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魔性の地に咲く花々よ
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「……情けない」
鼻をすすりあげながらつぶやけば。
「余計なことを気にするな」
と返ってくるが、それは無理な相談だ。
そして今の状況が妙に心地いいのも、また悔しいやら自己嫌悪を抱くやら。
「べつに、背負わなくたっていいだろ」
「ふん。足腰立たねぇヤツがなにを言う」
ぐうの音も出ないとはこのこと。
ルイトの姿はまったくひどいもので。身につけていたはずの服は、まったく役に立たないボロきれとなってそこら辺に散らばっていた。
つまり一糸まとわぬ姿で、キメラ化した男に乱暴されていたわけだが。顔色ひとつかえず、羽織っていた上着を放って寄越し。
『着ろ、冷えるぞ』
と後ろを向いたところがなんとも硬派で、彼らしい。
そしてあれよあれよという間に、背中におぶわれて現在に至る。
「というか、なんで君はここにいるんだ」
「ん?」
「とぼけるなよ」
こんな瘴気と悲鳴、血の匂いにまみれた場所にいるなんてマトモな人間ではない。
しかもここにはランスのような、バケモノがわんさかいるとしたら。
しかしリュウガは、ただ小さく鼻を鳴らした。
「あの男は単なるバカだ」
「え?」
「ランス・ロンドだ。アイツくらいだろうな。自分から志願して、キメラ化したのは」
「どういうことだ……?」
自体がうまく飲み込めない。
やはりこの森には、なにか秘密があるのか。
「まだ分からねぇ事が多すぎるがな」
そう前置きをして、リュウガが話したこと。それはルイトの想像をはるかに超えていた。
「まずお前と別れたあと、俺は何体かのキメラ獣と戦った」
迫り来るそれらを相手にするのは、まさに死闘であっただろう。
しかし淡々と語る彼の表情は変わらない。
「奴らはまるで何かに操られているかのようで。そしてなぜか、そいつらを倒したあとは魔物たちが大群で襲ってくる」
「……同じだ」
ルイトがトマスと行動を共にした時と。
まるでキメラ獣の咆哮や血の匂いに引き寄せられるかのような、異常な状態。
「すぐにお前を探したが、まったく足取りが掴めずに三日が経った」
「み、三日……?」
(そんなに寝込んでいたのか、僕は)
そこでふと、ルイトは自分の記憶がひどくあやふやであることに気がついた。
確かにあの若者たちに救われたのだが、運び込まれた町や数日過ごしていたはずの宿屋がどこであるか。
それどころか、この男のことだって顔を見るまでずっと忘却の彼方であったことも不自然だ。
「ずっとお前を探してた」
「リュウガ……」
「すまない、時間がかかってしまって」
顔を見ることはかなわないが、その声は静かで。それでいて激しい感情を抑えたような。それでいて切なげでもあった。
「僕の頭はどうなっちまったんだろう」
こんな必死に探してくれていた男を忘れてしまうなんて。
「恐らく。お前には、なにがしかの魔法がかけられていたんだろう。記憶を一時的にでも錯乱させるものか」
「魔法?」
「……だいたい、ここまでどうやって来たのか覚えているか?」
「それは――」
ルイトはここまでの経緯を、覚えている限りで話して聞かせた。
若き冒険者たちに助けられたことや、彼らと一緒に娘を探しに来たこと。そしてランスのこと。
「っ、そうだ。ルシア! あの子が倒れていた。大きくなって」
痛ましい姿で。本当にあれは彼女だったのか。だとすれば、もう命は失われているのかもしれない。
絶望で目の前が真っ暗になる。
「僕は親失格だ」
危険はわかっていたはずなのに。それなのにあの子の手を離した。
そしてあの結末だ。自分を責める言葉はいくらでもでてくる。今すぐにでも、後を追えるならそうしてやりたい。
涙すらでないショックの中、辛うじて彼の背中にすがりつく。
その体温だけが、今の彼にとって唯一の拠り所のように。
「心配をするな」
リュウガが立ち止まる。そして口にした言葉に、彼は目を見開いた。
「ルシアは生きている。傷一つなく」
