1333

干支ピリカ

文字の大きさ
13 / 49
倒幕前夜

第三章 悪党の縁 4.

しおりを挟む
4.

 先程以上に、今度の話は大きかった。
 例え噂の切れ端でも、御家人ならば幕府に報告する義務が生じる話だったが……直義はとりあえず笑い飛ばした。

「なんだそんな話! いきなり来て、信じろと言うほうがおかしい」

 言うほうがおかしいが、真実味はあった。
 余力を残して勝ち逃げした正成が、このまま消えるはずもない。
 危なげな情報で鎌倉を混乱させたいだけなら、直義でなく幕府に投げ文でもすれば良い。

(だが、話がまことなら、尚更幕府に知らせる訳にはいかない)

 男も、拒絶した直義の心情を見抜いているのか、簡単に頷いた。

「今はしかり。この先、俺の言葉が本当になったら、俺を信じてほしい」
「お前を信じるとは?」

 すうっと息を吸い、一気に男は言葉を紡いだ。

「俺の名は楠木 正季まさすえ。兄、正成が、後醍醐天皇と結んだ約定に依って、倒幕の志を持つ者。足利の貴公が、同じ目的を持つなら協力できる」

 後醍醐天皇を旗印にする気はあっても、楠木正成と同盟するという可能性を、直義は今まで殆ど考えてこなかった。
 倒幕という立場から見れば味方だが、正成の素性は不明すぎた。
 御家人ではなく、どこかの守護に仕えている訳でもない武士というのは、鎌倉から見ればいないも同然だった。
 それでも尚、幕府が無視できぬほど独自の勢力を保つ――楠木正成のような存在を、巷で『悪党』と呼んできた。
 ある意味、彼らも異形である。

(異形の天皇、異形の天狗、異形の武士……今やこの世は異形だらけだ)

 直義は首を振り、深い息を吐いた。

「お前やお前の兄が誰であろうと、足利の去就は俺の一存じゃ決められん」

 直義本人は、『楠木正季』と名乗るこの男を信用してもよいと思う。
 だが、あくまで足利の当主は高氏だった。
 高氏が、『悪党と組むつもりはない』と判断すれば、それを押してまで結ぶほどの利は感じられない。

「『足利』と結びたいとは言わない。あんたとよしみを通じられればいい」

 率直な正季の言葉に、直義は少し考え、尋ねた。

「兵はいらんのか?」
「いらんよ」

 正季は即座に返して、にっと笑った。
 今の今まで何の縁もなかった足利と同盟を考えているなら、欲しいのは足利の兵力や財力と思うのが自然である。

「我らには我らの流儀がある。それは足利には馴染まないだろうし……欲しいのは、あんた方が最後に、どちらへつくかという保証だ」

 確かに。
 途中まで敵でも、最後の最後に、背を見せられるかどうかを知っていれば、策も違ってくる。戦局を左右することも可能だ。

「成程な」

 納得してつぶやく直義に満足したように、正季は一歩後ろに身を引いた。

「言いたいことは言った。この辺で失礼する」
「夢窓禅師の従者としてなら、一献もてなすぞ」

 正季はおやっと直義に向き直る。

「なんだ、禅師を知っていたのか?」
「特徴を兄に言ったら、その御方の名が出た」

 当たりだったようだな――と直義は頷く。

「禅師はまだ瑞泉寺にいらっしゃるか? 絶対に礼をしろと仰せつかった」

 正季はあっさり首を振る。

「あいにく、昨日の足で旅立たれた。今頃は甲斐路辺りだろう」
「そうか残念だ。俺も、もう一度会いたかったのだが」
「禅師も今は一応、鎌倉が本拠だ」

 そのうち会えるさ、と正季は気軽に請け合う。

「それにしても、噂に聞く足利の当主殿の信心深さは、真のようだな」

 西で噂になるほどか……直義はため息交じりに返す。

「たまに辛気臭くて困る」

 あははと笑った正季は、身を後ろへ反らし空を仰いだ。

「俺の兄者も、朝に田畑を耕していたと思ったら、夕べには反逆の天皇にお味方するなどと、広言する困ったお人だ」

(新田の義助にしろ、この男にしろ、弟はどこでも苦労しているらしい)

