ひんな様

七海みなも

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第三話

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 彼に指摘されるまで気づかなかったのだが、いつの間にか、悠真ゆうまとの身長差が頭ひとつ分まで縮んでいた。
 長身の彼である。出会った頃は彼の腰ほどの身しかなかったと言うのに、月日の流れと成長速度は早いものである。
 少しの意地悪と、普段揶揄われてばかりの仕返しを込めて巫山戯て見せたら、頬を軽く引っ張られてしまった。
 口内の空気が抜けて、変な声が出てしまって。結局、二人で笑い合った。平和である。
 そんな遣り取りをした後なのに、癖とはなかなか治らないもので、胡坐を掻く彼の膝につい収まってしまう。一番居心地が良い場所なのだから、仕方がない。
 今日も彼に凭れ掛かって寛ぎながら、こっそり抱いていた疑問を投げかけた。
「あのさぁ」
「ん?」
「悠真は俺に取り憑いてるの?」
「憑いてねえけど……急にどうした」
「んー……だって悠真、毎日訊いてくるじゃない? だからそうなのかなって」
 彼は毎朝、
「今度は何だ」
 と尋ねてくる。
 肝心の主語がないのだが、望みを言えという事だ。あれもこれもと毎日出て来るほど欲は無い。
てっきり取り憑いてるから訊いてくるのだと思っていたが、違うらしい。
 付き合いは長いのに、知らない事、分からない事だらけだ。
人形ひんな神っつーのはそういうモンなんだよ。持ち主の望みを叶えるのが俺らの仕事。放置されんのはちと辛い」
「そっか……今までごめんね?」
 構わねえよ、と笑う悠真の身体が左右に揺れる。
 ぐずる俺をあやす時の仕草だ。
 もう幼子ではないのだが、悠真からすればまだまだ子供なのだろうか。もしそうならば、少々複雑である。
「人形神の憑き方は強力だ。人の欲望を元に出来てるからな。そう思うと俺らの欲は、欲望の源泉……人間に取り憑く事なのかもしれねえ」
「欲……」
 その仮説が正しければ、俺の人形様になった悠真は、俺に取り憑きたいという事になる。
 もし彼が望むなら、俺は——。
「こーら」
「あぅっ」
 べちん、と額を小突かれた。口を尖らせ身体ごと振り返れば、迎えてくれたのは渋っ面。
「妙な事考えんなよ。取り憑いていいよ、なんて言ったら怒るぞ」
「う……」
「図星かよ」
 呆れたように溜息をつく彼が、厳しい顔で俺の頭を撫で繰る。
「お前の欲は小さ過ぎんだよ。誰それの猫を見つけてくれとか、今日のおやつは大判焼きが良いだとか……こないだなんか明日の弁当に卵焼きを入れてほしいだったか? この程度じゃあ取り憑くまでもねえの」
「んぅ……ほんとに?」
「ほんとに。こんなちっせぇ嘘言わねぇって」
 それは——俺の為の詭弁ではないだろうか。
 取り憑く事が欲だと言ったのは、他でもない悠真自身である。
 憑かなければ彼は満たされないままなのではないのだろうか。
 心が、渇き続けているのではないだろうか——。
 ちら、と窺う顔に怒りは無い。
 代わりに、何とも言えない複雑な色が浮いている。
 俺の頭を掻き回していた手が、静かに髪を梳かす。
 俺の髪は、悠真のお気に入りだ。
「鮮やかな赤が白い肌に映える」
 と気障な科白を貰ったのは、出会って直ぐの頃だった。恥ずかしい。
 甘ったるく感じるほど優しい手つきがこそばゆくて、ふるりと肩が戦慄く。
「人形神に憑かれるなんて、不幸以外の何でもねえよ」
「そう……かなぁ」
「ああそうだ。だから、今まで通りで良いんだ」
「んぁ……っ!」
 筋肉質な腕が背に回り、痛いほど強く抱き締められた。
 耳元に寄せられた唇が、柔らかく耳朶を打つ。
「……頼むから、取り憑けなんて言ってくれるな」
 掠れた声で告げられた頼みに、俺は頷けなかった。
 抱き締められる直前。
 乱れた髪を優しく梳く彼の瞳が、酷く淋しそうに揺れていたから。
 せめてもの答えとして、彼の身体に力一杯しがみつく。
 与えられるばかりの自分が、大嫌いになりそうだ。
 悠真が人の望みを叶える人形様なのだと、頭では理解してる。だが、悠真の為に何かしたいと思う事は、本当にならぬ事なのだろうか。
 恋慕う相手の為に何かを成すという事は、罪なのだろうか。
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