【完結】灰色の天使、金の魔法使いを婿に迎える

ジュレヌク

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第三十九話超特急

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 ジョンの帰宅が、いつも以上に遅かった。シャーリーとリシーは、何か不都合な事が起きたんじゃないかと、眠る事もできずに待っていた。

「大丈夫ですよ、奥様、お嬢様」

 カサンドラが、ほんの少しブランデーを入れた紅茶を出してくれる。

「良い香りね。カサンドラ、ありがとう」

 カップを受け取り、思い切り湯気を吸い込むと、少し体の力が抜けた気がした。

 ほぼ、結婚式の準備は整った。あと三日もすれば、教会で式を挙げられる。

 ただ、婚姻届が受理されない場合、ジポーノ国から、シャーリーの後宮入りを打診されれば断る術がない。

「シャーリー、震えているの?」

 リシーが、シャーリーを抱きしめた。怖くてたまらない娘は、溢れた涙を母に拭ってもらう。

「あぁ、神様、どうかシャーリーをお助けください」

 リシーの祈る声も、震える。刻々と時間は進み、時計の針が午前四時を指した。

 ジョンは、もう今日は、帰ってこないかもしれない。
 そう諦めかけていた時、

カツカツカツカツカツ

廊下を走る音が聞こえた。

「通ったぞ!」

 扉が開き、ジョンが興奮気味に飛び込んでくる。手には、法務局が印を押した婚姻届の写し。

「アイオライト殿下が、強力に後押しして下さった。後で、お礼を言うんだぞ!」
「はい!」

 シャーリーは、喜びのあまり、ジョンに抱きついた。

「ありがとう、お父様!これで、一安心ね!」
「あぁ、それなんだか・・・」

 口籠るお父様を不思議に思い、見上げると、なんだか困った顔をしていた。

「お父様?他に何か?」
「シャーリー、落ち着いて聞け」
「はい」
「結婚式は・・・明日だ」

え?

明日?

明日?

明日?

プツン

シャーリーは、久しぶりに気絶した。



「ちょーちょっちゅーよ(超特急よ)、マリャ!」

「ちょーちょつちゅーちてゆもん(超特急してるもん)」

「じぇーんじぇーん、ちょーちょっちゅーとちゃうもん(全然超特急ちがうもん)」

「シャラこしょ、ちゃうもん!」

 プンスカ怒りながらも、必死に手を動かすサラとマリア。最低でも、後二日あると思っていたのに3時間でベールを仕上げろと言われた。

「アンタ達、喋ってる間があったら、手を動かす!」

 クイーンは、パンパン手を叩いて、檄を飛ばした。孤児院に、エンジェル家からの使者が来たのは、午前四時過ぎ。

『今日の昼には、式を挙げさせたい』

 早馬に乗ってきたのは、何と当主のジョン・エンジェル自身。彼が言うには、港に配していた見張り役が、ジポーノ国の船を目視したと言う。
 早ければ、昼前には着岸するだろう。

『港から使者が馬車に乗り、王都に着くまでに半日。夕刻までが勝負だ』

 婚姻届は受理されたが、国交の重要性を考えると、無理矢理引き裂かれることも考えられる。

『ジポーノ国は、処女性を重視すると聞く。夕方までに、初夜にさえ持ち込めば、他の男の子供を孕む可能性のある女を後宮に入れることはないだろう』

 臆面もなく、朝っぱらから処女だの初夜だのほざくジョンに、思わずクイーンが一発蹴りを入れたことは、公然の秘密だ。

「ったく貴族は、面倒なのよ!さっさと既成事実作りゃいーっつーの!皆も、そう思うでしょ?」

 クイーンの問いに答える者はいない。全員、自分の抱えた仕事をやり遂げるだけで精一杯だ。

唯一、

ポコポコ

賛同する様に、胎児が母の腹を蹴った。



「穴があったら、入りたい」
「穴に入られたら、着替えさせられないんで、馬鹿言わないでください」

 真っ赤になって顔を手で覆うシャーリーの髪を、カサンドラは、むんずと掴んでガシガシ櫛を通していく。

「カサンドラ、痛いわ!」
「痛みで羞恥を忘れられるなら、安いもんでしょ!」

 『夫婦になる』と言うことが実際どう言うことなのか、やっと理解したお馬鹿なシャーリーは、目を覚ましてからずっと身悶えている。

「そんなんじゃ、バージンロードも歩けませんよ!」
「バ、バージンとか、言わないでよ!」

 過剰反応も良いところだ。後半年もすれば、十八歳。世の中には、もっと若くして結婚して、子を成す女性は山ほどいる。
 今更純情ぶられても、カサンドラも仕事がやりにくい。

「結婚しただけじゃ子供が出来ない事くらい知ってるでしょ!」
「し、し、知ってるけど、知らないわよ!」

 シャーリーがアタフタ手足をバタつかせるから、余計手間取る。

「ジッとしてろ!」

 カサンドラが怒鳴りつけると、シャーリーは、シュンと肩を落とした。そのまま有無を言わせず準備を進め、全て飾り付けが終わったのは、午前11時。

 ここから教会まで、馬車で十分。なんとか、間に合わすことに成功した。

「カサンドラァ」
「何ですか?お嬢様」
「お、お」
「お?」
「お手洗い行きたい」
「マジがぁーーーーー!」

 カサンドラの叫び声にリシーとマックスが飛び込んできた。

「きゃー、シャーリー、綺麗だわ!」
「あぁ、俺は、何て幸せ者なんだ。こんな綺麗な人が、妻になってくれるだなんて」
「ふ、二人とも、騒ぎすぎよ。それに、お、お、お・・・に行きたいの」

 ハッキリ言えずに、モジモジするシャーリーに、リシーもマックスも、可愛い、可愛いと大盛り上がり。

1分

2分

3分

 我慢して沈黙したが、とうとうカサンドラの堪忍袋の緒が切れた。

「テメェら・・・・出て行きやがれーーーー!」

 やっと二人を追い出して、シャーリーがスッキリしたら、時計の針は11時半を示していた。

「お嬢様、これ以上何か言ったら、私、何するか分かりません」
「ごめんなさい」

 それから式が始まるまで、新郎新婦は、無言を貫き通した。
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