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13穢れなき姫君の歌声

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 朱い……朱いなぁ。
  V22オスプレイのフロントウインドウから差し込んでくる落日の光をぼんやりと眺めながら、俺は一仕事終えた満足感に浸っていた。
 異世界で見る夕日も、地球で見るものとそうかわりはしない。
 右手の操縦桿からは、無骨な機械の感触が伝わってくるし、目の前にはグラスコクピット化した最新鋭の液晶ディスプレイが機体の状況を的確に伝えてきている。
 夕日に違和感が感じないのは、異世界の空を飛んでいても、この身に触れているのは自分が見知った世界だからなのか?
 そんな風に感慨にふけっていた神殺しの俺なのだが、左隣に座った猫耳モコが耳障りにキャンキャン喚いていた。
「どうするニャ! こんな黒色火薬もろくに開発されてない世界で『核の炎』ぶちかましやがったニャ。しかも、神とは言え拘束した女一人惨殺するためにッ! 外道ニャ。鬼畜なのニャ」
 隣で喚かれるからうるさいが、猫耳モコよ、それは俺を褒め称えているのか?
 一方、左後部座席でしおらしく座っているリィナも、若干青い顔をしているが、まあ彼女も戦場はいつも凄惨であることを知るいい機会だったことだろう。
 その僅かに膨らんだ胸元には、白い守宮ヤモリが張り付いている。
 麻服越しに柔らかな丘に力なく乗っかかるその様は、清廉な巫女が薄汚れたビッチ女神に堕ちていたことに未だショックが抜け切れていないように見えるが──そんなことはどうでもいいからその場所乳の上、俺と変われこの変温動物がッ!
 そんな欲望ホンネをクールな表情で隠しつつ、俺は端的に今回の闘いを締める。
「戦いはいつも非情なものだ。それを輪廻は原子レベルで崩壊することによって俺に教えてくれた」 
「いきなりお前が綺麗に纏めようとするにゃあ!」
 おお! 良いぞ、なかなかに見事な切り返しだ猫耳モコよ。 
 そんな風に、闘いを終えた後の和やかな空気が流れる中、それは突然やってきた。 『……戦術用の軽量級とはいえ、まさかこの世界で核を使うとはね。このボクの予想以上に奇抜な異邦者のようだ』
 ──なんだとッ?
 俺は思いっきり動揺した。
 コンソールのスピーカーから無線通信で声が聞こえてきたからだ。
 確かにこの機体の無線機は本物とまったく同様に機能する。
 だが、無線は受ける方だけでは会話はできない。
 送信側が同様にこの機体のものと同規格の無線機器を所持してなくてはならない。
 しかも、この機体の無線機は軍事用のデジタルで、複雑なスクランブル暗号化技術を有する、盗聴が極めて困難な代物である。
『ん? あれ、もしかして聞こえてないかな~。もしも~し』
 おいおい……『もしもし』って、かつて日本に電話が初めて引かれた頃に『申します申します』と言って送信したことが、後になまって広がったものだぞ。いいのか、異世界人。いや、もしかして無線の相手は俺と同じ── 『あー、ボクはキミとは違ってこの世界の生まれさ』
 こちらの考えを読まれた! 「なんなんだニャ? この男の声は無線なのかニャ?」
「……この声は!」
 同乗していた女性陣が怪訝な声をあげ始める。 
『ボクは君の考えを読んだのではない。会話や状況を使って、君の思考を誘導したまでさ。それにしても君はツレないな……。よし、こういうのはどうかな?』
 次の瞬間俺は、体を冷たい暴風が容赦なく吹き付け、胃の中のものがせり上がってくる感覚に陥った。
 なんだ? おい! ウソだろぉッ!
 手のひらに感じていた無骨な操縦桿の感触や、長時間乗っているには堅すぎるシートの感触が消えて、俺はシートに座った格好のまま自由落下をする。
 支配者の玩具箱ロード オブ トイボックスで召喚してたV22オプスレイの機体が光の粒子になって消失していたのだ。
 当然俺を含め、乗っていた三人と鱗畜生の1匹が、異世界の高空に投げ出されて落下し始めていた。
 まともに呼吸すらできない暴風の中、俺はとっさに静かなる矛盾サイレント パラドクスを発動、時間停止でなんとかその場をしのぐ。
 時を停止すると、すぐ隣の猫耳モコや後部座席にいたリィナはすでに気を失っていた。
 白い関西弁野郎はこの際どうでもいい。
 さて……どうするか?
