1333

干支ピリカ

文字の大きさ
30 / 49
新政建武

第七章 京の花 2.

しおりを挟む
2.

 夢窓は、現在の鎌倉の様子を簡潔に語り終えると、まだ今夜は尋ねる場所があると言い、身軽に立ち上がった。
 別れ際、直義は頭を下げ願い出た。

「よろしければ、次は禅の教えについてお聞かせ下さい」

 仏道に興味はないが、この僧の信じる教えならば、一度聞いてみたかった。
 夢窓は目元をほころばせた。

「教えは人に会うたびに、新しく深くなる。拙僧の方から是非お願いしましょう」

 夢窓が去ると、正季は「ふう」と息を吐いて足を崩した。
 気を張るなと言っても、やはり自然と姿勢が正されるのだろう。
 同じように、強張った身体を解しながら直義はぽつりと言った。

「法師達を処罰したことを責められるのかと思った」
「どちらかといえば逆だな。あんたは正しいって、お師匠も言っていただろう?」

 全てを、肯定するような意味ではなかったが。

「あの御方の声には、有無を言わさぬ力がある。間違っていると言われたら、すんなり従ってしまいそうだ」
「あんたに限って、それはないと思うがな。まあ、気晴らしになったなら良かった」
「まさか、俺の気晴らしで呼んだとかではあるまいな」

 正季は右手に酒の器を持ったまま、左手を左右に振った。

「お師匠は、この家の主とも昵懇じっこんでな、俺があんたをここへ案内すると言ったら、顔を出そうって自分から来たんだよ。鎌倉の件を話しておきたかったんだろう」
「意に沿えると良いがな」
「できるだけで構わんだろう。むしろ、新しい話し相手ができたほうに、喜んでいたようだし」

 それにしても遅いな……と、正季が思い出したようにつぶやいた。

「なんだ? まだ誰か来るのか?」
「こちらが本命だ。この家の主に、あんたを連れてきてくれと頼まれた」

 直義は思わず警戒する。
 先刻の夢窓も不意打ちだったが、これだけの屋敷の主となると、身分のある人物だろう。

「どなただ? まさかお前の兄者か?」
「そちらも会いたがってはいたが、今夜は戦勝の宴で宮中だ。あんたの兄上もご一緒のはずだぞ」

 あぁ、と直義は思い出した。

「謹慎中の俺はともかく、お前は出ないでいいのか?」
「無礼講と言ってはいるが、帝や公家やらと一緒に飲むなんて、考えただけでも息がつまる」

 正季の皮肉な物言いに、思いもよらない場所から非難の声が返った。

「貴公の兄君は、立派に務めてお出ででしたよ」

 いきなり涼やかに響く声が聞こえ、直義はぱっと廊下を振り返った。
 人影は少し離れた場所にあり、近づくに連れて部屋の灯りが白い姿を幽玄に映し出した。
 あらわになったその細面ほそおもてを見て、直義は言葉を失った。
 白の直衣。
 烏帽子を着けているのでかろうじて男――少年だと分かる。だが……

(こんなに美しい顔が、この世にあるのか)

 切れ長の目、すっきりのびた鼻梁、薄い口元、透き通るような白い肌に細い顎。
 まるで木で彫られたような整った造形だが、清冽な瞳の光と合わせ、全身から艶やかと言っても良いほどの生気を漂わせていた。
 少年は直義を視界に入れると、輝かんばかりに表情を明るくした。
 優雅な仕草でその場に座り、頭を傾ける。

「お待たせして、申し訳ありませんでした。宴から中々抜け出せず、失礼を致しました」

 頭を下げられて、直義は困惑する。

「今、噂をしていた所です、顕家あきいえ殿。」

 隣で正季が軽く頭を下げ、直義へ手を向ける。

「お分かりと思いますが、そちらが足利殿のご舎弟、直義殿です」

 少年は直義を見つめたまま、嬉しげに手を合わせた。

「おう! 閻魔の如き仕置きと、仏の如き涼やかな面立ち。まこと噂どおりの御仁じゃ」

 どう返してよいか分からず、耐え切れなくなった直義が、正季に向き直った。

「正季、こっちの紹介がまだだ」

 すまんすまんと、ちっともすまなそうでない正季が笑いながら、少年を紹介した。

「直義殿、そちらの御方は北畠顕家殿という。お父上の北畠親房卿はご存知だろう? 顕家殿ご自身も、帝の覚えめでたき公達だ」

 北畠親房は、帝の側近中の側近で、直義も何度か顔を合わせている。
 親房の才気煥発な若君についても、噂で聞いていた。
 直義は手を床に付け、顕家に向かい頭を下げた。

