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何も知らない
しおりを挟む「やだ!お母さん、置いて行かないでよ!」
私とお母さんを隔てるのは、床に倒れるお婆ちゃんと叔母ちゃん。
しかも、物凄い形相で這いずってくる叔母ちゃんが、
「あんた!私を置いて逃げるつもり!」
って叫んでる。
それを無視して、ギリギリ横を通り抜け、ドアを開けると廊下のモワッとした空気が頬を撫でた。
目でお母さんを追うけど、気配すらない。
「え?お母さん、どこ?」
一瞬動きを止めた私の右足を叔母ちゃんが、掴んで引っ張った。
バランスを崩した私は、
「あっ…」
体が前に倒れ込み、スローモーションのように床が目の前に迫る。
ゴン
思い切り壁に額をぶつけて、頭がクラクラした。
振り返ると、叔母ちゃんが、してやったりと言った風に笑っている。
カッとした私は、床に転がったまま、
「いったー、何すんのよ!」
掴まれていない左足で、叔母ちゃんの顔を蹴った。
「ゴフッ」
笑ってた叔母ちゃんの顔が、歪んだ。
でも、力加減なんて出来ない。
ただ、闇雲に蹴った。
後が無い叔母ちゃんが、
「置いてかないで、お願い。母さんが、手を離してくれないのよ!」
と必死に私の足に爪を立てる。
よく見ると、叔母ちゃんのスカートを、泡を吹いたお婆ちゃんが白目を剥いて掴んでいた。
ゴムみたいに肌に艶もなく、ピクリとも動かない姿は、まるで蝋人形のよう。
「やだ!やだ!やだ!」
私は、怖くて、怖くて、怖くて、怖くて、ただ逃げたくて、叔母ちゃんを蹴った。
何度も、何度も、何度も、何度も。
フワッと軽くなった足を、叔母ちゃんの手から引き抜くと、私は、外に向かって走った。
「お母さん!お母さん!お母さん!どこ!」
夕闇に飲み込まれる街。
オレンジ色が、どんどん濃くなっていく。
必死に目を凝らして周りを見るけど、お母さんの姿は見えない。
ピーポーピーポー
遠くで、救急車の音が聞こえた気がした。
ワォーンワォーン
それに釣られて、あちこちで、犬の遠吠えが響き出す。
「救急車、救急車、お母さん、救急車……」
お母さんは、救急車を待つと言っていた。
だったら、救急車のいる所に、お母さんも居る。
私は、音のする方に向かって走る。
けど、どんどんと家から離れて行く。
離れるほどに、心が軽くなる。
怖い場所から、離れなくちゃ。
おかーぁさーん
おかーぁさーん
高校生なのに、迷子の子供みたいに、泣きながらお母さんを探す。
おかーぁさーん
おかーぁさーん
隠れてないで、出てきてよー
おかーぁさーん
結局、真っ暗になって、お金もスマホも持っていない私は、家に帰るしかなくなった。
でも、直ぐに入るのは怖くて、近くをグルグル回る。
足が限界になって、電柱の影から、恐る恐る家を遠目で確認した。
「え?」
家の前にいたのは、救急車じゃなくてパトカー。
赤いライトがクルクル回っている。
現実味を伴わない光景に呆然としていると、ドラマのワンシーンみたいに、スーツを着た人と鑑識って書かれた腕章を付けた濃い青のつなぎ姿の人が、何人も家から出てきた。
そして
最後に出てきたのは、お母さん。
やっと、見つけた!
「お母さん!」
私は、電柱の影から飛び出して、お母さんに向かって一直線に走った。
ホッとすると、腹立たしさがわいて出てきた。
こんな目にあったのは、全部お母さんのせい!
『何処に行ってたのよ!』
そう怒鳴ってやろうと思っていたのに、
バチン
言葉を口にする前に、私は、お母さんに頬を思い切り叩かれた。
「アンタって子は!」
もう一度腕を振り上げて殴りかかろうとするお母さんを、男の人達が全員で止める。
「落ち着いでください、お母さん。娘さんも、何か事情があったはずです」
「それでも、人が二人も死んだんですよ!」
「へ?」
私は、足の力が抜けて、クタリと座り込んだ。
あぁ、やっぱり。
そんな思いが、胸に湧いた。
家から飛び出す直前、最後に見たのは、ピクリとも動かなくなったお婆ちゃんと歯が何本も折れて、顔中血塗れになった叔母ちゃんの姿。
放置すればどうなるか、頭の片隅で分かってたはず。
でも、そんなの子供の私に責任ある?
放って出て行ったお母さんがいけないのに。
でも、周りにある沢山の目が、私を非難していた。
お前が、見殺しにしたんだ。
そんな目だった。
「お婆ちゃん、天ぷらのイカを喉に詰まらせたんだって。○○ちゃんは、貴女が蹴り殺したのね?」
「殺すつもりなんて・・・」
「でも、助けなかったわよね?」
なんで、そんなに意地悪を言うの?
それでも、母親?
本当なら、庇うところじゃないの!
芽生えた怒りでお母さんを睨みつけた。
でも・・・・・。
警察官に両脇から腕を掴まれた私を
じっと見つめるお母さんの目元に
皺が寄った
え?今、笑った?
ねぇ、笑ったの?
警察に捕まるんだよ、私。
なのに、笑った。
その時、やっと気付いた。
お母さんの目尻に
泣き黒子なんて
あったっけ?
私、『お母さん』の事を何も知らない。
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