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第二十六話唯一無二のウェディングドレス
しおりを挟むシャーリーは、自分の為だけに作られたウェディングドレスの前で、立ち尽くしてしまった。感動で目を潤ませる彼女に、誇らしげな顔をしたグレイ商会のお針子さん達も満足げだ。
サラとマリアまで、まるで大人の様な澄まし顔で背筋を伸ばして胸を張っている。ルビーとリシーが頷き合いシャーリーを両脇から挟む様に立つと、そっとドレスの方に向かって背を押した。
「あぁ・・・なんて素敵な刺繍なの・・・」
裾から腰に向かって無数の小さなフランネルフラワーが一針一針丁寧な仕事で刺繍されている。どんな王族でも、きっとこんなに真心の籠ったウェディングドレスを贈られることはないだろう。
シャーリーは腰を屈め、一つ一つの花を、指でなぞった。立体的な図柄は太陽の光で陰影を生み出す。その上品で清楚な雰囲気は、上質な生地の光沢をより一層気品高いものにしていた。
「シャーリーしゃまー、ここ、マリャぬったのー」
「ここは、シャラよー」
小さな指が他と比べてやや不揃いな花を指さす。たった3歳の子供が、自分のために縫ってくれた。二人の手を取ると、指先に針を刺した時に出来た小さな赤い点が残っている。
「痛かったでしょ?」
「マリャ、へーきー!」
「シャラだってー!」
ギューッと二人に抱きしめられ、シャーリーは泣くのを止められなかった。
「ありがとう、ありがとう、マリア、サラ。そして、ルビーお義母さま、リシーお母様、皆、私、幸せになるわ」
「そーよ、シャーリーちゃん!うちのマックスは貴女が居てくれないと唯の役立たずになっちゃうの。ビシッと教育してやって!頼んだわ」
拳を振り上げるルビーに、皆が笑った。そして、何故か最後は
エイエイオー
とお針子さん達までが腕を振り上げていた。
マックスは夜遅くまで、最近古代遺跡で見つかった遺物の調査に時間を費やしていた。
やっとの事で一区切りつけ帰宅しようと外門を出ると、そこにはジャックに付き添われたクイーンが腕を組んで仁王立ちしていた。
「アンタ、指輪は用意したの?」
開口一番、先制パンチを受けた気分だ。実に痛いところを突いてくる。チラリとジャックを見ると、両手を肩のあたりまで上げて
「お手上げだろ?」
とウィンクした。男にされても嬉しくもなんともない。
結婚後の長期休暇をもぎ取る為、ほぼ無休で働いているマックスは、結婚指輪を買いに行く時間がなかった。今、喉から手が出るほど欲しいものと聞かれたら、エンゲージリングと叫ぶだろう。
「ショボい指輪じゃ、許されないからね!」
ドン!
クイーンは右足で地面を踏みつける と、親の仇を見るような目でマックスを見てくる。
「クイーン、何でお前いっつもそんな偉そうなんだよ。おい、ジャック、お前の奥さん怖すぎるぞ」
「そこがいい所なんだって」
男二人、今まで口でクイーンに勝った事はない。小さい頃、雁首並べて何度説教されたことか。
顔を引き攣らせるマックスに、クイーンは手を突き出して不敵に笑った。鷲掴みにされているビロード張りの小さな箱は、どうやらジュエリーケースらしい。
「アタシが用意してやった。金に糸目は付けてないよ!」
「立て替えたの、俺な!分割でもいいから、全額返してくれ!」
ジャックがマジでキレ掛かっているのを見ると、相当な額のようだ。
「マジ、やばい額だから!」
顔を引き攣らせ、ジャックはマックスを拝み出した。
「頼む、払うと言ってくれ」
「就職一年目の新米に払える額なのか?」
「そりゃお前が死ぬ気で功績収めりゃ、なんとかなんじゃねーの」
マックスは背中に嫌な汗をかいた。
『百戦錬磨の商売人ジャックがビビりまくるブツって、国宝級じゃないのか?』
