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キュロス辺境伯の決心

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「我ら最大の失態は、魔獣の情報収集に重きをおいて王都の情報を得ず、ユリナス様、そしてロイド様に苦難を味合わせてしまった事だ」



 一般の冒険者は、王都からかなり距離の離れた辺境伯領地まで行くようなことはない。

 辺境伯領では魔獣の素材や、まれにドロップアイテムが収集できるので、王都の商人は第三防壁にいるSランク冒険者と共に辺境伯領を訪れる事が有る。

 これが、王都にいるSランク冒険者の唯一の仕事と言っても良いのだろう。



 Sランク冒険者や商人たちは第三防壁の住民だ。特権意識があるので、王族を追放された基礎属性を持たない落ちこぼれであるこの俺と、その母親を見下している。



 だが、商人は情報が命だ。キュロス辺境伯が母さんと懇意にしていたという事は知れ渡っているはずだ。

 その為、辺境伯領で母さんの事は一切話さなかったのだろう。

 キュロス殿が情報を得られることはなかったのだ。



「今現在、あの王都は魔獣の群れに囲われている。既に第四防壁は突破された状態だ。ああ、安心しろ。第四防壁の住民は全てリスド王国に移住済みだ」



 防壁突破の報を聞いた騎士が住民の安否が気になった表情を見せたために、辺境伯は情報を付け加えていた。

 この騎士は、少々鍛錬が足りないのかもしれないな。あまりにも表情や態度に出すぎている気がする。



「当然第三防壁内部にいる面々も無事だが、このままであればただでは済まないだろう。当然魔族に進化した魔獣もいるからな。そして、この状況をコントロールしているのは、ロイド様だ」

「そんなことができるのですか?魔獣をコントロールなど!!」



「いや、魔獣をそれぞれコントロールしているわけではない。あの状況を作り出したという事だ。王都から少々離れた位置にある<六剣>の洞窟は知っているな?」

「もちろんです。私も何度か挑戦させて頂いた経験がありますので」



「王都からその辺りまで、魔獣が他の地域に逃げ出さないように第六防壁とでも言うべきものを王都を囲うように作られたのだ」

「そんなバカな!!どれ程の期間と人、資材が必要になるか想像もできません!!魔獣が多数いる中でそのような作業を行うことなど、我々でも不可能です」



 ゴメン、一瞬でできてしまったんだが・・・



「そう思うのが普通だろう。だがロイド様とそのお仲間は実際にやってのけた。実物を見てはいないが、直接話を聞くことができたし、その力の証明となる物もこの目で確認した」



