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倒幕前夜
第二章 置文と願文 2.
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2.
そもそも、鎌倉幕府を構成する『御家人』とは、幕府と契約した兵士だ。
戦う報酬として、土地その他を与えられる条件になっている。
(つまり、戦がなければ幕府からの報酬はない)
足利など一部の御家人は、元々豪族として地方に広大な荘園を持ち、雇われた小作人から定期的に収入を得ている。
だが、殆どの御家人は、戦のない時は農民と変わらない。
自前の土地を己で耕し、日々の暮らしを賄っている。
だから凶作が続くと、朝廷への税が払えなくなり、そのわずかな土地を売り払うしかなくなる。
(つまるところ、鎌倉幕府を支える御家人の多くは、戦のない世が続くと、次第に困窮していく仕組みになっている)
北条が、幕府の頂点に登り詰める過程で起こった様々な戦は、北条が権力を掌握した時点で消えた。
その後は、北条内部の小競り合いしか起こっておらず、小競り合いで出た土地も、権力とともに勝者が吸収してしまった。
良く言えば平穏。
悪く言えば停滞し澱んだ空気の中、ようやく起こった戦は、海の彼方から攻めてきた、『元』とのものだった。
(『元』との戦は、かろうじて幕府が勝利を収めたが……)
その実情は、攻めてきた『元』の軍を海の向こうへ追い返しただけだった。
海の向こうの『元』の土地が手に入った訳ではない。
(しかも、御家人達の戦支度は、全てが自前だ)
さすがに幕府も身銭を切ったが、ごくごく一部の者への報奨金しか払えなかった。
結果的に、この戦によって一段と御家人達は困窮していった。
鎌倉で御家人達の悲痛な叫びが溢れ出る頃、時期を合わせたように、都には血気盛んな帝が生まれていた。
第九十六代天皇・後醍醐帝。
この帝は、そもそも、兄の子である『皇太子が成人するまでの中継ぎ』として即位した帝だった。
(後醍醐帝の兄は早逝しており、当時の帝、後醍醐帝の父親が即位を決めたというが)
いかにも後で揉めそうな話だった。
案の定、期間限定での地位を、後醍醐帝はよしとせず、皇太子が成人しようとも譲位を拒んだ。
(自分は必要以上に元気なのに、年少の甥へ帝位を譲るのは納得いかんというわけだ)
当時、帝の系譜には『持明院統』と『大覚寺統』とがあり、既に二つに分かれていた。
(互いの血統から交互に帝を出す。争い事を避ける方便だったが……)
これに後醍醐帝の主張が上乗せされ、系譜はますます混乱して行った。
収拾のつかなくなった朝廷は、困り果て、ついには幕府に仲裁を頼むことになった。
(これもどうかと思うが、朝廷が独断でものを進められなくしたのは、幕府だから仕方ない)
幕府は、秩序を乱す後醍醐帝側を嗜(たしな)めることとし、先帝の定めた邦良親王の即位を認めた。
(その結果、後醍醐帝は幕府を敵とみなし、ついには、先頃の戦にまで発展したという訳だ)
後醍醐帝の起こした戦は、首謀者たる本人を流罪として一応の決着を見た――が、これを契機に、幕府への不満が各地で表面化してしまった。
(今や、東も西も混沌のまっ只中だ)
上から下まで、今まで抑えてきた、幕府へのありとあらゆる不平不満が、一気に吹き出してきたようだった。
だが、
―――ようやく好機が訪れた。
直義だけでない。各地の源氏が皆、心のどこかで思ったはずだった。
(好機どころか、最後の機会だろう)
今を過ぎればこの先、足利が天下を獲れる機会などありはしない。
第一、この機を見逃すと言うのは、北条と共に滅びるということだった。
(あり得ない)
どれだけ苦悩が生じても、仇敵と滅びるよりは、屍を踏み越えて生き残るべきだろう。
(とはいうものの)
己や兄にとって、この千載一遇の状況は、ただの用意された背景にすぎないと直義は知っていた。
実際に北条家打倒を謳うのは、既にこの世にいない人間の執念かもしれないと思うと、滑稽ですらあった。
「師直、兄上はおやすみになられたのか?」
「さて、先刻のご様子からして……」
不意に、ぱたぱたと、慌てた様子の足音が聞えて来た。
「何かあったのか! 騒々しい!」
さっと立ち上がり廊下に出た師直が、己を棚上げして叫んだ。
「あ、執事殿! こちらにおられましたか」
渡殿から駆け寄って来た小者は、師直の前で膝をついた。
「奥方様が探しておられます。母屋の方へお出で下さい」
直義も部屋から声を上げた。
「兄上に何かあったのか?」
「こ、これは直義様! お戻りでしたか。お騒がせして申し訳ありません!」
「いい。それより如何した?」
「は、仔細は存じ上げませんが、お館様がご不快のご様子で、奥方様が執事殿を呼んでおられます」
またかと直義はうんざり思ったが、理由に思い当たってはっとした。
十日ぶりに足利荘から戻ったという報告を未だに当主――兄にしていない。
得宗館帰りの怪異に巻き込まれたおかげで、すっかり忘れていた直義は立ち上がり、気乗りのしない顔をした師直を促した。
「行くぞ、師直」
「はい!」
直義も行くと分かったためか、返ってきた声が弾んでいた。
思わず『気が変わった』とまた座ってしまいたい気分になったが、そうもいかない。報告のほかにも、高氏に尋ねたいことがあった。
――――――――――――――――
