世界を救った勇者ですが童帝(童貞)の嫁になるようです

田中 乃那加

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狂気の沙汰

 ――アレンは喉を抑え、咳き込む。
 気がつけばその首周りには赤い糸が、何重にも掛けられている。
 
(こ、声がっ)

 首を締められるような息苦しさではない。
 ただ声帯が閉じられてしまったような、ただただ声が出なくなる。
 ひゅうひゅうと、すきま風ような。弱々しい呼吸だけが漏れるだけだ。
 何が起こったのか、混乱するのも無理はない。
 拘束されていたと思ったら、いきなり景色が変わったのだから。
 まるで薄い膜に包まれたようなぼんやりとした隔たりの中、声だけが出せなくなっていた。

「っ、ぅ」

 ようやく絞り出すのも、それはろくな発声にならない。
 そのまま。ただただ、目の前に広がる光景を眺めるしかなかった。

(くそっ、こんな時に)

 荒れ狂う炎や、疾風の魔法。間一髪でくぐり抜けるも、かすかに触れるだけでダメージを負っている。
 
(アレックス、シセロ……)

 片足を引きずり、既に意識を失った男を背負う姿に胸が締め付けられた。
 嘘だ、と内心つぶやく。
 あの男が。偉大な魔法使いと名高い、シセロが。魔王に為す術もなく負けるなんて。
 頬の傷痕を歪めながらも、気丈に振る舞うアレックスもその顔色は最悪だ。

(くそっ。これはどうなってんだ)

 これも魔王の仕業である。
 アレンの姿を一時的に隠し、声を奪っておいた上で。アレックス達の目を欺いているのだ。
 傍目には、未だにあの場所で囚われたアレンの姿が見えるだろう。
 しかし実際は白い顔の少女が、無表情で立っているだけ。
 入れ替えたのは、三人を出し抜く為だと言うことはアレンでも分かる。

「っ……」

 もどかしさと悔しさに噛んだ唇。彼らが傷付き追い詰められるのを、こうやって見せつけられているのだから。
 
(ニアは、ニアはどうし――あっ!?)

 二人から十数メートル離れた所で、巨大ゴーレムが音を立てて崩れていく。
 上がる土煙と距離のせいで、彼の姿をとらえることが出来ない。
 しかし、強い違和感を覚えた。
 ……ニアが一人でゴーレムを打ち倒すなんて。
 状況的に易々と倒したように見える。
 シセロやアレックスなら分かるが、生首状態の少年が。
 いくらゴーレムで死なないからといって、一人であの巨体を。
 しかも、疑問はそれだけではない。

 放たれたと思しき魔法。それは一瞬見えた魔法陣の色や発動直後の様子から、それなりの魔力が必要なものだと思われた。
 そもそも彼は魔法を使えるのだろうか。アレンの違和感と疑問は膨れ上がったまま、状況はどんどん変化する。

(あっ)

 魔王がアレックスにシセロを見殺しにしろと迫り、それをのんだ。
 勝ち誇ったように笑う男を見て、アレンは胸が傷む。

(ファシル、なぜ)

 他の悪者であれば、ただ憎むだけで良かった。
 卑怯者だと罵り、殺してやると息巻いているだけで良い。
 しかし彼に対しては違った。怒りや憎しみと共に、引き裂かれそうな痛みを感じるのだ。
 自分はまだ彼を、親友だとでも思っているのか。裏切られ、仲間ごと危機に陥れられたのに。
 魔王の能力は最強で狡猾だ。人を欺くには、これ以上適した能力はないだろう。それは確かに、混血児である彼が生きていく為に必要なモノだったのかもしれない。
 しかし。

(君は、異世界ここで何を得たんだ)

 異世界転生をして、チート能力を授かって。
 アレンは冒険の中で多くの仲間や、恋人をこの手に。
 まあ、その後の人生は波乱万丈で到底幸せとは言い難いものではあるが。それでも孤独とは無縁である。
 一方、ファシルはどうか。

(君はいったい誰なんだ?)

 姿形も違う、前世の自分を知る男。
 思い出してやれれば、少しは彼の慰めになるだろうか。

(っ、これじゃあ、僕が奴を想ってやってるみたいじゃあないか)
 
 首をぶんぶん、と振って浮かんだ考えを打ち消す。
 男なんかに絆されてたまるか。でも、愛してるなんて何ふり構わず迫ってくる彼らに、嫌悪の情を持たなくなってきたのはいつからだろう。

(この僕が――)

 そこでふと、目の前の光景が目に入ってきた。
 形勢逆転している。
 地に伏していたはずのシセロが、ファシルの後ろに立っていたのだ。

「……ぼくを、殺すのか」

 思いもよらぬ事態に、顔面蒼白の彼を見てまた胸が痛む。
 結局。彼らのいずれかが傷つけば、アレンは駆け出して助けてやりたい気分になるのだ。
 
(って――ちょ、おいっ!?)

 目を剥いた。
 アレックスがいきなりアレン(いや、この場合ニセモノではあるが)に抱きついたのだ。
 しっかりホールドして、匂いまで嗅いでいる。

(あのむっつりスケベ野郎、変なトコ触るなよ!)

