【完結】灰色の天使、金の魔法使いを婿に迎える

ジュレヌク

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第三十八話『お守り』の効果

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 これは、シャーリーが何も知らぬまま終わっていった、ある事件のお話。

 一人の少女が、

『何故、こんな事になってしまったの?』

温かい食事を前に、この数分間のことを振り返っていた。

 彼女は、一人の女性を拉致する為に、フローラ国に潜入した元奴隷の工作員だ。標的の名は、シャーリー・エンジェル。

 フローラ国の、頭脳、容姿、人柄と三拍子揃うと噂の御令嬢は、その噂が隣国にも伝わっている。

 珍しい髪色を逆手にとって、ヘアーメイクの一大流行を作り出した事でも有名になった。

 それを聞きつけた少女の主人が、拉致してこいと言い出した。

 七十も超えたジジイが、十七の娘を欲しいなんて反吐が出る。

 しかし、奴隷だった頃に買い取られ、工作員として育てられた彼女は、主の命令に背けば命がない。気乗りしないまま、シャーリーが運営に関わると言う孤児院に入り込む事にした。

 母国の孤児院なんて、人の住む場所じゃない。家畜のように酷い扱いだと知っているだけに、なかなか門を叩けなかった。

 すると、

「おねぇしゃん、どーちたの?」
「うちに、ごよーでしゅか?」

妖精のように愛らしい小さな子供に声を掛けられた。

「えっと・・・あなたたち、ここの子?」
「しょーでしゅ。どーじょ、おはぃりくだしゃい」
「どーじょ、どーじょよー」

 両手をサイドからチビッコに掴まれ、少女は、孤児院へと一歩足を入れた。

「え?」

古いけれども、綺麗な室内。
奥から、笑い声が聞こえる。

「クイーンねぇーしゃん、おきゃくしゃーん」
「おきゃくしゃーん」

 幼児の声に反応するように、隣の部屋から、長身の女性が出てきた。少しお腹が出ているところ、妊婦のようだ。

「ん?誰だい?」
「あ、あの、私、行くところがなくて」

 本当は、十六歳だが、幼少時に栄養が行き届かなかったせいで、彼女の身長は、十歳児くらいしかない。

 出来るだけ哀れな空気を装って、上目遣いで見上げると、目の前に屈んだ女性の顔があった。

「ヒッ」

 突然のアップに、思わず後退りする。

「あんた、腹減ってんだろ?こっち、来な!」

 名前を聞くわけでも、素性を探るわけでもなく、さも当たり前と言った感じで食堂へと連れて行かれた。

「誰か、この子にご飯を出してあげな!」
「はーい」
「あと、風呂に入れて服着替えさせて!部屋は、空きあったよね?」
「はい、ありますー。お風呂は、食後ね。服も置いとくから」

 この孤児院に入って、ものの数分で、湯気の立つ料理が少女の前に置かれた。

「食べて良いんですか?」
「誰か、食べちゃいけないって言ったかい?」

 クイーンと呼ばれる女性は、優しい眼差しを私に向け、汁の入った椀をこちらに押してくる。

「ほら、食いな」

 少女は、スプーンを持った。
 でも、食べる事が出来なかった。

「うぇ・・・うぇ・・・」
「何泣いてんだ。冷めちまうよ」

 温かな食事なんて、食べた事がなかった。優しくされたことも、生まれてから一度もない。

ただ、人を殺す訓練や、拉致した人間の心の折り方ばかり繰り返し教えられてきた。

「ねぇーね、ふーふーしようか?」

「ねぇーね、パン、ちぎろーかぁ?」

 舌ったらずなくせに、世話をしようとする小さな子供が、ハンカチで少女の涙を拭く。

『あぁ、どうしてこんなことになってしまったの。』

工作員としての彼女の心は、グラグラと揺れていた。


 その3日後、

「貴女が、ネーネちゃんね」
「あ・・・はい」

標的のシャーリー・エンジェルが孤児院を訪れた。新入りの挨拶は恒例行事らしく、応接室にはシャーリーと彼女しかいない。

 ネーネと言うのは、渾名だ。チビッコが、『ねぇーね(姉)』と呼ぶから定着してしまった。

「良かったら、これも一緒に食べましょう」

 渡されたのは、紙に包んだクッキー。

「ちゃんと、外の皆にも渡してあるから、安心してね」

 廊下では、チビッコだけじゃなく、ここの子供全員が集まっていて、廊下はぎゅうぎゅう詰めだ。本当は、中に入ってきたいのを、必死に我慢している。

 少女は、差し出されたクッキーを受け取りながら、部屋の構造を確認した。ここで眠らせれば、窓から庭に出て、裏口から逃走する事も可能だろう。

『外には、仲間が潜んでいる。やるなら、今しかない!』

 しかし、手の震えが止まらない。
 もし、シャーリー・エンジェルが消えれば、チビッコは、きっと泣き叫ぶだろう。クイーンは、身重なのに、ショックで大変な事になるかもしれない。

