子連れ冒険者の受難クエスト

田中 乃那加

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瘴気の森の小屋2

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 ……ハンスとマルガレーテ。

 彼ら兄妹はそう名乗った。
 柄はまったく見えないが、ふんわりとしたエプロンドレス (だと思われる)をひるがえす少女の豊かな髪はゆれる。
 
「ようこそ、カワイイお客さま!」

 小さな淑女のようなお辞儀に、思わず会釈を返す。
 顔は見えないが。おおよそ7、8歳くらいだろうか。
 その動きのシルエットから、なかなか明るくてチャーミングな性格が見て取れる。

「お茶をいれるわね。ハンス兄さん」
「ぼくはお菓子をお皿に飾るよ。マルガレーテ」

 対して、ハンスという少年はいささか内気らしい。ぺこりとこちらに頭を下げて、小走りで立ち去ってしまった。

「もう兄さんったら! うふふ。あんまりにアナタがカワイイから、真っ赤になってしまったわ」

 あの通りの顔だから、赤くなったいようと青くなっていようと分からないが。そう言うのならそうなのだろう。
 ルイトはかろうじて愛想笑いを浮かべた。
 男にカワイイなんて。しかもこんな子どもに言われるのは、あまり嬉しくはない。
 だが、それも今はどうでも良いことで。

「ルシアはどこだ」

 彼にとって最優先事項だった。
 しかしマルガレーテは小首をかしげて数秒。そして鈴のような声をあげて、笑いだす。

「あははっ、せっかちさんなのね。でも大丈夫、すべてはうまくいくのよ。そういうことになっているんだから」

 くるくると巻き毛を指先でもてあそびながら、まるで唄うように言う。

「それに今はお茶の時間。かわいいベイビーに会うのは、それからでもいいででしょう?」
「だが……」
「今はぐーっすり眠っているわ。かわいいかわいい、あなたのベイビーちゃん。赤毛が、魅力的な素敵な子ね」

 ウィンクでもしたのだろうか。くるくると踊るような足取りで近付いてきて、椅子を引いた。

「良い香りのお茶をめしあがれ!」
「大丈夫だ。彼女たちは信用できる。俺が保証するぜ」

 リュウガがそう言って、肩に手を置く。まるで強引に、席につかせるような。思わず彼の顔を見上げるが、その表情を読むことができない。
 視線が交差する。

「まったく、ハンス兄さんったら! なにグズグズしてるのかしら」

 焦れたような少女は、またステップを踏みながら窓辺に駆け寄った。
 さながら歌演劇ミュージカルだ。
 限りなく芝居がかった仕草や言動に、不安と不信がつのる。

「少し、様子をみてくるわ――ねぇリュウガ」

 相変わらず引かれた椅子の前で立ち尽くすルイトに、ピッタリくっつくように寄り添う男。
 彼女は、そんな彼らを振り返った。
 やはりポッカリとした闇の広がる顔面には、表情らしい表情はわからない。
 そして落ち着きのない、小刻みに揺れる身体と妙に明るい声と。不気味としか言いようのない存在に、戸惑いが隠せなかった。

「お客様のおもてなしは、あなたに任せていいかしら?」

 そう言われて、リュウガは大きくうなずく。

「ああ、まかせておけ」

 シルエットの少女は嬉しそうな声をあげると、無邪気に外に飛び出していく。
 差し込んだ明るい陽の光と、歓声と。
 
「……」
「……」

 お菓子の家に取り残された二人は、顔を見合わせる。
 暖かな空気は、淹れたての香ばしいハーブティーの香りに満たされていた。
 甘く。少し濃厚な果実のようなそれは、おおよそ嗅いだことのない匂いだ。
 ルイトは反射的に口と鼻を手で押さえる。

「どうした」
「い、いや」

(この香り、どこかで)

 記憶の底にある。思い出したくない、感覚。

「緊張しているのか?」

 彼の大きくて無骨に見える手が、そっと彼の手の甲に触れた。
 恐ろしく冷えている。

「大丈夫だ、彼らは信用できる」

 先程からリュウガもマルガレーテも、その言葉ばかりだ。言い聞かされているような気分になるくらい、繰り返される『大丈夫』という言葉。

「あの二人は確かに魔族だが、こうやってここでヒッソリと暮らしている善良なヤツらでな」
「か、顔がない……」
「ははは、そんなことか」

 さわやかに歯を見せて笑う。それがらしくなくて、思わず二度見した。
 ここは、いや。彼らはどこがおかしい。

「本当にルシアはここにいるのか……?」

 疑問が口の端からこぼれる。しかし、言うべきではなかったかもしれない。
 彼が綺麗な顔を歪める笑みを浮かべたから。

「俺がお前をだましたことなんてないだろう」
「りゅ、リュウガ。本当に君は――」

 本物なのか。
 さっきから気になってはいたのだ。彼の瞳の色は、

(くそ。まだ頭がぼんやりする)

