二見夫婦岩 昼九つ

筑前助広

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「絶対になりませぬ」

 斯摩藩中老である千倉蔵人ちくら くらんどがそう言うと、場の雰囲気が凍りついた。
 斯摩しま城の二の丸、執政会議が開かれている虎の間である。
 藩主・渋川堯春しぶかわ たかはるが臨席した執政会議で、首席家老の宍戸川多聞ししどがわ たもんが推し進める今津干潟いまづひがたの干拓工事に、蔵人が一人だけいなの声を挙げたのだ。

「ほう、貴公は反対か」

 痩せ身で総白髪の宍戸川が冷ややかに言うと、上座にいた堯春が大きな欠伸をした。

「なんだ、多聞。執政府は一枚岩ではないのか?」

 堯春が興味が無さそうに訊くと、宍戸川は軽く目を伏せた。

「全く以て、お恥ずかしい限り。この多聞。首席家老となり藩の政事を任されて数十年。些か、脇が甘もうなり申した」
「ふふふ。盛者必衰は世のことわりじゃて。まぁ、精々足を引っ張られぬようにな。儂は奥に引き上げるぞ。どうも寝不足でな」
「はっ……」

 堯春がのろりと起ち上ったので、全員が平伏した。

◆◇◆◇◆◇◆◇

 千倉郁之助ちくら いくのすけは、ゆっくりと身を起こすと一つ深い溜息を吐いた。

「どうしたのですか?」

 身を横たえたままの、兵藤小金太ひょうどう こきんたが訊いた。

「いいや、何でもない」

 と、郁之助は苦笑いを浮かべると、また小金太の横に裸体を投げだした。
 初秋の暑い日の昼下がり。城下から離れた、大葉山おおばやまの麓にある浄願寺じょうがんじという天台宗寺院の離れである。
 この浄願寺の住持は、人徳と清貧を以て尊敬を集める僧侶として、藩内では知らぬ者はいない。が、裏では男色そのみちを極めた色坊主であり、同じ趣向を持つ若者の為に、僅かな銭で離れを貸すという商売を長年続けていた。
 また小金太とその住持は顔馴染みであり、十五歳の名門御曹司と二十歳の貧乏下級藩士という組み合わせをいたく気に入ったのか、表沙汰にならぬよう何かと配慮をしてくれるのだ。
 この日も住持の厚意に甘えて、二人は暫しの逢瀬をたのしんでいた。

(なのに……)

 郁之助は、不用意に溜息をした自分を悔いた。

「心配事なのですね」

 小金太が、見開いた目を天井に向けたまま、更に訊いてきた。
 やはりそうだ。こんな深い溜息をしては、小金太は心配する。そして、この男を前にしては、郁之助は嘘をつけなかった。

「いや、父上の話だ」
「もしや、ご城府で何か?」
「まぁ、あそこは伏魔殿だ。何かあるのは毎日の事。しかしな」

 郁之助の父である千倉蔵人は斯摩藩の中老で、執政府の一員として藩政を取り仕切る立場にあった。
 しかし、今の斯摩藩は長年独裁を続ける首席家老の宍戸川多聞と、それに追従する一派によって牛耳られている。蔵人も中老になるまでは宍戸川派に属していたが、最近になって〔異なる動き〕を見せ始めたのだ。
 その切っ掛けは、来年にも始まるであろう今津干潟の干拓工事である。宍戸川は博多の商人と組んで強引に推し進めようとしていたが、それに対して蔵人が、

「費用の割りに実入りが少なく、それよりも優先すべき事がる」

 と言って、待ったをかけたのだ。
 それが藩主・渋川堯春が臨席する御前会議の場であったので、宍戸川は面目を潰された事になる。蛇のように執念深いと言われる宍戸川だ。このまま終わるはずはない。