「お名前は、兄からも伺っております、顕家殿。お初にお目にかかる。足利直義と申します」
「顕家です。お噂を聞いて、一度お目にかかりたいと思い、正季殿に頼みました」

 法師共の処罰はともかく、まさか宮中にまで、ちまたの下世話な噂が届いているとは思えない。
 直義は正季を睨んだ。

「いや俺ではないぞ。いきなりあんたの話が出て、驚いたのは俺もだ」

 正季の否定に、顕家が頷く。

「直義殿のお噂は、町の者から聞きました。二条のこの屋敷を修繕する前から、私は幼い頃より、よく京の町には出ているのです」

 直義も、公家がお忍びで町へ出入りするという話は聞いていた。

(しかし、こんな美しい顔立ちの童が表を歩いては、目立って仕方ないだろう)

 よくも無事だったものだ――と見つめた直義の視線を受け、顕家はころころと笑った。

「私はすばしっこいわらわで、たいていの家人は追いつけませんでした」
「そんな調子で、顕家殿は弓や剣もよく扱う」

 正季が、さらっと付け加える。

「相手をさせた俺の部下が負けていた」

 驚く直義の前で、顕家は正季に軽く頭を下げる。

「その節はご無理を言いました。己の技量を、確かめておきたかったので」
「昨今は、何かと物騒ですからね」

 直義の相づちに、顕家は頷いた。

「大塔宮様の勇姿を見て、私でも帝をお守りできるのではと、鍛えております」
「尊いお志です」

 無難に返す直義の目の端に、面白そうにこちらを見ている正季が入る。
 直義は大塔宮……護良親王自身に恨みはなかった。

(恨むには相手を知らな過ぎる)

 親王の足利への言動、行動からすれば、本来はそれでも恨んでしかるべき相手ではあるのだが。




しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし

かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし 長屋シリーズ一作目。 第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。 十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。 頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。 一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。

偽夫婦お家騒動始末記

紫紺
歴史・時代
【第10回歴史時代大賞、奨励賞受賞しました!】 故郷を捨て、江戸で寺子屋の先生を生業として暮らす篠宮隼(しのみやはやて)は、ある夜、茶屋から足抜けしてきた陰間と出会う。 紫音(しおん)という若い男との奇妙な共同生活が始まるのだが。 隼には胸に秘めた決意があり、紫音との生活はそれを遂げるための策の一つだ。だが、紫音の方にも実は裏があって……。 江戸を舞台に様々な陰謀が駆け巡る。敢えて裏街道を走る隼に、念願を叶える日はくるのだろうか。 そして、拾った陰間、紫音の正体は。 活劇と謎解き、そして恋心の長編エンタメ時代小説です。

甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ

朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】  戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。  永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。  信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。  この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。 *ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。

日露戦争の真実

蔵屋
歴史・時代
 私の先祖は日露戦争の奉天の戦いで若くして戦死しました。 日本政府の定めた徴兵制で戦地に行ったのでした。  日露戦争が始まったのは明治37年(1904)2月6日でした。  帝政ロシアは清国の領土だった中国東北部を事実上占領下に置き、さらに朝鮮半島、日本海に勢力を伸ばそうとしていました。  日本はこれに対抗し開戦に至ったのです。 ほぼ同時に、日本連合艦隊はロシア軍の拠点港である旅順に向かい、ロシア軍の旅順艦隊の殲滅を目指すことになりました。  ロシア軍はヨーロッパに配備していたバルチック艦隊を日本に派遣するべく準備を開始したのです。  深い入り江に守られた旅順沿岸に設置された強力な砲台のため日本の連合艦隊は、陸軍に陸上からの旅順艦隊攻撃を要請したのでした。  この物語の始まりです。 『神知りて 人の幸せ 祈るのみ 神の伝えし 愛善の道』 この短歌は私が今年元旦に詠んだ歌である。 作家 蔵屋日唱

