【完結】捨てられた侯爵夫人の日記

ジュレヌク

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計算高い女狐 Side幼馴染ロベリア


ハイドランジアは、私にとって金のなる木だった。

男爵家に生まれたものの、生活は平民よりも苦しい。

何故なら、必ずと言っていいほど高位貴族からの横槍が入るから。

実家の畜産物加工品も、新しい技術を開発すると直ぐにアリのように権力を傘にきた者が寄ってきた。

でも、幼馴染だったハイドランジアに不満を言うと、次の日から、ソイツらが姿を消した。

更に地位の高い者が庇護していると知って、手を引いたんだと理解するのに時間は掛からなかった。

決してハイドランジアのことを嫌いなわけじゃない。

好感は、持っている。

でも、全てが自分好みかと言われると、首を横に振るしかない。

男臭すぎる顔つきに、無駄に大きな体。

抱きしめられると、潰されそうな圧力で息が苦しくなる。

でも、彼に優しくすればするほど、うちの家は他の貴族達から手を出されなくなった。

自分が彼の恋人なのだと思われていることを逆手に取って、更に事業を有利に進めた。

実際に大人の関係になったのは望んだことではなかったけれど、想定内で、拒否するほど嫌なことでもなかった。

でも、今、この立場が脅かされている。

妻の危篤を聞き、本宅に帰って以来ハイドランジアが帰ってこない。

何度手紙を送っても、使いの者は、返事すら貰えず、


「大丈夫。すぐ帰るとおっしゃっていました」


としか言わない。

それが本当なのか、気を使った使いの者の虚言なのかすら分からない日々は、私の心を蝕んでいく。

両親からは、なぜ彼との子供が出来ないのかと再三聞かれた。

妻との間に子ができなければ、もしかしたら自分達の孫が次期侯爵になるかもしれないと夢見たのだろう。

たとえ、それがもし叶わくても、男爵家の跡取りにすればいい。

でも、何度体を重ねても、子供が出来る気配はなかった。

もしかしたら、どちらかに問題があるのかもしれないと思い、自分だけ調べてもらったが、結果は、白。

ならば、責任はハイドランジアにある。

種無しなのだと、本人は知っているのだろうか?

あちらに子供ができて捨てられる危険性は無くなったが、確実な絆も得ることが出来ずに、気持ちは宙ぶらりんのまま。

いつか、見た目も衰えてくれば、簡単に妻を捨てるような男は、きっと私も切り捨てるだろう。

その日を少しでも遅くするべく、私は、思いつく限り彼にとって心地よい言葉を吐き続けた。

彼の侯爵という地位に、縋っていたと言ってもいい。

だからこそ、愛や恋ではなく、ハイドランジアに帰ってもらわなければ困る。

業を煮やした私は、彼の屋敷に行くことにした。

しかし、侯爵家は、私を目の敵にする者ばかりと言っていい。

たとえ貴族の間で愛人を持つことが普通であったとしても、ハイドランジアは、三年も本宅に寄り付いていなかった。

決して私が無理矢理そうさせたわけではないけれど、原因の一つである私に嫌悪感を抱いているのは仕方ない。


「はぁ……本当に、無駄に大きな屋敷よね」


巨大な正門は、見張り番が両脇に立っていて、そうやすやすと中に入れてくれる雰囲気じゃない。

仕方なく、裏に回り生垣の隙間から中を覗いてみる。


「あっ………」


そこには、東屋で休息をとる美しい女性がいた。

遠目に見ても、スタイルの良さが際立っている。

折れそうな程細い腰。

握りこぶしほどの小さな顔。

結い上げた髪の毛は艶やかで、細めた目元には色気がある。

これが子供だと馬鹿にしていた本妻なの?

今、私に勝てるものはある?

三十になったハイドランジアは、男盛り。

しかし、二十五を超えた私は、今更結婚相手を探せる年でもない。


「何か御用ですか?」

「ひいっ」


突然背後から声を掛けられ、私は、腰砕けになった。

ヨロヨロと地面に座り込み、声の主を見上げる。

太陽を背に立っているのは、この屋敷のメイド服を着た女。

さっき見た本妻とよく似た顔をしているけど、もっと厳しい目をしている。


「門番を呼んだほうがよろしいですか?」


暗に、役人に突き出すと言っているようなもの。


「い、いえ。大丈夫です。どうぞ、お気になさらず」


私は、生まれたての子牛のようにガクガクと足を震わせながら立ち上がった。

そこから、どう帰ったのか覚えていない。

ただ、気づいた時には日は完全に沈み、月明かりに照らされる居間で一人泣いていた。

多分、いや、確実に、ハイドランジアは帰ってこない。

彼は、蛹が蝶になるように、美しく成長した新妻に恋をするだろう。

そして、盛りを過ぎた花のことなど忘れて、彼女の周りに侍るのだ。


「短い春だったわ……」


自分が、絶世の美女でないことは分かっていた。

どんなに化粧をしても、あの若妻に敵うはずもない。

権力をかさにきた商売は、その庇護から外れた時に傾くのも早いだろう。

金があることに慣れきった両親は、努力することを忘れてしまった。

あんなに一生懸命頑張っていた商品開発も、もう何年も滞ったままだもの。


「ふふっ、人のことは言えないわね」


私も、同じ。

ハイドランジアがもたらした富を、まるで自分が作り上げたかのような錯覚に陥っていた。


『何もできない小娘が』


父に代わって商いの先頭に立ち始めた頃に言われた言葉だ。

今思えば、的を得た感想だろう。


「もう『小娘』でもなくなってしまった私は、一体何者なのかしら?」


不貞腐れたように呟いて、私は、ソファーの上で目を閉じた。

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