「蔵人様は、政事まつりごとのありようを変えようとされているのでしょう」

 事情を話すと、小金太が呟くように言った。

「そうかもしれない。私から見れば愚かしいとしか思えないのだ」
「郁之助様には、愚かしいと見えますか」

 小金太が、ゆっくりと顔を向けた。彫りの深い精悍な顔立ち。普段なら、その顔で見つめられるだけで郁之助は疼いてしまう。

「ああ。長い物に巻かれる方が利口ではないか」

 すると、小金太はむくっと起き上がり、郁之助を見下ろして首を横に振った。

「蔵人様は、停滞したご政道に風穴を空けんとしているのだと思います。確かに、宍戸川様に抗う事は愚かしい事かもしれません。しかし、誰かがしなければならぬ事です。現に藩の財政は困窮し、領民の生活は厳しい。そんな中で干拓工事など」

 小金太らしくない熱弁だった。
 普段は無口で、何事にも控え目な男である。そんな男が熱くなってしまうのは、今でも千倉家を主君と思っているからだろうか。
 戦国の御世、小金太の兵藤家は千倉家の家臣筋だったのだ。それが斯摩で立藩した際に、陪臣から藩の直臣に取り立てられた経緯がある。それでも陪臣だった頃の名残りからか、月に一度は千倉家を訪ねて挨拶をし、時には護衛を引き受ける事が慣例になっている。初めて小金太と出会ったのも、その挨拶が切っ掛けだった。

「えらく父上の肩を持つな」
「それは、私も同意見だからです。それに蔵人様は、私によくしてくださいました」
「確かにそうだが」

 小金太の両親が流行り病で伏せった折り、父が医者や薬、そして生活の面倒の一切を見ていたのを思い出した。そして程なく相次いで没すると、その葬式も挙げてあげていた。小金太にとって、父は恩人以外の何者でもないのだ。

「だが、お陰で私への風当たりが強い」
「まさか、文殊館もんじゅかんで?」
「そのまさかだ。ご城府だけでなく、藩校の中も宍戸川派ばかりだ」
「文殊館の教頭からして、宍戸川派でございますから。さぞ息苦しい事でしょう」

 藩校の教頭・内平与一斎うちひら よいちさいは、宍戸川が江戸から招いた儒官であり、他の師範達も宍戸川が直々に面談をして選んでいる。つまり、文殊館は宍戸川派を造り出す巣と化しているのだ。

「藩校の中では守れませぬな」

 小金太が力無く笑うと、

「嘘を吐きおって」

 と、郁之助はお道化て背を向けた。

「郁之助様。嘘とは心外です。私は嘘などつきません」
「ほう。私が野犬に襲われた時に、お前は私に一生涯を賭して守ると誓ったではないか」
「あっ」

 小金太は返す言葉が見付からず、ただ吐息だけが漏れ聞こえた。
 あれは五年前。郁之助が十になるかどうかの時だった。
 一刀流山脇道場からの帰り道、郁之助が城下の南を流れる泉川の河川敷を歩いていると、突然獰猛な野犬に吼えかけられた。
 野犬の目は猛り狂い、今にも牙で郁之助の柔肌を抉らんとしていた。
 郁之助は年少ながら、山脇道場では筋がいいと言われていた少年剣客。咄嗟に持っていた竹刀を構えたが、野犬は竹刀を咥え取ると、微塵に噛み砕いてしまった。
 恐怖で足が震えた。助けを呼ぶ声も出ない。すると偶然通りがかった小金太が駆け寄せ、深鏡流しんきょうりゅうの抜き打ちで野犬の首を刎ね飛ばしたのだ。
 宙を舞う野犬の首に気を失いかけた郁之助だったが、小金太が咄嗟に抱き止め、

「一生涯を賭してお守りいたします」

 と、告げたのだった。
 その時から、郁之助は小金太の女になった。実際に肌を合わせたのは更に二年の時を経てからで、小金太に気持ちを打ち明けた時、小金太は自分も慕っていると告げた。
 そして、あの時は偶然通りがかったわけではなく、父・蔵人に命じられて道場の行き帰りを密かに見守っていたとも。

