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淀みの侵入

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クロスノスとレティシアも、音に気づいた。

私はクロスノスに掴まりながら立ち上がり、裂け目の出入り口から顔を出す。

そこには誰もいなかった。
外の音じゃないの?

そう思って何気なく顔を横に向けると、空間が少し膨らんでいるように見える。

壁の中を何かが動いてるみたい・・・。

その膨らみは、前にゆっくり進みながら、天界、魔界、冥界のどれかに入ろうとしているように見える。

よく見ると、私が入っているこの『裂け目』と同じようなものが近い場所に複数あり、膨らみはその『裂け目』同士の隙間を縫うように、進んでいるように見えた。

この辺は、『裂け目』同士がこんなに近い・・・。
ほかの場所は、間隔が遠くなかったかしら。

さっき、アシェリエルと正面から見た時は、わからなかった。

こうして顔だけ出して横を向いてるから、わかるんだ・・・。

「何かいる。
なんだろう、これ・・・。」

呟く私の隣で、クロスノスもレティシアも横から顔を出して、覗き込む。

「何かいるわね。」

と、レティシアがその場所を注視する。

「外からではわからない?
この音や振動とか、膨らみとか。」

と、私が聞くと、レティシアは頷いた。

「全くわからないと思う。
そういえばここは、『裂け目』同士が近いわね。」

と、彼女は言う。

「何かしら・・・。
生き物みたいに見えるけど。」

私が言うと、クロスノスも警戒する。

「まさか・・・、これ、淀みじゃないでしょうか。」

そんなクロスノスの言葉に、私たちは驚く。

「淀み?
確かに淀みは透明だったけど、これは空間の壁の中を進んでるみたいに見える。」

と、私が言うのでレティシアは、はっとして私を見る。

「結びの間の死角!!」

「え?」

「お爺様に聞いたことがある。
『裂け目』が近いと、互いに『裂け目』が作る空間の壁の間には隙間ができる。
それは場所によっては外から気づかれずに、このまま三界への侵入を許してしまうことがある。
だから、『裂け目』同士が近いのを見つけたら、必ずその『裂け目』は閉じないといけない、て。」

レティシアは言いながら、顔が真っ青になる。

「その通りです
私も魔界にいた時は、報告をあげてました。」

クロスノスも頷く。

「い、いつからこんな・・・。
この音と振動は一体や二体じゃないわ。
おまけにこの死角は、外部の者は知らないはずよ。
ま、まさか誰かがハーティフに教えたんじゃ・・・。」

そう言いながら、レティシアは震え始めた。

「そ、そんな。
そんなことする人いないでしょ?」

私は慌てて否定したけど、レティシアは首を横にふった。

「いいえ!とにかく王様たちに伝えてくる!」

と叫んで、レティシアは飛び出して行く。

私はそれを見送って、裂け目の内側の空間に座り込んだ。

私はまだ、準備ができてない。
ハーティフに、気づかれてなければいいけど。

かつて、先代の漆黒の狼、アムが全て倒したと聞いた淀み。

今回はどうなるんだろう。

時の精霊を守り、ハーティフを倒す。

本当に出来るかわからないけど、周りにはそう期待されている。

やらないといけないなら、やるだけ。
でも・・・。

「リタ。」

クロスノスが声をかけてきた。

「カミュンは、きっと生きています。」

その言葉に、私はクロスノスを見つめる。
そして彼は私の右手を取ると持ち上げ、自分の爪書簡の魔法で塗られた右手と並べて見せた。

「ほら、爪書簡の魔法が解けてないでしょ。
この魔法は、相手が死んだ場合は解けます。
きっと彼は無事です。」

そう言われて、変わらずそこにある爪の色に安心する。

「どこにいるのか、わかる?」

私の質問に、クロスノスは凍結した複製体のカミュンを見ながら、考え込む。

「この三界ではないでしょう。
妖精界・・・いや、人間界のどこか。」

人間界・・・どこにいるの、カミュン・・・。
そこへレティシアがやってきた。

「リタ、王様たちにも全て伝えたの。
ハーティフの化身に知られると、総攻撃の元になるから、密かに伝えて調べて回ったわ。
報告によると、三界のほぼ全体の空間の隙間に、淀みたちが潜んでいることがわかったの。」

と、言うレティシアの言葉に、私は目を見開いた。

「これは、大変なことです。
それぞれの三界の入り口には門番がいて、不審なものを全て監視していたのに。
しかも、高位の者たちしか、『死角』の入り口は知り得ないはずなんです。
王自身、もしくはその親族。」

と、クロスノスが真剣な顔で言う。

「え・・・。」

と、絶句する私に、

「裂け目同士が近いと、それを閉じないといけないと話したよね?
これを閉じるのは、王とその親族の役目なの。
私たちは見つけて報告しても、直接塞いだりしないから。」

と、レティシアが答えた。

「他の世界は?
妖精界や、人間界は?」

私は思わず立ち上がった。
でも、すぐにふらついて座り込む。

「その件は、精霊の神殿へ伝達した。
大丈夫、お爺様がちゃんと、淀みに対抗する武器を作ってたの。
各神殿に配布して急襲に備えさせた。
これを見て。」

と、言ってレティシアが腕につけた、装置を見せてくれた。

「これは・・・。」

「淀みは、精霊魔法が効かない。
だから、唯一の弱点である太陽の光を封じたこの装置の中に吸い込んで焼くの。」

レティシアの話を聞いて、少しほっとする。

「すごい発明です。
吸い込んだ淀みは、消滅するのですか?」

クロスノスが興味深そうに、装置を見ている。

「細かい微粒子になって溜まるそうよ。
でも、淀みが18年前のあの日から準備されてたとして、そのくらいの年数のものならすぐに無効化できる。
千年前の淀みが来たら、そうはいかないけど。」

レティシアはそう言って私を見ると、私の手を握って、笑いかけた。

「ありがとう、リタ。
あなたが気づかなかったら、私たちは知らない間に淀みに囲まれて全滅していたかもしれない。」

私もやっと笑顔で頷く。

「よかった。
私も嬉しい。」

また、役に立ててよかった。
でも・・・。

「誰がハーティフに言ったんだろう。」

私の問いにクロスノスも、首を振る。

「内通者はわかりません。
しかし、誰がやったにせよ、重罪であることは間違いありません。」

レティシアもそれを聞いて、私を見る。

「あとね、カミュンの複製があなたを殺そうとしたと言ったら、天王もアシェリエルも驚いてた。
特に、アシェリエルが酷く動揺したの。
彼、何か知ってるわ。」

それを聞いて、クロスノスがため息をついた。

「なるほど。
ならば、この複製を今のうちに本体に還しましょう。
カミュン自身も複製が何をしたのか、記憶を見ることになる。
私の伝言も一緒に送りますよ。」

クロスノスは、私の髪の毛を一本取り出すと指に巻いて、カミュンの複製体に触れた。

「闇の精霊よ、光の技の逆を辿りて主の元へこの躰を還したまえ。
リ・ゴ・イサ・トゥーレ。」

カミュンの体は光の粒になって、崩れ去り、裂け目から飛び出していく。

「追いかける?」

レティシアが言うと、クロスノスは首を横に振った。

「カミュンは、自分で帰ってきますよ。
リタに手を出すなんて、彼の逆鱗に触れたものがどうなるか。
彼女も身をもって知ることになる。」

そう言って、私の手を強く握ってきた。


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