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タナトスの墓標2
「っ、この野郎」
『あ゙……ッ、ア゙……レン゙』
腐敗しきったアンデッドのようだとアレックスは思った。
ずるり、と剥けたように見えた皮膚は何かの反応だろうか。
もはやエルフでもオーガでもない、憐れな姿の男はなおも彼の名を呼んでいる。
目が見えないのか、彼の腕にまとわりつきながらしゃがれ声でわめきたてる喉笛を握りつぶしてやろうか力を込めた。
「くっ」
(なんでテメェが生きてんだ)
同じく貫かれ、腹に風穴が空いているいうのに。
蒼白で今にも命尽きそうな愛しい人に対し、巨悪の根源ともいう醜悪なバケモノは未だ執着の手を伸ばす。
腹立たしくて仕方なかった。
弱った者をさらに打ちのめすなんてフェアではない――なんて正義漢ぶるつもりもない。
だからアレックスは、手にした肉塊を男に叩きつけた。
「テメェのせいで……っ」
彼を偽り騙し、殺してしまった卑怯者。そう心で叫び、何度もその身体を蹴りつける。
力なく声を上げ湿った地面に伏した姿を、あの強力にして稀なる力をもった魔王だと思う者がいようか。
目が見えず、光の宿らぬ瞳をいっぱいに見開きうわ言を漏らす亡者。アレン、アレンと迷い子が母を呼ぶようにすすり泣いている。
「くそ!」
なにもかもがやるせない。
彼は別に殺したい訳ではなかった。ただ、アレンの隣で生きていたかっただけなのだ。
殺してでもモノにしよう、なんて気持ちも理解できない。
なのにそれをすべて、ぶち壊した男がいる。
(壊してやりたい、この右手で。すべて)
悲しいかな、もうその右拳は存在しない。するとすれば、それはただの薄汚れた骨にまとわりつく腐肉である。
――濃厚な死と荒廃の香りが辺りを満たした。
彼はただただ、目の前の男を蹴り続ける。血反吐を吐き、呻き声をあげながら身体を丸めているみすぼらしい青年。
魔王と呼ばれたのは、アレンをこんな目に合わせたのはこんな奴なのか。
アレックスの心は、感じたことのないもどかしさと怒りに支配される。
そうして気がつけば、我を忘れた暴力をふるっていた。
腕こそないから、掴みかかって殴る事はできない。しかしあまりの剣幕に、マリアが羽交い締めにするまで彼は魔王であった男を散々蹴りあげていたのだ。
芋虫のように蠢き逃げようと転げ回るくせに、アレンの名を呼んだ恍惚とした声色に怒りのボルテージは上がる一方。
「アレン、もうやめて!」
「っ、離せ。しぶとい野郎だぜ、まだ動きやがる」
「もう駄目ですっ、弱体に鞭を打つような無慈悲な――」
「じゃあアレンをオレたちから奪ったコイツは、慈悲深いっていうのかよ!」
「アレックス……」
苦しげに目を伏せる聖女。
また八つ当たりだと思っても言葉が、感情が止まらない。
「アレンだって、きっと生きることを諦めたワケじゃねぇんだ。きっとそうだ。そうに決まってる。アイツが、オレたちを置いて死ぬわけがない!」
「それは」
「アンタも憎いだろう、仲間だったのだから」
アレックスの言葉に彼女は、そっと涙を零す。
人は失ってからその存在の大きさに気がつくという。それは、魔法や剣の世界で生きる者たちも同じ。
二人はまるで眠っているかのような青年の、開くことの無い瞼の下の眼差しを想う。
「それでも……祈りましょう」
涙声で言った言葉に、アレックスは目を逸らした。
祈りなど、なんの役に立つのだろう。神なんて、どうせロクでもない存在だ。
自分をこんな残酷な世界に送り込んだ女神しかり。また顔を見たら、女でも関係なくぶちのめしてやる――彼は、そう心の内でつぶやきその場にしゃがみ込んだ。
「アレックス、何を……」
「これで最後だ。頼む、足掻かせてくれ」
そう言ってひざまづいたのは、彼女に抱かれているアレンの元。
自らの左手を握り、拳をつくる。
(さようなら。アレン)