「あの日の誓いを忘れたとは言わせぬぞ」

 拗ねたように言うと、そっと小金太の大きな手が伸びて来た。

「忘れませぬ。この小金太は、一生涯を賭して郁之助様をお守りします」

 振り向かされ、抱き寄せられた。郁之助の前髪に、小金太が頬を寄せる。そうされるのが好きで、郁之助の心と体が激しく疼きだした。

◆◇◆◇◆◇◆◇

 事件は、三日後に起きた。
 朝早く、門扉を激しく叩く音に目を覚まし、家人けにんが応対に出ると、戸板に乗せられた蔵人が運び込まれたのだ。
 背中と胸に致命傷となる一刀を受け、既に絶命していた。
 目付によると、昨夜遅くまで続いた執政会議の帰りに襲われたらしい。下手人はその直後に出頭し、宍戸川派で剣術指南役の鷹羽左近たかば さこんという男が捕縛された。
 あからさまな暗殺。長い物に巻かれぬ事を愚かしいと思っていたが、暗殺という卑劣な手段に出た宍戸川に、郁之助は激しい怒りを覚えた。
 その怒りを更に煽ったのは、到底承服出来ない藩の裁定だった。
 藩は、

「蔵人を斬ったのは剣客として尋常に立ち合った末の事。しかし、蔵人は不利と見るや背を向けて逃げ、その臆病さに腹を立てて背中を斬りつけた」

 という、鷹羽の言い分を全て信じたのだ。
 それにより、私闘に及んだの非法の事であるが、出頭に及んだのは殊勝であるとして、五十日の閉門。一方、逃げ出した蔵人は武士の風上にも置けぬ所業として、禄高を削られた上に、家格を大組から馬廻組へ降格。家督を継いだ長兄・周助しゅうすけに蟄居も命じられたが、それは先祖の功績に免じて許された。
 殺した鷹羽が閉門五十日。一方、殺されて残された千倉家は、上士から平士ひらざむらいへの降格である。

「こんな事が許されていいのか……」

 通夜の席で、小金太が涙ながらに呟いていた。郁之助も泣いた。悲しみというより、怒りによって泣いた。きっと、小金太も怒りで泣いているのだろう。
 郁之助の頭には一つの想いが去来し、初七日が過ぎても消えなかった。
 それは、仇討ちである。しかし相手の鷹羽は天流を学び、自らの妙技を加えて鷹羽天流などという流派を立ち上げたほどの男だ。いくら一刀流山脇道場で仮目録を得た郁之助と言えども、到底太刀打ち出来る相手ではない。
 それに当主となった周助からも、早まった真似はするなと、言い付けられていた。それは親戚一同を集めた会議で決まった事らしく、どうやら千倉家は、宍戸川に屈服する道を選んだようだ。
 四十九日の忌中が過ぎた頃、周助が後見人の叔父を伴って宍戸川に挨拶をしに出向いていた。
 その場には、五十日の閉門を終えた鷹羽も従っていて、あろう事か周助に対し、

「亡き父上のように窮地に際して背を向ける武士になってはいけませぬぞ」

 と、鼻を鳴らして忠告したという。
 その話を戻った周助に聞かされた郁之助は、実の兄を卑怯者となじった。

「黙れ。こうする他に術はないのだ。今堪えれば、千倉家が上士に返り咲く道もある」

 そこまでして家名を存続させたいのか。情けなく、そして醜悪ですらある。

(若干二十歳の兄上が、宍戸川相手に戦えるはずもない)

