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高位貴族の醜態とキュロス辺境伯

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「くぁ~・・・あ~あふぅ、本当にこの布団は素晴らしいな」



 窓の外を見ると、既に日が落ちかかっている。

 そういえば、他の連中はSランクダンジョンに修行に行くと言っていたな。

 どうなったか、スライムを通して聞いてみるか?



 と考えていると、扉がノックされる。



「どうぞ!」



 誰だとは確認する必要はない。ノックされた時点ですでに俺の<探索>で誰かは理解できている。



「お目覚めですかな」



 そう言って、テスラムさん一行が入室してくる。



「いや、目覚めたのを確認してから来てくれたんだろう?気を使わせて申し訳ない」

「そんな事よりロイド、テスラムさんの修行は鬼だぜ!!おかげで一気に練度が上がってるのがわかる。こんなに短い時間でここまでの成果を出す指導、実際とんでもなく辛くはあったが、結果がでるからやりがいがあるぜ」

「その通りだ。テスラム殿を師匠と崇めたいくらいだ。修行の初めには体の動きだけではなく、心の重要性も説いていただける。我が騎士道精神にも更なる磨きがかかったのは間違いない」

「本当に凄かった。私も<闇剣>を使いこなせていると思っていたけど、まだまだでした」

「お姉ちゃんはまだいいじゃない。私なんか、今も自分に<回復>をかけていないと歩けないんだから」

「本当に凄かったですね。<光剣>の<浄化>でも攻撃ができるのですから驚きです」



 纏めると、凄かったという事だろう。

 スミカは、生まれたての動物のように若干足場プルプルしている。

 一方、同じ条件だと思われるナユラはプライドからか、震えは見られない。



 流石は初代<無剣>に仕えた<風剣>のテスラムさんだな。



 そんな賛辞を受けているテスラムさんは涼しい顔で、フロキル王国の現状を報告してくれると言う。

 どうやら是非にでも報告したい事が有るようだ。



 俺が寝ている間も情報収集をしていてくれたらしい。



「うぇ、テスラムさん、あんな鬼みてーな修行中に情報収集までしてたのかよ??」

「く、流石はテスラム殿。私もまだまだ。足元にも及ばない」

「私ももっと頑張る。<闇剣>よ、共に強くなろう」



 ヘイロン、アルフォナ、ヨナは想像通りの感想だ。

 一方、ナユラとスミカは呆然としている。



「あ・・あんな状態で他の事も同時にしていたってことですか、テスラムさん??」

「私達全員に色々教えて下さっていましたよね?」



 彼女達にとっては、有り得ない程の厳しい修行だったのだろう。その間にも情報収集と言う名の別の作業を並行して実施していたのだから、信じられないんだろうな。

 気持ちはわかる。



 だが、テスラムさんは表情を動かすことなく情報を教えてくれる。



「皆様も修行を積めばこの程度楽にすることができますよ。ロイド様、報告ですが、キュロス辺境伯をご存じですか?」

「う~ん、あんまりあの国の事は思い出せないんだよな」



「ロイド様、あの国の中で唯一我らに差別をしなかった貴族です」





「・・・すまん、やっぱり思い出せない」



 ヨナの助言があるが、俺には思い出すことはできなかった。



「いえ、思い出せずとも問題ございません。実は、その貴族も現在王都に来ており、今回の討伐軍の一翼を担う事になっております。しかし、彼は正確な情報を掴めないまま、王子の迫真の演技に騙されてしまったのですな」

「まあ、状況はどうであれ、俺達を討伐しようとしている敵には違いないだろ?どうせあの魔獣の群れを超えることなんてできやしねーよ」



 確かにヘイロンの言う通りではある。



「ヘイロン殿の仰る通りなのですが、辺境伯領の情報も集めましたところ、領民を思い自分に厳しく、正にアルフォナ殿の言う騎士道精神に溢れた領主であることが判明いたしました」

「え、辺境伯領の情報まで仕入れていたんですか、テスラムさん??」

「なんと、素晴らしい騎士道精神に溢れているお方ではないか」



 スミカの驚くポイントは少しずれているが、流石はテスラムさんだ。



「つまり、私が今回提言させて頂きたいのは、あの御仁と近衛騎士達は復讐の対象から外していただけないかという事です」

「テスラムさん、あんたがそこまで言うんだ。あの時の事はその辺境伯は一切知らなかったんだろうな?そして、その後のロイドの事もだ。もし知っていたとしたら、俺は賛成できねーぞ」