【読者賞】江戸の飯屋『やわらぎ亭』〜元武家娘が一膳でほぐす人と心〜

旅する書斎(☆ほしい)
歴史・時代
【第11回歴史・時代小説大賞 読者賞(読者投票1位)受賞】 文化文政の江戸・深川。 人知れず佇む一軒の飯屋――『やわらぎ亭』。 暖簾を掲げるのは、元武家の娘・おし乃。 家も家族も失い、父の形見の包丁一つで町に飛び込んだ彼女は、 「旨い飯で人の心をほどく」を信条に、今日も竈に火を入れる。 常連は、職人、火消し、子どもたち、そして──町奉行・遠山金四郎!? 変装してまで通い詰めるその理由は、一膳に込められた想いと味。 鯛茶漬け、芋がらの煮物、あんこう鍋…… その料理の奥に、江戸の暮らしと誇りが宿る。 涙も笑いも、湯気とともに立ち上る。 これは、舌と心を温める、江戸人情グルメ劇。

別れし夫婦の御定書(おさだめがき)

佐倉 蘭
歴史・時代
★第11回歴史・時代小説大賞 奨励賞受賞★ 嫡男を産めぬがゆえに、姑の策略で南町奉行所の例繰方与力・進藤 又十蔵と離縁させられた与岐(よき)。 離縁後、生家の父の猛反対を押し切って生まれ育った八丁堀の組屋敷を出ると、小伝馬町の仕舞屋に居を定めて一人暮らしを始めた。 月日は流れ、姑の思惑どおり後妻が嫡男を産み、婚家に置いてきた娘は二人とも無事与力の御家に嫁いだ。 おのれに起こったことは綺麗さっぱり水に流した与岐は、今では女だてらに離縁を望む町家の女房たちの代わりに亭主どもから去り状(三行半)をもぎ取るなどをする「公事師(くじし)」の生業(なりわい)をして生計を立てていた。 されどもある日突然、与岐の仕舞屋にとっくの昔に離縁したはずの元夫・又十蔵が転がり込んできて—— ※「今宵は遣らずの雨」「大江戸ロミオ&ジュリエット」「大江戸シンデレラ」「大江戸の番人 〜吉原髪切り捕物帖〜」にうっすらと関連したお話ですが単独でお読みいただけます。

if 大坂夏の陣 〜勝ってはならぬ闘い〜

かまぼこのもと
歴史・時代
1615年5月。 徳川家康の天下統一は最終局面に入っていた。 堅固な大坂城を無力化させ、内部崩壊を煽り、ほぼ勝利を手中に入れる…… 豊臣家に味方する者はいない。 西国無双と呼ばれた立花宗茂も徳川家康の配下となった。 しかし、ほんの少しの違いにより戦局は全く違うものとなっていくのであった。 全5話……と思ってましたが、終わりそうにないので10話ほどになりそうなので、マルチバース豊臣家と別に連載することにしました。

無用庵隠居清左衛門

蔵屋
歴史・時代
前老中田沼意次から引き継いで老中となった松平定信は、厳しい倹約令として|寛政の改革《かんせいのかいかく》を実施した。 第8代将軍徳川吉宗によって実施された|享保の改革《きょうほうのかいかく》、|天保の改革《てんぽうのかいかく》と合わせて幕政改革の三大改革という。 松平定信は厳しい倹約令を実施したのだった。江戸幕府は町人たちを中心とした貨幣経済の発達に伴い|逼迫《ひっぱく》した幕府の財政で苦しんでいた。 幕府の財政再建を目的とした改革を実施する事は江戸幕府にとって緊急の課題であった。 この時期、各地方の諸藩に於いても藩政改革が行われていたのであった。 そんな中、徳川家直参旗本であった緒方清左衛門は、己の出世の事しか考えない同僚に嫌気がさしていた。 清左衛門は無欲の徳川家直参旗本であった。 俸禄も入らず、出世欲もなく、ただひたすら、女房の千歳と娘の弥生と、三人仲睦まじく暮らす平穏な日々であればよかったのである。 清左衛門は『あらゆる欲を捨て去り、何もこだわらぬ無の境地になって千歳と弥生の幸せだけを願い、最後は無欲で死にたい』と思っていたのだ。 ある日、清左衛門に理不尽な言いがかりが同僚立花右近からあったのだ。 清左衛門は右近の言いがかりを相手にせず、 無視したのであった。 そして、松平定信に対して、隠居願いを提出したのであった。 「おぬし、本当にそれで良いのだな」 「拙者、一向に構いません」 「分かった。好きにするがよい」 こうして、清左衛門は隠居生活に入ったのである。

処理中です...