 だが理解はしていても、怒りは消える事はなかった。
 そして周助の姿が、郁之助がかつて父親に望んだ〔長い物に巻かれた姿〕だとさとった時、郁之助は仇討ちを決意した。

◆◇◆◇◆◇◆◇

「鷹羽を斬り、父上の仇を討つ」

 浄願寺での逢瀬を交わした後、郁之助は小金太の前に座して告げた。
 小金太の表情は動かず、ただ瞑目して深い溜息を吐いた。

「反対か?」
「いや……。しかし周助様や、御一門は仇討ちはせぬと決めたようですが」
「兄上には従えぬ。だから、私一人で行うつもりでいる」
「相手の鷹羽殿は、名うての剣客でございます。いくら郁之助様でも」
生死しょうじは覚悟の上だ。だが何とか一矢を報いたい。故に、お前に明かしたのだ」

 小金太の表情は、なおも変わらない。真っ直ぐに小金太を見つめている。

「深鏡流の使い手であるお前に、稽古をつけて欲しいのだ。私は真剣での立ち合いをした事がない。しかし、お前は違う。その経験を授けて欲しい」

 小金太は、藩の命令で二度、盗賊の追討に駆り出された事があり、その時に何人か斬っている。人を斬った後に郁之助は小金太に抱かれたが、骨が軋むような荒々しい責めを受けたので、その事をよく覚えている。

「かしこまりました。郁之助様への指南、お引き受けいたしましょう」
「そうか、やってくれるか」
「しかし、ご条件がございます」
「条件だと? 仇討ちの加勢など御免被る。これは私の仇討ちなのだ。誰も加えるつもりはない」
「いや、そうではございません」

 と、小金太は軽く手を上げて制した。

「助太刀をとは思いましたが、それを是とするようなお人ではないというのは、私が一番知っております」
「では何と申すか」
「真剣での立ち合い、技を磨く事も肝要でございますが、地の利を得る事も忘れてはなりませぬ」
「地の利。確かに、孟子に天の時は地の利にかず、地の利は人の和にかずと書いてあったが」
「如何にも。天の時、これは神仏の加護次第ではありますが、仇討ちを為す正義は我々にあります。きっと神仏は味方をしてくれましょう。人の和は、我々の仲です。これも得ています。しかし、地の利はございません」
「それでどうする?」
「これから、二十日ほど稽古をいたしましょう。その間に郁之助様の剣を見極めて決めたいと存じます。鷹羽への使者も私が」
「ありがたい。この恩にどう報えればいいのか」

 郁之助が小金太の手を取った。しかし、小金太は首を横にした。

「我々は念者ねんじゃ。本来は生死しょうじを共にする所なのです。何ほどの事もございません」

 そう言うと、小金太が郁之助を抱き寄せた。

「おい、左様な時に」
「郁之助様」

 小金太が、耳元で囁いた。

「左様な時だからこそでございます。後生でございますので、どうか」

 回された小金太の腕に、力が籠った。この匂い。肌の感覚。小金太に抱かれると、郁之助は女になってしまう。いや本当に女ならば、どれだけ良かった事か。仇討ちなどせず、小金太の妻になれたのに。
 赤隈町あかぐままちにある、老僕が一人だけの小さな小金太の屋敷。そこに嫁いでいる自分を、郁之助は身を倒されながら思い浮かべていた。

◆◇◆◇◆◇◆◇

 二十日後になった。
 小金太が選んだ場所は、にぎの松原だった。
 その中の拓けた場所。この松原を抜ければ、白い砂浜と初秋の青い玄界灘であるが、松原の中では潮の香りと波の音しかなかった。
 郁之助は、下げ緒で着物の袖を絞り、頭には白い鉢巻を巻いていた。
 準備は万端整っている。二十日の激しい稽古で、真剣での立ち合いの妙も掴めている。
 小金太が繰り返し伝えた事は、剣で戦いながらも剣に拘らない戦い方だった。
 真剣での立ち合いは、殺し合い。剣で駄目なら、石礫せきれきでも丸太でも拳でも使えという事らしい。その戦い方を身体に叩き込み、今日という日に挑んだ。
 遠くで、昼八つを告げる鐘が聞こえた。

(遅い……)