 無事を確認する素振りを装って、腰やら尻やらを撫で回す。
 いくらニセモノとはいえ、気分の良いものでは無い。
 愛してる愛してると呟きながら、さりげなく頬にキスまで落とす。その表情。

(僕のこと『大好き』って顔しやがって……)

 こうやって改めて見ると、顔は悪くない。いや、むしろ良いのだと思う。
 頬に走る傷痕すら引き立てになるほど、凛々しい男。
 それが愛しそうに目を細めて、自分を見つめている。

(なんか、妙な気分になってきた)

 でもだからこそ、ニセモノに愛を囁くのが気に入らなかった。
 悲しいかな、本人の意地とは関係なく。アレンはもう彼らの愛にどっぷりとハマっているのかもしれない。
 本人は、決して認めないが。

(あっ!)

 出ない声で悲鳴をあげる。
 アレックスが刺されたとすぐ後に、シセロの放った魔法がファシルを貫いたのだ。
 二人は大きく仰け反る。鮮血が飛び、苦悶の表情を浮かべる隙もなかった。

(なにが、起こったんだ)

 アレンに扮したステラが、彼をナイフで腹を抉り。魔王が笑った瞬間、後ろに立っていたシセロが攻撃したのだ。
 
「っ、く……や゙、やりやがった、な」
「大丈夫ですか。アレックス」

 さすがに色を失くした顔で、彼が駆け寄る。

「アレックス、かたきは討ちましたので、安心して死んでくれていいですよ」
「て、テメェ。素直に心配できねぇのか」
「泣き叫んで貴方に縋れと? とんでもない」

 憎まれ口を叩いてはいるが、どうすべきか考えあぐねているのだろう。
 眉を顰めている。

(アレックス! シセロ!)

 未だ、叫ぼうにも声が出ない。
 目の前の壁を叩くも。それは柔らかい膜のようなもので、柔らかい受け止めて破れる気配は微塵もなかった。

(なぜだっ、なぜ!)

 もどかしい。自分を愛する男たちが、傷つき死んでいくのを見ているしかないのか。血が滲むほどに唇を噛み締めて、アレンは出ない声を必死に貼りあげようと息を吸った。

АrΔs мaζηa ……偉大なる我が魔術によって与える……

 しゃがれた声が響く。
 耳慣れぬ発音は、空気を震わせ、不吉な風を起こす。
 それがこの森に住む、とあるエルフ族の古語であるのを知っている者はいるだろうか。
 既に滅びた、一族の言語。
 同じ島に住む半魚人達が自らを『半神の末裔』と呼ぶのと同じく、彼らもまた『森の神の眷属けんぞく』と自称した。
 そんな誇り高きエルフ族は、一夜にして一人の男に滅ぼされた。
 それが――。

「!」

 指が鳴る音が聞こえた瞬間、目の前がひらける。
 いきなり目の前に現れた自分に、呆気に取られているのだろう。
 その反応で、自分に掛けられた『隠匿の魔法コンシュ・ル』が解かれた事を知った。

「アレン」
「うわ゙っ、お、おい!?」

 勢いよく飛びついてきたのはシセロだ。熱烈なキスを仕掛けてくる。

「っう……んんっ、ぁ……や、ぅ」

 逃れようと身をよじるも離すものか、と力を込められる抱擁。
 数秒間ではあるが、熱烈な接吻に息が上がり脱力した。

「テメェ、人が死にかけてるってのに、ふざけんなよ!」

 アレックスが深手を負いつつも、怒号をあげるのは至極当然のことだろう。
 しかし彼は、鬱陶しそうに顔をしかめて舌を出した。

「うるさい、かませ犬は大人しくしてなさい」
「誰がかませ犬だ。いつも良いところだけ、かっさらいやがって」
「ノロマな人間が悪いのですよ。覚えておきなさい」
「くそっ、あとで覚えてろよ!」

 いい歳した奴らが、子どものような言い合いをしている。
 それがなんだかバカらしいような、それできて微笑ましい気がしてくるのだから不思議だった。

「あのなぁ君たち――」
「アレン、そろそろちゃんと決めなさい」
「えっ?」

 再び腰を抱き寄せられ、至近距離であの青く美しい瞳と視線が合う。

「貴方が、誰と共に生きるのか。もちろん、私を選ぶでしょうけど」
「し、シセロ」
「お前。いい加減にしろって言ってるだろう」

 情熱的でもあり。やはり彼らしい上から目線の口説き文句にも、アレックスが横から物申す。

「アレンは俺の嫁だって何度言ったら分かるんだ。エルフってヤツは、頭悪いのか」
「ハァ? 今すぐ死にたいのか、貴方は」

 ピシィッと整った顔に浮かぶ、青スジ。また二人がバチバチと火花を散らし始めた時。

『……ぼくを』
「ん?」

 再び聞こえた声に、一同は顔をあげる。

「なんか今聞こえ――」
「そうですか? そんなことより。アレン、こんな野蛮人放っておいて早く帰りますよ」
「また抜け駆けか、お前!」

 アレンの言葉をシセロが遮り、またアレックスが噛み付く。
 すると。

『だから……ぼくをシカトするなァァァァッ!!!』
「!」

 刹那、地が大きく揺れた。
 轟音が響き渡り、空を飛ぶ鳥たちが一斉に飛び立っていく。
 
「なっ!?」

 そこに立つ異形の姿に、アレンは息をのむ。
 怒りと瘴気しょうきまとう魔王が、手負いの獣のような咆哮をあげていたからである。

 
 
 
 
 

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