闇堕ちの魔女は案外人気があるようです

里音ひよす

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 アーサーはベンジャミンの言葉に反論出来ないところもあるが、自分がこの場所に通うことの難しさも感じていた。
 「そうだな、この場所は彼女が働いている場所でもあるし、私が来るのは邪魔になるだろう」
 「申し訳ないのですが、女の子達が怖がると他のお客様のサービス低下にもつながりかねませんし、そうなるとお店の売り上げに響いてきますので」
 ベンジャミンはリザルドの王太子だと知っている目の前の人物に敬意を表しながら、それでもこの場にアーサーがこの店に来ると混乱を招く事を丁寧に説明をした。

 「平民の僕ですら商売の為に父親からは結婚相手は一族の繁栄に繋がる相手とするようにと言われてますから、王太子殿下ともなるとお相手選びは難しいでしょうね。我々平民が貴族や王族と繋がりを作るとなると恐れ多いことです。王太子殿下は国の為に必要なお相手を選ぶべきでしょう。それは僕達平民の中でも築き上げた財産を守るために一族で伴侶を迎え入れる時にも言われている「ただ単に個人の好みや恋愛感情で動けば店が傾く場合があるぞ」という言葉よりもさらに重いものと存じています。王太子殿下の考えや、決断1つで国が傾く事態になることも王太子教育下ですでにご存じだと思います。そんな話を恋人も妻もいない僕が言ってもあまり重みもないんですけどね」

 「ベンジャミンはいつでも正しい事しかしなかったな。学生の頃から我々の学年よりも年上かと思うほど落ち着いていたが、それは今も変わりないな」

 王立学院に通う間はまだ成人とみなされず、卒業すれば成人とみなされるプレッシャーからか、学生時代だけでもとバカ騒ぎをしたがる生徒もいた。
 生徒会は適度に生徒達が気分転換を図れるようイベントを開催したり、あまりにも風紀を乱す者にはそれなりにペナルティを与えることもあったが、なるべく学生生活を楽しく過ごし、いつかふと思い返せる楽しい思い出を作れるようにと考えていたが、ベンジャミンはいつも何処か冷めた雰囲気で、終始控えめだった。
 意見がないからというわけではなく、意見を求められれば多数に同調するわけでもなく、自分の意見をはっきりと伝えていた印象だ。

 「うちには気の迷いなど起こさない父親がいましたからね、自分が先祖から譲り受けたものは次の世代に更に繁栄させて繋いでいくものだとよく話してくれていました。若い頃からの反動なのか今は少し気がふれてますがね」
 「気がふれ・・?」
 「いえ、父も第一線で走り過ぎて、今どこを走っているのかわからなくなっただけですが、うちの一族は優秀な者ばかりなのでモロウ商会はおかげさまで繁栄しています。僕の時代にはさらに王太子殿下の治めるこの国に住まう人達が住みやすくなるよう安定した商売をおこなうつもりなので、今一度自分の立場で行動することを何卒宜しくお願い申し上げます」

 「こうまで聖女が現れなくなり、この国には本当に側妃が必要なのだろうかな?」
 「特定の誰かに頼らなければ成り立たないということが、そもそもの問題なのではないでしょうか?僕は商売をする中で相手に必要ではないものは勧めることはありませんが、この国を商売相手だとすれば滅多に手に入らないような物がないと潰れてしまうと困っている店には、代替え品や簡単に手に入る物で店が成り立つようにとアドバイスさせていただきます。その上で相手が今までのやり方が良かったとか店の経営形態を変えることを不安と思うのであればそれまでですが。 王族や貴族にとっては国王の側に絶対的な聖女が居ることが権力の象徴として建国以来ずっとの慣わしだったのでしょうが、平民からすれば側妃が必要という意味合いがよくわからないのです。 絶対的な存在である聖女をわざわざ王宮の中に入れ側妃になどせず、それこそ大聖女という地位を与えて神殿で暮らしてもらってもいいでしょうし、側妃となった聖女は子供だって産むわけなので大聖女となり何処かに嫁いでもいいと思うのです。もちろん他国の者との婚姻は禁止などの制限は必要ですが」