 松の切り株に腰を下ろしていた郁之助は、自らの膝を拳で打った。
 約束の刻限は、〔幣の松原 昼九つ〕だったはずだ。周助や身内に悟られぬよう、紙に書き残してはいなかったが、確かに小金太はそう言っていた。

(まさか、鷹羽は約束をたがえたのか)

 或いは、小金太が鷹羽に伝え損なったか。

「もう我慢ならん」

 そう言って鉢巻を掴み捨てたのは、夕七つの鐘を聞いた時だ。
 仇討ちの覚悟を無にされた事で、郁之助は怒りで頭が沸いていた。

(まずは小金太を訪ね、それから鷹羽の屋敷へ斬り込もう)

 相手が来ぬなら、討ち入るまでの話である。
 小金太の屋敷は、城下の北にある赤隈町だ。幣の浜を進んで野北湊のぎた みなとを右に折れ、彦山の麓沿いを歩くと見えてくる。

「御免」

 朽ちた門前で訪ないを入れると、歯の欠けた老僕が、慌てて飛び出して来た。確か、治作という名前だったか。

「こりゃ郁之助様でございますか」
「どうした慌てて。それより、小金太はおるか? 会いに参ったのだ」

 そう訊くと、皺だらけの治作の顔が更に渋みを増して、

「実は、これを」

 と、書き付けを差し出した。

「これは」

 そこには、

二見ふたみの浜にてお会いしたく」

 と、だけ記されてあった。

「これは小金太が」
「へ、へぇ。夕七つを過ぎて戻らぬ場合、もし郁之助様が訪ねて来られたらお渡しするようにと……」
「なんという事を」

 全てを悟った郁之助は、駆け出していた。
 糞。なんて真似をしたのだ。小金太が、斯様な手段に出るとは、少し考えれば想定出来たではないのか。
 きっと小金太は、仇討ちを告げた日にこうすると決めたに違いない。そんな男だ、あいつは。

「この小金太は、一生涯を賭して郁之助様をお守りします」

 小金太の声が、脳内で蘇る。やはり、そうだ。小金太は、あの日の誓いを守ったのだ。
 馬鹿野郎。大馬鹿野郎だ。小金太も、それを許した自分も。
 二見の浜が見えてきた。血刀を手にした人が倒れている。息を切らした郁之助は、倒れ込むようにして駆け寄った。
 その男は、鷹羽左近だった。頭蓋から一刀で両断され、脳漿が漏れ出ていた。

(小金太は勝ったのだ)

 しかし、小金太の姿は無い。郁之助は立ち上がって周囲を見渡すと、海に向かって座っている人影を見つけた。
 あの後ろ姿。紛れもなく小金太だ。見つめる先には、二つの岩が並んだ夫婦岩めおといわがある。きっと一人で眺めているのだろう。

「小金太」

 郁之助は、駆けながら腹の底から叫んだ。しかし、返事は無い。
 一陣の風が吹いた。小金太の後ろ姿がぐらつき、郁之助は慌てて抱き止めた。

「おい、小金太」

 そこには血の気が引いた、青白い顔があった。鼻腔を突く血臭。首元に、一刀を受けていた。

「戯けた真似はよせ。小金太、目を覚ませよ」

 揺すったが返事は無い。小金太は、既に息絶えていた。

「私を待っていたのだな、お前は」

 郁之助は、頬に熱いものが伝わるのを感じた。慌てて手で拭う。その時、小金太の懐から、血に染まった短冊が一枚すり落ちた。


 君が為 越ゆる死出の 山なれば
 惜しむものなき 武士の一念


「君が為……」

 郁之助は、小弥太を浜に寝かせると、夫婦岩に正対し、背筋を伸ばした。
 ならば私も、お前を独りで死出の山を越えさせぬ。今生こんじょうで添い遂げられぬなら、せめて来世で共に。
 郁之助は、ゆっくりと着物の前合わせに手を伸ばしていた。

〔了〕
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