世界を救った勇者ですが童帝(童貞)の嫁になるようです

田中 乃那加

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ゆりかごから墓場まで

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 ――穏やかな風が、窓から吹いてくる。

 その家は小屋というには大きく広く。屋敷というには、少しばかりこじんまりしている。
 言っててみれば貴族達の別荘地、といったところか。
 そのため気候も穏やかで、自然豊かな土地である。
 
「やぁ、いい子にしてたかい」

 柔らかな声。
 一人の青年がやってきて、部屋にあるをじっと覗き込む。
 上質な木製素材で作られた、ゆりかごである。

「あぁ寝てるのか」

 そっと独り言を零した声も、また優しい。ゆりかごの中の幼子を、愛しげに眺めた。
 
「――アレン、だから言ったでしょう。見に行く必要はない、と」

 今度は、不機嫌そうな声。
 部屋の入口に寄りかかるように立つ者のものだ。
 白い肌に澄んだ色の碧眼へきがん。そして尖った耳の容姿端麗の男。

「シセロ」
「数時間も空けずに見に行くなんて、甘やかしすぎですよ」
「君は子育てをナメてんのか」

 ピシャリと言われ、鼻の上にシワを寄せるもやはり美しい男は美しい。
 この面白くなさそうな表情も、青年ことアレン・カントールを愛しているから。ゆりかごで眠る赤ちゃんにも取られたくないのだ。
 この男が大国の大臣をしているのだから、驚くべきことだが。
 しかしアレンも内心呆れ返りながら、それでも憎からず思い始めていたりする。

「いっそうのこと母乳が出るように、私が魔法薬を開発しましょうかね。ま、このガキに飲ませる気はありませんけど」

 真顔にて言い放つ男の視線は、アレンの平たい胸にそそがれている。
 またロクな事を考えてないと盛大なため息がでた。

「バカなこと言ってないで、あっち行っていろよな」
「アレンが冷たい……」
「あー、はいはい。あとで紅茶でも入れてやるから。そういえば、さっきシスター・マリアが探してたぞ」
「あんなアマ、放っておけば良いんです」
「君の姉貴だろ。早く行かないと、また魔法の杖でしばかれるぜ『聖女アタック!』とか言って」

 シセロをなだめすかしながらも、なんとか部屋から追い出す。
 やれ抱っこし過ぎだ、距離が近いだと。とにかく、うるさくて仕方ないのだ。
 
(子どもに嫉妬して)

 部屋に再び静寂が戻ると、アレンはため息をつく。
 その時、ゆりかごの中からむずまがる幼児の声がした。

「やれやれ。起きてしまったのか。

 覗き込んで顔を見せれば、キャッキャッと笑い声をあげる小さな顔。
 右目が碧眼、左目がルビーのように赤い瞳のその子どもの肌は抜けるように白い。
 そして印象的なのは、尖った耳と額に生えたツノ
 エルフ族とオーガ族の血と特徴を継いた、混血児ハーフであった。

「よしよし。君は、どこにいも甘えん坊だなぁ」

 歳の頃は生後四ヶ月ほどか。ふくふくとした頬に笑みをのせ、手をいっぱいに広げている。
 これは抱っこのサインだと、一目瞭然だ。

(この僕が子育てとは)

 つくづく人生は分からないものである。

 ――魔法に貫かれ、絶命する寸前。
 アレックスの左拳が魔王ファシルに叩きつけられた瞬間。
 眩い光に、島全体が包まれた。
 それは彼が持っていた、死神からの懐中時計が反応したもの。
 死を司る……すなわちそれは死への過程。さらに言えば人生そのものの象徴シンボル
 どのような作用があるのか、アレックスおろか機械人形のアリスですら知らなかったかもしれない。
 ただそれは、すべての結末をひっくり返すモノであった。
 