「なんだって!? ……でも僕は見たんだ。あの瞳の色は確かに――」
「この森は。いや、ここはもうバケモノの腹ん中だと言ってもいい。人に幻覚を見せて狂わせる」
「え?」
つまりこういうことだ。
やはりここは人間界にある森でなく、この満ちた瘴気は悪夢を見せていると。
そこらじゅうで聞こえる悲鳴や叫び声は、まさにそんな哀れな犠牲者たちのものであると。
「近隣の町や村で行方不明者が増えているというのは、少し前から把握していたが。ここまでとはな」
「君は……」
「そろそろちゃんと自己紹介しないといけないな」
リュウガはそっと彼を下ろす。
自分で歩けということかと思ったが、違うらしい。地面に自分の装備の一部を敷いた。
「座れ」
「でも」
「ちゃんと目を見て話がしたい」
真剣な眼差し。エメラルドグリーンの瞳を見上げ、ルイトは小さくうなずく。
「……」
彼が腰をおろしたのを見届けてから、口を開いた。
「俺は旅人だ、と以前言ったと思う」
「ああ」
遠い異国からの流れ者。魔物や魔獣に詳しいのも、そのためだと。
「俺には、もうひとつの顔がある」
そうして少しだけ躊躇ったあと。
「国から派遣された調査兵だ」
「え……」
我が国には特殊かつ。極秘の組織がある。
魔獣や魔物に関して、国が直々に命じた調査や探索を行う兵士達。
兵士と言っても、戦争にいくそれとは少し違う。
特殊な能力と訓練で選び抜かれ、鍛え上げられた精鋭たちだ。
鋼のような身体を持つ強者もいれば、並の魔物でも敵わないような強力な魔力を持つ魔法使いなど。
「剣の腕でスカウトされたヤツもいる。その中に俺も属している。もちろん、大っぴらに仕事をする訳にはいかない連中だがな」
普段は一般人の中に紛れるように暮らす者達ばかりで。その組織の存在すら、国の上層部。しかもほんの一部しか知らないのだ。
「そんなこと」
「なにも信じてくれとは言わん。俺がここにいるのは、お前を探しに来たからだ。そして今まで俺がしてきた調査から、ある可能性を導き出した」
リュウガ・ロウ。
彼は国王からの命令により、近隣で多発している行方不明事件を調査していたのだ。
「魔界と人間界の関係性についてだ」
「やっぱりあの話は、本当なのか?」
いにしえの悪夢と惨劇が、再びこの地にふりそそぐという。
キメラ獣の大量出現も、それを示唆しているかのようだった。
「いや、まだ確証がない。だがあの森を魔界にしてしまったことで、事態は変わった」
「魔界? ここが、魔界だっていうのか!?」
イゼベルも言ってたのを思い出す。
ここは人間界ではないのではないか、と。
「正しくいえば、極めて魔界に近い環境というべきか。本来ここは、あの森の中だった。それを結界や強い魔法を使って隔離し、瘴気で満たしたんだろう」
「ちょっと待ってくれ……意味が。理解が追いつかない」
元々、人間界の土地のひとつに強い結界を張って。そこを魔界のような、環境にしてしまうことでなんの目的があるのだろう。
ようやくそんな疑問を投げかければ。
「俺もそれはよくわからない。しかしキメラ獣の大量創造との関係がある、そう考えている」
そもそも、あのイビツな魔物たちを作り上げたのはだれなのか。
「もしかしてあれは人間界へ送り込んだ、生物兵器なんじゃないのか?」
「……かもしれねぇな」
どこか煮えきらぬ返事は、おそらくリュウガにもまだ事態が掴みきれていないからだろう。
ルイトはじっと彼を見上げた。
「まずはルシアの所に、僕を連れて行ってくれ」
「ああ、もちろんだ」
まだまだ分からぬことが多すぎる。
もしここが、人を狂わせる悪夢を見せる地だとすれば。この男の姿さえ幻覚か。
それとも自分はとっくに狂っていて、ありもしない希望と戯れているだけなのかもしれない。
そんな不安でのばした手に、彼の指が触れた。
「大丈夫だ。俺がついている」
すがりついて泣き出したくなるほどの、体温。
「娘を。ルシアを迎えに行こう」
「……ああ」
もしこれが幻覚や夢であれば。これ以上ない、幸せなものなのだろう。
いつしかその逞しい腕に抱かれ、ルイトはそっと目を閉じた。
なにかひどく、懐かしい香りがする。