 一応、ナユラの<光剣>を見せたのが良かったようだ。

 いや、ナユラが勝手に見せたんだけどね。きっと彼女はここまで考えて力を証明したに違いない。



「ロイド様は、第三防壁内の住民に対して復讐すると仰った。なれば、我らはロイド様を全力で支援すべきなのだ」

「おっしゃる通りです。理解しました。これから全兵力で近隣の魔獣討伐ですね?」



 ニヤリと笑う辺境伯。



 彼らは魔獣関連のエキスパートだ。

 この世界に魔獣、魔族は一定数存在し続けているという事を理解しており、討伐されて数の減った魔獣や魔族はどこかの地で再度顕現する。

 同じ種族ではないかもしれないし、力もおそらく全盛期と比べると低くなっているケースが多いのだろうが・・・



 そして、再度顕現する場所は魔獣や魔族が多数存在している場所になる可能性が高い。



 その事を理解しているであろうキュロス辺境伯達は、フロキル王国の周りに溢れている魔獣の数を増やそうとしているのだ。



「この御仁、やはり救って正解だったな。流石はロイドだ」

「全くだ。騎士道精神に溢れているお方だ」



 アルフォナとヘイロンが賛辞を送ってくるが、少々むず痒い。

 俺としては、辺境伯の事はすっかり忘れており、今でも当時の事は一切思い出せないのだから、俺と言うよりヨナのおかげのような気がするがな。



「そうすると、第三防壁突破もそう長い時間はかからねーな」



 ヘイロンは、各貴族の邸宅に目を移す。



 どこの貴族の邸宅も、映し出されている全員が慌ただしく動いている。



「なぜ領地に戻れないんだ。あの程度の魔獣など蹴散らしていけ!!」

「ご自分で行かれてはいかがか?我らだけではあの魔獣の群れに対抗することはできん!!」



 心地よいセリフが聞こえてくる。



「ハハハ、こいつら、ようやく状況がつかめてきたじゃねーか。これからが見ものだぞ」

「その通りですな。ゆるりと見させていただきましょう。こちらに少々お菓子をご用意いたしましたので、召し上がりながらお楽しみください」

「飲み物もある」



「テスラムさん、お姉ちゃん、ありがとう」

「ありがとうございます」



「お、テスラムさん、嬢、悪いな。折角だから頂きながらこいつらの醜態を見ようじゃねーか」

「全く、この様な醜態をさらすなど騎士ではない。滅せられて当然だ」



 俺の仲間達は平常運転だ。



 やがて、フロキル王国全ての映像に煌びやかな装飾を施した鎧を着ている王族直属の近衛騎士が映り込む。



「国王陛下より至急の招集です」



 プライドの高い高位貴族連中は、第二防壁内の第一防壁側に居住を構えているため、王城には即駆けつけることができる。



 全員の目が王城の映像に集中する。

 謁見の間に続々と高位貴族やギルド長、仲にはSランク冒険者らしい連中も現れる。



 復讐対象である国王が、苦々しく状況を説明し始める。



「各領地に援軍を出すよう伝えたが、現状ではその手段がないと報告が上がってきた。王家直属の情報収集部隊に調査させたところ、既に第四防壁内部に魔獣共が侵入しており、その数は増える一方だ。このままこの王都を無事に出るのは少数では困難だという事だ」



 ざわつく謁見の間。

 キュロス辺境伯の助力によって、これからは魔獣の増加速度も上がってくるだろうが、そこまでの情報収集能力が奴らにあるわけがない。

 この場にキュロス辺境伯がいない事にも、今の時点で誰も気が付いていない位だからな。



 だが、この王と王に連なる連中は、自らの身の安全に対する意識だけは異常に高い。

 このように、王都が危機的状況になっている場合なら尚更だ。



 王としては、ある貴族が領地に戻る為に王城から出撃して、運よく魔獣の群れを突破後、領地に帰還しても、危機的状況の王都に援軍を送ることなどするはずがないと理解している。

 逆に貴族としては、何とかこの危険な場所からいち早く安全に離脱したいと考えているのだ。



 互いが醜い考えをして、出た結論は・・・



「国王陛下に具申いたします。キュロス辺境伯であれば常に魔獣と相対している環境であるため、この様な現状も打破することができるでしょう。<六剣>奪還や所持者の捕縛よりも、現状を改善するための命令を優先されてはいかがでしょうか?」



 つまり、キュロス辺境伯に押し付けるという事だ。



「あ~、予想通りでつまらねーな。そして、この場に御仁がいない事に気が付いて慌てる・・・と」



 ヘイロンの呟き通りに謁見の間の状況は変化している。



「ふむ、良いだろう。ゾルドンはどう思う?」



 クズ兄を魔族討伐経験者と信じて疑っていない国王は、意見を求めている。



「キュロス辺境伯であれば申し分ないかと」

「決まりだな。キュロスよ!」



 再度ざわつく謁見の間。

 当然キュロス辺境伯はあの場にはいない。



 そろそろ王都に魔獣を送り届けるための出撃を初めている所だ。



「キュロス、なぜこの場におらん。あやつの居城にすぐに呼びに行ったのか?」



 担当であろう近衛騎士が一歩前に出る。



「ご報告申し上げます。キュロス殿の邸宅は無人になっておりました。おそらく、既に<六剣>奪還と所持者の捕縛に向かったものと思われます」



「む、そうか。流石はキュロスだ。とすると・・・何も問題がないのか?<六剣>がこちらに来れば、あのような魔獣の群れなど何の脅威にもならんだろう」

「父上、その通りです。<六剣>奪還の暁には、是非このゾルドンに<光剣>をお授け下さい。光の能力であれば欠けた右腕も再生することができるでしょう」



「良いだろう。魔族討伐の英雄をこのままにしておくには惜しいからな。よし、皆万が一に備えて出撃の準備だけはしておけ」



 国王はそのまま退出する。



「キュロス辺境伯であれば万が一<六剣>奪還ができなくとも、あの魔獣程度は難なく排除してくれるはずだ」

「ああ、あそこの領地は辺境だからな。常に魔獣と戯れているのが仕事なのだ。早く戻ってこのあたりの魔獣も片付けてほしいものだ。獣臭くてかなわん」



 他力本願、他人の見下しが顕著に出ている会話を聞かされる俺達は面白くない。

 だが、ここはまだ我慢できる。



 こいつらが一致団結して全戦力で死ぬ気で討伐に乗り出せば、少なくとも魔獣側に大ダメージを与えて、キュロス辺境伯の助力により討伐された魔獣は王都周辺で顕現しなくなったかもしれないのだ。



 だが、そのようなことになる訳もなく、更なる状況の悪化を招いたクズ共。

 その先の展開が楽しみで、ついにやけてしまった。
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