幸次とコージ

焼納豆

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力で敵わなければ

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「お兄ちゃん、そろそろテストじゃない?」

「む?良く知っているな、朱莉。実は余はテストが楽しみすぎて興奮が抑えられないのだ。昂っていると言うやつだな」

「え?テストが楽しみ?大丈夫??」

 本気で楽しそうにしている幸次を見てまた何かおかしな事を言い始めたと思っている妹の朱莉だが、確かに幸次は教科書を広げて勉強をしているように見える。

「えっと、わからない事とかありそうかな?」

「いや、もう兄として朱莉に勉強を教わる事は無いと思うぞ?むしろ、今後は逆に余が朱莉に教えてやろうと思っているほどだ」

 すっかり変わり切った幸次を見て、全ての事に興味があり、全ての事に全力投球の兄を頼もしく思っている朱莉。

「フフ、ありがとう、お兄ちゃん。私も今の所は先行して勉強していた部分があるから問題ないよ。今の成績であればお兄ちゃんの所に入学する事も余裕だと思うし」

「そうなのか?なるほど。だが朱莉!余も色々調べたのだが、高校は自分の行きたい所に行くのが良いぞ?余がいるから選ぶと言う事ではなく、本当に未来をしっかりと考えて後悔のない選択をすると良い」

 王族として数々の経験をし、部下も多数いた為に大局を見る事が出来る幸次は、この世界、日本の学校、その後の就職と言うシステムを漠然と理解しつつも現時点で言える事を大切な妹である朱莉に伝える。

「そ、そうだね。本当にお兄ちゃんって変わったよね。でも、悪い変わり方じゃないから嬉しいかな。それじゃぁ、頑張ってね!」

 勉強の邪魔をしては悪いと思った朱莉は黙って幸次の部屋から出て自室に戻る。

「本当に不思議なお兄ちゃん。でも、楽しそうで良かった!」

 最近の幸次の激変には少し戸惑ったのだが、今までの心配事はほとんどなくなっているように見えるので妹の朱莉としても心底安心できていた。

 自室に残されている幸次は、一般常識を含めて十分とは言えない部分もある為に身体強化を使って脳を強化して、異世界で過ごしている幸次が学んでいた部分も含めて一気に知識を吸収している。

 その勢いのまま学習を続けてしまったので、正直自らが学ぶべき範囲を大きく逸脱していた事には気が付かないまま夜は更けて行く。

「おはよう、幸次君!」

「おはよう、吉田殿」

 まだテストには少しだが日があるので、未だに普通の授業が行われるのだが……大きく変わった事が一つだけある。

「はい、皆さんおはようございます。今日から暫く篠原先生はお休みになりますので、私、伍葉がこのクラスを受け持たせて頂く事になりました!」

 普通ではありえない教育実習生が担任の立ち位置で活動する事になったのだが、これはある意味この私立の学園のトップよりもはるかに上の立場である伍葉 紀子だから出来た事であり、当然本人の資質が篠原よりも上である事も良い方向に働いた。

「先生としては体育の授業はきっちりと柔道を行いたい所ですが、流石に学園の許可が出ませんでしたので、幸次君。ごめんなさいね」

 前半部分を聞いておびえた石崎一行だが、後半部分を聞いて安堵したのは言うまでもない。

「いや、そろそろテストなのでしっかりと勉強したいと思っていた所だ。そもそも、技の実験台篠原がいないのであれば、いくら力を抜いても対戦相手に大怪我を負わせてしまうからな。余としてもテスト前に余計な気を遣わなくて助かった」

 相当コケにされる言われ方だが、石崎一行、特に柔道場で情けない姿を晒していた石崎が幸次の言葉に正面から反論できるわけもない。

「先生、あまり三島幸次を特別視するのは感心できませんね。あくまで先生は教育実習生と言う立場でしょう?教師になる前に一生徒を贔屓するなんて、教師の資質があるのか疑われますよ?」

 その中で徐に立ち上がったのは、石崎同様後方に座っていた原 和則と言う男で、インテリぶっている眼鏡君だが、実際に頭は良く、その頭脳を無駄に使って石崎に虐めのアドバイスを送っている陰湿な男だ。

 この男の情報についても当然財閥の力を使って持っている伍葉は、今まで大人しかった男がここまで幸次の圧倒的な力を見たうえで何を言い出すのか身構えながらも、その態度に少々思う所があったので少し脅しておく。

「特に個人を贔屓などしていませんよ。寧ろ篠原先生の強引な柔道の授業をしっかりと終えてくれた幸次君に感謝しているのですが?そう言えば原君は柔道の授業では随分と大人しかったですね。何でしたら、一度幸次君と対戦してみてはどうですか?」

 柔道での惨劇を目の当たりにしている原を含めたクラスの面々は一瞬で恐怖の表情に変わるが、原としてはまさかこのまま柔道をさせられる事だけは避けたいので、必死で弁明する。

「そ、そんな余計な事はしなくても良いですよ!そもそも今の話は柔道の話ではないでしょう!」

 教師と生徒のやり取りとはこのような物なのかと思いつつ静観している幸次だが、後方から前方の先生伍葉を見ている原の視界に幸次は当然入るので、その達観したような態度が気に入らないのか原は熱くなる。

「そもそも、出席すら真面にしてこなかった一生徒を名前で呼ぶ事自体がおかしいのですよ!そんな出来損ない幸次が偉そうにテストがどうたら言っている事自体が不愉快だ!そんな中途半端な奴がテストを受ける意味すらない!」

 自分の頭脳に絶対の自信がある原は、言いたい事を言ってすっきりしたのか鼻で笑うかのような態度をとって席に着く。
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