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1か月前

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1時間目が始まる前のわずかな休み時間。
美香は、机の上には教科書やノートを用意し、手持無沙汰だったので外……をみるとみせかけて窓際の三宅を眺めていた。正確には三宅の横顔と背中だ。
ぴしりと伸びている背筋はみているこちらも気持ちがよくなる。自分の背中もまっすぐにし、今日も想い人をみつめられる喜びに浸る。何も話していないけれど、みているだけで、甘くって素敵な気分になれる。

美香が三宅を好きになったのは、授業中にふと窓をみようとして三宅の横顔が目にはいったから。退屈な数学の授業。頬杖をついて外をみているだけなのになぜか惹かれてしまった。それまでは何も意識していないただのクラスメートだったのに、やけに三宅のことが気になるようになった。同じクラスなのだし、そっと横目で休み時間の三宅をみていると友達と話しているときの笑顔にまた目が離せなくなる。それで好きなのだと気付かされた。

「ねえ美香。ちょっといい?」
話かけられたことに気づき美香はふりむく。声でだれかはわかっていた。高校で新しくできた友達の恭子だ。
「これ、みて。詳しいことは昼休みにはなすね。」そっと折りたたまれた紙を手渡される。紙には線が引かれているからノートの切れ端だろう。
「う、うん。わかった。」紙をうけとり、握ったままで自分の席へと戻る恭子を見送る。そして、渡されたものをみつめる。なんだろう、開きたくないな。時計をみると1時間目が始まるまでにまだ時間はある。嫌な予感はそのままに美香はその紙を開いた。


「恭子、ほんとうなの?」
昼休みまで待てなかった。2時間目は体育で体育館に移動と着替えもある。その中で隣にいる美香に聞いてしまうのを止められなかった。
「ほんとうみたいだよ。三宅くん、隣のクラスの子と付き合いはじめたって。隣のクラスの友達から聞いたんだ。」
「……そう、なんだ。」
「うん、でもほら、まだチャンスはあるかもしれないし?ね?」
なんのチャンスだと、恭子は自分でもクエスチョンマークの湧いたままで美香に明るく話しかける。ここで暗くなってはいけない。ただでさえショックをうけている美香を追い詰めることになってしまうのだ。えっと、何か話題を変えないと。話題、話題。
「た、体育は、バスケらしいよ?」
「……そうだね。」
「美香。バスケ得意?」
「……運動神経ないから体育は苦手かな。」
暗い。暗すぎる。でもネタが思いつかないのだからしょうがない。美香ごめん。でも沈黙のほうがもっと美香を追い詰める気がするから、と恭子は必死でとりとめもない話をし続けた。体育館までの距離がやけに長く感じた。こんなに遠かったっけ?


嫌な予感はしていた。
運動神経のあまりない美香が、ぼうっとしていてしかもバスケ。何が起こるかは予想がつく。そして当たってほしくない予感ほど当たってしまう。
案の定、バスケットボールが美香の頭を後ろから直撃してしまった。運の悪いことにそれは隣のコートからきたものだった。
「いっ……った。」
その場でうずくまる美香に先生や周りのクラスメートたちが心配そうにかけよる。もちろん同じコートにいた恭子はたまたま敵チームだったがそれでも真っ先にかけよった。
「美香?たてる?」
最終的に、美香を恭子が保健室まで連れていくということで落ち着いた。バスケットボールは固くて当たると痛いが、美香は自力で立てるほどだったし少し休めば大丈夫だろうと本人がいったからだ。
「嫌なことって続くもんだね。」
保健室までの道のりで美香はぼそりとつぶやく。
「……でもさ、その分いいことってあるとおもうよ?ね?」
「……そうかなあ。」
何もかもが嫌になっていたし、頭だって痛かった。正直にいって泣きたいほどに痛かったけれど、ここではまだ泣けないと必死で我慢をした。友達に泣き顔なんてみせたくない。その一心だった。




3時間目、4時間目もなんとかこなし、昼休みも、なんとか普通をよそってすごした。午後の授業も終わって……。
「美香、一緒に帰るよね?」
とくに何もなければ恭子と一緒に帰ることになっている。けれど、今日はそんな気分になれなかった。
「ううん。図書室で勉強してから帰ろうかなって思うから。」
「図書室?吹奏楽が近くで練習してるからうるさくない?」
「うーん、まあ気になるけど大丈夫だよ。だから今日はごめんね。」
「わかった。じゃあまた明日ね。」
恭子は何かを言いたげだったが言わないことに決めたようだ。そのまま、二人はばいばいと手をふって別れ、美香は図書室へと向かった。
速足で歩く。本当は走りたいくらいだ。涙があふれてきそう。泣きながら廊下を歩くなんてそんなことできない。必死で我慢をして、カウンターを通りぬけて、生徒が相変わらず少ないのを横目で横目で確認しながら奥の図鑑のコーナーにたどりついて、カバンをおいた。それが合図だったかのように目から涙がこぼれおちる。
「好き、だったのに。」
後から後から涙がこぼれおちる。朝の紙を見たときからずっと泣きたかった。泣いて流したかった。三宅を好きになって3カ月だったけれど、毎日が輝いていた。三宅とはクラスが同じとはいえ、出席番号も離れている。席替えは何度かあったが、運悪く近くにはなれなかった。あいさつができればいいほうで一言も会話がない日だってあった。それでも、想いは成長していって日々大きくなっていた。いつか告白をして付き合おうなんてだいそれたことは考えていなかった。毎日をふわふわと過ごせたらいい。いつか、少しでも仲良くなって話ができるようになればいい。そんな淡い想いだったのに。こなごなに打ち砕かれてしまった。楽しかった3ヶ月間があったからこそ余計に衝撃の波は大きくて。そこまで好きではないつもりだったのに。会話だってあまりしたことがない。友達と話しているのをみているだけで三宅のことは直に知っているわけでもないのに。それなのに、いつのまにか恋慕っていた。
「こんなに辛いんなら好きになるんじゃなかった。」
たった一人、図書室の奥で泣く美香の声は誰にも届くことはなかった。


追い出しのチャイムがなるまでそうして泣き続けていた。鏡などみなくてもわかる。目も鼻もそれにほほも真っ赤になっているはずだ。こんな顔で帰るなんてとは思ったけれど、このままここにいると外から鍵をかけられて図書室に閉じ込められてしまいそうだ。
それに。
泣いていたせいなのだろうか、お腹がすいていた。こんなときでもお腹はすくんだなあ、と腹の虫が声を聞きながら床においたカバンを拾い上げた。
「帰ろう。」長いこと泣いたせいか、頭はがんがんするけれど、すっきりした。
もう大丈夫。私は足取り軽く帰った。
……両親は共働きで家にはだれもいなかった。母の用意してくれたごはんを温めて一人で食事をとる。いつもはわびしいと思うけれど、今日は一人でよかったと思う。さすがにこんなに泣きはらした顔を両親にはみせられない。そのままお風呂にはいる。、風呂上がりに、冷凍庫から保冷剤をとってタオルを巻いて目の上にあてる。こうすれば腫れはひくだろう。
もしも、翌日まで腫れたままだったら学校は休んでしまえばいい。
ふふ、っと思わず笑いがこみ上げる。タオルに包まれた保冷剤の下で、じわっと涙があがってくる感触があったが無視をした。
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