【完結】名無しの物語

ジュレヌク

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第一話婚約者変更と自由への脱出


「やはり、こちらを貰おう」

私の婚約者になるはずだった人は、顔合わせの日、妹を指差し、こう言った。

スラリとした体つきに、質の良い濃紺の三つ揃いを着こなした姿は、紳士とは、こうあるべきだと示したかのように完璧だった。

しかし、その口ぶりは、抑揚がなく、端的で感情がない。

肌のハリ、髪の艶、目の大きさに、鼻筋の通り方。

彼の美の評価基準に、人間としての内面が入る余地はなく、ただ、正確に容姿の美しさだけを見定めている。

今日、彼は、迎えに来たのだ。

自分の花嫁になる娘を。

その相手が、私から妹に代わっただけ。








「嫁に行ってもらう」

突然嫁げと命令されたのは、2週間前。

父が手を出した新興事業が大失敗して、膨れ上がった借金を、帳消しにしてもらうための婚姻だった。

会ったことすらない彼に嫁げば、この家から出られる。

しかし、また、新たなしがらみに囚われるのは目に見えていた。

私が求めているのは、そんな仮初の自由じゃない。

でも、いざ妹を選ばれると、『質草の価値すら無い』と言われた気がした。

確かに、妹は、美しい。

小さな顔に大き過ぎるくらい綺麗な瞳が付いて、髪は艷やかで癖がなく、真っ直ぐに腰元まで下がっている。

後妻として来た愛人が、連れて来た異母姉妹。

婿養子の父と愛人の関係は、母と結婚する前からだったと、庭師とメイドが噂していた。

これも、貴族には良くある話だ。

何せ、貧乏男爵の次男だった父も、母にその美貌を見初められ、侯爵家に売り払われたのだから。

先に付き合っていた義母が、日陰の女に甘んじたのが、愛の為なのか、金の為なのか。

元々、貴族ではない彼女は、もしかしたら、最初からソレ狙いだったのかも知れない。

貴族の男にとって、外で女を囲う事は、犬猫を飼うくらいの重みしか持ち合わせていない。

複数人囲い込まず、正妻が死ぬまで家庭内に引き込まなかっただけ、父は、誠実な方だ。

ただ、父の妹への執着は、側から見ていても薄気味悪かった。

肌にねっとりと絡みつくような視線をいつも妹に向けていて、実の親が子に向ける慈しみとは一線を画していた。

自分が失ってしまった美への渇望は、時として、狂愛に似ているのかもしれない。

そんな父にとって、この展開は、全く望んだものではなかったはずだ。

今も、愕然とした顔をしている。


「それでは・・・約束が」


それまでヘラヘラ笑っていた父が、急に顔色を悪くして、義母に視線を向けた。

彼女は,ツンと鼻を上に向け、全く父を見ようともしない。

金の切れ目が、縁の切れ目。

既に、2人の間の愛情も、綺麗さっぱりなくなってるようだ。

一方の妹は、彼女が持っている一番良い服を着て、化粧も完璧に施し、胸を張って立っていた。

私に勝てたことが、よほど、嬉しいのだろう。

頬を染め、緩やかに口角を上げ、今までで一番嬉しそうな顔をしていた。

下町育ちの妹は、全く礼儀がなっていないが、黙って立っていれば、人形の様に美しい。

なんの変哲も無い茶色い髪の私には、見た目で敵うところなど、一つもなかった。

ふと目に映ったのは、妹の髪飾り。

それは、私の母の形見で、唯一手元に残ったものだった。

昔、父が自分に贈ってくれた初めての品だと、母が、嬉しそうに見せてくれた。

初めてで最後だったことは、それ程重要ではなかったらしい。

安物な上に、特に思い入れがあった訳では無かったが、なぜか今日まで守ってきた。

母の馬鹿馬鹿しいほど純粋な恋心を、哀れと思ったからかもしれない。

でも、それも、今日で終わり。

全てのことが、呆気なく終わりを迎える。  

物事の終焉など、こんなものかもしれない。


「では、話は、無かったことにするか?」


最後通告を突きつけられ、父は、両手を組んで、神に祈るような仕草を見せた。

私の記憶が正しければ、彼が何かに祈ったのは、これが初めてだ。

母の葬儀ですら、微かな笑みを浮かべていたのに、珍しいこともあるものだ。


「それだけは、ご容赦を」

「なら、この娘を貰っていく」


元と言って良いのかどうか分からないが、私の元婚約者が、妹の婚約者になったらしい。


私は、21歳。

妹は、16歳。

旦那様になる方は、45歳。



34歳の義母との方が、釣り合う年齢の人物だが、見目もよく、お金持ち。

この家に残ったとしても、金目の物は売り払われて、メイドも全員辞めている。

嫁いだ方が良い暮らしが出来るだろう。

義母も、妹に付いて行くようだ。


「お父様、私は、大丈夫です。家の為、立派に勤めを果たします」


しおらしい台詞を吐いた妹が、父に、満面の笑みを向けた。

それ以上、何も言えなくなった父は、足元から崩れ落ち、床に這いつくばってしまった。

歳を取り、美しさも損なわれ、髪が薄くなった父。

心の支えすら無くして、この後、どう生きていくのだろう。

はしゃぐ妹と、楽しげに笑う義母を横目に、私は、静かにカーテシーをしてから、自室に戻った。

がらんとした部屋。

クローゼットの中には、着古した服が三着。

緊張による息苦しさを我慢しながら私は、クローゼットを開けて、床に膝をついた。


ガコッ

ガサガサガサ


羽目板を外し、敷き詰めてあった新聞紙を取り除く。

中から出てきたのは、巾着袋に入った金貨が3つ。


「ハァハァハァ」


緊張のせいか、大して動いてもいないのに、息が切れた。

しかし、私に許された時間は、短い。

妹と義母は、自分達の支度が終われば、必ず私を探す。

それは、確信とも言えた。

みすぼらしい私を嘲笑い、恵まれた場所に行く自分達を見せつけたいのだ。

私は、巾着袋をボロの旅行鞄に詰め込み、上から、服を突っ込んだ。

窓の外は、夕闇。

家の中は、妹と義母の荷物を運び出すので、騒がしくなっている。

私は、足音を潜め、裏口からそっと抜け出した。
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