 焦燥と不安が胸に渦巻くのがわかった。なにが現実で何が幻覚なのか。
 実はまだ娘の死体を抱き抱えながら、空虚で絶望と希望の入り交じった悪夢をみているのかもしれない。
 だとすれば。

「……」

 引かれた椅子に、ふるえながらも腰を下ろした。
 そうでなければ耐えられない。

(ひとりぼっちはもう嫌だ)

 蔑まれて虐げられるより、その存在を殺されるような孤独。抱けば応えてくれる熱がない、それが彼を確実に壊しにかかっていた。
 気が狂うより恐ろしいのは、そこから正気にかえることなのだ。
 それならば、この狂気と瘴気の森に沈むのも仕方ない。
 
「ルイト、大丈夫だ」

 後ろから椅子ごと抱きしめる男の腕。確かに力強く、逞しい。ひんやりとしたそれに頬を寄せる。

「俺は、お前を愛している」
「リュウガ……僕は……」

 鼓膜を震わせる低音バリトンボイス。これが自分の幸福であれば、甘んじて受け入れるべきなのだろうか。
 今まで恋を渡り歩いてきたこの身にとっては、戸惑いも覚えるが。

(ちがう)

 心の奥底で鳴らされる警報も、この腕には抗えまい。
 
「そろそろ思い出してくれないか」
「え……」

 吹き込まれた言葉に、背中が粟立つ。


「っ、!?」

 鷹揚な低い声でなく、ねっとりとしたあの――。

「ま、さか」
「オレは何度でも、お前を迎えにいくぜぇ」

 ハッとして辺りを見渡す。
 華やかで愛らしいお菓子の家。
 チョコレートとマシュマロで出来た壁が、ドロリと溶ける。

「ら、ランス……バカな……君は……」
「言っただろゔ、オレは、お前゙を゙、愛してる゙ぅ゙ぅ、ってぇ゙」
「っ、うわぁぁぁッ!!!」

 顔を剥ぎとられ、氷の魔法をかけられ死んだはずの男が目の前に。
 自分を抱きすくめていた腕の肉が、糸をひいて落ちた。
 熟れて腐りきった果実のように。甘いような酸っぱいような、そんな刺激臭を放っている。
 必死で逃げ出そうと暴れても、ピクリとも動かない身体に恐怖はつのった。

「いやだッ、離せ!!!」

 これが悪夢か。
 バットエンドの夢の果て。救いのない、最低のエンディング。恐怖と絶望の、中を這いずり回るしかないのか。
 
「はや゙ぐ、堕ちて、ごい゙よォ」

 腐肉にて撫で回される身体。虫唾が走るどころではない。
 歯をガチガチと震わせる彼に、忌々しい男の呪詛が響く。

「あんな゙、……我が……正当なる゙……後継者゙……の゙……王゙ォォ……」
「ひっ!?」

 レロォ、と長く赤い舌が頬を舐める。

(このまま殺してくれ)

 悪夢の中であっていい。すべてを終わらせてくれるのならば。
 そう願った時。

『――てめぇいい加減にしろよ』

 憤怒の声色と共に、鮮烈な光が爆ぜて辺りを真っ白に染めた。
 それは一瞬。
 まばたきすら、するヒマがなかった。

(あっ)

「おい。大丈夫か」
「!」

 小さく揺すられていたらしい。
 大写しになった美男子は、見慣れた顔で。

「りゅ……リュウガ……」
「ずいぶんうなされてたぜ。そんなに俺の背中は寝心地わるいか?」
 
(どういうことだ)

 どうやら彼に背負われている間に、眠ってしまったらしい。
 そしてあんな悪夢をみたと。

「どうした」
「いや……」

(あのお菓子の家も、影絵のような少年少女も。全部、夢?)

 ひどく強烈でリアルなものだった。本当に脳が見せた錯覚なんだろうかと疑う程に。

(じゃあ、彼は)

「お、おい」

 彼が慌てたような声をあげる。

「お前、なに泣いてんだ」
「……」
 
 リュウガが戸惑うのも無理はない。
 なぜなら、その紫水晶アメジストのような瞳からとめどなく大粒の雫が零れていたから。

(怖かった)

 まるで幼子のように。
 あふれ落ちる涙をぬぐうこともせず、ルイトは泣き始めた。

「ルイト」

 そこへおずおずと、遠慮げに差し出された腕。
 そっと触れれば高い体温に安堵した。
 
 ――ここは瘴気の森。
 人に悪夢をみせる、狂気の森。
 
 
 
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