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22.フェイトの帰還
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孤児院の訪問から数日後。
「こんな初歩的なミスをするような方が、シーフォード家の顔とはねぇ……どうかと思いますよ」
メイド長のドーラはグレースを見下ろし、鼻で笑うように言った。
ドーラはしきたりや作法を教えるとしながら、日々グレースを厳しく追い詰めていた。
この日は、屋敷のサンルームで茶会の作法を習っていた。
いずれここで茶会を開き、令嬢たちと社交の場を設けるのも女主人の役目だという。
ミルクや砂糖をスプーンで混ぜる際に、どうしてもスプーンがカップに当たってしまう。
そのちいさな音を消すことに何の意味があるのかしら。
疑問に思いながらも、グレースは朝からずっとこれを繰り返していた。
「ドーラ、このカップは少し小さすぎないかしら。どんな気を付けても当たってしまうわ」
「グレース様、私は今まで色んな名家にお仕えしてきましたが、言い訳などされるレディはいらっしゃいませんでした」
まるであなたはレディではないと言われているようで、グレースは押し黙った。
この屋敷の使用人たちは皆グレースに好意的ではないが、ドーラはそれがあからさまだった。
他の令嬢の話を持ち出されるのが一番グレースに堪えた。
他のふさわしい人たちを差し置いてなぜグレースが選ばれたのか、それはグレース自身が誰よりも不思議に思っていたからだ。
フェイトに聞いたら教えてくれるかもしれないが、今それを訊くのは怖い気がしていた。
するとそこへ、凛とした足音が廊下から足早に近づいてきた。
「グレース、ここにいたのか」
突然現れたフェイトの姿にグレースは思わず大きく瞳を見開いた。ソーサーの上に置こうとしたティーカップがガシャンと派手な音を立てる。
ンンッ! ドーラの威圧的な咳払いがすぐ上から聞こえた。
「フェイト様……おかえりなさいませ」
慌てて唇を結んだグレースの反応に、フェイトは一瞬眉を寄せ、グレースを探るように見つめた。
その瞳には次第に落胆のような色が浮かび始め、以前感じた温かいものは消えてしまったように思えた。
ほかの人なら簡単にできる作法すら身についておらず、期待外れだと思われたのかもしれない。
まずは無礼を謝らなきゃ……とグレースは乱れたカップの位置をそっと直し、フェイトを見上げた。
「申し訳ありません、突然のことに驚いてしまって……」
「いや、気にしないでくれ。一人にしてしまってるが、ここでの生活はどうだ?」
「とても快適ですわ。先日は孤児院に行って」
「一人で外出したのか?」
フェイトの眉が険しくひそめられる。「私は日ごろからお止めしていましたよ」ドーラが冷たく口をはさんだ。
「料理長のマクベスさんが護衛で付いてくださって」
グレースが心臓をバクバクさせながら言い訳のようにいうと、「ああ、あいつが付いたのか」と少しフェイトの表情が緩む。
「だが外出にはくれぐれも気を付けてくれ」
「ええ」
フェイトに会ったら孤児院やマクベスやメアリーベルのことなど、たくさん話したいことがあった。
けれど、グレースはそれきり口を閉ざしてしまった。
サンルームのガラス天井からは、からっとした青空が見えているのに、部屋の中は重苦しい空気で満たされている。
手元のティーカップをじっと見つめていたフェイトが、ゆっくりと視線を上げた。
「乗馬に誘おうと思ったんだが……忙しそうだな」
「乗馬、ですか」
その誘いは喉から手が出るほど魅力的だった。
けれど、あまりお転婆が過ぎるのはいかがなものかと、先ほどドーラに釘を刺されたばかり。
「新しい服が汚れてしまいそうですので、今日は……」
フェイトから視線を外しそう答えると、ため息まじりのフェイトから別の提案が出された。
「ではオペラはどうだろう」
「フェイト様が宜しければぜひ」
ようやくまともな答えが返せた。
オペラと淑女の相性は良い。今まで好んで見ることはなかったが、読書や乗馬の楽しみを絶たれたグレースにとって新たな興味を惹かれた。
フェイトはグレースの答えに軽くうなずくと、
