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法王府

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三日ほどかけて、船と馬車を乗り継ぎ、法王府へとたどり着いた。

「グリフィンを使役して、空を飛べれば一日もかからないんだがな。」

ダグラス神官様が、そう言いながら前に見えてきた孤島を指さす。

海の真ん中に佇む荘厳な建物。これが法王府。

フクロウのモーガンも、首をぐるっと回してせわしなく辺りを見回している。

「こんな孤島にあるなんて。クラーケンやセイレーンたちの襲撃はないんですか?」

私がダグラス神官様に聞くと、彼は法王府を上から描いた紙を取り出して見せてくれた。そして、地面に刻まれた紋章を指差す。

「巨大な魔法陣の上に、この法王府は建っている。これは初代の法王、バフラニ様が世界樹を模して敷いたと言われ、数千年もの間、外側から誰にも襲われたことはない。」

そうなんだ。魔物にとって法王府は、ヴァンパイアハンターの次に嫌われる存在だと聞いてる。多数のエクソシストを抱えているから。

ダグラス神官様は、私の肩に手を置いて、

「シルヴィア、いやシグルト。法王府の入り口、『審判の門』だ。さぁ、蓋を閉めるから、横になりなさい。」

と言って棺の蓋を閉める。
日が高い時間の純血の吸血鬼といえば、棺に眠ってないと怪しまれるものね。

フクロウのモーガンは、ランヴァルトの肩にとまった。

今は、もうすぐお昼になろうかという時間。
お天気は、曇り空。太陽が隠れていれば、純血が目を覚ましてもおかしくないから、都合がいい。

それでも、棺の中にいないとね。

ランヴァルトとフェレミスが、棺を担いで連れて行ってくれる。

・・・ありがとう、ごめんなさい。

ランヴァルトが棺の横に開けてくれた、小さな穴を通して外の様子は見える。

わあー、ここが法王府の門。

法王府の門番は、門の両側に立つ大きな石像なんだ。

近づくと両目を開いて、私たちをじっと見ている。こ、怖い・・・。

ダグラス神官様が、紋章の入ったペンダントをかざすと、石像が動いて大きな門を開いた。

「みんな、私の後ろからついてきなさい。決して前に出ぬように。」

ダグラス神官様の言葉通り、私たちは彼の後ろに並んでついて行く。

門を抜けた先には広場があり、その先に入り口が見える。

その時、法王府へと先に入って行く女性たちが見えた。みんな長いローブを羽織ってフードをかぶり、手に籠を下げている。なんだろ?この人たち。

ダグラス神官様に聞いてみよう。
小さい声で。

「ダグラス神官様、彼女たちは?」

「あぁ、彼女たちはボランティアで、病人や怪我人の看護、あと法王府内の清掃をしてくれる。今日は清掃日だったか。」

話を聞いていたランヴァルトが、彼女たちを見て目を細めた。

「そういや、姉さんも何度か来てたな。俺はこの法王府の敷地内にある寄宿舎にいたから、姉さんは俺の顔を見るついでに、参加してた。」

そうなのね。大きなシルヴィアも、ああやってお掃除してたんだ。

私たちは、彼女たちの後ろから建物の中に入った。

中はとても広くて迷いそう。

様々な法衣を着た神官たちが、私たちとすれ違う。中でも、黒い法衣を着た人たちには、強い威圧感を感じた。

「エクソシストたちだ。」

フェレミスが、私に教えてくれる。この人たちが・・・。ランヴァルトもこのエクソシストの1人だったのよね。

彼等は吸血鬼の私が入った棺を、軽く睨んでいく。そ、そうよね。私は元々、彼等に退治される側だったのだから。

「グフフフ、来たな、ダグラス神官。」

前からキャロン法王補佐官が、やってくる。
後ろから、長いローブを羽織った女性を1人連れて。
フードのせいで、顔が見えないわ。

清掃ボランティアの人・・・よね?なぜ1人だけ?