 最悪な状況ばかり浮かぶなか、少女が生きる道は、これしかなかった。
 意を決して、気付かれぬように、強力な睡眠薬を盛る。

カタカタカタカタ

 カラカラに渇いた喉を潤す為、震える手でカップを持った。同時に、シャーリーもカップを持ち、口元に運んだ。

ゴクリ

「あら、いつもより甘いかしら?」

 頬に手を当て、首を傾げる。効き目が出るまで、3秒。

 しかし・・・

「そのクッキー、私が、焼いたのよ。私の分は、こっち!」

 鞄から、もう一袋出してきて、

サクサクサクサク

リスのように食べる。

サクサクサクサク

ゴクゴク

サクサクサクサク

ゴクゴク

『何で、倒れないの!!』

 少女がガン見する前で、シャーリーは、全てを食べ、全て飲み干した。

「もう一杯、いただける?」
「ヒッ・・・は、はい」

 この日、シャーリーは、お茶を三杯飲んだ。
 そして、最後まで眠らなかった。
 
 まさか、シャーリーの胸元で揺れる指輪に掛けられた魔法が、薬の効果を無効化しているなどとは思わない。
 理解が追いつかない少女は、結局、何もできぬままシャーリーのお見送りに参列することしかできなかった。

 彼女は、玄関先で皆に見送られているシャーリーを遠目に見つめ、ため息を吐いた。

『なんで、あの薬が効かなかったの?アレ、一滴で丸一日眠り続けるのよ?三滴も飲ましちゃったけど、死なないわよね?』

 理由がわからないまま、作戦は、中止になった。

「シャーリー様、また、来てねー」

 沢山の子供が、彼女を何重にも取り囲んで別れを惜しんでいる。皆、シャーリーに夢中だし、シャーリーも、子供達の対応に忙しい。

 だから、少女以外誰も気付いていなかった。木の上に人間が潜んでいる事に。ソイツの手には、銃が握られていた。

「あ!危ない!!!」

 少女は、思わず走り出した。もう、がむしゃらに。

『マリア!サラ!クイーンさん!』

 心の中で、皆の名前を呼ぶ。彼女に出来ることは、盾になることだけ。

 そして、シャーリーと子供達を庇うように前に立ちはだかった。

バン

 現実味を伴わない軽い音が聞こえ、視覚で捉えきれない弾が真っ直ぐこちらに飛んでくる。

『終わった。』

そう思ったのに、

ドォン

何かに弾き返された弾は、もっと威力を上げて、狙撃者に撃ち込まれた。

「へ?」

 敵が後へ吹っ飛び木から落ちていくのを見て、少女は、固まった。

『ちょっと、あれなに!途方も無い距離、ふっ飛ばされてるんだけど!』

 パニックの少女以外、皆、見慣れた光景のようだ。何事もなかったかのように、シャーリーにまとわりついている。

「あーあ、また吹っ飛んだねー」

 クイーンが、ゲラゲラ笑いながら、少女の肩に手を置いた。

「シャーリー様のお守りは、威力強すぎなんだよ」

 その夜、シャーリーの婚約者が贈った『お守り』が、下手をしたら世界征服レベルのヤバさなのだと教えられた。

「だから、シャーリー様を無闇に襲っちゃ駄目だよ」

 クイーンに頭を撫でられ、少女は、唇を噛んだ。

『きっと、何もかも、気付かれていたんだ。』

 あの温かい食事を与えられた時に、きっと、悲壮な顔をしていたのだろう。追い込まれた人間からは、ただならぬ気配がするものだ。

「子供はね、大人を頼って良いんだよ。アンタの仲間、追い返しておいたから。安心して、ここで暮らしな」

 少女は、ここに来てから泣き虫になった。今日も、ハンカチが、3枚は必要だった。
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