世界を救った勇者ですが童帝(童貞)の嫁になるようです

田中 乃那加

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決戦の悪ふざけ3

「っ、はぁっ……ぁ……っ」

(うそだ)

 弾かれるように逃げ出し、足をもつれさせながら走る。
 うまく呼吸ができず、何度も咳き込むが立ち止まってはいけない。
 ただひたすら、前に進まなければ。できるだけ遠くへ。
 その胸の中は、じわじわと絶望と恐怖が侵食するのを無視できない。

「っ、そ……ん、な……っ」

(アイツが。アレックスが)

 生々しい肉片。赤黒い血痕。ずっしりと重たいそれは、確かに――。

「アレンっ、アレン!」
「……くっ」
「アレンってば! ねぇ!!」

 腕の中の少年が張り上げた声がようやく耳に入るまで、どのくらい走ったのだろう。
 もう呼吸も体力も限界で。数歩のたたらを踏み、その場に崩れ落ちた。

「落ち着いて、アレン」
「あ……ぁ……ぁ」

(なんで)

 あれは彼の腕だったのだろうか。
 でも本能的に、そうだと分かった。あれはアレックスの右腕だ。

「ニア」

 まとわりついて離れない、冷えかけた肉の感触。思い出して身震いしながら、口を開く。

「あれは、幻覚だったのか?」
「アレン……」

 否定して欲しかった。追われる恐怖心が産んだ、単なる悪い夢なのだと。
 しかし彼は何も言わない。その沈黙が、絶望を肯定した。

「そん、な」
「アレン。まだ希望を捨てちゃダメだよ」

 腕がなくても、生きている可能性がある。それは言われずとも分かっている。

「で、でも」

 アレンはたまらなく怖かった。腕一本切り落とされれば、相当な出血じゃなかろうか。しかもそれは右腕。彼の能力の一つとも言えるものなのに。
 しかも。

「ファシルが……魔王が持っていたんだぞ!?」

 凍るような冷え冷えとした声。それでいて愉しげに、慄くアレンにむけられた眼差し。
 反射的に逃げ出した。しかし多分向こうもまた、あえて逃がしたのだろう。
 
(もう捕まえるのは容易い、ってことか)

 悔しさも込み上げる。
 頼みの綱の一本を切られた気分だ。同時に、鈍化することのない喪失感に胸が痛む。

「シセロ……アレックス……マリア……」

(怖い。みんな、居なくなる)

 自分の目の前で、惨たらしく地に伏せるのをもう見たくない。
 いっその事、この両目を潰してしまえばいいのか。いや、そんなことしても同じだろう。
 いつしか『失いたくない存在』となってしまった者達の最期を、この瞳に映してしまった記憶は消えはしないのだから。

「アレン」
「もう嫌だ。もう、誰も傷つかないでくれ……」
「アレン、もう――」
「さっさと僕が、魔王アイツのものになりゃあ良かったんだ。そうすれば、みんなあんなことにならなかった」
「アレン、違うよ」
「それとも。僕が勇者にならなきゃ良かったのか。転生なんて、この世界に生まれてきたことすら罪だったのかもしれない」
「アレン!」

 胸に抱いた彼が、声を上げた。

「違うってば! ぜんっぜん、違うよ!! アレンは間違ってる」

 真っ直ぐな眼差しから目をそらす。
 自分のせいで、多くの者たちがあんな事になったのだ。
 いいようのない苦しみの感情で、はち切れてしまいそうだった。

「そのままでいい。そんなアレンを俺たちは好きになったんだから」
「……」
「ねぇ聞いて? 魔王を倒されたと聞いて、国民が救われたと喜んだこと。アレンは忘れたの?」

 伝説の勇者。救世主。
 人々は、口々にアレンを称えた。恐怖と混乱の世の中が変わるのだ、と希望に満ち溢れていた。

「それは」

 ふと、あの庭師見習いの青年を思い出す。
 エルフなのに魔力を持たぬ者。魔法では出せぬ色の花を、と弟子入りを懇願した姿を。
 彼もまた、アレンを『希望』と言った。眩しいような笑顔を向けて差し出された、鮮やかな青い薔薇ロサ

「アレン、自分を責めないで。そして、俺も一緒に戦わせて欲しい」
「ニア。君は……」
「あははっ、なんて顔をしてるのさ。ま、そんな表情も愛してるよ」

(まったく)

 こんな状況でも口説いてくる。やっぱり優しい笑みを浮かべて、冗談めかして。
 彼もまた、背負ってきたモノは多いだろうに。

「バカ言ってんじゃないぞ。エロガキ!」

 微かに涙の浮かぶ目を細め、滑らかな額を軽く

「いっ、痛いなぁ。もう少し手加減してよ~」
「うるさい。く、口説くなら――」

 がらにもなく他人の言葉に。しかも男のそれに心動かされ、あまつさえ変わらぬ笑顔に胸がときめいたなんて。
 薄ら赤面する顔を誤魔化して、ニアを強引に抱え込んだ。

「ちょ、苦しい! 嬉しいけどっ、くるしっ」
「後でゆっくり口説かせてやるよ」

 覚悟しとけアホガキ、と付け加える。
 小さく彼が笑うのが皮膚に伝わり、くすぐったい。

「だって君だけは、僕を置いていかないんだろう?」

 不死のゴーレム。
 その孤独ともいえる存在は、彼を救ってくれるだろうか。
  
「もちろん――ずっと共にいよう」

 幼いとも老獪とも言えぬその表情に、思わず溢れた涙を見られたくなくて。
 アレンは再び、少年の頭部を胸に抱いた。閉じ込めるかのように。

(これだからガキは苦手なんだ)


