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コギンの籠城

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 宝物庫内部から投げられた魔獣に当たり、壁際まで飛ばされた豚共。

 その隙に宝物庫の扉は固く閉ざされ、鍵を持たない連中では一切開けることができない。



 あのSランク冒険者達の最大の魔法でもびくともしなかった宝物庫の扉だ。

 武器も持たない豚の攻撃では、豚自身にダメージが行くだけだ。



 だが、そんな状況になっている豚共は、目の前の魔獣に簡易的な魔法で火を入れて勢いよく食べ始めた。

 危機的状況になってしまったことに気が付いていない。



「テスラムさん、この魔獣・・・なんだか嫌な感じがするんですけど・・・これって、あの王族達が依然食べた魔獣と同じように、毒じゃないですか?」

「流石は<回復>が特化能力の<水剣>のスミカ殿ですな。その通りです。今回の魔獣は、前回と比べ物にならない位長期間苦しむタイプですな。ですが、味の方は絶品です。一度<回復>をかけながら食べるのも良い修行になるかもしれませんな」

「え~、絶対イヤ!」



 苦い顔をしているスミカを見て、楽しそうにほほ笑むテスラムさん。



「いやスミカ、テスラムさんの言う通り試してみねーか?万が一があっても死なねーんだろ?そんなに絶品なら俺は食ってみてーけどな」



 実は俺もヘイロンと同じことを思っていた。

 <六剣>のスミカが行う<回復>であれば、何の痛みもなく絶品と言われる味を味わう事ができるはずだ。



「それでは、私の<浄化>で毒素をなくしてしまえば良いのではないのでしょうか?」

「それはいい案だな。ナユラに任せりゃ尚良いんじゃねーか?」

「いえ、残念ながらその毒素がうま味を出しているようなのです。その毒素を<浄化>してしまうと、ただの肉になってしまうようですぞ」

「そううまくはいかないか・・・。ま、機会がありゃスミカの<回復>に任せるか」



 不安な顔をしながらもスミカは頑張ってくれそうな感じではある。



 一方の豚共は、空腹が満たされていくこと、あまりにも絶品である事から一心不乱に食べている。

 だが、全員同時に動きが止まった。



「グァ~・・」

「ぐっく・・コギン!!貴様~」



 蹲ってのたうち回る豚一行。上から下から汚物を出しており、一瞬で見るも無残な地獄の出来上がりだ。



 宝物庫の中からは、コギンの笑い声が聞こえる。



「約束通り魔獣は分けてやったぞ。感謝するんだな。ハハハハ」



 すでに返す言葉も出せない程激痛が襲っているらしく、のたうち回っているだけだ。



 そして、大量の食料・水、そして武具と共に最も堅牢な宝物庫の中に立てこもることに成功したコギン。



「フフフ、これでかなりの期間安全に過ごすことができる。何れは他国が異常を察知して救出に来るか、領地拡大を企み侵攻してくるだろう。その時にうまく立ち回れば良いのだ。ハハハ、これ以上この身を危険に晒す必要はなくなった。今まで長きに渡りこの身を削って尽くしてきたのだ。これからは悠々とした生活を送らせてもらおう」