(花だ)
それがなんであったか。
彼は思い出すことができない。
鼻をすすりあげながらつぶやけば。
「余計なことを気にするな」
と返ってくるが、それは無理な相談だ。
そして今の状況が妙に心地いいのも、また悔しいやら自己嫌悪を抱くやら。
「べつに、背負わなくたっていいだろ」
「ふん。足腰立たねぇヤツがなにを言う」
ぐうの音も出ないとはこのこと。
ルイトの姿はまったくひどいもので。身につけていたはずの服は、まったく役に立たないボロきれとなってそこら辺に散らばっていた。
つまり一糸まとわぬ姿で、キメラ化した男に乱暴されていたわけだが。顔色ひとつかえず、羽織っていた上着を放って寄越し。
『着ろ、冷えるぞ』
と後ろを向いたところがなんとも硬派で、彼らしい。
そしてあれよあれよという間に、背中におぶわれて現在に至る。
「というか、なんで君はここにいるんだ」
「ん?」
「とぼけるなよ」
こんな瘴気と悲鳴、血の匂いにまみれた場所にいるなんてマトモな人間ではない。
しかもここにはランスのような、バケモノがわんさかいるとしたら。
しかしリュウガは、ただ小さく鼻を鳴らした。
「あの男は単なるバカだ」
「え?」
「ランス・ロンドだ。アイツくらいだろうな。自分から志願して、キメラ化したのは」
「どういうことだ……?」
自体がうまく飲み込めない。
やはりこの森には、なにか秘密があるのか。
「まだ分からねぇ事が多すぎるがな」
そう前置きをして、リュウガが話したこと。それはルイトの想像をはるかに超えていた。
「まずお前と別れたあと、俺は何体かのキメラ獣と戦った」
迫り来るそれらを相手にするのは、まさに死闘であっただろう。
しかし淡々と語る彼の表情は変わらない。
「奴らはまるで何かに操られているかのようで。そしてなぜか、そいつらを倒したあとは魔物たちが大群で襲ってくる」
「……同じだ」
ルイトがトマスと行動を共にした時と。
まるでキメラ獣の咆哮や血の匂いに引き寄せられるかのような、異常な状態。
「すぐにお前を探したが、まったく足取りが掴めずに三日が経った」
「み、三日……?」
(そんなに寝込んでいたのか、僕は)
そこでふと、ルイトは自分の記憶がひどくあやふやであることに気がついた。
確かにあの若者たちに救われたのだが、運び込まれた町や数日過ごしていたはずの宿屋がどこであるか。
それどころか、この男のことだって顔を見るまでずっと忘却の彼方であったことも不自然だ。
「ずっとお前を探してた」
「リュウガ……」
「すまない、時間がかかってしまって」
顔を見ることはかなわないが、その声は静かで。それでいて激しい感情を抑えたような。それでいて切なげでもあった。
「僕の頭はどうなっちまったんだろう」
こんな必死に探してくれていた男を忘れてしまうなんて。
「恐らく。お前には、なにがしかの魔法がかけられていたんだろう。記憶を一時的にでも錯乱させるものか」
「魔法?」
「……だいたい、ここまでどうやって来たのか覚えているか?」
「それは――」
ルイトはここまでの経緯を、覚えている限りで話して聞かせた。
若き冒険者たちに助けられたことや、彼らと一緒に娘を探しに来たこと。そしてランスのこと。
「っ、そうだ。ルシア! あの子が倒れていた。大きくなって」
痛ましい姿で。本当にあれは彼女だったのか。だとすれば、もう命は失われているのかもしれない。
絶望で目の前が真っ暗になる。
「僕は親失格だ」
危険はわかっていたはずなのに。それなのにあの子の手を離した。
そしてあの結末だ。自分を責める言葉はいくらでもでてくる。今すぐにでも、後を追えるならそうしてやりたい。
涙すらでないショックの中、辛うじて彼の背中にすがりつく。
その体温だけが、今の彼にとって唯一の拠り所のように。
「心配をするな」
リュウガが立ち止まる。そして口にした言葉に、彼は目を見開いた。
「ルシアは生きている。傷一つなく」
「なんだって!? ……でも僕は見たんだ。あの瞳の色は確かに――」
「この森は。いや、ここはもうバケモノの腹ん中だと言ってもいい。人に幻覚を見せて狂わせる」
「え?」