※※※
 
 アレンが唯一使える魔法。
 しかし、それにはいくつかの制約があった。

『戻ってくると思ってたよ。アレン』

 覗いた牙。赤い瞳。尖った耳。そして、歪んだ形の大きなツノ。
 オーガとしても、エルフとしても異端であり異形。それが、魔王である。
 
『ぼくの花嫁になる決心でも、ついたのかな』
「花嫁ぇ? ハッ、ついに耄碌もうろくしちまったのか。僕が、ここに来た理由は一つさ……

 薄く微笑み、背中に回していた手から取り出したのは鋭い光。
 
「僕の手で、葬り去ってやる」

 勢い良く駆け出した先、魔王のふところへ。
 真っ直ぐな殺意と決意を瞳に、顔を歪めて走るアレンに魔王は表情を変えなかった。

「――ぁ゙っ!!」

 軽々と掴まれた腕。乾いた音とともに、激痛が走る。
 右腕の骨が砕けたのだと気が付いたのは、その時だ。圧迫され、力を失った指から音を立てて落ちた物。

『やれやれ、こんなモノでぼくを殺せるとでも?』

 右手ひとつで吊り下げされた状態で、低く冷笑を浴びせられる。
 それはナイフなどではなかった。それどころか、武器ですらない。

『そういえば以前、この森に住むガキに刃物の作り方を教えたことがあってね』

 嬉々とした声もアレンの耳には届かない。

「い゙っ」
『ああ。痛いかい? そうだろうね。でも、いい事を考えたよ』
「なんだ、よ。どうせ、ロクなことじゃない、がな」
『あははっ、どうかなぁ』

 魔王は捕らえていた右腕を、そっと撫でる。何かの
 そして、まるでとびきりのプレゼントを渡された子どものような無邪気さで言ったのだ。

『コレ、切り取っちゃおう』

 と。

「な、なに、を」
『ぼくは考えたんだ。アレンを手に入れる方法を。真剣に』
 
 陶酔の表情を浮かべる。

『一緒に死ぬ方法から、一緒に生きる方法まで。とにかく、もう離れたくないからね』
「このっ、ヤンデレめ!」
『ふふ。震えているね、怖い? 怖いよね。ぼくも怖いよ。お前を失うのが、たまらなく怖い』
 
 繰り言のような睦言に、アレンは唇を噛む。
 込み上げる感情。複数の反するものが胸を痛めつけるのだ。

(可哀想な奴……憎い……哀しい……苦しい……ああ)

 どれもしっくりこない。ただ一つ、自分を愛してと歪んでいく男に自分は何も出来ないのだろう。

(しかし彼らを傷付け、殺したのも彼だ)

 一人の者を憎み切る、なんていうのはむしろ難しい事なのかも知れない。
 憎しみの中に内包する複雑怪奇な色に、アレンは翻弄され続けている。
 それはひとえに、この男が彼の愛を貪欲なまでに乞い続けるからだ。

『ぼくの花嫁。花嫁に四肢がなくたって、国王ぼくは何一つ気にしない』

 とんでもなく強烈なデジャヴに、めまいを覚えながらも魔王を睨みつけた。

「勝手に人の手足、ちょん切ろうとすんなァァァッ!!!」

 アレンが力を振り絞り、叫んだ刹那――。
 水を打ったかのような微かな地鳴りからの、響き渡る大轟音。
 それは巨大な爆発として、すざましい衝撃を産む。

「っ!」

 宙に放り出されるように舞う身体が、次の瞬間には地面に叩きつけられる。
 爆心地はそこ。
 魔王が立っていた場所である。

「や、やった、か……?」

 痛みからか、立ち上がる事もできず呻いた。
 アレン・カントールの唯一の魔法であり、切り札。
戻れレディーレ】だ。
 限定的に時を戻す魔法。この場合は、放たれた魔法を威力そのままに発動させることが出来る。
 しかし発動条件として、
 だから彼は何としても魔王を油断させたまま、この場に引き寄せる必要があった。
 単なる尖った石をナイフに思わせて攻撃をしかけ、捕まって見せたのはその為だ。

(魔王は)

 深くえぐれた地面。
 舞い上がる土埃がもうもうと立ち込めて、前がよく見えない。
 ここは逃げ出す前にいた場所で、放たれた魔法も怒りと狂気に超強力であった。
 あれを自らが受ければタダでは済まない――そう思われた、が。

『アレンは、悪い子だねぇ』
「!?」

 煙幕のような風塵が、少しずつ晴れていく。
 その向こうからゆっくりと近づいてくる、ひとつの影。

『お前の唯一使える魔法を、ぼくが覚えていないわけが無いじゃあないか』

 抑揚のない声。
 感情すら読めないそれに、戦慄が走る。

『……悪い子には、お仕置だね』

 口の端がいびつに笑い、血のように赤い舌が覗いた。
 
 


 


 

 







 
 


 
 
 





 
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