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第二十四話ポンコツ魔道士メガネを取る
しおりを挟む裁判も片が付き、マックスとシャーリーの距離も少しずつ近くなってきた。馬車に座る際も、開いていた二人の隙間が拳2個分から1個分に減った。
そうして、やっと、ある事を実行する日が来た。
「大丈夫そう?」
「は、はい」
シャーリーは、声を上擦らせながらも、なんとか答えた。目の前には、眼鏡を取ったマックス。
「やっと、素顔で会えた」
「な、長い間、ごめんなさい」
今日は、エンジェル伯爵家にマックスを招き、結婚式の日取りや招待客の選定をする予定なのだ。
最近では、ジポーノ国の桜姫や髪結が縁で仲良くなったテルルなど、親しくする人が増えてきた。
だからこそ、誰を呼んで誰を呼ばないのかを決めるのは、かなり頭の痛い所であった。
「俺の方は、このリストに書かれた10名で十分。他は、全員、シャーリーの友達でも良いよ」
ニッコリ微笑むマックスに、シャーリーは、やや背中を反らせながら、
『微笑むマックス様の眩しい事!』
と心の中で叫んでいた。
しかし、それ以上に破壊力があるのは、『シャーリー』と呼び捨てにされる事だ。つい2週間前、婚約して半年が経った日、もうそろそろ敬語を取ろうと、マックスに言われた。
「そんなの、直ぐになんて、無理です!」
必死に抵抗したが、
「それは……悲しいな」
マックスのあざと過ぎる悲しげな顔に、了承するしかなかった。
「ねえ、シャーリー」
「それでね、シャーリー」
「これもいいね、シャーリー」
一旦許すと、マックスは、彼女の名前を連呼するようになった。
『ちょっと、何処で練習してきたのよ!』
滑らかに名前を呼び捨てるマックスに、シャーリーはアワアワと焦りまくり、一人挙動不審になってる。その背後では、カサンドラが爆笑していた。
「カサンドラ、笑わないで!」
「シャーリー様、八つ当たりは止めてください」
暫く、こんな状況が続きそうで、シャーリーの胃はキリキリと痛んだ。そして、もう一つの心配事が頭を過ぎり、マックスに直接聞くことにする。
「あの・・・裁判の方は、どうなりましたか?」
「うん、時間はかかったけど、一応、判決は、下ったよ」
「どんな?」
シャーリーは、実質的被害を被っていない為、なるべく穏便に済めば良いなと思っていた。
「ドワンゴとその妻は、既に社会的制裁が加えられたとして、情状酌量。家財を裁判所の仲介を経て、適正価格で売却し、支払いが滞っていた仕事先へ優先的に渡されることになった。残りは、ドワンゴ達が受け取れる」
「ラビナさんは?」
「何故か、俺に怯えるようになってさ」
マックスは、最後に会った時のラビナの変わりようを思い出す。顔は強張り、視線すら合わせず、逃げるように去っていった。
「怯える?」
「うん。まぁ、どうでも良いんだけど、一応うちの家に関することは、不問にした。確かに、お金を貸してもらって領民が助かったのは事実だし。ただ、クイーンに対する暴行に対して、三年間、厳しいと噂の北の修道院へ預けられることになった」
「まぁ」
北の修道院と言えば、社会奉仕と神への祈りを軸に、厳格な戒律を遵守しながら必要最低限の生活をする所。
信仰心の篤いシスターは、きっとラビナに酷い事はしないはずだが、贅沢に慣れた彼女には、かなり辛い修行になりそうだ。
「その話は、もう、お終い。ここからは、俺達の話をしよう」
「あ、はい、マックス様」
「いつになったら、様が取れるの?」
「それこそ、無理です。でも・・・」
「でも?」
「結婚したら、『旦那様』と呼ぶから、不都合ありませんでしょ?」
シャーリーは、顔を真っ赤にしながらも、プイッと顔を背けて立ち上がり、庭に逃げることにした。
背後から、マックスの変な叫び声とカサンドラの爆笑が聞こえてくる。
『私だって、やられたら、やり返すんだから!』
自分も相当な精神的ダメージを受けたが、マックスに仕返しできてシャーリーは満足だった。
帰宅後、マックスは、食卓に突っ伏しながら、
「俺の婚約者が、可愛過ぎる。どうしたら良い?」
とつぶやいた。
「それ、俺に聞く?」
弟のスコットは、心底呆れ果てた顔でマックスを見た。そして、食べ掛けのサンドイッチを皿に置くと、盛大にため息を吐いた。
「ずっと、言おうと思ってたんだけどさ」
「何だよ」
「マックスって、ポンコツな」
「はぁ?」
「シャーリー様が、可愛いのも、綺麗なのも、優しいのも、素敵なのも、お前の婚約者だからじゃなくて、シャーリー様だから。それ故に、一々俺の物的アピールを弟相手にする必要ナッシング」
「なっ!」
絶句するマックスを放置して、スコットは、再びサンドイッチを食べ出した。
「最近、お前の毒舌、磨きがかかり過ぎ」
「はぁ?別に、そんなもん磨いてねーけど。それより、さっさと結婚して出てけよ。お前の部屋、俺が使うから」
ブリリアント男爵家は、年功序列。
子供部屋で一番大きな部屋は、長男のシャルト。次が、サックス。その次が、マックス。
スコットは、末っ子キリックが生まれてから、二人部屋に格下げされた。だから、ずっと、兄の誰かが独立するのを待ち続けてきた。
「シャーリー様に、結婚、半年早めてもらえねぇの?」
「彼女の卒業式まで、無理だ」
「なんでー、別に、学生結婚したって良いだろ?そんなんじゃ・・・他の男に取られるぜ」
スコット独特の、意地の悪い笑み。
マックスの焦りを見透かしているような、そんな表情に、舌打ちをした。
一方のシャーリーは、マリア達を連れて桜姫の元を訪問していた。
『しゃくりゃしゃま、こねぇこ、よしよしねー』
『しゃくりゃしゃま、こねぇこ、もふもふねー』
桜姫は、子猫を抱えて微笑むマリア達に心が癒される。未だに、滑舌の悪い子達だが、一生懸命ジポーノ語を覚えようとしてくれる事が嬉しかった。
『妾にも、触らしてたも』
『どーじょ』
『あー、まりゃ、じゅりゅいー、しゃらが、わたしゅのー』
子猫そっちのけで、争い出した二人を、後ろから来たシャーリーが抱きしめた。
『こーら、だめよ!桜姫様が、ビックリなされているわ』
『ごめんなしゃいなの、ねー、まりゃ』
『ごめんなしゃいなの、ねー、しゃら』
『調子がいいわね。あとで、おしり、ぺんぺんよ』
二人を両脇に抱えたシャーリーは、叱りながらも、愛おしそうに、マリア達を見つめている。
桜姫は、その様子に母を思い出した。妹が出来て拗ねてしまった彼女を、苦笑しながらも優しく抱きしめてくれた。
『舎利(シャーリー)、妾も抱きしめて良かろうか?』
『二人をでしょうか?』
『其方でも、良いぞ』
『まぁ』
シャーリーは驚きながらも、マリア達を桜姫の両側に据え、両手を大きく広げた。
『『わーーーーーい』』
マリア達は、桜姫の両腕を取ると、そのまま3人一緒にシャーリーの腕の中に飛び込んだ。
ポプン
ギュッ
シャーリーの腕に抱きしめられ、桜姫は、その暖かさに目を閉じた。
『あぁ・・・母上と同じじゃ』
優しさに包まれ、桜姫は、懐かしさにポロリと涙を落とした。
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