「天地の間に生きる全てのものに、祝福を。」

「神々の望むままに。キャロン法王補佐官。本日は、共闘の盟約に従った吸血鬼およびハンターを連れてきました。法王様におとりなしを。」

ダグラス神官様が言うと、キャロン法王補佐官が、ジロジロと私たちを見てきた。

「グフン?フェレミス・・・と?」

「棺の中の純血は、シグルト・ブルックス。そしてハンターのスコット・エルホルンです。」

「グフフフ、そうかそうか。中を改める。棺をおろせ。」

キャロン法王補佐官は棺を下ろさせると、棺の蓋を開いて、私の顔をじっと覗き込んでくる。

バレないように、薄目を開けて彼を見た。・・・いやらしい顔。こんな近くで見ると、余計気持ち悪い。でも、我慢、我慢・・・。

吐き気も我慢して、目を固く閉じる。

「グフフフー、男にしておくには勿体ないほどの美しさだ。しかし・・・。」

急に声色が鋭くなる。
な、なに?

「一人か?
ダグラス神官、こいつのしもべどもはどうした?」

そう言われたダグラス神官様が、

「まだ年若い吸血鬼のため、しもべはもちません。法王様におとりつぎを。」

と、言うと、キャロン法王補佐官は、笑いながら棺を足で何度も蹴り始めた。

痛い!!

「グフフ!なら、起こせ。今日は天気が悪いから、昼間でも起こせるだろう?」

その時、私を庇うようにランヴァルトが動いた。

「初めまして。スコット・エルホルンです。お会いできて光栄です。キャロン法王補佐官。」

ランヴァルトが、挨拶しながら私の棺と彼の間に割り込んでくる。

そして、彼がうやうやしくお辞儀をしている間に、フェレミスが私をゆっくり起こしてくれた。

周りの神官たちも、私たちに注目している。
人目があるから、下手なことしないよね。
キャロン法王補佐官も、襟を正して咳払いをする。

「グフン!法王様は、こちらだ。」

キャロン法王補佐官は、背を向けて歩き出した。

私たちは『浄化の道』と言われる渡り廊下を抜けて、法王様の待つ『慈悲の間』に通される。

キャロン法王補佐官の後ろについて来ていた女性は、途中から踵を返して戻ってしまった。

なんだろ?やっぱりこの辺りの清掃をするために来たんじゃないんだ。

『慈悲の間』の扉が開いて、中で法王様が椅子に座って待っていた。

慈悲の間には、たくさんのエクソシストたちもいて、私が変なことをしないか、見張っている。

私は緊張しながら、法王様にご挨拶をした。

「楽にしなさい。私はこの法王府の法王バニュカルロ3世。」

法王様が、静かに沁み渡るような声で話す。
キャロン法王補佐官が、ダグラス神官様から共闘の盟約の書類を受け取り、法王様の前に提出した。

法王様は一通り目を通したあと、私を見てにっこり微笑む。

「ようこそ、シグルト、スコット、フェレミス。この共闘の盟約は、人間の世界の脅威を減らし、真祖たちにかけられた呪いを、成就させぬための大切な盟約。」

そう言われて、私はキョトンとする。
真祖たちにかけられた呪い?

「おや、シグルト。君の純血たちのコロニーの間でもちゃんと伝承されているのだろう?」

法王様が、私の表情に気づいて首を傾げる。

私は首を横に振って否定した。
純血の真祖について、誰も口にしない。自分たちこそが、選ばれしものだと考える純血が多いので、特に話題にならない。

そういえば、ヴァンお養父様は何か言ってたけれど、思い出せない。

法王様は、ゆっくり立ち上がると、説明し始めた。

「真祖は元々古代に滅んだ国、『ベルアニ』の大騎士団だったのです。王に率いられて魔物が住み着いた宮殿に退治に向かい、魔物の返り血を浴びて呪われ、吸血鬼となったと言われています。」

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