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はずれたら、どうなるのか
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「うわぁぁ! とっ、取ってくれ! これを取ってくれ!! す、滑る、手が滑る。あぁ……!!」
彼の悲痛な叫び声と戦慄の表情に、私は恐怖で動けなくなる。
と、と、取れって、何を?
唯一動く目を見開くと、彼はいきなりガクンと顔を伏せた。
脱力? え、なぜ?
次の瞬間、彼は穴の底に落ちていく。
私は震えながら、彼が残した地面の掻き傷の跡を見ていた。
「あぁぁぁ……」
穴の底から聞こえる断末魔。やがて何も聞こえなくなる。その静寂は、私の恐怖心をさらに高めた。
わ、私も逃げなきゃ。
動け……動け、私の体!!
そう思った時だ。
男が落ちた穴の中から、何かが飛び出して来る。
ドサリと目の前に落ちてきたもの。
反射的に、私は目を閉じた。
見てはいけない。見たら恐怖に囚われる。
そう思わせるだけの、恐ろしい何か。
このままじゃ、だめ。動いて! お願い!!
深呼吸を繰り返し、徐々に四肢が意思に応えて、動き始める。
出るの。ここから出るんだよ。
私はマッチを取り出そうと、ポケットに手を突っ込む。
生きて帰るの。絶対。
地面の傾斜は、容赦なくきつくなってくる。まだ、終わりじゃない。───終わってない!!
ザワリ。
ふいに、足元に何かが触れる。まさか……さっきの?
「ひ!」
傾斜がついて、道の上を滑ってきたんだ。
本能的に嫌悪感を覚えて、後ろに跳ねる。
見ちゃダメ。見ない方がいい。
顔を背けて! 目を瞑るの!
それでも感じる。
近くにある“それ”。
今は触れていないのに、そこにあるだけで体がビクッ、ビクッと大きく痙攣し始める。
怖くて、気持ち悪くて。
落ち着いて……落ち着いて。
心は平静を取り戻そうとするのに、体が言うことを聞かない。
ファサ。
傾斜角度がさらに上がり、足元に再び滑ってきた“それ”が触れる。
「ひ……あ」
ビクビクっと激しく痙攣しながら、片足を上げて後退する。助けて……いや、いやだ。
思わず薄目を開けると、見覚えのあるバスローブが見えた。
見たくない!!
綾奈に見せてもらった、あの記事の写真が頭に浮かぶ。
あの後、綾奈は言ったんだ。薄笑いしながら。
“生皮を残して……”
「いやぁぁぁぁー!!」
狂ったように後ろに下がり、体中を手で払う。
それは這い回る虫を、はたき落とす仕草に似ていた。
尻餅をつき、とにかく後ろに下がる。こんなところ、もう嫌。帰りたい、帰りたいよぉ!!
「───あ!」
手が空を切った。
髪が前に流れ、重心が後ろに傾く。
落ち……!
ヒュウッと風を切る音が聞こえ、真っ逆さまに暗闇へと落ちた。
この穴は、四つのうちのどれだっただろう。
妙に冷静な思考が浮かぶ。
ハズレなら、私もあの人のように……。
暗闇、暗闇、そして───。
ポンッと何かに肩を叩かれた。
「きゃあぁぁぁ!!」
金切り声を上げて、めちゃくちゃに手を振り回す。いや、いや、いや!!
「きゃ!」
「危ない、ケイちゃん!」
不意に、驚いた声を耳が拾う。あれ?
ゆっくり目を開けると、いつもの一本道の景色が見えた。
目の前には、恋人同士のように抱き合う一組の男女の姿もある。
女性の方は怯えており、男性の方は彼女を庇うように私を睨んでいた。
え、まさか。私……生きてる?
慌てて体を確認するけれど、どこも怪我をしていない。さっきの男の『遺体』もない。
ホッとして、私は思わず座り込んだ。
両腕で自分を抱き締めて、か細い声を絞り出す。
「よかっ……た」
正解の穴に落ちたんだ。あの穴で間違いなかった。
潤む目元を腕で擦り、頭を上げる。
そこには、まだ驚きと嫌悪の表情を浮かべる男女の姿があった。
あ、そうだよね。
いきなりこんな状態の私がいるんだもの。
共感も理解も期待できない。
彼らはきっと、あの修羅場を知らない。
この二人は、さっきのバスローブの男と違い、服装も綺麗。錯乱もしていない。
見たところ、二人ともルームウェア。
私のことを狂った女だと思って、警戒しているのだろうな。
私は、呼吸を整えながら立ち上がる。
とにかく、誤解を解いて穴を探さないと。
「す、すみません。怖がらせてごめんなさい」
深く頭を下げてから、ゆっくり頭を上げた。二人は後ずさりながら、私を見ている。
まあ、仕方ないよね。
とりあえず、距離をとろう。そういえばこの二人は、穴のこと知っているのだろうか。
下手に後で騒がれたら、さっきの二の舞になる。聞く気はあるにせよ、ないにせよ、生存方法は伝えておこう。
「あの」
離れた位置から、二人に話しかける。二人はいっそうきつく抱き合って、私を見た。
まだ、怖がっている。自己紹介してみようかな。
「あの、私は魚地真澄といいます。はじめまして」
「……」
「さっきは怖がらせてごめんなさい。あなたたちは、穴を抜けてここに来たのですか?」
「……」
「この場所は、道がループしています。抜け出すには穴を通る必要があります」
「……」
「穴は常に複数存在する。正解の穴を抜けないと、化け物に襲われて命を失います」
「……化け物に?」
ふと、女性の方が返事を返した。私は夢中で頷いて、ポケットのマッチを探した。
実際にやってみせよう。……あれ?
