誰が為に筆は舞う〜仙人と絵師〜時々猫 〜2

たからかた

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第二部

誰がために筆は舞う 仙界編 第六話

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私はというと、頭が完全に焼き切れていた。

息をすることまで忘れていた。
理解が追いつかない。

なんというか、ほのぼのした恋心だった私に対し、鶴毘かくびのそれは比べ物にならないくらいの熱量だったのだ。

私、ちゃんと愛されてたんだ。
豆吉まめきちの手を振り払ったのも、やっぱり嫉妬からだったんだ・・・。

ようやく嬉しさや愛おしさが溢れてきて、何度も頷いていた。

鶴毘かくびは満足したように笑うと、手を離して、大天君だいてんぐんたちに向き直って伏礼した。

大天君だいてんぐんはため息をつき、紗空しゃくうは歯を食いしばって耐えていたようだが、冷たい目でこちらを見る。

「どうやって昇仙させるのです?
この女に修行など私がさせませぬ。」

紗空しゃくうの言葉に、ムゥがまた鳴いた。
「にゃうにゃー。」

紅葉もみじの命を、鶴毘かくびの中に宿らせろと。
そうすることで、鶴毘かくびが死ぬ時は共に死ぬ代わりに、今のままの姿でいられると。」

また、別の神仙が説明する。

すごいな。
私には、にゃあにゃあ言ってるようにしか聞こえないのに。

「それは、天仙の技。
鶴毘かくび様にはできませぬ。」

と、言って紗空しゃくうは食い下がる。

「そなたは絵師だったな。」

ムゥの鳴き声を最初に解説した神仙がこちらを見て、言った。

「はい。」

私が答えると、

「では、絵を奉納せよ。」

と、言われた。

「お前の描く絵が天に認められたなら、お前は修行を積んで昇仙したものと同じ。
功績による昇仙を目指せ。」

もう一人の神仙が頷く。
「よい考えじゃ。
ギリギリ地仙として仙籍に入れば、気のバランスが保たれよう。
鶴毘かくびの天仙昇格を待たずとも、命を繋げることができるようになる。
鶴毘かくびと共に生きたいと願うのならば、その決意を示すのじゃ。」

その言葉に、鶴毘かくびと目を合わせて、私は頷く。

「五穀断ちもしながらじゃぞ!
飲食を極力せずに修行するのが基本じゃ!
何が絵の奉納か!
皆さまもおかしくはないか?
我等はあの過酷な修行の果てに今こうして仙人たりえております。
恋に浮つくこの女の得意分野で、その過程すら飛ばすなど言語道断!
仙としての特別な才能などないくせに!」
そう言って、紗空しゃくうは地団駄を踏みながら抗議する。

・・・、お怒りごもっとも。
婚約者を奪われるわ、何の苦労もなしに、苦労の果てに今いる地位にひょいと他人が入ってくるのは虫唾が走るだろう。

・・・、かつて、あの鵬夜ほうやの才能もそんな感じだった。
絵師としての修行は私の方が長かったのに、彼はものの数ヶ月で技術を習得し、その年のうちに世間に認められる絵を描いていた。

私の先生も、自分の十年分を一瞬で習得していると、感心していたのを覚えている。
これが天才と凡人の差なのかと、悔しかった。

ここでも、私は天才じゃない。
亀の歩み程度しか進歩しない人間だ。

そうだとしても、ここで遠慮してたら、愛する人と生きていけない。

仙人としては、全然ダメでも、鶴毘かくびを想う気持ちは本物だ。

ここまできたんだから!

鶴毘かくびと、共に生きていけるのなら、五穀断ちくらいしてやる。
描けなかったころは、元々食うや食わずやの絵師だったのだ。

「あと、諸々の・・・・。」

「わかりました。」

皆の注目がこちらに集まる。
「絵の奉納と、五穀断ち。
あと気を練れるようになること。」

これは、鶴毘かくびと日常的に話をしていた時に聞いた話だった。
どうやって仙人になれたのかと尋ねた時、鶴毘かくびが自分がやってきた修行のことを話してくれたのだ。

・・・そんなの無理。
と、思ったことは忘れよう。

ただ、気は最後には神と通じると聞いた時は、なんとなくわかる気がしたのだ。

絵を描いていると、没頭するさなかなんとも言えない感覚に陥ることがある。

とても静かで、とても穏やかな静寂に包まれ、それでいて目の前の作業の一つ一つの動作に、疲れも迷いも恐れも一切なく、筆をふるえる時がある。

そして描き上がったものは、自分の予想を超えて遥かにいいものが描けているのだ。

もしかしたら、あれが・・・・?

「みゅう。」

ムゥが嬉しそうに鳴いた。

「そなたの今思ったことこそ、真髄なのだそうだ。」

すかさず解説が入る。
なるほど・・・。

「できるものか!」

紗空しゃくうはただ一人、青筋を浮き上がらせてこちらを見ていた。












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