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——俺はグズグズと崩れゆく自分の腕を、何処か他人事のように眺めていた。
なんだこれは?
俺は時を止めて攻撃したはずだ。
カウンターなんてできる筈がない……

「万物は流れ去る。ご苦労だった。君の黒のカードは私が有効活用しよう。」

「ぐぁぁぁぉぁぁ! 痛てえええ‼」

「品の無い声だ。死ぬときぐらい静かに逝けんのかね? 何故貴様などが黒の勇者に選ばれたのか甚だ疑問だな。まあ、良い。カードは本来の所有者たる私の元へ辿り着いた。これであの白い仮面に勝てる。くくくくく。ははははははははは!」

男の哄笑が森に響き渡る。
が、痛みに悶える俺の耳には届かない。

糞が。

糞が。糞が糞が糞が糞が糞が糞が糞がクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソ!
俺が! 俺が最強なのに! 最強でなくてはいけないんだ! 殺してやる! お前を殺してやる! 何故だ、何故こんなことになりやがった————

薄れゆく意識の中、俺は立ち去るマトリシカの背を睨み続けた。
そして、視界が周りから中心にかけて闇に覆われていくのを感じ、そして意識を失った。



————きて、起きてにゃ!
遠い遠い遥か上空から、聞き慣れた猫耳少女の声が聴こえる。

俺は死んだのであろうか?
たしか、マトリシカとかいう糞魔術師と戦いを余儀なくされて……

「————‼」
俺は自分の絶叫に目を覚ました。
これほど心臓に悪い目覚め方はあるだろうか?

「う、腕……ある、あるよな」
自分の腕を確認するように、俺は虚空の彼方に手を伸ばした。

——俺、負けたんだよな……
霧に包まれた空も、既に青空へと変わっている。

「やっと起きたのかにゃ?」
青空を遮るように見慣れた猫耳少女の顔が逆さに映る。
それは傷づいた俺の精神を癒すのに十分なものだった。

「あぁ、ちょっと寝てただけだ」

俺は冷たい草の上から体を起こした。
背中が冷たい。

「なんでまだ森の中にいるにゃ? ご主人とモコは何時間も走って森を出たはずだにゃ!」
モコは状況が呑み込めず、声を荒げている。
まぁ、無理もない話だ。
俺自身もずっと幻覚の中で踊らされていたのだから。

「モコ。今から話すことは俺らの異世界人生に関わる超~重要な話だ。落ち着いて聞いてくれよ」
俺はいつになく真面目な顔をした。

「なんにゃ? 急に真面目くさくなるにゃんてご主人様らしくないのにゃ」
熱でもあるのではないか、と俺の額に手を当てる。

「真剣に聞け! じゃないと猫鍋に……」
「猫鍋はやめるにゃ! それだけは例えこれからの人生に関わってもにゃ!」
猫鍋という単語にモコは後方へと緊急回避している。
これだけの速さで動けるなら歩兵でも少しは戦力になるような……

とにかく、それは後で考えよう。

「モコ。超~~~~簡潔に説明しよう。くそジジイに黒のカードを奪われた!」
俺は全ての説明をはしょり結末だけを伝えた。

と、モコは顔面蒼白でフリーズしている。

「おーい! なんか固まってるけど大丈夫かー」
俺はモコの顔の目で手を振ってみせた。
と、死人に魂が返ったかのように顔面に血が戻る。

「今なんて言ったにゃ? 多分、モコが聞き違えたにゃ」
「黒のカードが奪われた。 しかも糞に」
状況が呑み込めないモコに俺は即答した。
そして、自分で奪われたという事実を述べながら、あのくそジジイに負かされた自分に無性に腹が立った。

自分が一番でなくてはいけない。
一番でなくては何も手に入らない。
それどころか大切なものを失ってゆくことだってある。
俺はそれを生前に学んだ。
圧倒的な力の前には、ありとあらゆるものが捻り潰されるのだと……

俺は俯く顔を上げた。
視界に映るのは、再び顔面蒼白になって小刻みに震えているモコだ。
そんなモコを見なくても今の状況のヤバさくらいは自分でもわかる……

だが、そんな逆境があってこその俺最強伝説。
俺をコケにしやがった奴は片っ端から捻り潰し、屈服させなければならない。
それが前世の繰り返しにならない方法だ!

「モコ。俺はカードを取り返しに行くがお前はどうする? 今回だけは町に戻っておとなしくする、という選択肢をやる。相手が相手だ、俺の『静かなる矛盾サイレント パラドクス』が通じなかったんだからお前を無事に返してやれる保障はない……」
俺はモコの安全が確保できないであろう今回の状況に選択肢を与えた。
モコはその選択肢を聞き、俯いた。
そして、いつもと少し違う低い声で言った。
「一人で行って勝てるにゃ……?」

モコのその重々しい言葉に、俺は喉を詰まらせた。

「正直わからねぇ……相手の能力が分からないことには対策の立てようもない……圧倒的に不利な状況で後手後手に回るのは見えてる。だから、お前に選択肢をやってんだ! 黒のカードを奪われたのは俺自身の責任だからな」
俺は言いにくいが現状の不利さを正確に教えた。

が、モコは答えた。
「ご主人は一人で行って、一人で死んだら、その後モコをどうするつもりにゃ? カードもなく、何の力もないこのプリティーなモコがどんな目に合うかなんて目に見えるのにゃ……」
「————」
「正直、モコはショックだにゃ……ご主人様がモコを置いていこうと考えているにゃんて……」
俺はモコのその言葉に胸を締め付けられた。

「でも——」
「『でも』じゃないにゃ! かっこつけて一人死にに行くのは反則にゃ!」
「————」
返す言葉も出ない……
ただ、モコの言っていることが正論であるのだろう……

「失う覚悟の無い者に得られるものは何もない……か……」
俺は小声で呟いた。

そして、決意を固めた。

「モコ。そこまで覚悟決めてんなら、あのエセ魔術師の野郎をぶっ飛ばすの手伝ってくれるか?」
手を差し出して、モコに問いかける。

「多分、俺一人じゃ、あのジジイに勝てない。俺があいつに勝つには情報が少なすぎる。だから、俺があいつに勝てるよう、手を貸してくれないか?」

「もちろんにゃ! ご主人の後ろをこそこそしてるにゃ!」

「後ろでこそこそってなんだよ! 戦力にならなかったら猫鍋だからな!」
俺は力なく笑った。

「猫鍋は勘弁にゃ!」
異様なほどの反応でモコは自分の身を守る。

俺はそんなモコの行動に思わず噴き出した。

何故かわからないがモコもクスクスと笑っている。
俺の態度の変わりように笑ったのだろうか?


ひとしきり笑い終えると俺は本題へと戻った。
「じゃあ、いっちょ仕返しと行きますか!」
俺は気合を入れ直した。
後ろでモコも同じように気合を入れている。

こうして、俺とモコは黒のカードを取り返すために、四転王序列第二位のマトリシカ・ギュースタンへのリベンジへと向かった。

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執筆 天音

「人生を諦めた俺は異世界で修行することに・・・」を連載してます。
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