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無粋プロポーズ1

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 とがった耳をピクリピクリと震わせる愛らしい娘――それがルシア・カントールだった。

 最初は生後数日といったところだが、今はなんと5ヶ月ほどの姿に成長している。
 なんと言っても、成長スピードが異様にはやいのだ。
 むちむちとした手足をばたつかせ、あーうーと声をあげる。
 
「ん? どうした、ルシア」

 ミルクの用意をしながら、声をかけるルイトの姿もまた様になりつつあった。
 人は順応というか、慣れる生き物らしい。
 最初はおっかなびっくりで慌てふためいていた育児も、いくつもの力を借りてこなせるようになってきた。
 とはいえ、驚くべきはこの子どもの成長スピードと発達。あと、育てやすさだ。

「コノ子、つくづく親孝行ヨ」

 そう言いながら、換えのオムツをもって現れた大柄な身体。

「おはよう、ロロ」
「そろそろ出かける時間デショ? ほら、荷物はそろえといたネ」
「いつもすまないな」

 オムツを替える手つきすら、すっかり父親だ。
 人間、やればなんとかなるとルイトは感慨深く思っていた。

(こうしてみると可愛いんだよなァ)

 自分に似た色の瞳をぱちくりさせて、むにゃむにゃと何事か語りかけているような口元。
 ぷにぷにとしてやわらかい曲線を描く頬を、そっと指先でなでる。

「あぅぅ、ぅ? 」
「そうだぞ。パパ、今日もお仕事だ」
「うぁぁぅ……」
「すねるなよ。危ないから、今日はセトのとこに行こうな?」

 まるで会話しているかのようだ。
 まだ言語も理解していないだろう赤ん坊だが、ルシアはこちらの言葉を分かったように聞く。
 ルイトもまた、彼女の声や表情から少しずつ感情を読み取れるようになっていた。
 あれから二週間とは思えない、脅威の変化である。

「すっかりパパ、よネ」
「よせやい」

 ロロに冷やかされ、視線をそらす。
 自分でも戸惑うくらいに、娘に対して得体の知れない質量の愛情が湧いてくる。それが日増しに大きく強くなるのだから、なおのこと不思議だった。
 最初は壊れそうで怖かったこの小さな存在も、それが愛しいに変わるのだから面白い。
 とはいえ夜泣きもそこそこするもので、寝不足で泣けてくることも無くはない。でもそれを差し引いてもオツリが来るくらい、この幼子は可愛いかった。
 
「悪いネ、ほんとならワタシが――」
「いやいや。いつもありがとう、ロロ」

 ルイトは片手をあげて微笑んだ。
 自分に隠し子が、と打ち明けたとき。彼女は一瞬だけ目を見開いた。

『#$Δζζ♩мそんな奇跡が……』

 異国の言葉で、それが彼女の生まれ故郷のものだという事をルイトは知らない。
 ただ予想に反して、彼女が彼の育児の手助けを率先して手伝い始めたことが驚きだった。
 ミルクやらオムツ、服をそろえるだけでなく。冒険者の仕事に復帰した彼のために、託児も買ってでたのだ。
 今では、ロロか。彼女の都合が悪ければ、酒場の主人セトと店員女の子たちが交代で面倒みてくれる。
 文字通り、多くの人の手でこの子は育てられている。
 皆は、ルイトの子だということを驚きつつも受け入れてくれたからだ。

(まぁぶちのめされないだけ、よかった)

「じゃ、そろそろ行ってくるよ」

 背中におんぶ紐を使い、ルシアを背負う。
 
「行ってらっシャイ。η♩ζ$$м神の加護を

 厳つい顔だが優しい目で異国の言葉をつぶやく彼女の眼差しに、ルイトは小さくうなずいた。
 
(ロロも、ああ見えて子供好きなんだな)

 などと思いながら。



※※※


「さて、と」

 背中に負っていた大剣は、しまい込んだ。
 今は腰につけた太刀をふるうのが、彼のスタイルとなっている。
 そうでないとこのおんぶ紐も付けられないし。万が一、ルシアにケガでもさせたら大変だから。
 思考がすでに母親だ、なんてセトからは揶揄からかわれたが鼻で笑っておく。