 直義は己を棚に上げ、少し愉快な気分になった。
 だが楠木の弟は、苦労を苦労とも思っていないような明るい表情で、直義に訴えた。

「だが命を賭けた決意だ。無謀でも何とかしてやりたい」

 正季の言葉や態度からは、兄である正成への信頼や尊崇の念が伺える。
 真っ直ぐな思いが羨ましかった。

「お前の兄が味方するまでは、俺も『無謀』だと思っていたよ」

 ぼそっと口を開いた直義を、正季は目を見開いて見た。
 そして、直義が戸惑うほど深く、頭を下げた。

「今の言葉の礼はいつか必ずする」
「いらん。ただの事実だ」

 すげない返事に笑って、正季は部屋を後にした。

「おい、案内を……」

 直義は誰かを呼ぼうとしたが、既に正季の姿は廊下になかった。
 変わりに、続きの部屋の襖が開いて、ぬっと長い影が現れた。

「良いのですか? このまま帰して?」

 師直の手には長刀なぎなたがあった。

「話は聞いていたんだろう? 敵が同じである限り、余計なことは言うまい」
「直義様は、あの者の話を信じておるので?」

 いきなり西から現れた男の、荒唐無稽な話を信じるのか? ――には異論がある。
 ただ、今の鎌倉で、楠木正成の弟と偽ることには、百害あって一利もないと直義は判断した。

(そうだ、つまりは……)

「ほぼ信じた」

 空に向け、誰にともなく言うと、直義は、どさっと床に腰を下ろした。

「用心深いご舎弟には珍しいですな」

 師直は少し面白くなさそうな顔をし、長刀を担いだ。

「師直、言うまでもないが兄上には……」
「万事承知しておりますよ。楠木正成の弟に、ご舎弟が篭絡されたなんて言ったら、取り次いだ私の首も飛びそうですからね」

 後ろを向いたまま、右手を刀に見立てて、ちょんっと首に当てて師直は部屋から出て行った。
 残された直義は、空を見ながら自問自答する。

(たぶらかされたか?)

 異論はあったが、別にそれに害があるわけでもなさそうなので、考えるのを止めた。
 庭から気持ちの良い風が吹いてきた。
 直義はそのまま、床にごろりと横になって目を閉じた。





――――――――――――――


 …第三章終了です。
 太平記、大物中の大物、楠木正成が出て参りました。
 色々な意味で、この人は本当に謎の人です。

 …四章前に、ちょいまとめを作るかもしれません。
 ここまで読んでいただいて光栄です。
 できればこの先も読んでやってください(^_^)/

 …ご意見ご感想お待ちしております。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし

かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし 長屋シリーズ一作目。 第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。 十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。 頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。 一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。

偽夫婦お家騒動始末記

紫紺
歴史・時代
【第10回歴史時代大賞、奨励賞受賞しました!】 故郷を捨て、江戸で寺子屋の先生を生業として暮らす篠宮隼(しのみやはやて)は、ある夜、茶屋から足抜けしてきた陰間と出会う。 紫音(しおん)という若い男との奇妙な共同生活が始まるのだが。 隼には胸に秘めた決意があり、紫音との生活はそれを遂げるための策の一つだ。だが、紫音の方にも実は裏があって……。 江戸を舞台に様々な陰謀が駆け巡る。敢えて裏街道を走る隼に、念願を叶える日はくるのだろうか。 そして、拾った陰間、紫音の正体は。 活劇と謎解き、そして恋心の長編エンタメ時代小説です。

無用庵隠居清左衛門

蔵屋
歴史・時代
前老中田沼意次から引き継いで老中となった松平定信は、厳しい倹約令として|寛政の改革《かんせいのかいかく》を実施した。 第8代将軍徳川吉宗によって実施された|享保の改革《きょうほうのかいかく》、|天保の改革《てんぽうのかいかく》と合わせて幕政改革の三大改革という。 松平定信は厳しい倹約令を実施したのだった。江戸幕府は町人たちを中心とした貨幣経済の発達に伴い|逼迫《ひっぱく》した幕府の財政で苦しんでいた。 幕府の財政再建を目的とした改革を実施する事は江戸幕府にとって緊急の課題であった。 この時期、各地方の諸藩に於いても藩政改革が行われていたのであった。 そんな中、徳川家直参旗本であった緒方清左衛門は、己の出世の事しか考えない同僚に嫌気がさしていた。 清左衛門は無欲の徳川家直参旗本であった。 俸禄も入らず、出世欲もなく、ただひたすら、女房の千歳と娘の弥生と、三人仲睦まじく暮らす平穏な日々であればよかったのである。 清左衛門は『あらゆる欲を捨て去り、何もこだわらぬ無の境地になって千歳と弥生の幸せだけを願い、最後は無欲で死にたい』と思っていたのだ。 ある日、清左衛門に理不尽な言いがかりが同僚立花右近からあったのだ。 清左衛門は右近の言いがかりを相手にせず、 無視したのであった。 そして、松平定信に対して、隠居願いを提出したのであった。 「おぬし、本当にそれで良いのだな」 「拙者、一向に構いません」 「分かった。好きにするがよい」 こうして、清左衛門は隠居生活に入ったのである。