分かっていた、無理なことくらい。右拳で破壊出来るのも左拳で直せるのも、生物以外だけ。
この力は回復や蘇生とは違うのだ。あくまで破壊を再生させるだけ。
そんな単純な力なのに、人々はこれをチート能力と呼んで羨ましがった。
(肝心なモノをなおせなきゃ、意味ねぇよ)
自嘲の笑みを口の端に浮かべて、柔らかく作った拳を彼の腹にそっと押し当てる。
血が服の下から滲み。ぐじゅ、と不快な音を立てる。
その赤はまだほんのり温かい。それがまた哀しかった。
「アレックス。もう、いいでしょう」
やはり何も起こらない。
もう完全に息絶えてしまったのか。改めてやってくる絶望感で、唇が切れるほど噛み締めた。
(くそっ)
『ぁ……あ゙……アレ゙、ン゙……あ……あぁ……』
人間より生命力の高いエルフとオーガの混血児は、これほどの傷を負っても生きている。廃人同然で這い回り、事もあろうにアレンの足にしがみついたのだ。
「このクソ野郎ッ、離れろ!」
「アレックス!?」
カッと頭に血がのぼった。
思わず力任せに数回、蹴りつけて引き倒す。
虫のように縮こまって身を守ろうとするから、上半身に乗り上げる。
喉の奥で引きつった悲鳴をあげて、弱々しく抵抗をするのも気に食わなかった。
「テメェのせいだ。なのに、のうのうと生きてやがって。この恥知らずの卑怯者が」
アレックスは唇を震わせ罵倒する。
これほどまでに他者を憎んだことはなかった。興味を持つこともなかった。
愛したこともなかった。
「殺して、やる……!!!」
叫び、思い切り振り上げたのは左手の拳。
そしてなんの躊躇もなく、それは魔王の頬に叩きつけられる。
「っ、アレックス!」
マリアの悲鳴。
肉体と骨を打つ手応え。
濁った色の男の瞳。
……全てはそのすぐ後に訪れた、まばゆい光に包まれた。
(なっ!?)
突如として現れた眩燿は森を、いや島全体を覆う。
白飛びした世界でアレックスが最期に見たのは、いつの間にか地面に落ちた小さく古ぼけた懐中時計。
――カチリ、と一際大きな音を立てた。
『あ゙……ッ、ア゙……レン゙』
腐敗しきったアンデッドのようだとアレックスは思った。
ずるり、と剥けたように見えた皮膚は何かの反応だろうか。
もはやエルフでもオーガでもない、憐れな姿の男はなおも彼の名を呼んでいる。
目が見えないのか、彼の腕にまとわりつきながらしゃがれ声でわめきたてる喉笛を握りつぶしてやろうか力を込めた。
「くっ」
(なんでテメェが生きてんだ)
同じく貫かれ、腹に風穴が空いているいうのに。
蒼白で今にも命尽きそうな愛しい人に対し、巨悪の根源ともいう醜悪なバケモノは未だ執着の手を伸ばす。
腹立たしくて仕方なかった。
弱った者をさらに打ちのめすなんてフェアではない――なんて正義漢ぶるつもりもない。
だからアレックスは、手にした肉塊を男に叩きつけた。
「テメェのせいで……っ」
彼を偽り騙し、殺してしまった卑怯者。そう心で叫び、何度もその身体を蹴りつける。
力なく声を上げ湿った地面に伏した姿を、あの強力にして稀なる力をもった魔王だと思う者がいようか。
目が見えず、光の宿らぬ瞳をいっぱいに見開きうわ言を漏らす亡者。アレン、アレンと迷い子が母を呼ぶようにすすり泣いている。
「くそ!」
なにもかもがやるせない。
彼は別に殺したい訳ではなかった。ただ、アレンの隣で生きていたかっただけなのだ。
殺してでもモノにしよう、なんて気持ちも理解できない。
なのにそれをすべて、ぶち壊した男がいる。
(壊してやりたい、この右手で。すべて)
悲しいかな、もうその右拳は存在しない。するとすれば、それはただの薄汚れた骨にまとわりつく腐肉である。
――濃厚な死と荒廃の香りが辺りを満たした。
彼はただただ、目の前の男を蹴り続ける。血反吐を吐き、呻き声をあげながら身体を丸めているみすぼらしい青年。
魔王と呼ばれたのは、アレンをこんな目に合わせたのはこんな奴なのか。