 ベンジャミンは自分が抱いていた疑問と聖女の扱い方について自分の考え方を述べた。

 「側妃は王族に何かがあった場合の王族専用の聖女として迎え入れると聞いている。婚姻により王族に連ねられるが自由は制限されるし、王宮にある専用の祈りの場で祈りを捧げることのみが側妃に課せられた仕事で、聖女として生きてきた今までを全て封じて生きることになるな」

 「うちで働いているユリアちゃんは働き者で、怪我で苦しんでいる人にはとっても優しい人だそうです。王太子殿下がユリアちゃんが毎日側に居てくれたらいいなって願うようになったとしても、きっとユリアちゃんは王太子殿下の隣で笑ってくれませんよ。貴族出身の聖女でなければ側妃になれないからと、貴族の養子になり側妃に迎え入れられたとしても、王太子殿下は王太子妃を迎え入れるわけでしょう。やがて王妃となるそのお妃様との間に子供を作り、国王となり国を治めて・・・ ユリアちゃんはただ祈りの場で祈るだけでしょ。華やかな王宮の舞踏会にも夜会にもその王妃となる方と仲睦まじい夫婦として参加されるんですよ。そんな場所にはマダム・リリーがユリアちゃんを幸せになりなさいと送り出すわけがありませんよ」

 自分の父である国王と母の姿がアーサーの脳裏に浮かんだ。

 二人は公の場でも仲睦まじい姿で人々から理想の夫婦として知られている。

 亡くなった妹姫の母だった側妃の名前はなんだったのだろうか?
 自分がユリアを側妃にと望んだ場合にはユリアがその立場となり、魔族領の何処かで生死不明となっている妹姫は自分の子供の行く末なのだろうか

 「ユリアさんには迷惑をかけたな」
 「あのユリアちゃんなら迷惑なんて思っていませんよきっと。僕も今日初めて会ったのですが噂通りに綺麗だし優しいし欠点とすれば後ろにマダム・リリーが付いているって点だけですね」
 「なるべくもうユリアさんの前には現れることはしないと誓おう」
 「なるべくユリアちゃんの前に現れないって言い方がおかしくないでしょうか?」
 「いや、こっそり陰から見るのは許されるかなと思ってるのだが」
 「学院時代のイメージが壊れるので辞めてください」

 「もし・・・もし代々の決まりだからと無理難題を譲らない店でも大幅な改革を経営者が決断した場合には、僕は店の方向性に添って出来る限り力を貸す事にしてるんです。そこに付け入って商機があるかもしれませんしね、なので王太子殿下が何か新しい方法を自分の時代に取り入れる事を考えているならば協力させていただければと存じます」

