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第十話稲穂と菜の花
しおりを挟む「ごめんなさい」
「スコット、これ、謝って済む問題じゃねーからな!」
「マックス、じゃぁ、どうすりゃ良かったんだよ」
「反省しろ!反省!お前、今日、晩御飯抜き!」
庭で、ラビナを竜巻で空中に巻き上げたスコットは、今、兄弟達に取り囲まれていた。
「やーい、やーい、ごはん抜き~」
末っ子のキリックは、いつも偉そうにする兄に、一矢報いることが出来ると、楽しそうに踊りながら、スコットの周りを練り歩いている。
「キリック!お前、後で、覚えとけ!」
スコットが、獲物を狙う猫のように歯を見せて威嚇すると、キリックは、立ち止まり、お尻を突き出し、左右に振って煽りまくった。
「ったく、やめとけ、キリック!スコットは、根に持つと執念深いぞ」
流石に見かねた次男のサックスが、キリックの首根っこを掴むと部屋から放り出した。
「はぁ、ったく、で、ラビナは、どうしたんだ?」
「知らない」
平然と答えるスコットに、マックスは、こめかみを押さえる。
「どーすんだよ、訴えられでもしたら」
この騒ぎのせいで、シャーリーとの婚約に水をさされたらたまらないマックスは、頭を抱えた。
そこに、長男のシャルトが至極冷静な声で、
「大丈夫だ。気を失ってたから、そのまま家に送り届けた。」
と言いながら部屋に入ってきた。。
「塀を潜って入ろうとして、途中でつっかえて、気絶してたところを助けたと言ってある」
「そんな言い訳、信じるとは思えないけど」
「不法侵入は、不法侵入だ。一応、渡す前に、警邏隊に突き出すのと、どっちが良いですか?って聞いおいた。顔を真っ青にしてたから、訴えられることはないだろう」
皆には言わないが、シャルトは、以前ある誓約書にドワンゴのサインを貰っている。それを盾にすれば、あちらも強くは出られないのだ。
シャルトは腕組みをして椅子に深々と腰をかけると、床に座るスコットを冷ややかに見下ろした。
「まぁ、今回、スコットの気持ちも分からなくはない。だが、やり方が悪い。やるなら、分からないようにやれ」
腕白な弟達を、腕力と頭脳と腹黒で抑えてきた長男らしい物言い。彼なら、目撃者皆無で、完全犯罪でもしそうだ。
「はぁ・・・しかし、このまま引き下がるタマでもないだろう」
皆、マックスがため息をつく理由もよく分かっている。長年、ラビナに苦しめられてきたブリリアント男爵家は、彼女の執念深さを身にしみて分かっている。ルビーは、最初に家に入れたのが自分だからと、ずっと気に病んでいた。
娘が欲しかったルビーにとって、小さな女の子は、ただただ、可愛がりたい存在だった。
領地の災害で、背に腹は代えられず借金をした事で、更に状況が悪化した時も涙ながらに謝っていた。
今回、マックスの支度金で、やっと完済出来て解放されたと思ってた。
だが、話は、そう簡単なことではないようだ。マックスへの執着心が、そうそう無くなるとも思えない。
「ま、なるようにしかなるまい。それより、お客様も母さんも、きっとお待ちかねだ。晩御飯を食べよう」
シャルトが号令をかけると、兄弟達が一斉に立ち上がった。
「はーい」
1番に手を挙げて走り出そうとするスコットの頭を、シャルトがアイアンクローする。
「スコット、お前は、飯抜きだろ」
「シャルト兄さん、そこを何とか!」
縋り付こうとするスコットをシャルトは足蹴にして、さっさと出て行った。床に転がるスコットを起こす者は、一人もいなかった。
食事が始まると、兄弟達は、ラビナの事などすっかり忘れてしまった。何故なら、
「おいちぃねー、マリャ(マリア)」
「うん、おいちぃねぇ、シャラ(サラ)」
子供用のワンプレートに綺麗に盛り付けられたディナーを、サラとマリアが、拙いながらもフォークとナイフを使って食べていたからだ。その愛らしさたるや、この世の可愛いを全てかき集めてきたかのようだった。
皆の目が優しくて、二人を連れてきたシャーリーも、とても温かい気持ちになる。
ただ、気になるのは、
「マックス様、なぜ、他の皆様も紙袋を?」
目の前の男性陣が、揃いも揃って紙袋を頭から被っていることだ。
「食べにくくありませんか?」
目と口元だけハサミで切った茶色い紙袋から、よく似た輝く瞳が8つ覗いている。こう見ると、口元もよく似ていることに気付いた。
「シャーリーちゃん、気にしないで良いのよー。一日に三度もシャーリーちゃんが倒れたら大変。根源は絶たないと、食事を美味しく頂けないわ」
ルビーの言葉に、
『たしかに、イケメンカルテット(四重奏)を前に食事するのは厳しいかも。』
と内心思うシャーリーだが、ふと、
『ん?あれ?カルテット?一人足りない?』
と気付いた。
「お義母さま、スコット様は?」
質問すると、ブリリアント家の皆が、一斉にシャーリーを凝視した。
「え?分かるの?」
マックスの問いに、シャーリーは、首を傾げる。
「何故、分からないと?」
「俺達は、五人兄弟だけど、年子な上に、パーツはよく似てるから、五つ子って揶揄われるくらいなんです。まさか、紙袋被ってるのに、見破られるとは」
「あー、成る程」
言われてみれば、さもあらんと思うが、シャーリーにとっては、同意しづらいことだった。
「皆さま、少しずつですが、違いますわ。特に、スコット様の髪の色は、豊かに実った稲穂を連想させます」
「稲穂?」
「はい。東方のある国では、『稲』という植物から『米』という主食を穫るのです。形は小麦とよく似ていますが、その稲の穂先は光り輝く実りの色として尊ばれ、『黄金色』と呼ばれるそうですの」
ガーデニング仲間のトミー爺さんからの受け売りだが、図鑑を見せてもらって、その美しい色合いが目に焼き付いていた。
「じゃあ、俺の髪色は?」
今まで殆ど話した事が無かったシャルトから話しかけられ、少し驚いたシャーリーだが、質問に答えようと、じっくり彼の髪色を見た。
「菜の花のような、鮮やかな黄色に近く、太陽に輝く春のようです」
「春・・・初めて言われたよ。ありがとう」
他の兄弟とは違ったシャルトの低音ボイス。青年から大人へと変わる魅力がつまっていた。
『やだ、紙袋被ってるのに、鼻血が出そう。ブリリアント家、歩くリーサルウェポンね。』
シャーリーは、己の身の安全の為にも、このまま暫く紙袋を被っていて欲しいなと失礼なことを考えていた。
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