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訓練

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私は何度目かの変身を試みて、次第に出来るようになってきた。

最初は魔王の持つ『荒ぶり玉』の力を借りて変身し、『鎮めの玉』で元に戻っていたけど、だんだん感覚が掴めだしたの。

目を閉じて、頭の中にあの黒竜を思い浮かべて、互いに額を合わせるような場面を想像すると、うまく行く気がする。

「呼吸を忘れるな、リタ。
吸うより吐く時間を長く。」

魔王が、荒ぶり玉を後ろに隠し、自分の力だけでやれと手を振った。

私は頷くと目を閉じて、わかってきた感覚を元に、一人で変身してみる。

竜・・・私は竜だ・・・。

そう思いながら、竜と額を合わせる自分を浮かべてみる・・・。

やがて外の景色が見え始め、体が膨れ上がる感じがする。
ここで絶対迷わない・・・変われ・・・変われ!!

体の殻を破るというよりは、全身の感覚が変わっていく感じだ。

これは、普段から狼と人の姿を変えながら生きているので、なんとなくわかる。

感覚が落ち着くと、変身完了。
全身にみなぎる力が、普段と全然違う。

見下ろすと、遥か下に魔王が見える。

「ふむ・・・、滑らかに変身できるようになってきた。
私がわかるか、リタ。」

言われて、私は頷く。

「話せるか?」

「・・・なんとか。」

「では、先程教えた要領を思い出せ。
時の精霊の力を使う時は、詠唱しない。
これが他の精霊魔法と大きく異なるところだ。
全ては、尋常でないほど大きな霊力と感覚だ。」

「感覚ですか。」

「眠りの中に入るような霞がかった感覚が必要だ。
決して、はっきり目覚めた感覚でやるなよ。
だが、集中力は切らすな。」

「い、一度にそんな・・・。」

「言い訳はいい。
慣れるまでやるしかない。」

「・・・はい。」

もう、ずっとこんな調子。
あれやれ、これやれが多い。

目の前に、水滴がポタポタ落ちている。

これをゆっくり落とすよう、時を緩める。

眠りに入るように、ボーッとなるように・・・。
少しずつ、水滴が落ちる速度が落ちてくる。

「よし・・・その調子だ。
次は早めろ。」

魔王が指示してくる。

ボーッとしながら、早く・・・早く・・・。
なんとか、早くなってくる。

「よし、次は停止だ。」

魔王がさらに指示を出す。

ボーッとしながら、止まれ・・・止ま・・・。

水滴が停止していった。

「よし、いいぞ。
簡単なようだが、加減を間違えれば発動しないからな。
次は混沌の力だが、これはお前にしか分からん。
なので模擬戦闘をここでやる。」

と、魔王が言う。

「模擬戦闘?
幻と戦うということですか?」

と、尋ねると、

「言っとくが私は手加減はせん。
舐めてかかれば大怪我を負う。
お前も、存分にやるがいい。」

そういうと、魔王は見知らぬ怪物のような生き物を、数体召喚した。

「これは神喰いの乱の時の記録を見て、創り出した幻だ。
ハーティフは恐らくこの数倍は強い。
攻撃は今回ハーティフ戦には不向きだが、回避と反撃は覚えて損はない。
さあ、リタ。
お前の力を見せてみろ。」

そういうと、魔王は消えて、怪物たちと私だけになる。

全力でやればなんとかなる!
そう奮い立たせてやってみることにした。

・・・結果は、ボロボロ。

動きの機敏さ、力の強さ、そのタフさ。
どれをとっても追いつかない。

気絶して無理矢理起こされることの、繰り返し。

「呆れた。
これが、私たちのシールドを破りかけた黒竜なのか?
リタ、感覚だ。
頭で考えるな。」

私の鼻先を魔王がピシピシと、叩く。

「そういえば、さっきテイムダルが戻ってきたと聞いてるぞ。
会いたければ、こいつらを全員倒せ。」

その言葉に、頭をばっと起こす。

「カミュンが?
カミュンが戻ったのですか?」

魔王がそんな私を見て、苦笑いをした。

「お前・・・。
見た目はゴツくて恐ろしい竜のくせに、中身はてんであのリタのままだな。
天族は一悶着あってるようだ。
天王の妹がやらかしたとか。
彼女は、テイムダルにぞっこんだったからな。」

「・・・。」

「報告によれば天王の妹が、テイムダルの心をやると言われてハーティフと取り引きして、一方的に約束を反故にされたそうだ。
醜態を三界に晒したな・・・ふふ。」

魔王が、可笑しそうに笑う。
ティルリッチが・・・ティルリッチがハーティフと取り引きした?

「天王の妹は思い余って、テイムダルを拉致すると、複製を放って恋敵のお前を殺そうとした、と。
結果、かえってテイムダルに嫌われて、完全にフラれたようだぞ。
くくくく。」

魔王は、笑い続けている。
私は笑えない。
・・・私のせいだ。

「自分のせいだと思うなよ、リタ。」

落ち込む私に、魔王が顔を覗き込んでくる。

「天王の妹は、自分でこの結果を招いてしまった。
テイムダルを意のままにしたくて、敵に手を貸し、我々を危険に晒した。
事が露見すれば、こうなるのは必然だ。」

「・・・。」

「責任を感じてお前が譲ったところで、彼女は当然のことだとますます増長するだろう。
つまり、何も変わらんのだ。
しかしやったことは消えぬ。
責任は本人に取らせろ。
これで納得したか?
さぁ、お前はお前の力を、しっかりつけろ。」

魔王は、そう言う。
そうだわ。
私は私に出来ることを積み上げる以外、出来ることはない。

「いいか。
こいつらに勝つには、感覚を研ぎ澄ませ。
我らのシールドを壊しかけた時のお前は、まさに『感覚』で、戦っていた。
『荒ぶり玉』で、少しお前を興奮させてやる。
これで要領を掴むのだ。」

そういうと、魔王は荒ぶり玉を光らせ始めた。
身の内の衝動が強くなってきて、暴れたくなる。

「いいぞ、始め!」

魔王が消えていき、怪物たちが襲いかかってくる。

感覚・・・感覚・・・。

音、気配、そして殺気。
それが、ないものとあるもの。

彼等よりも一歩先へ。
常に上回れ・・・。

襲いかかる気配を感じて身を捩ると、牙をかけ損ねた怪物が、後ろから前の方へと降り立った。

感覚を研ぎ澄まして・・・今だ!!

飛び上がって空中で、一体仕留める。
次に地面を素早く動き回る二体目を仕留めた。

怪物を仕留めるごとに、力もみなぎりだす。

もう、頭で考えてはいなかった。

時には時間を操り、時には身に秘めた混沌の力からくる光線を吐き出し、場合によっては、空間すら揺さぶれる。

やればやるほど、なんでも出来るようになっていく。
怖いほど気持ちがいい。
もっと・・・もっとやれる!!

「リタ!
もういい!!」

ふと、カミュンの声が聞こえたので、ハッと正気に戻ってあたりを見回す。

そこには、累々と積み上がる倒した怪物の幻が消えかかる光景と、真剣な顔で私の前に立つカミュンの姿があった。





























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