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君に出会うまで

※シュラ視点 彼女と出会う前の話

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あの肖像画が、きっかけだった。
あれは俺がまだ、おさになって間もない頃……。

おさ! また力技で事を収めましたな!?」

「全員ぶっ飛ばしたぞ? じいや」

おさが強いことは、わかっております。しかし、こうも力押しでは、おさから皆の心が離れます!」

「いざって時は、この鬼神棒があんだろ?」

おさ……皆、鬼神棒に従うのではありません。おさを慕い、従うのです」

「強い者に従う、だろ?」

「強さの意味を、履き違えてはなりません。受け入れることも、また、強さでございます。もう少し、落ち着いてくださいませ!」

「時間ばかりかかっちまうのは、性に合わねーんだよ」

「まったく……そうじゃ。手習いでもなさいませぬか? 音楽、絵画、書道など」

「つまんねぇよ。手習いなんざ」

おさ!」

じいや、ソラメカの報告を聞きにいく。小言はここまでだ」

俺はじいやを置いて、さっさと執務室に入った。

なぁにが手習いだ。馬鹿馬鹿しい。

俺は忙しいんだよ。

宝珠の返却期限が迫る中、俺はストロベリ王家を監視していた。

今度こそ返してもらいたい。
力で奪い返すより、自発的に王の手で。

だが……宝珠を貸与させて長い時が流れすぎた。

鬼の世界の浄化力が落ちてきていることも、おさとして見過ごせねぇ。

おさ

鬼の一族の筆頭家老、ソラメカが執務室で待っていた。

「おう、わりぃな、ソラメカ。報告を聞こう」

「はい、ストロベリ王室は、新王テスが即位して十年。王権ばかりが強化され、その執政はかんばしくありませぬ」

「宝珠を自発的に返す気配は、なさそうだな」

おさ、その時がくれば、躊躇してはなりませぬ」

「わかってるよ。ん? ソラメカ、その手に持ってるのは……」

奴は小脇に肖像画を挟んでいた。巨漢のソラメカが持つと、余計小さく見える。

「以前報告にあがった、ストロベリ王家の前皇太子の娘の肖像画です。廃嫡された皇太子一家の肖像画は、城から消えておりますので」

「あー、そいつな。父親が弟に出し抜かれたせいで、被害を被ってんだったな。他の奴らの顔は確認したけど、そいつだけ知らねぇんだ。ありがとな」

おさとしちゃ、関わりある国の王族の顔は知っとかなくちゃならねぇからな。

ソラメカも、その辺はよくわかってる奴だ。

「逆らえば家族を害されると脅され、無給で働いております。これも、父親である前皇太子に、苦痛を与える手段となっているようで」

「子を守れぬ非力な父親だと、自覚させ続けるため、か。ネチネチと陰険だな、テス王は」

「テス王の娘、ウドレッダ姫も、父親に似てなかなかの曲者。美貌の下に隠れた陰湿さで、この娘を酷使しております」

「胸糞わりぃ」

俺は肖像画を受け取ると、その絵を見た。

「!」

おさ。ご確認が済みましたら、火にくべて処分いたしましょう」

「いや、待て」

顔を確認するため。それだけのつもりだった。でも、薄汚れた侍女の服を着て、窓の外の光を寂しく見つめるその瞳に、俺は引き込まれていた。

『ここを出たい……』

その絵は、そう言っているかのようだった。

出たけりゃ、出りゃいーじゃねぇか。窓まで、ほんの少しの距離じゃねぇか。

そう思って、肖像画の窓辺の光の部分に触れた時だ。

ザリ!

「……あ」

色がはげやがった。
力を入れすぎたのか?