 それほど長い時間を停止することはできないし、たとえこの場に新しい航空機を呼び出しても、機内にどう収容すればいいのか。
 パラシュートは?  だめだ! 
 核爆発から逃げるため距離を優先して飛行していたから、高度がとれていない。
 この高さではパラシュートは無理だし、気絶した二人も助けられない。
 思い悩む俺、不意にその耳元に生暖かい息づかいとともに聞こえないはずの声が飛び込んでくる。
「ふむ……。一応仲間をどう救うか考えるだけの人間性はあるのか」
 心臓が胸腔から飛び出すのではないかと思った。
 慣れない空中でなんとか体をひねれば、その男の姿を視界にとらえることができた。
 全身白いタキシードに、長くクセのない金髪、俺よりはるかに背の高い男だ。
 ガチムチというほどではないが、肩幅もがっちりしていて見るからに『脱いだら凄いんです』といった雰囲気を醸し出している。
 そして、人を見下したかのような微笑をたたえる口元以外、その男の人相は完全には覗うことがかなわない。
 なぜなら、男の鼻から上を銀色のけったいな仮面が覆っていたからだ。
「なぜだ?」
 俺はつい疑問を短くはき出していた。
 発動した時間停止は未だに有効だ。
 現に、俺たち以外に動くものはなく、落下も吹き荒れる暴風も止まっているのだから。
 それなのに、なんでこの男は動けるのか?
 まさか、この後に及んで『マッチョなクセして精密な動きを可能とするチートな星の白金さん』が描かれたカードとか出てくるわけじゃないよな? オイッ!
「その目は、ボクの持つカードの絵柄に興味津々といった感じだね。だが、ボクのカードには何も書かれていないんだ」
 男はそう言うと、胸元に吊したパスケースの様なものを俺に見せた。
「真っ白……?」
 透明なパスケースに収まったカードは真っ白だった。
「そう……君の持つ『黒のカード』と対をなす『白のカード』。浄土の姫君プリンセス オブ エデンさ……。その効果は──」
 男は言いながらカードを自分の口元に持ってきて軽く唇に触れさせる。
 その瞬間、再び俺を自由落下の責め苦が襲いかかってきた。
「全てのカードの効果を消滅させる、穢れを知らない姫君の歌声さ」
 暴風の中、これ見よがしに近づいてきて耳元でささやきやがる仮面野郎。
 寄るな、顔近いぞ、耳に息を吹きかけるな! 気持ち悪いんだよこの野郎ッ。
 というか、今のはアレか?
 どこぞの不幸とかほざくクセにめちゃくちゃいい思いしている野郎の右手か、そのカードは。
 そんなの、完全に反則だ……チート通り越してまさに神以上さんの御技だぞ、コラッ。
 などと妙なツッコミ入れている場合じゃないが、不意に俺を襲っていた不快な自由落下の責め苦が和らいでいく。
「ああ、このままゆっくりと浮遊落下を楽しんでくれたまえ。徐々に落下速度は減速していくから」
 どうやら、この仮面野郎が俺たちの体に何か術のようなものをかけて、パラシュートよりも安全に地上に降りられるらしい。
 さっきの白いカードの力で、俺のカードが呼び出したV22オスプレイや、時間停止を無効化したのは分かる。
 だが、おかしいぞ、おい。  一度は空に投げ出して殺そうとしてなかったか? それなのに何で助ける?
 その白いカードが全てのカードの力を無効にするなら、てめえが今使ってる力は何なんだ?