「こうしてると君も可愛いなぁ」

 きゅ、と首に抱きついてくる小さな手がたまらなく愛おしい。
 認めてしまうと心中複雑だが、これが母性かと彼はつぶやく。

「ファシル……いや、泰親」

 すっかり姿が変わってしまったのは、お互い様だろう。
 光が消えてアレン意識が戻ると、まず耳に入ったのがまるで猫の鳴き声のような音。
 薄く目を開くと、そこに魔王はおらず。
 オッドアイの赤ちゃんを抱く、シスター・マリアの困り顔があった。

(ほんと、とんでもない状況だよなァ)

 顔を近づけるとほんのりミルクの匂いのする肌。
 現在、アレンは前国王が所有していた別荘地にて子育てにはげんでいる。
 表向き、無事に王位継承を果たした若き童帝の花嫁がそうそうに世継ぎを産んだという。なんともトンデモ設定だ。
 ちなみにニアを国王に仕立てあげての、かなり行き当たりばったりの綱渡りである。
 しあしその辺りは、大臣であるシセロを頼る他ない。
 アレンとしてはこんな嘘で、本当に国民が納得するのか疑問だったが。意外と、好意的に受け入れられているらしい。
 実に不思議なことであるが。

「あれ~? ファシルどうしたの、ミルク?」

 次にひょっこりと顔をのぞかせたのは、その本人。
 今はちゃんと、胴体と首の繋がった形になっている。
 
「あはは、今日もゴキゲンだね」
「あ。オムツ替えてやらなきゃだな。ミルクも――」
「してあるよ~!」

 先回りして用意してくれたらしい。驚くべきことに、彼の方がシセロよりよほど子育てに協力的なのだ。
 
(アイツはやれって言ったことしかしないからな)

 なんなら抱っこだって、なかなかしない。強く言って押し付ければ、見るからにガチガチに緊張してこっちまで肩が凝りそうだ。
 マリアが言うには『壊しそうで怖い』と弱音を吐いていたというが、あのツンデレ気取った男のことだ。
 絶対に認めないだろう。

(それに引き換えニアは)

 なぜかとても手馴れている。ミルクもオムツ替えも手際が良い。

「いつもありがとな」
「ううん。アレンこそ、夜中起きてたんでしょ?」
「あぁ。まぁな」

 いわゆる『夜泣き』というのをするようになった。
 この場合はアレンでないと泣き止まず、仕方なく彼が夜中起きる羽目になる。

「少し休みなよ。俺がやっとくからさ」
「でも」
が倒れたら、大変でしょ」
「そうだな――って、誰がママだ!」

 結果的にアレンが母親のような役割になってしまっていた。
 なぜなら赤ちゃんになってしまったファシルが、一番に懐いたのが彼だったから。
 無償の愛を求め、ただただ手を広げる幼子に冷たくできるほど冷血漢ではない。
 
「ほらアレン、ダメだよ。ファシルが驚いて泣いちゃうよ」
「あっ、ごめんごめん。怒ってないからな? ほら、ギューってしてやるから。な?」

 大声に震え、ひぐひぐと泣き出そうになった赤ちゃんに慌てて話しかける。
 しかしすでに目に涙の粒が盛り上がりつつあり、今にも喚き出しそうだ。

「ああ、くそっ。泣くな泣くな。今度はしてやるから!」

 一番効果のある (ただし夜泣き以外で)のがアレンが頬に落とすキスだった。
 まるで極上の美女に口付けされた男のように、ニンマリと笑うのだ。

「アレンってば。ファシルにばっかりチューしててズルいなぁ」
「うるさい。こんなのノーカンだっ、ノーカン!」

 そう言いながらも、すりすりと頬を擦り寄せてくる赤ちゃんに笑みが込み上げる。
 可愛い、と思いたくなくても自然と心がそうなってしまう。
 一種の洗脳のようだ、なんて思ったりもした。
 
(洗脳といえば)

 死神の時計により彼らの傷は治って、魔王の肉体と精神は赤ちゃんにまで戻ってしまった。
 これがなぜそうなったのかは、答えられる者はいないだろう。複雑な要因と運命が混じりあってのことだ。
 そもそも、全ての始まりはもっと遡った所にある。
 そして気になっていることがあった。
 魔王ファシルはどんな成長をするのか、ということ。つまり、またあの闇の深い青年に育ってしまうのか。運命はまた繰り返すのか。