「とりあえず即日でこなせる依頼クエストをくれ」

 スマートにカクテルを注文するのも面倒で、カウンターの向こうの女性に声をかけた。

「かしこまりました。少しお待ちを」

 彼女はわずかに眉をよせたが、すぐに手元の羊皮紙の束に視線を落とす。
 相変わらず無機質かつ、人形めいた表情にむしろ安堵すらした。
 その時――。
 
「よォ、久しぶりじゃん。ルイトちゃん」
「また君か。その呼び方やめろって、いつも言ってるだろ」
「アハハ。まぁまぁ、そう怖い顔すんなよ。べっぴんさんが台無しだぜェ?」
「っ、さわんな」

 馴れ馴れしく隣に座り、肩に腕を回してくる男。
 ランス・ロンドは拒まれても、くすんだをかきあげてニヤついている。
 またそれがカンに触った。

「ほんと、ジャジャ馬だよなァ。でも、そーゆートコも愛してるよン♡」
「笑えもしないどころか、虫唾が走る冗談だな」

 身体を密着させんとグイグイ寄ってくる男に、殺意のかたまりのような視線を投げて寄越す。
 だがいっこうに効果はないらしい。

「なぁなぁなぁなぁ」
「……しゃべるな、バカ」
「ひっどぉい! ってか。ルイトってば、みずくさいんじゃねーの」
「ハァ?」

 いまだクエストが提示されないのにイライラしつつ、ため息をつく。
 はやいところ、仕事を決めてこの場を去りたい。しかし何かを手間取っているのか、受付嬢は黙って羊皮紙をめくっている。

「女の子だってね、ルイトちゃんの隠し子」
「隠してない。それに君には関係ないだろ」
「もー、またそんなツレナイことを」

 そんな素っ気ない返事も一笑し、ランスは言葉を続けた。
 
「相手は誰?」
「それこそ君には関係ない」
「ふーん。ま、いいけどねェ」

 そこで、突然彼は表情を変える。

「ねぇルイト」

 真剣な顔。
 そして、やにわに掴まれた肩にルイトは顔をしかめた。

「は、離せよ」
「ルイト」
「だから離せって!」
「……、オレなら幸せに出来るから」

(は?)

 何を言い出すかと思えば。
 あまりの言葉に意味を理解しかねて絶句する。
 そんな彼に、今度は耳元でささやく。

「お前の子なら、きっと美人に育つだろうな。オレと一緒に、子育てしよう? 絶対に幸せにするからさァ」
「な……な……な……」
「他のヤツに渡したくねぇんだよ」

(まさかコイツ!?)

 ルイトの頭に、衝撃的 (または見当違い)な考えがよぎった。

(うちの娘ルシアをモノにするつもりかーッ!!!)
 
 一気に血が上る。
 よりにもよって、大事な娘を頂こうとする不届き者に怒りのボルテージが爆上がりしたのだ。

「こんのっ、ロリコン野郎がァァァッ!!!」
「ブヘッ!?」

 無防備な腹部に、渾身の一撃が肘鉄となって炸裂さくれつ
 くぐもった呻き声と共に、ランスはイスごと後ろに転げ落ちる。

「ろ、ロリコンって……」
「ぺド野郎と言い直してやろうか。この変態」

 忌々しげに舌打ちして、あ然とした顔で見上げる男に吐き捨てた。

「うちの娘を、貴様になんてやらんっ!」
「そ、そういう意味じゃ――」

 ちょうどタイミングよく。差し出された依頼書をひったくるように手にして、ルイトは足早にギルドを後にする。
 後ろで響く。

『ルイトぉぉぉぉっ、結婚してくれぇぇぇッ!!!』

 という悲痛な叫びのような告白も、耳に入らない。
 夢にも思わないだろう。
 シングルファーザーとなった自分に、同業者でライバル。しかも、日頃からいけ好かないヤツが突然プロポーズしてくるなんて。
 
(僕が、娘を守らないと)

 またひとつ。ルイト・カントールの、愛娘に対する愛を深めただけであった。
 

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