睨みつけた。
 その勝気な態度が誘うのは怒りか、それとも――。

(くそっ。マリアの奴、覚えとけよ)

 とりあえずどうやって逃げ出してやるか、チャンスを虎視眈々と狙う必要がある。
 硬い床を爪が、ギリリ……と傷をつけた。

 
 


 
 
 
 
 
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