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第七話無駄なイケメン
しおりを挟むマックスとの婚約を結んでから、シャーリーは、ブリリアント男爵家に週二回は顔を出している。マックスは、日曜以外仕事漬けなのだから、会えるのは良くて週一だ。
では、何故週二回通うのかというと、
「お邪魔いたします、お義母さま」
「ふふふ、やはり、女の子は、いいわ」
マックスの母ルビー・ブリリアント男爵夫人を喜ばすためだ。息子五人を育て上げた人とは思えないほど、ほっそりとした美しい人。年齢を聞いても、にわかに信じられないくらい若く見える。
実は、彼女は、現在の国王陛下の末娘で、本来なら顔すら一生見られない天上人だった。側妃の娘で、子沢山の陛下の子供としては、15番目に生まれた。
側妃が三人いるとはシャーリーも聞き及んでいたが、まさかここまで子供が多いとは思っていなかった。
ルビーは、この儚げな見た目で、なんと学生時代に貧乏男爵の跡取り息子ラグドールと恋に落ち、どうしても諦めきれず授かり婚に踏み切った女性だった。
当時は、勿論、大騒動。結局、王籍から抜け、他の男爵家の養女になってから嫁ぐ事で決着がついた。シャーリーの父ジャックも、当時のことを良く知っている。血筋の確かさが、この婚約の追い風になったことは言うまでもない。
ただ、王家からは、今後一切ルビーに援助はしないと声明が出されている。
「だから、もう『王女』ではないのよ」
と微笑むルビーを、シャーリーは、メチャクチャ男前だなと思っている。
ルビーもまた、女だてらに商会を束ね、孤児院での教育活動を続けるシャーリーを可愛いだけじゃない切れ者だと思っていた。
貴族の女性らしくない二人は、その『らしくない』所に惚れ込み合って、相思相愛となっていた。
ルビーは、シャーリーに初めて会った日から、『お義母さま』と呼ぶ事を強要した。
「呼んでくれないと、泣いちゃうんだから」
流石に元王女に逆らえるわけもなく、シャーリーは、大人しく『お義母様』と呼ばせて頂いていた。呼ぶ度に、満面の笑みを見せるルビーを見て、
『余程、娘が欲しかったんだね。』
とシャーリーの胸もホッコリとした。
そして今日は、そのお義母様をもっと喜ばせる為に隠し玉を連れてきたのだ。
「さぁ、二人とも、ご挨拶を」
シャーリーがルビーの前に並ばせたのは、
「シャラ(サラ)でしゅ」
「マリャ(マリア)でしゅ」
双子かと見紛う三歳の女の子達だった。ちゃんとペコリと頭を下げるあたり、躾が行き届いている。
この子達は、シャーリーのお勉強教室に通う生徒だ。とてもお行儀の良い子達だから、安心して連れてきた。
プクプクしたホッペに、プルンとした唇。可愛い以外の何者でもない。
「まぁまぁまぁまぁ、なんて、可愛いの!」
ルビーのテンションも爆上がりし、メイド達も、必要ないのに全員集まり小さな訪問者に笑顔を向けていた。
「先ずは、何をしようかしら」
いそいそと裁縫道具を取り出すルビーは、本当に嬉しそうだ。
実は、刺繍が得意な彼女は、男の子しか生まれなかった為、その力量を発揮することができなかった。そこで今回、孤児院の女の子達に、手仕事を覚えさせる為に先生になってもらう事にしたのだ。
直ぐに大作など作れるはずもないが、作品を見せてもらえるだけでも、習おうとする意欲が違ってくる。
「おくしゃま、これは、なんでしゅか?」
「これは、鳩の図柄ね。平和の象徴なのよ」
「きれいねー、シャラ」
「きれいねー、マリャ」
微笑み合う二人の子は、実は、同じ乗合馬車の事故で、両親を亡くしている。教会の運営する孤児院で生活しているが、いつかは、独り立ちしなければならない。
事故当初は、二人、抱き合って泣いてばかりだったが、今日の二人を見て、シャーリーは、二人の明るい未来が見えた気がした。
シャーリーがブリリアント男爵家を訪れてから四時間後、夕日が空をオレンジに染め始めた頃に、
「シャーリー様!」
突然マックスがルビーの部屋に飛び込んできた。
「これ、マックス、部屋に入る時は,ノックくらいしなさい」
普段から落ち着きのない息子を嗜めるルビーの両脇には、小さな子供が驚きで目を見開きながら座っていた。
しかし、シャーリーの姿が見えず、マックスは、ガックリと肩を落とす。
「滅茶苦茶頑張って、仕事終わらせたのに……」
仕事を超特急で終わらせ、屋敷に帰って来たのだろう。何をしてきたのかは分からないが、マックスの頭には、蜘蛛の巣やら枯れ葉やらが絡み付いていた。
「母さん。シャーリー様は?」
「その前に、謝罪は?小さなレディ達に失礼よ」
ルビーが両手で小さな子供を引き寄せると、
「ふふふ、レデーでしゅって、シャラ」
「ふふふ、レデーだって、マリャ」
と両手を口に当てて嬉しそうに笑っていた。その愛らしいやり取りに、マックスは、目を細めて微笑んだ。
「ごめんね、レディのお二人。ところで、シャーリー様が何処にいるか知っているかな?」
マックスに問われ、サラとマリアは、ピンと背中を伸ばして淑女風に、
「「ちゅーちゅーよ」」
と答えた。
「ちゅーちゅー?」
「ふふふ、ちゅーちゅーじゃなくて、厨房」
首を傾げるマックスに、ルビーが正解を教えてやる。
「厨房?」
「貴方が、昔、配給をくすねて食べていたクッキーを作ってくれるって」
「母さん、言い方」
「本当の事よ。ねー」
小さな子供達に同意を求める母親に、マックスは、困り顔を浮かべる。しかも、
「おくしゃま、くしゅねるって?」
とサラ達まで興味を懐きだしたので、かなり旗色が悪い。
「そこの、お兄さんに聞いてご覧なさい」
「おにいしゃん、くしゅねるって?」
純粋な目を向けられ、居た堪れなくなったマックスは、後退りして部屋から出ると、パタンと戸を閉め厨房へ走った。
厨房の入り口まで来ると、中から、
「ほぉ、ローズマリーをですか」
と感嘆する料理長の声が聞こえてきた。
「そうなんです。庭で育てているのを少し入れるだけで風味も増しますし、ちょっと高級そうに見えません?」
「ははは、そりゃいい」
気難しいと定評のある料理長の楽しげな声に、マックスも驚く。余程、シャーリーを気に入ったのだろう。
「教会のバザーでは、売れ筋だったんです。だから、今、習い事教室でも、おやつ作りの時間に、子供達自身に作らせているんです。そしたら、作って売れるでしょ?」
シャーリーは、父であるジャックに『商魂逞しい』と評されている。簡単で格安で、でも付加価値をつけて、少しでも高く売れるようにする。たしかに、相当なやり手だと言えよう。貴族のお嬢様より、断然、商会の女主人の方が似合う女の子なのだ。
「良い匂いですね」
一応、一声掛けて厨房に入ると、振り返ったシャーリーと目が合った。
彼女は、目を見開き、固まったと思うと、フラァ~と倒木のように倒れていった。
「ちょっ!!」
マックスは、スライディングすると、床にぶつかるギリギリの所で、シャーリーを抱き止めた。
「あぁあ、ダメですよ、突然顔見せるから。無駄なイケメンは、罪作りですね」
シャーリー付きのメイドが呟いた言葉だけが、妙に厨房に響いた。
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