アレックスの心は、感じたことのないもどかしさと怒りに支配される。
そうして気がつけば、我を忘れた暴力をふるっていた。
腕こそないから、掴みかかって殴る事はできない。しかしあまりの剣幕に、マリアが羽交い締めにするまで彼は魔王であった男を散々蹴りあげていたのだ。
芋虫のように蠢き逃げようと転げ回るくせに、アレンの名を呼んだ恍惚とした声色に怒りのボルテージは上がる一方。
「アレン、もうやめて!」
「っ、離せ。しぶとい野郎だぜ、まだ動きやがる」
「もう駄目ですっ、弱体に鞭を打つような無慈悲な――」
「じゃあアレンをオレたちから奪ったコイツは、慈悲深いっていうのかよ!」
「アレックス……」
苦しげに目を伏せる聖女。
また八つ当たりだと思っても言葉が、感情が止まらない。
「アレンだって、きっと生きることを諦めたワケじゃねぇんだ。きっとそうだ。そうに決まってる。アイツが、オレたちを置いて死ぬわけがない!」
「それは」
「アンタも憎いだろう、仲間だったのだから」
アレックスの言葉に彼女は、そっと涙を零す。
人は失ってからその存在の大きさに気がつくという。それは、魔法や剣の世界で生きる者たちも同じ。
二人はまるで眠っているかのような青年の、開くことの無い瞼の下の眼差しを想う。
「それでも……祈りましょう」
涙声で言った言葉に、アレックスは目を逸らした。
祈りなど、なんの役に立つのだろう。神なんて、どうせロクでもない存在だ。
自分をこんな残酷な世界に送り込んだ女神しかり。また顔を見たら、女でも関係なくぶちのめしてやる――彼は、そう心の内でつぶやきその場にしゃがみ込んだ。
「アレックス、何を……」
「これで最後だ。頼む、足掻かせてくれ」
そう言ってひざまづいたのは、彼女に抱かれているアレンの元。
自らの左手を握り、拳をつくる。
(さようなら。アレン)
分かっていた、無理なことくらい。右拳で破壊出来るのも左拳で直せるのも、生物以外だけ。
この力は回復や蘇生とは違うのだ。あくまで破壊を再生させるだけ。
そんな単純な力なのに、人々はこれをチート能力と呼んで羨ましがった。
(肝心なモノをなおせなきゃ、意味ねぇよ)
自嘲の笑みを口の端に浮かべて、柔らかく作った拳を彼の腹にそっと押し当てる。
血が服の下から滲み。ぐじゅ、と不快な音を立てる。
その赤はまだほんのり温かい。それがまた哀しかった。
「アレックス。もう、いいでしょう」
やはり何も起こらない。
もう完全に息絶えてしまったのか。改めてやってくる絶望感で、唇が切れるほど噛み締めた。
(くそっ)
『ぁ……あ゙……アレ゙、ン゙……あ……あぁ……』
人間より生命力の高いエルフとオーガの混血児は、これほどの傷を負っても生きている。廃人同然で這い回り、事もあろうにアレンの足にしがみついたのだ。
「このクソ野郎ッ、離れろ!」
「アレックス!?」
カッと頭に血がのぼった。
思わず力任せに数回、蹴りつけて引き倒す。
虫のように縮こまって身を守ろうとするから、上半身に乗り上げる。
喉の奥で引きつった悲鳴をあげて、弱々しく抵抗をするのも気に食わなかった。
「テメェのせいだ。なのに、のうのうと生きてやがって。この恥知らずの卑怯者が」
アレックスは唇を震わせ罵倒する。
これほどまでに他者を憎んだことはなかった。興味を持つこともなかった。
愛したこともなかった。
「殺して、やる……!!!」
叫び、思い切り振り上げたのは左手の拳。
そしてなんの躊躇もなく、それは魔王の頬に叩きつけられる。
「っ、アレックス!」
マリアの悲鳴。
肉体と骨を打つ手応え。
濁った色の男の瞳。
……全てはそのすぐ後に訪れた、まばゆい光に包まれた。
(なっ!?)
突如として現れた眩燿は森を、いや島全体を覆う。
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