 ヘイロンは、復讐対象から外すという提言に対して神経をとがらせている。

 だが、俺、いや、ヘイロンもだが、善人を巻き添えにするつもりはない。

 まあ、あの防壁内部にいる奴らは全員悪人だと思って行動していたのだが、修正する必要があるかもしれないという事だな。



「ヘイロン殿、私もその辺りはまず初めに調査しました。ユリナス様が襲撃される少し前から今に至るまで、キュロス辺境伯、そしてその手の者はは一切王都に来ておりません。つまり、ユリナス様の事、ロイド様の事を知る機会はなかったのです」

「俺達は今回いきなり討伐対象に名が挙がった。だが、あのクズ兄の発言の真偽を知る術もないために、真実と信じ込んで討伐隊の一翼を担ってしまった・・・という事か」



 そんなに昔から王都に来ていないのなら、俺が思い出せないも仕方がないだろう。ヨナの記憶力が異常なだけだ。



 ここで問題が出てくる。テスラムさんの情報だから疑いようもないのだが、逆にキュロス辺境伯に俺達の無実、そしてフロキル王国の腐敗状況、非道さを理解してもらえる方法が思い浮かばない。



「テスラムさんを信じているので、提言してもらった通りキュロス辺境伯一行は復讐対象から外しても問題ない。だが、どうやって俺達を信頼してもらうんだ?助け出すにしても俺達を信頼してもらわない限り無理じゃないか?」

「そこは騎士道精神をもってすれば容易いのではないのでしょうか?一度この私アルフォナにお任せいただけないでしょうか?」



 全員が白い目をしている。



「な、なぜそのような目で見るのだ?騎士道精神に勝るモノはないだろう?」

「いえいえ、アルフォナ殿。貴殿は実直過ぎるのですよ。とても良い事ではありますが、今回のケースですと少々荷が重いのではないかと思います。残念ながら私も悪魔であります故、かの御仁が人格者であったとしても、私も荷が重いと考えます。ここはロイド様とヨナ殿が直接お話をすればよろしいのではないでしょうか?」



「そうかもしれないな。俺は辺境伯のことは一切覚えていないが、キュロス辺境伯は少なくとも母さんの事やヨナの事も覚えているかもしれないしな」

「ロイド様、喜んで同行させて頂きます」



 確かに、フロキル王国の高位貴族との交渉になるのだから、少しでもかかわりのあった俺とヨナが行くのが筋だろう。



「あの、もしよろしければ私も同行させて頂けますでしょうか?」



 何故かナユラが同行を希望している。

 確かに彼女も、他国とは言え王族に名を連ねていたので、高位貴族との交渉は慣れているだろう。

 むしろ、そう言った意味では俺よりも適任かもしれないと思う程だ。



「ああ、問題ないが・・・正直俺は交渉事がうまいとは言えない。ヨナもそうだろ?」



 頷くヨナ。



「実際に交渉事になるかどうかもわからんが、そう言ったことに慣れていそうなナユラに来てもらえると俺としても助かる」

「ええ、是非ともお任せください。実はキュロス辺境伯とは何度か交易の関連で直接お会いしたことがございます。お顔も存じ上げておりますので、我らの話に耳を傾けて頂けると思います」



「そうだったのですか。その情報は残念ながら掴めませんでしたな。申し訳ないです」

「いや、テスラムさんの情報収集能力が素晴らしいのはここにいる皆が知っている事だ。そんな事で謝らないでくれ。じゃあ、俺とヨナ、そしてナユラでキュロス辺境伯と交渉する事にする。正直に復讐の件も含めて話をしようと思う。その上で判断してもらい、仮にそれでもフロキル王国の立場を堅持するという事であれば、残念ではあるが、彼の意思を尊重する」



 信じて貰えるかはわからないが、全ての情報を伝えた上でキュロス辺境伯自身に立場を判断してもらうことにした。

 仮に、俺の説明を理解した上でフロキル王国側の一翼を担い続ける判断をしたならば、復讐の障害として排除せざるを得ない。

 いや、今回の場合は、魔獣の群れに囲われた王都からの脱出を手助けしないという事になるな。



 そうならない事を願って、キュロス辺境伯の王都での屋敷に<空間転移>で移動した。

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