「一体どういうつもりだ? あんた、何者だよ?」
 簡潔に相手に問いただせば、仮面野郎はむかつく微笑を浮かべ、スッと右手を動かし、俺の後ろを浮遊するリィナを指さした。 「ボクの本当のターゲットは、彼さ……」
 仮面野郎は、突如冷たい殺気とともに、指先から青白い光を射出した。
 その青白い光は、劈く轟音を放ちつつ一直線にリィナ……の隣で一匹空中を舞っていた白いヤモリを貫いていた。
壁白虎ピー・パイフー!」
 凄いな俺、中国語の発音できたぞ……って、白いヤモリが真っ二つに。
「そいつは、トワノ・リンネの守人ではないよ。彼は二百年前に亡くなっている。そいつは……」
「クカカカカッ……」
 真っ二つになって絶命しているはずの白いヤモリが、不気味な濁った高音で笑い出す。
「この世界を救ったはずの四柱の神を狂わせた張本人、魔龍帝・ガープ。そいつはその使い魔だよ」
 仮面野郎が何気に超展開な真実をさらりと告げ、とどめの一撃を放ち、ヤモリは不気味な断末魔の声とともにその場から消えた。
 その声に反応してか、リィナが目を覚まし、うつろな視線を仮面野郎に向けると……これまた驚きの一言を漏らす。
「スギター兄さん……」
 おい、てめえら兄弟だったのかよッ!
「うむ……久しいな、我が賢く貧乳な妹よ。さて、ボクはこれから秋葉原に行って猫耳メイドのレアさんとフィーナさんにおいしくなーれのおもてなしを受けに行くから、今日はここまで。ああそうだ、この先あと2柱の神が残っているが、もう殺すしか彼らの神魂は救われないから、じゃんじゃん殺っちゃてかまわないよ」
「な、ひ……貧……乳ッ……このッ、変態兄貴、殺すぅ。今すぐ殺す」
 リィナさん、キャラ変わってますよ。
 いやいや、スギターとかいうこの仮面野郎、今、秋葉原に行くとかのたまってなかったか?
「フハハハハッ……変態紳士道を極めてこそ、この浄土の姫君プリンセス オブ エデンがまともに発動するのさ。そうそう、このカードは、他のカードが生み出す魔力を根こそぎ食い尽くすんだ。そうして得た魔力がカードの法具オプションであるこの仮面、原初の女神ティアマトに流れ込み、思い通りの魔法を生み出すのさ。だから、ボクが使っている力はカードのものとは若干異なるので打ち消されないし、思い通りの奇跡を起こせる。便利だろ?」
「それは、もう目も当てられないほどのチートだな……」
 さすがの俺も開いた口がふさがらないレベルだ。
「でも、一つだけ例外のカードがある。そう、君の『黒のカード』さ。その名は昏き深淵の帝王カイザー フォン シュバルツシルト。漆黒の穢れが超重力と魔力を無限に生み出し、魔導の超重力炉ブラックホールと化す規定外のカードだ。これを君が発動するには、条件がある。そのカードの文字はかすれているのではなく、君にはまだ使いこなせないというステータス表示のようなものだよ。まずは、そのカードのオプション──『黒の法具』を手に入れるんだ。それを装備したとき、君は黒のカードを操るする」
 なにやら悦には入って解説じみた話をしだした、目の前の仮面野郎。
「狂った神々を倒した後、二百年前に隕石に潜んでこの世界にやってきた魔龍帝ガープとその配下の魔導師を倒さなくてはならない。それにはボクの白のカードと君の黒のカードの力が必須だ。君がその力に目覚めることを祈りつつ、ボクは異世界……ああ、君にとっては故郷の街で萌えを探求することとしよう。これも、ボクの経験値を上げるためには絶対に必要なことなんだ。では──」
 なにやら重要そうな言葉を羅列し、仮面野郎は突如空間に亀裂を作ってその中に消えていこうとする。
「おい、待て」
 どうでもいいが、やたらと重要かつ後々大変そうで申し訳ない的な台詞を投げ捨てていく金髪仮面野郎に、このまま投げっぱなしでいくなと、是非とも一発ぶん殴りたかったのだが……。
 こともあろうに──奴は最後にとんでもない一言を置いていきやがった!
「君が最高の魔法少女になれる日を楽しみにしているよ」
 遠いどこかで、誰かの高笑いが聞こえた気がした。

  ────────────  作・駿河防人
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