前回、今回と説明長くて申し訳ないです(-_-;)
そもそも、鎌倉幕府を構成する『御家人』とは、幕府と契約した兵士だ。
戦う報酬として、土地その他を与えられる条件になっている。
(つまり、戦がなければ幕府からの報酬はない)
足利など一部の御家人は、元々豪族として地方に広大な荘園を持ち、雇われた小作人から定期的に収入を得ている。
だが、殆どの御家人は、戦のない時は農民と変わらない。
自前の土地を己で耕し、日々の暮らしを賄っている。
だから凶作が続くと、朝廷への税が払えなくなり、そのわずかな土地を売り払うしかなくなる。
(つまるところ、鎌倉幕府を支える御家人の多くは、戦のない世が続くと、次第に困窮していく仕組みになっている)
北条が、幕府の頂点に登り詰める過程で起こった様々な戦は、北条が権力を掌握した時点で消えた。
その後は、北条内部の小競り合いしか起こっておらず、小競り合いで出た土地も、権力とともに勝者が吸収してしまった。
良く言えば平穏。
悪く言えば停滞し澱んだ空気の中、ようやく起こった戦は、海の彼方から攻めてきた、『元』とのものだった。
(『元』との戦は、かろうじて幕府が勝利を収めたが……)
その実情は、攻めてきた『元』の軍を海の向こうへ追い返しただけだった。
海の向こうの『元』の土地が手に入った訳ではない。
(しかも、御家人達の戦支度は、全てが自前だ)
さすがに幕府も身銭を切ったが、ごくごく一部の者への報奨金しか払えなかった。
結果的に、この戦によって一段と御家人達は困窮していった。
鎌倉で御家人達の悲痛な叫びが溢れ出る頃、時期を合わせたように、都には血気盛んな帝が生まれていた。
第九十六代天皇・後醍醐帝。
この帝は、そもそも、兄の子である『皇太子が成人するまでの中継ぎ』として即位した帝だった。
(後醍醐帝の兄は早逝しており、当時の帝、後醍醐帝の父親が即位を決めたというが)
いかにも後で揉めそうな話だった。
案の定、期間限定での地位を、後醍醐帝はよしとせず、皇太子が成人しようとも譲位を拒んだ。
(自分は必要以上に元気なのに、年少の甥へ帝位を譲るのは納得いかんというわけだ)
当時、帝の系譜には『持明院統』と『大覚寺統』とがあり、既に二つに分かれていた。
(互いの血統から交互に帝を出す。争い事を避ける方便だったが……)
これに後醍醐帝の主張が上乗せされ、系譜はますます混乱して行った。
収拾のつかなくなった朝廷は、困り果て、ついには幕府に仲裁を頼むことになった。
(これもどうかと思うが、朝廷が独断でものを進められなくしたのは、幕府だから仕方ない)
幕府は、秩序を乱す後醍醐帝側を嗜(たしな)めることとし、先帝の定めた邦良親王の即位を認めた。
(その結果、後醍醐帝は幕府を敵とみなし、ついには、先頃の戦にまで発展したという訳だ)
後醍醐帝の起こした戦は、首謀者たる本人を流罪として一応の決着を見た――が、これを契機に、幕府への不満が各地で表面化してしまった。
(今や、東も西も混沌のまっ只中だ)
上から下まで、今まで抑えてきた、幕府へのありとあらゆる不平不満が、一気に吹き出してきたようだった。
だが、
―――ようやく好機が訪れた。
直義だけでない。各地の源氏が皆、心のどこかで思ったはずだった。
(好機どころか、最後の機会だろう)
今を過ぎればこの先、足利が天下を獲れる機会などありはしない。
第一、この機を見逃すと言うのは、北条と共に滅びるということだった。
(あり得ない)
どれだけ苦悩が生じても、仇敵と滅びるよりは、屍を踏み越えて生き残るべきだろう。
(とはいうものの)
己や兄にとって、この千載一遇の状況は、ただの用意された背景にすぎないと直義は知っていた。
実際に北条家打倒を謳うのは、既にこの世にいない人間の執念かもしれないと思うと、滑稽ですらあった。
「師直、兄上はおやすみになられたのか?」
「さて、先刻のご様子からして……」
不意に、ぱたぱたと、慌てた様子の足音が聞えて来た。
「何かあったのか! 騒々しい!」
さっと立ち上がり廊下に出た師直が、己を棚上げして叫んだ。
「あ、執事殿! こちらにおられましたか」
渡殿から駆け寄って来た小者は、師直の前で膝をついた。
「奥方様が探しておられます。母屋の方へお出で下さい」
直義も部屋から声を上げた。
「兄上に何かあったのか?」
「こ、これは直義様! お戻りでしたか。お騒がせして申し訳ありません!」
「いい。それより如何した?」
「は、仔細は存じ上げませんが、お館様がご不快のご様子で、奥方様が執事殿を呼んでおられます」
またかと直義はうんざり思ったが、理由に思い当たってはっとした。
十日ぶりに足利荘から戻ったという報告を未だに当主――兄にしていない。
得宗館帰りの怪異に巻き込まれたおかげで、すっかり忘れていた直義は立ち上がり、気乗りのしない顔をした師直を促した。
「行くぞ、師直」
「はい!」
直義も行くと分かったためか、返ってきた声が弾んでいた。
思わず『気が変わった』とまた座ってしまいたい気分になったが、そうもいかない。報告のほかにも、高氏に尋ねたいことがあった。
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前回、今回と説明長くて申し訳ないです(-_-;)
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