「では手配を頼む」
ドーラに云いつけ、グレースを残したままサンルームを後にした。
「こんな初歩的なミスをするような方が、シーフォード家の顔とはねぇ……どうかと思いますよ」
メイド長のドーラはグレースを見下ろし、鼻で笑うように言った。
ドーラはしきたりや作法を教えるとしながら、日々グレースを厳しく追い詰めていた。
この日は、屋敷のサンルームで茶会の作法を習っていた。
いずれここで茶会を開き、令嬢たちと社交の場を設けるのも女主人の役目だという。
ミルクや砂糖をスプーンで混ぜる際に、どうしてもスプーンがカップに当たってしまう。
そのちいさな音を消すことに何の意味があるのかしら。
疑問に思いながらも、グレースは朝からずっとこれを繰り返していた。
「ドーラ、このカップは少し小さすぎないかしら。どんな気を付けても当たってしまうわ」
「グレース様、私は今まで色んな名家にお仕えしてきましたが、言い訳などされるレディはいらっしゃいませんでした」
まるであなたはレディではないと言われているようで、グレースは押し黙った。
この屋敷の使用人たちは皆グレースに好意的ではないが、ドーラはそれがあからさまだった。
他の令嬢の話を持ち出されるのが一番グレースに堪えた。
他のふさわしい人たちを差し置いてなぜグレースが選ばれたのか、それはグレース自身が誰よりも不思議に思っていたからだ。
フェイトに聞いたら教えてくれるかもしれないが、今それを訊くのは怖い気がしていた。
するとそこへ、凛とした足音が廊下から足早に近づいてきた。
「グレース、ここにいたのか」
突然現れたフェイトの姿にグレースは思わず大きく瞳を見開いた。ソーサーの上に置こうとしたティーカップがガシャンと派手な音を立てる。
ンンッ! ドーラの威圧的な咳払いがすぐ上から聞こえた。
「フェイト様……おかえりなさいませ」
慌てて唇を結んだグレースの反応に、フェイトは一瞬眉を寄せ、グレースを探るように見つめた。
その瞳には次第に落胆のような色が浮かび始め、以前感じた温かいものは消えてしまったように思えた。
ほかの人なら簡単にできる作法すら身についておらず、期待外れだと思われたのかもしれない。
まずは無礼を謝らなきゃ……とグレースは乱れたカップの位置をそっと直し、フェイトを見上げた。
「申し訳ありません、突然のことに驚いてしまって……」
「いや、気にしないでくれ。一人にしてしまってるが、ここでの生活はどうだ?」
「とても快適ですわ。先日は孤児院に行って」
「一人で外出したのか?」
フェイトの眉が険しくひそめられる。「私は日ごろからお止めしていましたよ」ドーラが冷たく口をはさんだ。
「料理長のマクベスさんが護衛で付いてくださって」
グレースが心臓をバクバクさせながら言い訳のようにいうと、「ああ、あいつが付いたのか」と少しフェイトの表情が緩む。
「だが外出にはくれぐれも気を付けてくれ」
「ええ」
フェイトに会ったら孤児院やマクベスやメアリーベルのことなど、たくさん話したいことがあった。
けれど、グレースはそれきり口を閉ざしてしまった。
サンルームのガラス天井からは、からっとした青空が見えているのに、部屋の中は重苦しい空気で満たされている。
手元のティーカップをじっと見つめていたフェイトが、ゆっくりと視線を上げた。
「乗馬に誘おうと思ったんだが……忙しそうだな」
「乗馬、ですか」
その誘いは喉から手が出るほど魅力的だった。
けれど、あまりお転婆が過ぎるのはいかがなものかと、先ほどドーラに釘を刺されたばかり。
「新しい服が汚れてしまいそうですので、今日は……」
フェイトから視線を外しそう答えると、ため息まじりのフェイトから別の提案が出された。
「ではオペラはどうだろう」
「フェイト様が宜しければぜひ」
ようやくまともな答えが返せた。
オペラと淑女の相性は良い。今まで好んで見ることはなかったが、読書や乗馬の楽しみを絶たれたグレースにとって新たな興味を惹かれた。
フェイトはグレースの答えに軽くうなずくと、
「では手配を頼む」
ドーラに云いつけ、グレースを残したままサンルームを後にした。
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