 宝物庫の中は相当な広さがある。

 その一角に、荷台と共に保管されている食料。水は飲む前に<炎>の魔法を使用して消毒するようだ。



 確かにこれだけ準備万端だと、数か月程度は難なく過ごすことができるだろう。



「ケッ、これじゃあこの先暫く変化はねーな」



 ヘイロンの言う通りだ。

 ここで、第三防壁に異常が発生した。



 近衛騎士隊長であるコギンが魔獣の群れを狩って食料としていたが、狩る個体と新たに生まれる個体では、絶対的に生まれる個体が多くなっている。

 その為、魔族に進化する個体もかなりの量となってしまった。



 その魔族が数体で第三防壁を破壊し、第二防壁に向かって魔獣の群れが進んでいる。



「テスラムさん。魔族に進化した個体もかなりいるようだが、あの連中で第二防壁を突破することができそうか?」

「おそらく可能でしょう。ですが、今のままでは第一防壁までは破壊できないのではないでしょうか?」



「魔族に進化した個体に、何かしらの特化能力がありゃ突破できるんじゃねーか?」

「ヘイロン殿の言う通りですな。ですが、今の状態では魔族の特化能力までは把握できておりませんので、一般的な強さで判断しております」



 どうするか・・・・

 あの近衛騎士隊長がこのままのんびり宝物庫の中で過ごすのは腹が立つ。



「ロイド殿、あの近衛騎士隊長は近衛騎士として決して行ってはならない主君の裏切りをしている。ここは、騎士道精神を持って厳正なる罰を与えるべきではないだろうか?」



 アルフォナにしては珍しい意見だ。



「それも良いが・・・どうするか・・・」

「第二防壁と第一防壁を我らで破壊してしまえばいいのでは?我らの修行にもなる」



 きっとアルフォナは、修行の成果を目に見え得る形で試してみたいのだと思う。

 だが、良い案だ。



「宝物庫は破壊しないで良いのか?」

「良いんじゃねーか?しばらくは扉を隔てたすぐ先に魔族共がいると分りゃーゆっくりなんてできねーだろ?」



 確かに、自分の命を刈り取れる魔族が扉を隔てた場所にいると分かれば、かなりの恐怖になる。



「そんで、あの転がってる醜い豚共はこれで終わりだ」

「ヘイロンはそれでいいのか?」

「ロイドが良ければ問題ねーよ。あいつらの苦痛に歪む顔は十分堪能した」



 俺も、あまりにも醜くなっている王族共を見続けるのは飽きてきたので、この辺りが潮時だとは思っていた。



「俺も問題ない。じゃあ、防壁を破壊しておくか。誰が行く?」

「「「「ハイハイハイ!!!」」」」



 アルフォナ、スミカ、ヘイロン、そしてなんとナユラまで立候補してきた。



「なるほど・・・皆さん修行の成果を是非とも発揮したいと言う事ですな。ロイド様、私が同行して成果を確認させていただきます。よろしいでしょうか?」

「ヨナは良いのか?」

「私はロイド様の傍にいます」



 すると、<六剣>のうち五剣は再びフロキル王国に出向くことになった。



「よっしゃ!俺の全力の<炎魔法>を試す時がやってきたぜ!!」



 意気込むヘイロンだが、俺は気になったことがある。



「テスラムさん、<六剣>の力を使ってしまった場合、あの場にいる魔族から情報が魔王に漏れないか?」

「魔王とその配下の状態を見るに、おそらく我ら<六剣>所持者が現れたことは既に理解していると思われます。なので、最早隠しても仕方がないかと・・・」



 そう言う事なら心配はないが、あまり正確な情報を与えるのも良くはない。



「そうか。だが、わざわざ敵に情報を与える必要もない。なるべく隠密行動を心掛けてくれ」

「承知いたしました。その辺りも修行の成果を見せる時です」



 それならば、全てテスラムさんに任せておけば問題ないか。

 俺はヨナと一緒に引き続きゆっくりさせてもらうとしよう。



「そうだぜロイド!気配を消しつつ瞬間的に最大火力で攻撃する。基本だぜ!!」

「フフフ、ヘイロンさん、一番最後までできなかったじゃないですか?」

「バ、バカ!スミカ。余計な事を言うんじゃねー」



 気合?十分の<六剣>所持者達は、各基礎属性の膜を自分の周りに発生させて存在を気薄にした状態を維持している。



「それではお手数ですが、第二防壁まで<空間転移>をお願いいたします」



 彼らをフロキル王国第二防壁に<空間転移>で転移させ、俺の自室でヨナと共に観戦する。

 <六剣>所持者を第二防壁の外に置いてきたが、魔獣の群れは彼らを認識していない。それほど存在を気薄にできているのだ。



 テスラムさんが宙に浮き、他のメンバーであるアルフォナ、スミカ、ナユラ、ヘイロンは防壁に沿ってお互いが均等な距離を保つ様に移動した。



 『それでは皆さん、始めてください。』



 スライムを通したテスラムさんの号令と共に、それぞれの基礎属性による最大魔法が防壁に向かって放たれた。
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