───マッチが……ない。
彼の悲痛な叫び声と戦慄の表情に、私は恐怖で動けなくなる。
と、と、取れって、何を?
唯一動く目を見開くと、彼はいきなりガクンと顔を伏せた。
脱力? え、なぜ?
次の瞬間、彼は穴の底に落ちていく。
私は震えながら、彼が残した地面の掻き傷の跡を見ていた。
「あぁぁぁ……」
穴の底から聞こえる断末魔。やがて何も聞こえなくなる。その静寂は、私の恐怖心をさらに高めた。
わ、私も逃げなきゃ。
動け……動け、私の体!!
そう思った時だ。
男が落ちた穴の中から、何かが飛び出して来る。
ドサリと目の前に落ちてきたもの。
反射的に、私は目を閉じた。
見てはいけない。見たら恐怖に囚われる。
そう思わせるだけの、恐ろしい何か。
このままじゃ、だめ。動いて! お願い!!
深呼吸を繰り返し、徐々に四肢が意思に応えて、動き始める。
出るの。ここから出るんだよ。
私はマッチを取り出そうと、ポケットに手を突っ込む。
生きて帰るの。絶対。
地面の傾斜は、容赦なくきつくなってくる。まだ、終わりじゃない。───終わってない!!
ザワリ。
ふいに、足元に何かが触れる。まさか……さっきの?
「ひ!」
傾斜がついて、道の上を滑ってきたんだ。
本能的に嫌悪感を覚えて、後ろに跳ねる。
見ちゃダメ。見ない方がいい。
顔を背けて! 目を瞑るの!
それでも感じる。
近くにある“それ”。
今は触れていないのに、そこにあるだけで体がビクッ、ビクッと大きく痙攣し始める。
怖くて、気持ち悪くて。
落ち着いて……落ち着いて。
心は平静を取り戻そうとするのに、体が言うことを聞かない。
ファサ。
傾斜角度がさらに上がり、足元に再び滑ってきた“それ”が触れる。
「ひ……あ」
ビクビクっと激しく痙攣しながら、片足を上げて後退する。助けて……いや、いやだ。
思わず薄目を開けると、見覚えのあるバスローブが見えた。
見たくない!!
綾奈に見せてもらった、あの記事の写真が頭に浮かぶ。
あの後、綾奈は言ったんだ。薄笑いしながら。
“生皮を残して……”
「いやぁぁぁぁー!!」
狂ったように後ろに下がり、体中を手で払う。
それは這い回る虫を、はたき落とす仕草に似ていた。
尻餅をつき、とにかく後ろに下がる。こんなところ、もう嫌。帰りたい、帰りたいよぉ!!
「───あ!」
手が空を切った。
髪が前に流れ、重心が後ろに傾く。
落ち……!
ヒュウッと風を切る音が聞こえ、真っ逆さまに暗闇へと落ちた。
この穴は、四つのうちのどれだっただろう。
妙に冷静な思考が浮かぶ。
ハズレなら、私もあの人のように……。
暗闇、暗闇、そして───。
ポンッと何かに肩を叩かれた。
「きゃあぁぁぁ!!」
金切り声を上げて、めちゃくちゃに手を振り回す。いや、いや、いや!!
「きゃ!」
「危ない、ケイちゃん!」
不意に、驚いた声を耳が拾う。あれ?
ゆっくり目を開けると、いつもの一本道の景色が見えた。
目の前には、恋人同士のように抱き合う一組の男女の姿もある。
女性の方は怯えており、男性の方は彼女を庇うように私を睨んでいた。
え、まさか。私……生きてる?
慌てて体を確認するけれど、どこも怪我をしていない。さっきの男の『遺体』もない。
ホッとして、私は思わず座り込んだ。
両腕で自分を抱き締めて、か細い声を絞り出す。
「よかっ……た」
正解の穴に落ちたんだ。あの穴で間違いなかった。
潤む目元を腕で擦り、頭を上げる。
そこには、まだ驚きと嫌悪の表情を浮かべる男女の姿があった。
あ、そうだよね。
いきなりこんな状態の私がいるんだもの。
共感も理解も期待できない。
彼らはきっと、あの修羅場を知らない。
この二人は、さっきのバスローブの男と違い、服装も綺麗。錯乱もしていない。
見たところ、二人ともルームウェア。
私のことを狂った女だと思って、警戒しているのだろうな。
私は、呼吸を整えながら立ち上がる。
とにかく、誤解を解いて穴を探さないと。
「す、すみません。怖がらせてごめんなさい」
深く頭を下げてから、ゆっくり頭を上げた。二人は後ずさりながら、私を見ている。
まあ、仕方ないよね。
とりあえず、距離をとろう。そういえばこの二人は、穴のこと知っているのだろうか。
下手に後で騒がれたら、さっきの二の舞になる。聞く気はあるにせよ、ないにせよ、生存方法は伝えておこう。
「あの」
離れた位置から、二人に話しかける。二人はいっそうきつく抱き合って、私を見た。
まだ、怖がっている。自己紹介してみようかな。
「あの、私は魚地真澄といいます。はじめまして」
「……」
「さっきは怖がらせてごめんなさい。あなたたちは、穴を抜けてここに来たのですか?」
「……」
「この場所は、道がループしています。抜け出すには穴を通る必要があります」
「……」
「穴は常に複数存在する。正解の穴を抜けないと、化け物に襲われて命を失います」
「……化け物に?」
ふと、女性の方が返事を返した。私は夢中で頷いて、ポケットのマッチを探した。
実際にやってみせよう。……あれ?
───マッチが……ない。
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