人間の世界のものは、脆いからな。

俺は慌てて鬼神棒を取り出して、その力で修復する。

ソラメカは、奇妙なものを見るような目で俺に意見してきた。

おさ、どうせ捨てるものです。それは、王室専任の絵描きの弟子が、練習として描いたもの。画材も質が悪く、すぐに色が落ちます」

「何? じゃ、これは既にあちこちはげてんのか?」

「おそらくは。元々どこかの部屋にいる風景のようですが、家具の部分は確認できぬほど色落ちして、もはや絵としてのていをなしておりませぬ」

「おいおいおい……」

「顔のご確認のためと伺いましたので、十分かと」

「あー、もういい。これは俺が捨てとくわ」

おさ?」

「ご苦労さん、ソラメカ。配下の者たちに、労いと引き続きよろしくと伝えてくれ」

「……はい」

何やら不満そうだな。
まあいいや。

俺は鬼神棒で、可能な限り絵を元に戻した。

それから自室に飾り、時間があれば眺めている。

コンコン。
部屋がノックされて、今夜の俺のお相手が夜這いにやってきた。

おっと、お楽しみの前にこれだけはしておかないと。

肖像画に布をかけ、見えないようにする。
純情な少女には、刺激の強い場面を見せるわけにはいかねぇ。

これで、よし、と。

そうやって過ごしているうちに、時々俺は絵に話しかけるようになっていた。

まるで、彼女がそこにいるかのように。

「……今日はさ、またこんなことあってさ。まあ、いつものように、まとめてぶち倒せば……やっぱり、もう少し待ったほうがいいか?」

物言わぬ絵画である事をいいことに、俺はあれこれ胸の内を打ち明けていた。

ただの絵なのに。
聞いてもらうと、何故か落ち着く。

それに、考えをまとめるのにとてもいい。
彼女にわかるように説明しているうちに、自分が何にこだわっているのかも、気づくことがあって。

いい絵だよな。
もらっといてよかったぜ。

おかげで強引に進めるより、ゆっくり落ち着いてやることの大切さ、みたいなのもなんとなくわかってきたしな。

あれこれと、試行錯誤も大事。

力加減てのも、覚えたぜ。

おさ、最近落ち着いてこられましたな」

爺やが珍しく俺を褒める。
そうか? 俺にはわかんねぇけど、前より力技で解決する事をしなくなった……かな?

「おう、爺や。例の争いごとの件だが、対立する種族の代表をここに呼べ。言い分を言いたいだけ言わせてやらぁ」

「おお!」

「へへ、受け入れることも、役目なんだろ?」

「はい……はい!」

面倒でも、遠回りがかえって近道になることもあるよな。

でも、何故か、他の奴にこの絵を見られるのはすごく嫌だった。

本当に、なんなんだろうな。
俺自身も、この絵にこだわる理由がわかんねぇわ。

そうやって数年過ごしていると、おさとしての仕事は上手く回せるようになったんだが……。

新たな問題発生。

ちょくちょく付き合っていた彼女たちが、あの肖像画に興味を持ちだしたのだ。

いつも布ががけてあるから、気になったらしいが。

見せる気はないし、教える気もねぇ。

俺と肖像画の間に、誰も入れたくなかった。

パサ。

ある夜、布が捲られる音がして目を覚ますと、恋人の一人が肖像画を覗いてやがった。

「!!」

彼女は乱暴な捲り方をしていて、あれじゃ色がはげちまう。

「何してやがる!!」

彼女はさっさと逃げ去り、俺は慌てて肖像画を確認した。

ああ!?
肖像画の彼女の姿が、斜めに消えかけている。
急いで鬼神棒で元に戻すと、俺は心底ほっとして座り込んだ。

「びっくりしたな、ごめんな」

俺はいつものように、肖像画に語りかける。

出来れば、本人と会って話したい。本当はな。
会いたいな……会えないな。

軽く肖像画に口付ける。
これもいつの間にか、習慣化したな。

はたから見たら、俺って危ない奴か?
この時、俺はあまり気にしていなかった。

次第に、肖像画が本当の恋人とか噂されて、迷惑してるぜ。

んなわけないじゃん。

アホらしくて、そのままにしておいた。
否定するのも面倒くせぇ。

肖像画を見ようとする恋人も絶えず、俺の怒りに触れて、もう何人も去っていった。

別に困んねぇよ。
すぐ次の彼女ができるしさ。

そんなある日。

おさ! 人身御供の奉納がありました!!」

人間界との境界線である、“鬼門”を司る護衛係から連絡が入る。

人身御供だと!?

宝珠ではなく、人身御供ということは、まだ返せないという意思表示だ。

「手を出すな! 連れてくるだけにしろ!!」

俺は伝令にそう伝えると、急いで現場に向かう。

ドクン、ドクン……。
心臓が妙な音を立てやがる。

なんだ? 何かあるのか?

不思議な予感がして、俺は顔を上げた。
目の前に、二匹の鬼に群がられようとしている人間が見える。

面白半分に襲う気だな!?

「馬鹿が!!」

俺は鬼たちを鬼神棒で遠ざけると、その人間を奪い返した。

素早く布で包んで、片腕に抱き止める。

「!!」

顔を覗き込んだとき、息が止まりそうになった。

こいつは……まさか、肖像画の?
年数が経っているけど、まだ、あどけなさが顔に残っている。

ブン! と鬼神棒を振ると、その音で彼女は目を覚ました。

生きているのか。

「鬼神棒……」

彼女は、開口一番そう言った。
鬼神棒に刻まれた、この文字が読める!?

鬼の一族でも、読めるのはおさクラスの実力者だけと言われる古代文字なのに。

ドクン、ドクン。

面白おもしれぇ……面白おもしれえ!

彼女を抱く腕が、興奮で震えてくる。

俺と彼女が本物の恋に堕ちるまで、あと少し───。


~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~


これにて、この物語は完結致します。

読んでくださってありがとうございました。
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次回作は、準備中です。完成次第、投稿致します。

※この物語はフィクションです。表現や人物、団体、学説などは作者の創作によるものです。

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