(環境か本質か、だな)

 アレンはそれを見極めるために、魔王を育てよう思った。
 もっと言うなれば、前世の記憶すら無くした彼の……穐山 泰親あきやま やすちかであった頃から育て直したい。
 あの光の中で思い出した、二人の繋がり。
 家族旅行の後には、彼に会いに行こうと思っていたのだ。そしてちゃんと話をしたかった。
 自分の気持ちや、先のことも。とにかくもっと真摯に向き合いたかったのに。

 ――改めて、自分が死ぬということについて考える。
 泡のようにパッと消えてお終い、ではないのだ。それまでの時間や感情、多くの人との繋がりがある。それが途切れた糸のとなって、人々の心に漂う。
 それこそが人と人が『共に生きる』ということで、その証なのではないか。
 泰村 明帆やすむら あきほとしての自分を、少し羨ましく想った。

(僕はここで、また作ればいいさ)
 
 そのためにも、ファシルを育てたい。たくさん愛を込めて。
 前世の分も惜しみなく注いだ愛が、彼をどんな人間にするのだろう。
 それが楽しみでもあり、怖くもある。

「ねぇアレン」

 オムツを替えた太ももを、ぷにぷにと軽くつつきながらニアは口を開く。

「後悔、してる?」
「そんなワケないだろ」

 後悔なら前世で散々している、とは言わなかった。
 どうせ荒唐無稽な話だ。今、目の前にある現実こそが見つめなければならない事。そして、これからのことなんて誰にも分からない。
 
(あの女神なら別なのだろうが)

 なぜ自分にチート能力を授けたのか。未だにアレンは分からないが、きっとこれも何かのえにし――いや、そんなものはあるのかすら分からない。
 いるのはとんでもなく頭の悪そうな女神だけだ。

「……おい」
「あ、アレックス。おかえりなさい」

 のそりと部屋に入ってきた男に、ニアが明るく声をかけた。
 相変わらずのピチピチTシャツに短パンが、はち切れそうな筋肉。
 顔に走る傷跡も健在で、右手は機械仕掛けメタリックの義手を装着している。
 あの日、失った右腕は戻らなかった。だからアレックスは、ヘラの口利きで腕の良い義手職人を紹介されたようだ。
 
「こら、ファシルに触るならちゃんと手を洗えよな」
「おぉ、すまん」

 便利屋仕事から帰ってきてそうそうのお小言にも、彼はどこか嬉しそうに答えた。
 さしずめ『うちの嫁が今日も可愛くて幸せ』といったところだろう。
 確かに見ようによっては、赤ん坊と彼とアレックスと。夫婦 (!)と子供に見えなくもない。

(なんて。とんだ妄想だが)

「アレックス。お、おかえり……」

 素直に手を洗いに行き、改めて戻ってきた男に彼は小さな声で言った。
 妙な気恥しさが、未だに抜けない。自分を救ってくれたこの男は、変わることのない優しく穏やかな愛情をこうして眼差しを向けてくるからだ。
 
「ああ。ただいま、アレン」
「……」

(くそ、なんか調子狂いっぱなしだ)

 シセロやニアと違って、ことある事に迫ったりしない。 
 独占欲丸出しですねたりもない。
 ただ育児に奮闘するアレンを、嬉しそうに見ながら献身的に手伝うだけだ。
 その姿は、不器用ながらも優しい夫と言えなくてもない。

