【完結】名無しの物語

ジュレヌク

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第三話メッキの幸福、狂気の至福

レトロと言えば言えなくもない古風な柄の壁紙。

天井から垂れ下がる明かりは、とても細かな細工がされてて豪華だけど、少し暗い。

用意されていた私の部屋は、妻の部屋と言うより、貴賓室のような重厚さと生活臭のなさが印象的だった。

一人部屋にしては、大きい気もする。

さっきまで一緒にいたお母様も、何故か居ない。

階段を上がってくる途中、振り返ったら居なくなっていた。

大きなお屋敷だから、迷ったのかしら?

私は、ずっとそばに付いているメイドに声をかけた。


「ねぇ、お母様は?」

「何の事で、ございましょう?」


抑々も、覇気もない声。

なんだか、お姉様を思い出して気味が悪くなる。


「お母様の部屋は、別なの?」

「申し訳ございません。主からは、お嬢様のお世話をするよう申し付けられておりますので、他のことは分かりません」


それから、部屋に来るメイド全員にお母様の事を聞いたけど、首を傾げるばかりで、答えてくれない。

まるで、最初からお母様が存在していないみたいな扱い。

私は、急に不安になった。


「やっぱり………お母様に会いた……」


何度目か分からない訴えをしようとする私の前に、1枚のドレスが置かれた。

薄紫の生地に、キラキラと輝く宝石が幾つも縫い付けられていて、見るからに豪華そうな一着。


「お召し物を、こちらに変えましょう」

「え?これ、私の?」

「もちろんでございます、お嬢様」


その時、少しメイドが微笑んだ気がした。

やっと人間らしい感情が見えたことで、ホッとしたのと同時に、ここまで傅かれる事に喜びを感じた。
 

「先に、湯あみをしたいわ。汗をかいちゃったもの」

「直ぐに、ご用意致します」


そこからは、何もかも、私の思い通りだった。

甘い物と言えば、完熟の果物が出てきたし、喉が渇いたと言えば、果実水が運ばれてきた。

湯浴み後にマッサージを受けて、髪を梳いて貰い、あのドレスに袖を通す。

艶やかな紫の生地には、金の刺繍まで施されていた。


「わぁ、素敵……」



私の抱えていた不安は、一瞬にして消し飛んだ。


「こんなに素敵なドレス、初めて!」


鏡の前でクルリと一回りすると、腰のあたりに余裕がありすぎて、少しだけ気に入らない、


「あれ?ちょっと、サイズ大きい?」

「それは……お姉様が来られる予定でしたので」

「あ、そっか!直してもらえるよね?」

「はい、今夜にでも、全てお直し致しましょう」

メイド達は、クローゼットに入っていた沢山の服を全部持っていった。

凄く楽しみだけど、最後まで辛気臭かった彼女達の顔が、妙に気になった。

仕事のし過ぎかな?

私、優しいから、旦那様にお休みあげてってお願いしてあげてもいいよ。

その代わり、これからも、ずっと私をお姫様扱いしてね。












メイドの中でも年嵩の女が、目の前に立ち一礼した。

しかし、私は、書類に視線を落としたまま顔すら上げない。

何故なら、彼女には、もう、私の視界に入る価値がないからだ。


「あの子の様子は?」


聞いてみたものの、答えは、大体想像できる。
 
それでも、多少の変化があれば面白いと思った。


「部屋にも、衣装にも、満足された様子です」


メイドは、もう口に馴染んでしまったセリフでつらつらと答えた。

私の選択眼に、間違いがないからなのか、ここに来た者は、ほぼ同じような反応を示す。

しかし、今回は珍しく、呼んでもいないのに図々しく同行して来た者が居た。

玄関を入り、娘にピタリと付いてきた母親は、階段を登る直前の曲がり角で、口にハンカチを押しつけ別部屋で隔離している。


「母親のことは、少々気にしていました」

「それも、数日だろう。あぁ言う欲望に忠実な子は、自分の事しか考えない」


それを見定める為に、忙しい中、わざわざ出向き、面談を行うのだ。

親が資金繰りに困ったのも、全て私が裏から手を引いたことだと言えば、驚愕するだろうか?

知らせるつもりは、さらさらないが、もし知ったとしても、馬鹿な親を持ったことを運命と思って受け入れてもらうしかあるまい。


「衣装のお直しも、申し付けられました」

「あぁ、新しく買い直すことも無い。前の子の服をそのまま与えれば良いい」


ドレスの豪華さに目をくらませて本質を見ないと、あの服が何度もお直しされたものだとは気づかないだろう。

スカート部分の裏を返せば、所々擦りきれているし、縫い付けられた装飾は、ガラス玉だ。

決して、騙してるのではない。

真実を伝えていないだけだ。

通常の連絡事項を終えると、メイドは、唯一の想定外である者への対処を私に質問してきた。


「母親の方は」

「任せる。なるべく早く放り出せ」

「かしこまりました」


メイドを下がらせ、私は、葉巻に火をつけた。

煙を吹き出すと、自然と口元が緩んだ。

今日連れ帰った子は、どれだけ保つだろう。

頭の中は、空っぽそうだが、兎に角、見た目が良い。

先ずは、絵師に姿絵を描かせて、地下室のコレクション部屋に飾ろう。

歳をとって、見目が悪くなってしまう前に、十枚は欲しい。

それを眺めながら、酒を飲むことが、私の至福の楽しみだ。

絵の中の子達は、永遠に、歳を取らない。

あぁ、そう言えば、妹の名前すら聞いていなかった。

まぁ、気にする程の事でもない。

どうせ、呼ぶ事も、ないのだから。

それよりも、姉の方の名前を聞いておけば良かった。

あの瞳は、良い。

己の信念を貫く強さと、強靭な精神力を宿している。

きっと、いつの日か、のし上がるだろう。

最後に見せたカーテシーも、侯爵家令嬢に相応しい出来栄えだった。

長年研鑽を積み培った礼儀作法は、自然と身体から滲み出るものだ。

家族に恵まれなかったことが、哀れだとは思わない。

もっと悲惨な例など、この世に履いて捨てるほどある。

ただ、あの姉は、自らの手で悪縁を断ち切り、世界へと飛び出して行った。

その勇気の一つまみでも父親が持ち合わせていれば、こんなことにはならなかっただろう。

女としては、イマイチだが、右腕にしてやっても良いと思える程の逸材だ。

無理やり2人まとめて連れ帰ることも出来た。

だが、ふと、気になった。

この地味で目立たない姉が、羽化した蝶のように飛び立つ姿は、さぞ美しいのではないかと。

きっと彼女なら、泥水を啜ってでも生き延びるだろう。

また、いつか会おう。

それまで、君の妹が、私の婚約者でいるかどうかは、分からないが……。
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