 「ああ、その時がもし来るのであればよろしく頼む。ベンジャミンもいずれは商会を継ぐのだろう?」
 「うちには兄も姉もいて皆嫌になる程優秀なので、僕がそれらを蹴落として会長になるのは難しいかもしれませんが、一族の繁栄のために商会に携わる予定ですよ」
 「ではベンジャミンもいずれは商会の繁栄のために妻を迎えるのか?」
 「 ええ、そのつもりですが、父が一度提案した結婚相手は実は断りましたよ。父の提案は商会として絶対ではないし兄や姉も反対した事でもありますが」
 「ベンジャミンは相手を多少は選ぶことが出来るのだな」
 「王太子殿下も王妃選びは複数人からの選択になるんじゃないですか?僕の場合は父がおかしくなってユリアを義理の娘として迎え入れたいがために兄妹の誰かとの婚姻を希望して、兄は既婚者ですし、年齢的にも僕に白羽の矢が当たったのですが母と姉に父は絞められていました。 一族の繁栄どころかマダム・リリーの手先となって根こそぎ財産を取られかねないのに何を言い出すやら・・・」
 「ユリアさんとの縁談があったのか!!」
 アーサーは驚き声を上げた。
 「別のユリアですよ。王太子殿下のユリアちゃんではありません。うちの父の愛しのユリアちゃんです」
 「ベンジャミンの父親だと親子ほどの年の差ではないか?愛しいのであれば自らが妻と離婚し再婚すればよいだろう」
 「強引に行えば出来ることかもしれませんが、うちは母のほうがはるかに強く、まったく父に靡かないユリアに課金するのは許されても、既に出来上がっている一族のバランスを壊してまで迎え入れるとなれば問題となります。勝手に父が暴走してただけで、そもそも僕もユリアもお互いに興味がないのでビジネスパートナーとしてならギリありですが、私生活は共有したくないですね」
 「そうなのか・・・ではモロウ商会が推すユリアは別のユリアなんだな」
 「ええ、ややこしく全員の呼び名をユリアにしてるみたいですが、モロウ商会が推すユリアは聖騎士マーカスが来国するほどの実力を持つ女性であり、このスイーツ店の顔であるユリアです。もし神殿の者が王太子殿下にそのユリアを勧めるようなことがあれば必ず断って下さいね。」

 「あぁ、だが神殿にマダム・リリーが聖魔力を持つ女性達を渡すつもりがないのなら聖女と認定されず側妃として召し上げられることもないだろう」
 「あれだけ有名になれば神殿や貴族が何らか動くかもしれません、マダム・リリーの目があるので大きくは動かないと思いますが。もうすぐ聖女ライラが神殿で祈りを捧げてくれるのでしょう?大聖女候補と呼ばれる聖女の祈りがあればしばらくは国の結界が持つかもしれませんし、その間に新たな聖女が見つかるかもしれませんね」
 
 ベンジャミンもすでに聖女ライラの祈りの儀式についての噂を聞いていた。

 「そうだな、本来もっと早くに祈りの儀式を行う予定だったのをあの聖女が体調が悪いだの言って神殿に行こうとしなかったのだ。聖騎士が別の聖魔力を持つ女性の元に現れたと聞けば慌てて神殿で祈りを捧げると言い出した。体調不良の割には菓子ばかり作ってたらしいが」
 苦虫を嚙み潰したような顔でアーサーはライラについて話した。
 その様子にベンジャミンはサムル王国の王太子の婚約者である聖女ライラの事をアーサーが良く思っていない事を察した。

 「聖女ライラはサムル王国でも怠惰だと伺いました。サムル王国の結界も1度しかしてませんし、その結界も性能が良くないのではと少し前に話していた者がいたとか。まぁ今よりもマシになるだけでも国民は助かりますからやる気が出た今のうちに祈ってもらいましょう」

 帰国したいのはやまやまだが、リザルド王国の王都から急な山道を降りるには今の状態では危険で、かといって転移門を使うには大人数過ぎて高額になるため全員の利用は難しく、転移門がまた使用可能になった段階でライラや大臣と言ったサムル王国の重要人物だけ利用し、随行している者達は春までリザルド王国に逗留させてもらうという案で使節団も考えているらしい。
 おいて行かれる随行者の人数が多いのと、王宮内は暖かいとはいえ早く帰国したい者達の不満も溜まっている。

 「サムル王国の聖女による祈りには王族も神殿で立ち会うことになっていて私も当日は神殿を訪れる予定だ。 その時にだが、この店の前を通り神殿に向うのでユリアさんが店頭でスコーンを販売してもらえないだろうか?」
 「偶然を装ってこっそり見たいんですか?本当に気持ち悪がられますって」
 「その時は大丈夫だ。今の変装を解いているわけなので私の正体に気付かれることはないだろう」
 「そこまで親しくないのであれば王太子殿下の元の姿だと雰囲気がガラリと変わってるので気付かれないかもしれませんが、諦めてくださいよ」

 「あぁ、わかっている。それがユリアさんの幸せなんだろう」



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