別れし夫婦の御定書(おさだめがき)

佐倉 蘭
歴史・時代
★第11回歴史・時代小説大賞 奨励賞受賞★ 嫡男を産めぬがゆえに、姑の策略で南町奉行所の例繰方与力・進藤 又十蔵と離縁させられた与岐(よき)。 離縁後、生家の父の猛反対を押し切って生まれ育った八丁堀の組屋敷を出ると、小伝馬町の仕舞屋に居を定めて一人暮らしを始めた。 月日は流れ、姑の思惑どおり後妻が嫡男を産み、婚家に置いてきた娘は二人とも無事与力の御家に嫁いだ。 おのれに起こったことは綺麗さっぱり水に流した与岐は、今では女だてらに離縁を望む町家の女房たちの代わりに亭主どもから去り状(三行半)をもぎ取るなどをする「公事師(くじし)」の生業(なりわい)をして生計を立てていた。 されどもある日突然、与岐の仕舞屋にとっくの昔に離縁したはずの元夫・又十蔵が転がり込んできて—— ※「今宵は遣らずの雨」「大江戸ロミオ&ジュリエット」「大江戸シンデレラ」「大江戸の番人 〜吉原髪切り捕物帖〜」にうっすらと関連したお話ですが単独でお読みいただけます。

【戦国時代小説】 甲斐の虎•武田信玄と軍師•山本勘助

蔵屋
歴史・時代
 わたしは、以前、甲斐国を観光旅行したことがある。  何故、甲斐国なのか?  それは、日本を象徴する富士山があるからだ。     さて、今回のわたしが小説の題材にした『甲斐の虎•武田信玄と軍師•山本勘助』はこの甲斐国で殆どの戦国乱世の時代を生き抜いた。そして越後の雄•上杉謙信との死闘は武田信玄、山本勘助にとっては人生そのものであったことだろう。  そんな彼らにわたしはスポットライトを当て読者の皆さんに彼らの素顔を知って頂く為に物語として執筆したものである。  なお、この小説の執筆に当たり『甲陽軍鑑』を参考にしていることを申し述べておく。  それでは、わたしが執筆した小説を最後までお楽しみ下さい。  読者の皆さんの人生において、お役に立てれば幸いです。  

四代目 豊臣秀勝

克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。 読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。 史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。 秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。 小牧長久手で秀吉は勝てるのか? 朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか? 朝鮮征伐は行われるのか? 秀頼は生まれるのか。 秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?

裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する

克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。

日露戦争の真実

蔵屋
歴史・時代
 私の先祖は日露戦争の奉天の戦いで若くして戦死しました。 日本政府の定めた徴兵制で戦地に行ったのでした。  日露戦争が始まったのは明治37年(1904)2月6日でした。  帝政ロシアは清国の領土だった中国東北部を事実上占領下に置き、さらに朝鮮半島、日本海に勢力を伸ばそうとしていました。  日本はこれに対抗し開戦に至ったのです。 ほぼ同時に、日本連合艦隊はロシア軍の拠点港である旅順に向かい、ロシア軍の旅順艦隊の殲滅を目指すことになりました。  ロシア軍はヨーロッパに配備していたバルチック艦隊を日本に派遣するべく準備を開始したのです。  深い入り江に守られた旅順沿岸に設置された強力な砲台のため日本の連合艦隊は、陸軍に陸上からの旅順艦隊攻撃を要請したのでした。  この物語の始まりです。 『神知りて 人の幸せ 祈るのみ 神の伝えし 愛善の道』 この短歌は私が今年元旦に詠んだ歌である。 作家 蔵屋日唱

処理中です...