「ファシル。いい子にしてたか」

 アレックスが左手を差し出すと、キュッと握りしめる小さな指。
 それだけで蕩けそうな表情をみせる。

「な、何も……毎日来なくてもいいんだぞ」

 アレンが憎まれ口を叩けば、彼はキョトンと首をかしげた。

「オレは愛する妻と子どもの元に帰ってくるだけだが?」
「っ、ハァァァ!? なに小っ恥ずかしいことを……っ」

 平然と口にするその言葉に、頬を染めてしまう自分がもう恥ずかしい。
 
「アレンも言ってくれただろうが『おかえり』と」
「ゔっ」

 建前的にはアレンの夫はニアだ。アレックスは、あくまでここへ訪問する形になっている。
 経営していたフィットネスクラブは手放し、ヘラやミナナ達と便利屋の仕事を続けるることにしたのだ。
 
「オレの帰るところは、いつもお前のところだ。愛してるぜ。お前も、お前が愛する存在もすべて丸ごとな」
「アレックス……」

 不意に胸が高鳴る。
 これが胸がキュンとする、ということだろうか。真っ直ぐ愛を口にする男は、なんと凛々しいのだろう。
 
(なんか、おかしい)

 男に恋なんてするはずない。身体はともかく、心までくれてやるものかとかたくなだったのに。いつしかアレンは男たちに囲われれ、溺愛される生活に満たされつつあった。

「なぁアレン。オレは諦めてないぜ」
「えっ」
「オレは、お前とガキをこの手で守れるような立派な男になる」
「……」
「オレはお前がいれば幸せになれるが、お前がオレといて幸せになれるように頑張るから」
「…………ばっかじゃねぇの」

(そんなのもう――)

「あのさ~。お二人さん」
「!」

 あきれ声とジト目に飛び上がる。
 いつの間にかファシルを抱っこしたニアが、ふくれっ面をしていた。

「よく俺たちの前でイチャついていられるよね」
「べ、別にイチャついてなんて!」
「ふん。好きな奴に愛を囁いて何が悪い」

 真っ赤になって慌てふためくアレンに、正々堂々と言い切るアレックス。
 それを見て、ニアはより一層大きなため息をつく。

「言っとくけど。俺もシセロも、まだ諦めたワケじゃないからね」
 
 そう言うと少年は赤ちゃんを抱いたまま、器用に背伸びした。
 ちゅ、と小さなリップ音と共に頬に口付けされる。

「おい。人の嫁になにしやがる」
「実質、国王である俺のお嫁さんだよ」
「ンなもん、ほとんど政略結婚じゃねぇか」
「へへん。愛はこれから育んでいくんですぅ~」 
「その前にかっさらってやる」

 アレックスとニアが睨み合いになった時。

「二人とも、勘違いされたら困ります。アレンは私のものですから」

 不穏そのものの表情で現れたのはシセロ。どうやら姉であるマリアから逃げ出してきたらしい。
 かすかに息を切らせている。

「アレンにはすぐにでも、第二子を産んでもらいますよ。もちろん、父親タネは私で」
「なにそれヒドッ、めちゃくちゃ鬼畜じゃん!」

 つまり今夜辺りにでも仕込もうというのか。
 そもそもアレンがどうやって受胎するというのか――そこのところは、この魔法使いなら何とかやりかねない。
 ゾッと寒気を覚えた。

「おいテメェ。いい加減にしろよ」

 そこへ割って入ったのはアレックス。

「俺とアレンは、あと最低10人は子どもを作る予定だぜ」
「それは産ませすぎだよ……」
「さすがにそれは……」

 ドン引くニアとシセロに、なぜかドヤ顔の男にアレンは思わず天を仰いだ。
 やはりどいつもこいつも負けず劣らず変態で、どこか不健康で重たい偏愛家なのである。
 
「ふぁぁ」

 昨晩の夜泣きで寝不足で、あくびをかみころしぼんやり眺めた。

(こんなのも悪くない、かな)
 
 先は見えない。
 果たしてハッピーエンドかトゥルーエンドか、はたまた緩やかなバッドエンドか。分からない彼らの未来は、どこへゆくのだろう。
 
 ……時は流れる。
 泣いても笑っても公正に、時計の針は進み続けるのだ。
 いつかは来る離別の時に向けて。
 前世から今世へ、そして来世へ――。
 
 

 

 
 
 

 
 
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