6 / 28
第二部
誰がために筆は舞う 仙界編 第六話
しおりを挟む
私はというと、頭が完全に焼き切れていた。
息をすることまで忘れていた。
理解が追いつかない。
なんというか、ほのぼのした恋心だった私に対し、鶴毘のそれは比べ物にならないくらいの熱量だったのだ。
私、ちゃんと愛されてたんだ。
豆吉の手を振り払ったのも、やっぱり嫉妬からだったんだ・・・。
ようやく嬉しさや愛おしさが溢れてきて、何度も頷いていた。
鶴毘は満足したように笑うと、手を離して、大天君たちに向き直って伏礼した。
大天君はため息をつき、紗空は歯を食いしばって耐えていたようだが、冷たい目でこちらを見る。
「どうやって昇仙させるのです?
この女に修行など私がさせませぬ。」
紗空の言葉に、ムゥがまた鳴いた。
「にゃうにゃー。」
「紅葉の命を、鶴毘の中に宿らせろと。
そうすることで、鶴毘が死ぬ時は共に死ぬ代わりに、今のままの姿でいられると。」
また、別の神仙が説明する。
すごいな。
私には、にゃあにゃあ言ってるようにしか聞こえないのに。
「それは、天仙の技。
鶴毘様にはできませぬ。」
と、言って紗空は食い下がる。
「そなたは絵師だったな。」
ムゥの鳴き声を最初に解説した神仙がこちらを見て、言った。
「はい。」
私が答えると、
「では、絵を奉納せよ。」
と、言われた。
「お前の描く絵が天に認められたなら、お前は修行を積んで昇仙したものと同じ。
功績による昇仙を目指せ。」
もう一人の神仙が頷く。
「よい考えじゃ。
ギリギリ地仙として仙籍に入れば、気のバランスが保たれよう。
鶴毘の天仙昇格を待たずとも、命を繋げることができるようになる。
鶴毘と共に生きたいと願うのならば、その決意を示すのじゃ。」
その言葉に、鶴毘と目を合わせて、私は頷く。
「五穀断ちもしながらじゃぞ!
飲食を極力せずに修行するのが基本じゃ!
何が絵の奉納か!
皆さまもおかしくはないか?
我等はあの過酷な修行の果てに今こうして仙人たりえております。
恋に浮つくこの女の得意分野で、その過程すら飛ばすなど言語道断!
仙としての特別な才能などないくせに!」
そう言って、紗空は地団駄を踏みながら抗議する。
・・・、お怒りごもっとも。
婚約者を奪われるわ、何の苦労もなしに、苦労の果てに今いる地位にひょいと他人が入ってくるのは虫唾が走るだろう。
・・・、かつて、あの鵬夜の才能もそんな感じだった。
絵師としての修行は私の方が長かったのに、彼はものの数ヶ月で技術を習得し、その年のうちに世間に認められる絵を描いていた。
私の先生も、自分の十年分を一瞬で習得していると、感心していたのを覚えている。
これが天才と凡人の差なのかと、悔しかった。
ここでも、私は天才じゃない。
亀の歩み程度しか進歩しない人間だ。
そうだとしても、ここで遠慮してたら、愛する人と生きていけない。
仙人としては、全然ダメでも、鶴毘を想う気持ちは本物だ。
ここまできたんだから!
鶴毘と、共に生きていけるのなら、五穀断ちくらいしてやる。
描けなかったころは、元々食うや食わずやの絵師だったのだ。
「あと、諸々の・・・・。」
「わかりました。」
皆の注目がこちらに集まる。
「絵の奉納と、五穀断ち。
あと気を練れるようになること。」
これは、鶴毘と日常的に話をしていた時に聞いた話だった。
どうやって仙人になれたのかと尋ねた時、鶴毘が自分がやってきた修行のことを話してくれたのだ。
・・・そんなの無理。
と、思ったことは忘れよう。
ただ、気は最後には神と通じると聞いた時は、なんとなくわかる気がしたのだ。
絵を描いていると、没頭するさなかなんとも言えない感覚に陥ることがある。
とても静かで、とても穏やかな静寂に包まれ、それでいて目の前の作業の一つ一つの動作に、疲れも迷いも恐れも一切なく、筆をふるえる時がある。
そして描き上がったものは、自分の予想を超えて遥かにいいものが描けているのだ。
もしかしたら、あれが・・・・?
「みゅう。」
ムゥが嬉しそうに鳴いた。
「そなたの今思ったことこそ、真髄なのだそうだ。」
すかさず解説が入る。
なるほど・・・。
「できるものか!」
紗空はただ一人、青筋を浮き上がらせてこちらを見ていた。
息をすることまで忘れていた。
理解が追いつかない。
なんというか、ほのぼのした恋心だった私に対し、鶴毘のそれは比べ物にならないくらいの熱量だったのだ。
私、ちゃんと愛されてたんだ。
豆吉の手を振り払ったのも、やっぱり嫉妬からだったんだ・・・。
ようやく嬉しさや愛おしさが溢れてきて、何度も頷いていた。
鶴毘は満足したように笑うと、手を離して、大天君たちに向き直って伏礼した。
大天君はため息をつき、紗空は歯を食いしばって耐えていたようだが、冷たい目でこちらを見る。
「どうやって昇仙させるのです?