つまりこういうことだ。
やはりここは人間界にある森でなく、この満ちた瘴気は悪夢を見せていると。
そこらじゅうで聞こえる悲鳴や叫び声は、まさにそんな哀れな犠牲者たちのものであると。
「近隣の町や村で行方不明者が増えているというのは、少し前から把握していたが。ここまでとはな」
「君は……」
「そろそろちゃんと自己紹介しないといけないな」
リュウガはそっと彼を下ろす。
自分で歩けということかと思ったが、違うらしい。地面に自分の装備の一部を敷いた。
「座れ」
「でも」
「ちゃんと目を見て話がしたい」
真剣な眼差し。エメラルドグリーンの瞳を見上げ、ルイトは小さくうなずく。
「……」
彼が腰をおろしたのを見届けてから、口を開いた。
「俺は旅人だ、と以前言ったと思う」
「ああ」
遠い異国からの流れ者。魔物や魔獣に詳しいのも、そのためだと。
「俺には、もうひとつの顔がある」
そうして少しだけ躊躇ったあと。
「国から派遣された調査兵だ」
「え……」
我が国には特殊かつ。極秘の組織がある。
魔獣や魔物に関して、国が直々に命じた調査や探索を行う兵士達。
兵士と言っても、戦争にいくそれとは少し違う。
特殊な能力と訓練で選び抜かれ、鍛え上げられた精鋭たちだ。
鋼のような身体を持つ強者もいれば、並の魔物でも敵わないような強力な魔力を持つ魔法使いなど。
「剣の腕でスカウトされたヤツもいる。その中に俺も属している。もちろん、大っぴらに仕事をする訳にはいかない連中だがな」
普段は一般人の中に紛れるように暮らす者達ばかりで。その組織の存在すら、国の上層部。しかもほんの一部しか知らないのだ。
「そんなこと」
「なにも信じてくれとは言わん。俺がここにいるのは、お前を探しに来たからだ。そして今まで俺がしてきた調査から、ある可能性を導き出した」
リュウガ・ロウ。
彼は国王からの命令により、近隣で多発している行方不明事件を調査していたのだ。
「魔界と人間界の関係性についてだ」
「やっぱりあの話は、本当なのか?」
いにしえの悪夢と惨劇が、再びこの地にふりそそぐという。
キメラ獣の大量出現も、それを示唆しているかのようだった。
「いや、まだ確証がない。だがあの森を魔界にしてしまったことで、事態は変わった」
「魔界? ここが、魔界だっていうのか!?」
イゼベルも言ってたのを思い出す。
ここは人間界ではないのではないか、と。
「正しくいえば、極めて魔界に近い環境というべきか。本来ここは、あの森の中だった。それを結界や強い魔法を使って隔離し、瘴気で満たしたんだろう」
「ちょっと待ってくれ……意味が。理解が追いつかない」
元々、人間界の土地のひとつに強い結界を張って。そこを魔界のような、環境にしてしまうことでなんの目的があるのだろう。
ようやくそんな疑問を投げかければ。
「俺もそれはよくわからない。しかしキメラ獣の大量創造との関係がある、そう考えている」
そもそも、あのイビツな魔物たちを作り上げたのはだれなのか。
「もしかしてあれは人間界へ送り込んだ、生物兵器なんじゃないのか?」
「……かもしれねぇな」
どこか煮えきらぬ返事は、おそらくリュウガにもまだ事態が掴みきれていないからだろう。
ルイトはじっと彼を見上げた。
「まずはルシアの所に、僕を連れて行ってくれ」
「ああ、もちろんだ」
まだまだ分からぬことが多すぎる。
もしここが、人を狂わせる悪夢を見せる地だとすれば。この男の姿さえ幻覚か。
それとも自分はとっくに狂っていて、ありもしない希望と戯れているだけなのかもしれない。
そんな不安でのばした手に、彼の指が触れた。
「大丈夫だ。俺がついている」
すがりついて泣き出したくなるほどの、体温。
「娘を。ルシアを迎えに行こう」
「……ああ」
もしこれが幻覚や夢であれば。これ以上ない、幸せなものなのだろう。
いつしかその逞しい腕に抱かれ、ルイトはそっと目を閉じた。
なにかひどく、懐かしい香りがする。
(花だ)
それがなんであったか。
彼は思い出すことができない。
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