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朝帰りのフェレミス

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朝方、玄関の扉が開く音がして、フェレミスが帰ってきたことがわかった。

「ホーホウ。」

私たちに代わり、フクロウのモーガンが彼を出迎える。

「よ、モーガン。ご主人様はまだ、おねむか?」

部屋の扉の向こうで、そんな会話をしている。私は起き上がって、目を擦りながら部屋の扉を開けた。

「おかえりなさい。随分と早いのね。」

「おっはよ。・・・その様子じゃ何も進展はなし、だな。」

「進展?」

「いや、いい。どーせあのカタブツは、君に何もしなかったんだろー?」

ランヴァルトのせいじゃない。
私がはぐらかしたの。

彼は、誠心誠意気持ちを伝えてくれたのに。

俯いてそんなことを考えていると、フェレミスが私の両肩に、手をガシッと乗せてきた。

「え・・・。」

「可哀想なシルヴィア!俺でよければいくらでも、この胸を提供するぜ?なんなら、一時的にセフレ以上になってあげてもいいよ?」

「ちょ・・・!ちょっと、フェレミス!」

「いざ!朝の熱ーい口づけを・・・。」

「やっ・・・やめて!!」

バン!!フェレミスの顔に枕が飛んできて、見慣れた背中が割り込んでくる。

「ふざけんなよ、お前!」

ランヴァルトは、私の肩に置かれたフェレミスの手を払って、さらに彼の顔に枕をグリグリと押しつける。

フェレミスは必死に枕を剥がして、床に叩きつけた。

「モゴモゴ・・・!ぷは!この、腰抜け野郎が!」

「やかましい!物事には順序があるんだよ!何もかもすっ飛ばすお前と一緒にするな!!」

「あんだけお膳立てしてやったのに、さては口だけで行動にうつさなかったな!?抱きしめたり、手を握ったり『温もり』が背中を押すんだぞ!?」

「俺の一方的な想いで、彼女の意思を無視するなんてできないんだよ!!」

「かー!出た。肝心な時にその騎士道的な考え方が邪魔するんじゃないかと思ってたら、やっぱり尻込みしやがったな、臆病者!」

「なんとでも言えよ。彼女を傷つけるよりマシだ。」

「は!えらくお上品なこった!惚れた相手を目の前にして、手も出さずに一晩耐え抜くたぁ、見上げた紳士様だよなぁ?」

「うるせぇ!お前こそこんな朝早くから、彼女に絡むなんて、どうし・・・。」

「グー!!」

・・・大きなお腹の音。張り詰めていた空気が緩み、フェレミスはランヴァルトにしっかり抱きつく。

「助けてぇ。二股がバレてさ、朝飯食わずに叩きだされたんだよー。ランヴァルトー。」

「はあ?」

「ランヴァルト、迷える空腹の子羊に朝食を!」

「く、苦しい!離せ、フェレミス!!」

揉み合う二人を食卓へと誘導して、朝食の支度を整えると、フェレミスはガツガツと食べ始めた。

「フェレミス、えらくがっつくな。まさか恋人全員からフラれたとか?」

ランヴァルトが隣に座った途端、フェレミスが動きを止めて、ガバッと机に伏せてしまった。

「5人の恋人が、まさかの鉢合わせをしたんだよ。ちゃあんと時間差で、お互い会わないようにしてたのに、バレて何もかもパァ。あーあ。」

5人の本命がいたんだ、フェレミス。
ランヴァルトは、そんなフェレミスに話しかける。

「お前でも、そんなことがあるんだな。」

「俺がフラれるなんて、ありえねぇ。ランヴァルトー、シルヴィアを譲ってよぉ。彼女なら次の相手が見つかるまで、なんとか食い繋げそ・・・。」

「叩き出すぞ、お前。」

「すみませぇん。シルヴィアは、いい体してると思うからなぁ。」

フェレミスは、しょぼんとして朝食を食べている。

爽やかな朝に、聞きたい言葉じゃないわ。

・・・この人、本当に私をセフレにする気なのね。それなら、『嫌なら容赦するな』とアドバイスしてくれた通りにしよう。

「フェレミス、お相手はよそでどうぞ。
さ、私たちも食べましょう、ランヴァルト。」

私はそう言って、食卓の椅子に座り直した。

「だな。」

ランヴァルトも、お祈りをしてから朝食に手をつける。

フェレミスは、私を見ながら眉毛をハの字に曲げて、情けない声で泣きまねをした。

「うぇーん、ここでもフラれた。俺は後腐れないイケメンよぉ?それなのに、みーんな他に彼女がいるだけで態度が変わるんだぜぇ?」

私はそれを聞いて、なんとも言えない気分になった。彼女たちが悪いの?

5人の恋人にバレないように付き合ってたということは、バレたら怒ることをわかってたんじゃないの?

思わずフェレミスに、眉を顰めて反論してしまう。

「自分だけを愛してほしいのに、勝手よ。」

「コトが済んだら、お互い用無しな待遇なのに、他の女の子の存在がバレた途端に、みーんなそっぽむくの。向こうも勝手なんだよ?」

自分は誰のものにもなりたくないけど、彼女は自分だけのものであって欲しいと彼は言ってた。
彼女たちもそうかも?