この女に修行など私がさせませぬ。」
紗空の言葉に、ムゥがまた鳴いた。
「にゃうにゃー。」
「紅葉の命を、鶴毘の中に宿らせろと。
そうすることで、鶴毘が死ぬ時は共に死ぬ代わりに、今のままの姿でいられると。」
また、別の神仙が説明する。
すごいな。
私には、にゃあにゃあ言ってるようにしか聞こえないのに。
「それは、天仙の技。
鶴毘様にはできませぬ。」
と、言って紗空は食い下がる。
「そなたは絵師だったな。」
ムゥの鳴き声を最初に解説した神仙がこちらを見て、言った。
「はい。」
私が答えると、
「では、絵を奉納せよ。」
と、言われた。
「お前の描く絵が天に認められたなら、お前は修行を積んで昇仙したものと同じ。
功績による昇仙を目指せ。」
もう一人の神仙が頷く。
「よい考えじゃ。
ギリギリ地仙として仙籍に入れば、気のバランスが保たれよう。
鶴毘の天仙昇格を待たずとも、命を繋げることができるようになる。
鶴毘と共に生きたいと願うのならば、その決意を示すのじゃ。」
その言葉に、鶴毘と目を合わせて、私は頷く。
「五穀断ちもしながらじゃぞ!
飲食を極力せずに修行するのが基本じゃ!
何が絵の奉納か!
皆さまもおかしくはないか?
我等はあの過酷な修行の果てに今こうして仙人たりえております。
恋に浮つくこの女の得意分野で、その過程すら飛ばすなど言語道断!
仙としての特別な才能などないくせに!」
そう言って、紗空は地団駄を踏みながら抗議する。
・・・、お怒りごもっとも。
婚約者を奪われるわ、何の苦労もなしに、苦労の果てに今いる地位にひょいと他人が入ってくるのは虫唾が走るだろう。
・・・、かつて、あの鵬夜の才能もそんな感じだった。
絵師としての修行は私の方が長かったのに、彼はものの数ヶ月で技術を習得し、その年のうちに世間に認められる絵を描いていた。
私の先生も、自分の十年分を一瞬で習得していると、感心していたのを覚えている。
これが天才と凡人の差なのかと、悔しかった。
ここでも、私は天才じゃない。
亀の歩み程度しか進歩しない人間だ。
そうだとしても、ここで遠慮してたら、愛する人と生きていけない。
仙人としては、全然ダメでも、鶴毘を想う気持ちは本物だ。
ここまできたんだから!
鶴毘と、共に生きていけるのなら、五穀断ちくらいしてやる。
描けなかったころは、元々食うや食わずやの絵師だったのだ。
「あと、諸々の・・・・。」
「わかりました。」
皆の注目がこちらに集まる。
「絵の奉納と、五穀断ち。
あと気を練れるようになること。」
これは、鶴毘と日常的に話をしていた時に聞いた話だった。
どうやって仙人になれたのかと尋ねた時、鶴毘が自分がやってきた修行のことを話してくれたのだ。
・・・そんなの無理。
と、思ったことは忘れよう。
ただ、気は最後には神と通じると聞いた時は、なんとなくわかる気がしたのだ。
絵を描いていると、没頭するさなかなんとも言えない感覚に陥ることがある。
とても静かで、とても穏やかな静寂に包まれ、それでいて目の前の作業の一つ一つの動作に、疲れも迷いも恐れも一切なく、筆をふるえる時がある。
そして描き上がったものは、自分の予想を超えて遥かにいいものが描けているのだ。
もしかしたら、あれが・・・・?
「みゅう。」
ムゥが嬉しそうに鳴いた。
「そなたの今思ったことこそ、真髄なのだそうだ。」
すかさず解説が入る。
なるほど・・・。
「できるものか!」
紗空はただ一人、青筋を浮き上がらせてこちらを見ていた。
0
あなたにおすすめの小説
【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m
✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。
【あらすじ】
神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!
そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!
事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます!
カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。
次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢
さら
恋愛
名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。
しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。
王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。
戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。
一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。
酒好きおじさんの異世界酒造スローライフ
天野 恵
ファンタジー
酒井健一(51歳)は大の酒好きで、酒類マスターの称号を持ち世界各国を飛び回っていたほどの実力だった。
ある日、深酒して帰宅途中に事故に遭い、気がついたら異世界に転生していた。転移した際に一つの“スキル”を授かった。
そのスキルというのは【酒聖(しゅせい)】という名のスキル。
よくわからないスキルのせいで見捨てられてしまう。
そんな時、修道院シスターのアリアと出会う。
こうして、2人は異世界で仲間と出会い、お酒作りや飲み歩きスローライフが始まる。
【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます
腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった!
私が死ぬまでには完結させます。
追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。
追記2:ひとまず完結しました!
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
愛する夫が目の前で別の女性と恋に落ちました。
ましゅぺちーの
恋愛
伯爵令嬢のアンジェは公爵家の嫡男であるアランに嫁いだ。
子はなかなかできなかったが、それでも仲の良い夫婦だった。
――彼女が現れるまでは。
二人が結婚して五年を迎えた記念パーティーでアランは若く美しい令嬢と恋に落ちてしまう。
それからアランは変わり、何かと彼女のことを優先するようになり……
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる