上 下
2 / 4

好きになるんじゃなかった

しおりを挟む
放課後の教室。私はカバンをおいたままで職員室にいっていた。先生に頼まれていたことを済ませて教室に戻ったとき。
教室の中に2つの影があった。夕方の日差しをうけて重なる。カップルでキスをしていると気付くまでに数秒。その相手が私がひそかに片思いをしていた三宅琢磨みやけたくまだとわかるまでどれくらい時間がかかったのだろう。いや、時間にするとわずか数秒だったはずだ。私はくるりと踵を返して図書室へと逃げた。図書室は人気が少ない。近くで吹奏楽部が練習をしているから多少の物音はかき消される。たとえば泣き声とか。だから泣こうと思えば思いっきり泣ける。
うつむいたまま、カウンターを通り抜け、人気がいちばん少ない図鑑のコーナーまでいく。ここは本棚の影になっていて人目にもつきにくい。めったに人がこないはずだ。
押しためていた涙が一気に滑っていく。ぽたぽたと涙が床にすいこまれていく。上履きにも靴下にも温かい液体が溶けていく。それでも涙は止まらない。
「何泣いてんだよ。」
ふと声をかけられた。
「図書室は泣くところじゃねえだろ。出るぞ。」
「え……」
有無を言わさず私の手をつかむとそのまま外へと連れていく。カウンターの生徒が私たちをちらりとみたような気がしたが何も言わなかった。
ようやく足が止まったと思ったら目の前には水道の蛇口。
「ほら、顔を洗え。泣きブスが少しはましになるだろ。」
傷口に塩とはまさにこのことか。泣いている子にどうして優しくできないのだろうかこの男は。
私は涙が乾いていない顔のまま、ここまで連れてきた男をにらんだ。同じクラスの勝家勇かついえゆうを。
「勝家、いくらなんでもそこまでいうことじゃないでしょ。たしかに泣いたあとだからひどい顔だけどさ!!」
自分で自分をブスとはいえない。やや言葉を変えた。けれど、地味に傷つく。鏡を今はみていないけれど、ひどい顔をしているのは自覚している。泣いた後なのだから当然だ。
目は少し腫れているだろうし鼻だって赤くなってしまっている。時間がたてば治るものだけれど、すぐにはおさまらない。まるで失恋とおなじ。
「なあ、美香。これで収まっただろう。」
たしかに、と言われて気付く。さきほどまでいくら泣いても流しきれないと思ったくらいの涙はぴたりと止まっていた。ショック療法というやつだろう。
「あとは顔を洗えばいつものお前に戻れるぞ。」
「戻りたくなかったのに。」
ふ、と笑っていうと、
「いいから顔を洗え。ハンカチなら貸してやる。」と学ランのポケットを漁ってハンカチを出してきた。
「これ、少しよれてるけど朝からいれたやつ。今日使ってないから綺麗だから。」
と必死に言い訳をしている。
「ありがとう。」
何もいっていないのに懸命に言い訳をする様子がおかしくて。笑ってからそのハンカチをありがたくうけとると傍らにおいて、言われたとおりに顔を洗った。
ふう、と一息ついて、まだそばにいる影に声をかける。
「なあ、お前さあ、といったのを最後まで言わせないまま。
「私ね、三宅くんのことが好きだったの。だからね、他の子と付き合ってるってしってすっごくショックだった。そのときもけっこう泣いたんだよ。でもまた今日泣いちゃった。前にないたときに好きな気持ちも流れていったと思ったのにね。ほんと笑えるよ。……こんなにきついんだったら好きになるんじゃなかったな。」
自分でもバカなことを言っているという自覚はあった。けれどもこれはまぎれもない本音だ。
はは、と自嘲気味に笑ったときに私に向けられている険しい視線が突き刺さった。
「え?」と勝家をみると
「お前、そんなばかなこというなよ。だれかを好きになるのは無駄じゃない。」
「何、勝家のくせに真面目なこといってんの。」
「俺はお前のことが好きだから。」
再び勝家をみると夕焼けもかくやというほどに紅になっていた。
「このタイミングで告白なわけ?」
「………つい。」
その必死な様子に再び笑いがこみ上げてきた。その笑いは止まることがなくってお腹を抱えて笑う私を最初は戸惑ったようにみていたが、収まらないとわかるとなぜか「いい加減にしろ。」と怒りだした。おかしくっておかしくって。止まったはずの涙が目の下でまた出てこようとしている。
「もう少しタイミングはかって。それと、ハンカチは近いうちに返すね。」
教室においたままのカバンをとってこなくちゃ。さすがにもうあのカップルはいないだろう。
茫然とした様子の勝家をおいて教室へと向かった。
しおりを挟む

処理中です...