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第二部
誰がために筆は舞う 仙界編 第十二話
しおりを挟む手ぬぐいの中の鶴毘は、神妙な顔でこちらを見ている。
大天君に私が強く頷くと、彼はすかさずさっと手を握ってきた。
「大体、こんな可愛い新妻を置いてさっさと修行に戻るあいつも、あいつなんだがな。
堅物でクソ真面目で。
私なら修行なんぞ後回しにして、妻と過ごしてるぞ。」
と、笑いながら手ぬぐいに握った手を見せつける。
「鶴毘様は一日も早く、天仙昇格を果たして、私と暮らしてくださるつもりだと・・・思います・・・。」
私が言うと、大天君はニコニコ笑う。
「おーお、いいな。
早速かばうのか。
ま、奴も何度も修行を中断した手前、この辺から巻き返さないと、いかんしな。」
私はそう言われてハッとして鶴毘を見る。
「すみません。
私が・・・。」
鶴毘は私を見て首を振り、大天君は手を離して扇であおぎながら、
「よいよい。
私も修行中、師の目を盗んでは妻に会いに行っていた。
かつてきた道、だな。」
と、言って笑い続ける。
えぇ!?
ちょっと大丈夫なんですか?
「もちろん修行もちゃんとした。
妻ともしっかり付き合った。
双方こなすうちに、真っ先に隠遁術が師を凌いでな。
後で真相がバレた時は、尻をイヤと言うほど師にぶたれたもんだよ。」
いわゆる、うまく隠れる術ね・・・。
それにしても、この人もヤンチャな時代があったんだな。
「そなたは娘の婚約者を奪った。
娘から見たら憎い相手だ。
だが、恋愛がこういうものだということは、知っている。
失恋を乗り越えることも、娘の修行のうちだ。」
と、大天君は言った。
器の大きな人なんだな、この人。
さすが鶴毘の師匠。
「と、いうわけで、紅葉も窮奇や饕餮と渡り合えたわけだから、あとは絵の奉納だけだな。」
いきなり言われて、ハッとなる。
「もちろん絵は分かりますけど、窮奇も饕餮も私が倒したわけじゃありません。」
私が言うと、大天君はニヤリと笑った。
「鶴毘の底力は、そなたが引き出したのだ。
そなたの絵が天に認められ、末端の地仙にでもなれれば、気のバランスが保たれ、鶴毘の天仙昇格を待たずとも命を繋げることはできる。
鶴毘の修行は最強の魔物を二体も一人で倒して、最終試験を先に終えたようなものだから、気の成長は順調だ。明日にでも鶴毘にそなたの命を宿らせるといい。」
大天君・・・まさか。
「もしかして、今回のこと仕組んだのは大天君ですか?
鶴毘様の気の成長を早めて、私たちが早く一緒になれるように。」
大天君は、片眉をあげる。
「さて、なんのことかな?
絵の出来次第ではあるが、そなたは人界で絵師の仕事がある。
長くはいられまい?
かわいい弟子には、早く身を固めてほしいし、
娘には、きっぱり鶴毘を忘れて、次の恋ができるように願っているだけだが?」
そう言うと片目を閉じて、ついと顔を寄せてくる。
顎を撫でると長い髭が消え、鶴毘とそう変わらない若い男性の顔が現れた。
仙人は不老なので、加齢による衰えがほとんどないことを忘れていた。
よく見ると大天君もかなり顔立ちが整っており、思わず見惚れるほどで、大人の男性の色気が漂い、このまま絵に描きたいくらい素敵な人だった。
じっと、真剣に見つめられて思わず赤面するが、鶴毘を見た時ほどはときめかない。
深呼吸をして、気持ちを落ち着けて見つめ直すと、大天君が、
「手強いな・・・。」
と、苦笑した。
私、誘惑されてるのかな。
油断すると、危険な人だと直感が告げている。
大天君はそう思う私を見透かしたように髭を戻し、距離をとってにこやかな師匠の顔に戻った。
「幸せにな。
鶴毘に飽きたらいつでも言いなさい。
私は奴と違って女性の扱いはかなり上手い。
退屈はさせぬ。
鶴毘よ、モタモタしてないでさっさと気を練りなさい。
待たせると私が紅葉の命を吸い上げるぞ?」
そう言って手ぬぐいに話しかけた。
鶴毘は、ムッとしたような顔で大天君の方を睨んでいる。
私は苦笑いしながら、後退り、手ぬぐいを懐にしまった。
3日目、私はムウと一緒に、最初に桃源郷に来た時の場所に来ていた。
机を並べ、顔料を揃え、紙を敷く。
「やっぱりここが一番いい。」
ムゥは私に寄りかかって、ウトウトしている。
私はムゥを撫でてから、制作に取り掛かった。
ここで景色を見て、紗空に見つかって、鶴毘が来て・・・。
色々あったな。
私はこれまでに習った呼吸法で、意識を集中させ、周囲の音が消えて静寂が訪れてから、筆を握った。
一心不乱に筆を動かしていると、あのなんとも言えない感覚に包まれる。
自分の体の感覚がなくなっていき、筆と一体化していくかのような感覚。
疲れも、渇きも感じない。
全てを描き終えて、筆を置いた時は全身びっしょりと汗をかいていた。
かなりの時間が経っていたが、疲労感さえ心地いい。
「みゅうー。」
ムゥが膝に乗ってくる。
「よしよしムゥ。
できたよー。」
私はムゥを撫でながら手ぬぐいを取り出す。
私の完成した絵を最初に見れるのは、ムゥと鶴毘だけ。
大事な私の愛する人たち。
「見事な絵だな。」
手ぬぐいの中の鶴毘が満足そうに褒めた。
「今にも動き出しそうだ。」
その声が後ろから聞こえて、振り向くと鶴毘が立っていた。
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