子連れ冒険者の受難クエスト

田中 乃那加

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無粋プロポーズ2

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 鬱蒼とした森に、切っ先がきらめく。

「うりゃぁぁぁッ!!!」

 雄叫びめいた声と共に、くり出された一太刀。閃光のごとく、魔物達を蹴散らしていく。

『ギシャァ゙ァァァッ』

 奇っ怪な金切り声をあげて飛び出してくるのは、死の蛇アービスと呼ばれる幻獣の一種だ。
 名の通り。しかし普通のそれとは違い、体長が2mほどある双頭――つまり、二つの頭を持った生き物である。
 手足がないのにも関わらず、その胴をくねらせて飛び上がる俊敏な動き。
 相手が怯んだすきに、肉や骨をその毒で溶かしてしまう。
 それを500匹ほど、採取するのがこのクエスト。

「これでっ――最後だァァァッ!!!!」

 コブラのような肥大した頭を振り立てて襲ってきた魔物を、一刀両断。
 身の毛もよだつ断末魔をあげて、引き裂かれた蛇皮と肉の裂け目から血が吹き出す。
 
「……」

(あのロリコン、絶ッ対に許さん!)

 大蛇の返り血をもろに浴びた青年の頭の中には、我が娘を狙う小児性愛者に対する忌々しい感情しかない。
 それは、森の中の小型魔獣どもが裸足で逃げ出すレベルの鬼気迫る形相であった。
 




※※※

「うっわぁ……」

 振り向いた酒場の主人が、顔をしかめる。
 全身魔物の血液だらけの、はた迷惑な客に向けてのものだろう。
 
「ルシアは?」
「おいおい。その前に――」
「ルシアはどこだッ!」

 剣呑な目付き。殺気すらただようその姿に、店の看板娘が小さく悲鳴をあげて後ずさった。
 さながら殺気立った猫のようだ、と男は笑ってカウンター席をすすめる。

「あの子なら、裏で女の子たちと遊んでるよ。今や、うちのアイドルだ」
「当たり前だろ。ルシアは可愛い」
「ハハハ、すっかり親バカだな」

 赤ん坊なんて育てられない、と泣きついたのはつい最近のことだった。
 それが日に日に、この懸命に生きる小さな命に夢中になる。それは、ルイト自身が一番よく分かっていた。

(仕方ないだろう。僕の子なんだから)

 そう。変わっていくのは、気持ちだけではない。
 ルシアもまた、どんどん彼に似てくるのだ。目元から目鼻立ち。今では、誰しもが『捨てても分かるほど』と揶揄するほどに。
 もともと少し女顔で。それなりの美貌のルイトに似れば、さぞ美少女に育つだろう。
 それとは別に。男親というものは、どこか我が子が自分の血を継いでいる事を確認したがるフシがあるのかもしれない。
 似ている。と言われれば良い気こそすれ、悪い気はしないのだ。
 
「でも。今のお前じゃあ、あの子を怖がらせちまうぞ」

 血濡れの上着を脱ぎつつ、椅子に座るルイトはうなだれた。
 先程まで紅潮していた頬の色は戻り、気分は沈むばかりだ。
 冷静さを欠いて仕事をしていたことによる、後悔。そして、いまだに怖々といった様子で見守る看板娘の様子に少なからずショックをうけていた。

(やっちまった)

 我を忘れるほどに怒ることなんて、久しくなかったのに。
 どんな時でも、表情をくずすことなくクールに仕事をやりとげる優秀な冒険者。それがルイト・カントールだったはずなのに。

「どうした。らしくないな」

 言わずとも分かっている。
 不貞腐れたように鼻を鳴らしてみせれば、苦笑いとともに頭を大きな手で撫でられた。

「……ガキみたいな扱いをするなよ」
「みたいなもんじゃないか」

(くそっ)

 確かにかなり年上のこの男には、いつもこうして慰められて助けられてばかりだった。
 初めてこの町に出てきてからずっと、あの宿屋を紹介したのも彼だ。
 冒険者としてこの町で生きるために必要な事も、ひと通り教えてくれた。
 今でこそ。こうやって酒場のオヤジをやっているが、若かりし頃はそれなりの腕のハンターだったらしい。
 
「ルイト、何があった」
「……」
「話してみろよ」
「……」
「オレとお前の仲だろうが」

 顔をのぞき込まれ、ようやくボソボソと朝からの事を話し始めた。
 仕事を取りに行った時に苦手な男に会ったこと。どうやそいつが幼い娘を狙っているということ。
 言葉にすればまた、怒りがつのる。にぎった拳がブルブル震えた。

「あのロリコン変態男、許せん」
「まぁ確かに、ずいぶんな野郎だな」

 ルイトの話が本当だとすれば。と前置きしつつ、セトはうなずく。

「だがな、少し落ち着いたらどうだ」
「落ち着いてられるか!」
「まぁまぁ。腹減ってるだろ?」
「減ってな……っう!?」

 途端、グゥと鳴った腹の虫。
 思わず腹を押さえて赤面すれば、目を細めてぐしゃぐしゃと頭を撫で回してくる。

「アハハハ! 少し待ってろよ、いいもん食わせてやる」
「む、むぅ」

 完全にガキ扱いで憤慨するが、この男相手だとそれも悪くないと思えるのだから不思議だった。
 そんな彼を、セトはなんとも言えない瞳で見つめていることに気が付かない。
 
「ルイト君、これ」
「あ……」

 横から店の女の子が、食前酒を差し出してきた。
 先程までの殺気じみた空気も消えて、ホッとしたのだろう。
 
「上着も、洗っておくわ」
「い、いいよ。こんなもの」

 さすがにこんな血みどろのモノを他人に触れさせるのは、躊躇われる。
 恥ずかしげに目を伏せたルイトに、彼女はイタズラっぽく微笑んだ。

「じゃあ今度、新しいのプレゼントしてあげる」
「えっ、君が? それは光栄だな! それなら僕も――」
「……ルイト。うちの従業員には、手を出すなよ」

 少し低い声でセトがつぶやくように言って、店の奥へ。
 女好きで、ガールフレンドの大勢いる彼に釘をさしたのだろう。
 うるさいな、小さく鼻を鳴らせば。

「ふふっ。ほんと、子供みたいね」

 ピンクに染色した派手な髪の彼女が、ぷっと吹き出した。

「おいおい君まで……冗談じゃないぜ」
「まあ! そんなにむくれないでよ。これ、アタシがつくったカクテルなの」
「へぇ! じゃあ、いただくよ」

 口をつければ広がるアルコールの香り。覚えのあるその味に、思わず顔を上げた。

(あぁ、これは)

「うふふっ。少し、大人のお酒だったかしら」
「むしろ大歓迎さ」

 淑女狙いの果実酒レディキラーカクテル
 読んで字のごとく。
 女性をするためのそれである。
 甘くフルーティーで鮮やかなカクテルだが、そのアルコール度数は結構高い。
 男にこれを飲ませる女、というのが妙に意味ありげというか。色っぽいような。
 ルイトの口元に、笑みがのぼる。

(でもこれ、最近どこかで――)
 
 ふと疑問が頭をもたげ、視線を宙にさまよわせた時だった。

「あまり酔っちまうなよ。味が、分からなくなるぜ」

 料理が盛られた皿が、目の前に置かれた。
 やはりその声は少し咎めるような色をしていることに、彼は気がついただろうか。

「新作だ」
「おお! ……って、なんなんだこれ?」

 綺麗な焼き色のついた、ひとつ十センチほどのそれが美味しそうな匂いと湯気をたてている。
 彼いわく、薄く伸ばした小麦トリゴー生地に具材を包んで油で揚げたらしい。

「まずは、食べてみな」
「うん」

 からりと揚がった料理を、口に運ぶ。

「!!」

 まず驚いたのは、その熱さ。しかし火傷するほどではない。歯を立てた瞬間のサクッとした食感。
 そして。

「お、美味しい……!」

 中身は肉だろうか。細かくミンチにしたたもも肉とこれまたみじん切りにした野菜を具材にしているらしい。
 程よくジューシーで、口の中に広がる味と香りに夢中で咀嚼する。
 最初の軽い歯触りともあいまって、最高の組み合わせとも言えた。

「異国の料理を少しアレンジしたんだ。麦酒エールに合わせるなら、この方がいいだろう」

 確かに塩気も、心持ちしっかり目だ。油で揚げたのもそのためだという。

「その国ではな、湯にくぐらせてスープにして食べるんだとよ」
「へぇ」

 彼の話を聞きながらも、もぐもぐと動かす口が止まらない。
 添えるように出された発泡酒との、絶妙なバランス。確かに、この組み合わせは最高だろう。
 
「どうだ? ……って、感想聞くまでもないか」
「これ、新メニューに加えなよ。絶対に人気出るって」

 怒りと仕事の疲れですり減った心は、美味しいモノで癒される。
 そんなルイトに、優しい眼差しが注がれていた。

「なぁルイト」
「ん? あ、おかわりないの?」
「ああ、あるけど。その前に、さ」

 なんだか気まずそうな、奥歯に物が挟まったみたいな口調に顔を上げる。

「セト。どうした」
「あ、あのさ」
「?」
「――し、仕事はどうだ。順調か」
「うん? あぁ。おかげさんでな」
「そうか」
 
 さすがのルイトも、なにか様子がおかしいと首をかしげた時だった。

「仕事……引退しないのか」
「はぁ?」

 男で一人で娘を育てようって時に、それはないだろうと口を尖らせる。
 すると慌てたようにセトは。

「子育てに専念するっていうのはどうかな、と」
「何言ってんだ、さっきから。僕が働かなきゃ、ルシアを養えないだろ」
「おれが養う」
「????」

 突然何を言い出すのだろう。
 しかし彼の顔は真剣そのものだった。

「お前もルシアも、おれが食わせていくから」
「ちょ、おまっ……」
「結婚してくれ」
「は、ハァァァ!?」

(なんの冗談だ)

 そう笑ってやりたかった、のに。

「ねぇねぇねぇっ、二人ともっ! ちょっと見てよぉ~!!」

 横から割って入ったのは、店の従業員の一人。
 こっちは青い髪の娘で、腕には可愛く着飾ったルシアを抱いていた。

「この服可愛くない!? 」
「きゃはっ♡ きゃっ、きゃっ!」

 どうやら相当に、かわいがってもらったらしい。
 まるで着せ替え人形か、アイドルのような扱いをうけたルシアは上機嫌である。
 
「あとね。ルシアちゃん、しゃべるのよ!」
「えぇ、ルシアが?」

 まだ見た目は赤子だ。しかし。

(今朝見たときより、大きくなってないか?)

 一日で数日分は確実に成長しているようだ。
 尖った耳といい、やはりただの人間の赤ん坊ではないのだろう。

「ほらほらほら、聞いててね!」

 青髪の娘はルシアを抱きながら、そっとルイトを指さした。すると。

「……ま……ま……まま……ママ……?」
「!」

 舌っ足らずな口が、確かに呼んだ。
 と。

「ま、ママかぁ」
「ルイト。ルシアちゃんにとっては、ママだもんね?」

 出来ればパパと言って欲しいが、それでもこちらをニコニコと見ながら『ママ』『ママ』と何度も呼ぶ様は愛らしいの一言。
 のばしてくる小さな手に触れながら、我が子を受け取り抱きしめた。

「ルシア。ただいま」
「まーま♡」
「あはは……」

 店の女の子たちはもうそのあどけなさに、メロメロらしい。
 かくいうルイトも、フニフニとしたほっぺたに頬ずりしながら。改めて込み上げる父性だか母性だかを噛みしめていた。

「……」

 そんな彼をも愛しげに眺める男の視線に、気付くこともなく――。


 


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