「なら、あなたと同じ扱いを、彼女たちもしてきたのね。」

「オゥ!なんて勝手なんだろ!ランヴァルト、俺は身も心も女性たちに弄ばれてきたんだぜ。悲運のイケメンだと思わない?」

「知るか。ほとぼりが冷めた頃にまた会いに行ったら、すんなり受け入れてくれるかもしれないぜ?」

「あ!意外とそうかも。ランヴァルトォー、お前はホントにいい奴だぁー。でもさぁ、それまではやっぱり、シルヴィアと夜は仲良くしたーい。」

「お断りします。」

フェレミスの話を聞きながら3人で朝食を済ませると、後片付けをした。

その間ランヴァルトと目線が合うたびに、恥ずかしくて目を逸らしてしまう。

嫌いじゃないのに、どうしよう。会話をしなきゃ、会話・・・何か話題はない?

「そ、そういえば、私の男装みたいに、ランヴァルトも変装するの?」

偽名を名乗るはずよね?彼。
私が尋ねると、ランヴァルトは服装を変えて、顔に何かを貼り付ける。

「顔に傷に見えるこれをつけて、ここにホクロをつける。ほら。」

「うわ、ちょっと怖い人に見える・・・。」

「おお、これが『スコット・エルホルン』か。シルヴィア、少しの間イケメン・ランヴァルトとお別れだ。今のうちに、ほら、美形の俺と仲良くな・・・。」

「フェレミス、食わせた朝飯を返せ!!」

「やだ!」

フェレミスのおかげで、変な間が開かずに助かる。本当は、ランヴァルトと二人きりで話したいけど、なかなか勇気が出ない。

彼は私が好きだとわかった。でも、私は何も伝えてない。・・・私も好きと言いたいのに。

私たちは、他愛もないことを言いながら、馬車を走らせて祈りの家に行くと、ダグラス神官様を乗せて法王府へと向かった。

「シルヴィア、上手に変装してるね。なかなか魅力的な青年に見えるよ。」

ダグラス神官様が、ニコニコと褒めてくれる。

「ありがとうございます。」

私が言うと、フェレミスもふざけて、割り込んできた。

「彼女の魅力は、ランヴァルトのお墨付きでーす。何せ鼻血まで出すほど気に入って・・・。」

「フェレミス、お前の晩飯はないと思え。」

ランヴァルトが、馬車の手綱を操りながらフェレミスを睨んだ。

2人の掛け合いも慣れてきたわ。

ダグラス神官様は、微笑みながら私を見た。

「シルヴィア、法王府は地母神チーダと、天空の神ラーソを崇める宗教の総本山だ。頂点に法王様がいて、各機関を統括している。」

「はい。」

「共闘の盟約に従った純血の吸血鬼は、法王府で認可を受けて正式にハンター側として認められる。法王府に行けば、吸血鬼の成り立ちが記された、『ベルアニ奇譚』を法王様に読み解いていただけるかもしれない。」

「わかりました。『ベルアニ奇譚』・・・ベルアニは吸血鬼の生まれた場所ですよね。」

「そうだ。そして、法王様が吸血鬼の性質に詳しいのは、その本を法王様だけが読めるからだと思う。」

「わかりました。あれ?ベルアニ・・・て、ヴァレンティカのファミリーネーム?」

「その通り。それからシルヴィア。ディミトリの仲間らしき吸血鬼たちが、暗躍し始めたようだ。ディミトリ本人の再生が、遅れているのだろう。」

「え!?」

「法王府内の協力者・・・即ちキャロン法王補佐官も動くはずだ。油断はできない。」

ダグラス神官様の話に、私は首を傾げた。

「法王様はご存知ないんですか?」

私の質問に、彼は険しい顔をする。

「おそらく気づいてる。だが、キャロン法王補佐官は、次の法王様を選定する『賢者の会』の評議員の過半数に影響力があり、表立って責められない。」

「賢者の会・・・。」

フェレミスがぽりぽりと、鼻の頭を指先で掻きながら、ダグラス神官様を見る。

「つまり、下手に責めれば法王の座が奪われてしまう、てことですね。」

嫌な理屈だわ。人の上に立つ以上権力闘争はあるんだろうけど、不正にまで気を遣わないといけないなんて。

「握りつぶせぬ証拠がない限り、追い出されるのが関の山。私のようにね。」

ダグラス神官様の、寂しそうな横顔が胸に刺さった。

ダグラス神官様は、真面目な方だから、きちんと証拠を提出したんだろうな。でも、証拠を扱えてしまう人が握り潰したら、なかったことになる。

そんなことができる人が、あのキャロンなのね。気が重くなるな。

ランヴァルトは、そんな私たちに声をかけてくる。

「だからといって、ディミトリを放置することはできません。姉さんのような犠牲を、一人でも減らしたい。」

そう、そうだよね。

「何か掴めればいいですね、法王府で。」

私の言葉に全員が頷いてくれた。
あ、そうだ。

「法王様に伝えませんか?純血の血を飲むことで、ランヴァルトみたいに復活できることを。」

これが広まれば、少なくとも僕が増えないはず。
ダグラス神官様は、私の言葉に力強く頷いた。





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