聞くのも怖いが、相手は待ってくれそうにない。
「聞いて驚け、見て拝め!これぞ、シルバーグレードラゴン討伐でその体内から取り出された『ウスニビの魔石』だ!」
パカッと開けられた箱の中には、灰色の石が付いた明らかにショボい指輪が入っていた。
「・・・これ、どう見ても石コロだよな?」
突っ込むマックスの頭にクイーンの棍棒が振り下ろされた。紙一重で避けた彼は彼女の溢れる殺気にドン引きだ。
「ストップ!ストップ!クイーン、結婚前にマックスが死んだらシャーリー様が泣くぞ!」
第二打を振り下ろそうとしていたクイーンをジャックが後ろから抱きしめた。
「マックス、謝れ!」
「すんませんでしたーーーー!」
ジャックの雄叫びに、マックスは地面に平伏して謝った。
「この『ウスニビ』ってのは、ジポーノ語で、薄い灰色を表す以外に『ウスノロ』って意味がある!」
ジャックは未だに暴れようとするクイーンを羽交い締めにしたままで、胸ポケットからなんとかメモを取り出しマックスに渡した。
『薄鈍(うすにび)』
この文字はシルバーグレードラゴンを討伐したジポーノ国出身のS級ハンターが書いたものだ。
「シルバーグレードラゴンは、敵の動きを極端に鈍く出来る魔力を持っている。その素がこの魔石だ」
敵の時間の流れだけを遅くする事が出来ると言えば分かりやすいだろうか。敵がどれだけ素早く動こうが、シルバーグレードラゴンの前では止まっているように見えるのだ。
「敵の動きを鈍らせれば、逃げるのも戦うのも楽だ。意味分かるだろ?」
シャーリーは、今輝くばかりの美しさと聡明さで、女学園だけでなく社交界でも噂の的だ。今まで見向きもしなかった貴族共が、こぞって目を光らせ始めている。このままでは、どこでどんな危険に遭うか分からない。
「シャーリー様がこの指輪を持てば、限りなく安全に生活できると思わないか?」
ジャックとクイーンは、この魔石の話を噂で聞いて血眼になって探した。やっと見つけたハンターは、もう虫の息だった。
その男は魔石を手放す代わりに、法外な値段を吹っかけてきた。赤の他人なのに、最後まで面倒を見てくれた若い娘にやるのだと言う。
愛しているのかと聞いたら『口に出すと減るだろ』と悲しげに笑っていた。その事に、つい同情してしまった。
足元を見て買い叩いても良かったが、結局、ジャックの私有財産は今回の支払いで底を尽いてしまった。それでも、大恩人シャーリーの身の安全には代えられない。
「一応、対の指輪に仕立てたが、台座はお粗末なもんだ。結婚指輪にはあまりにも見劣りするから、後々変えてくれ」
ジャックは、クイーンにしがみついたまま、早口で予め考えていたセリフを吐いた。とにかく、それだけは伝えなければと思っていたのだ。
小さいながらに腕力だけは強いジャックに絡みつかれて、クイーンは、明らめたように棍棒を投げ捨てた。
「あーー、ったく!ジャック!そんな強くしがみ付かなくても、もう暴れやしないよ!」
クイーンが、両手をバンザイして降参の体勢をとった。ジャックは少し名残惜しそうに離れてた。マックスさえ居なければ、いつまでも引っ付いていたことだろう。
「ハーーーッ」
大袈裟なため息をついたクイーンは、チラッとジャックを振り返った後、再びマックスを睨みつけた。
「その指輪、使いこなせるかはアンタ次第。魔力を流しゃすぐ分かるってよ」
カツカツとヒールを鳴らして、クイーンはマックスに近づくとトンと奴の肩を軽くど突いた。
「ほら、早くやんな!」
「どこのマフィアだ!」
嫁の度を越して荒っぽいセリフに、ジャックはツッコミを入れた。
しかし、そんなやり取りよりも、マックスは、眼の前の小さな石から漂う怪しげな気配に顔を引きつらせていた。
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