猫になった悪女 ~元夫が溺愛してくるなんて想定外~

黒猫子猫

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再婚のススメ

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 気高い女王が猫になり、書類と戯れているという摩訶不思議な光景に、臣下たちが軒並み悶えているなか、扉がノックされて、侍従がやってきた。

 侍従から用件を耳打ちされたルベウスは、彼を傍に控えさせると顔をしかめた。そして、不思議そうにしているディアナに視線を向ける。

「…………」
『なによ』

 ディアナの言葉は変わらず聞こえている。だから、ずっと聞けなかった彼女の想いを、また知りえる機会でもある。意外にも彼女が自分を認めてくれていた事を知ったルベウスは、ジェミナイら周囲の者も不思議そうな顔をしているのを見て、答えた。

「……実は最近、貴族たちから再婚を勧められているんだ」
「それはまた……」

 いい度胸だ、と言いかけて、長官は口が過ぎると思ったのか黙った。しかし、彼の部下達は揃って不快感を露わにしている。

 なにしろ、ディアナの身体はまだ生きているのだ。

 無論、詳細を知るのは、この場にいる重臣や魔術師達などの限られた者で、表向きは『危篤』という状態がずっと続いている。

 女王はもうもたないだろう、と貴族たちは思い、次期国王と目されているルベウスに取り入ろうと躍起だ。自分達の息がかかった女を彼に近づけようとしたり、理由をつけて贈り物をしたりしていた。
 潔癖なルベウスは全て跳ねのけているが、それにしても彼らは諦めが悪い。

 一同は、揃って渋い顔をしたが、ディアナは違った。

 ――――あの、寝室にいた子かしら……。

 再婚という言葉が彼の口から出た瞬間、胸の奥がまたずきりと痛む。自分も彼に同様に結婚を強引に迫ったから、何もいう権利などない。それでも、ルベウスの口から聞くと、何だか切なさを覚えた。

 それは自分勝手な甘えだと、ディアナはいつものように、すぐに自分の感情を切り捨てる。

『良かったわ。幸せになってね』

 何とかそう告げると、ルベウスが胸を押さえて急に呻いた。あまりにきっぱりと言われた彼は、とたんに胃がキリキリと痛んだのだ。

『どうしたの。嬉しいの? さては、胸がいっぱいなのね!?』

「……会ってくる。はっきり言った方が、良さそうだからな」

 ルベウスは全員に告げるように言うと立ち上がり、ジェミナイを伴って部屋を後にした。


 ディアナは黙って彼を見送り、その場に丸くなった。

 ――――これでいいわ……。

 新たな王になり、愛する女性を妃に迎え、幸せになってほしい。

 心からそう願っていたはずだ。だが、ここにきて眠気ばかりを覚えていた身体は、目がさえて落ち着かない。彼の邪魔をしてはいけないから、早く出て行くべきなのに、また留まろうとしている。

 自分が矛盾した言動ばかりしている事に気づき、ディアナは罪悪感を覚えた。そして、妙に居心地が悪いと思えば、真っ黒な猫が居座っているのが気になるのか、残った人々がじろじろと自分を見ているではないか。

 ――――……何よ……言いたいことがあるなら、いいなさいよ。

 そう思ったが、それこそ自分に返ってくる台詞だと気づく。ルベウスの言葉を封じ、自分の想いを口にもせず、死に向かっていった。残された人々は、もどかしい思いをしたかもしれない。

 ディアナは小さくため息をつき、立ち上がると、机から飛び降りた。すると、周囲の人々が悲鳴を上げる。不吉だと言われている黒猫が、いきなり動き出したからだろうか。

 少なからず信頼を寄せていた人々の悲鳴に、ディアナの心はまた疼いた。

 ――――……慣れていたはずじゃない……。

 居た堪れなくなって、ディアナは部屋を飛び出した。

 長官を始めとした臣下一同は、そこでようやく我に返った。魂などという不安定なものになっているだけでも心配だった彼らは、目の前で飛び降りられて、それこそ心配のあまり揃って意識が飛びそうになった。

「あぁあ……っディアナ様……どちらに!?」

 長官が慌てて叫んだが、その声が彼女に届くことはなかった。


 廊下に駆けだしたまでは良かったが、何度か角を曲がった後、すぐに疲れて足が重くなった。忙しなく行きかう人々に踏み潰されないように、片隅を歩く。

 このまま出て行こう、と思って中庭へと通じる渡り廊下へ向かったが。

『嫌な奴がいるわ……』

 足が完全に止まった。

 庭先で、数人の取り巻きと談笑するアンバルがいたからだ。違う所から出ようと、ディアナは引き返そうとしたが、ふと彼が自分に気づき、じっと見つめてきた事に気づく。

 その瞬間、悪寒が走り、全身の毛が逆立ったうえ、尻尾が爆発した。

『な、なに……!?』

 敵意や憎悪のまなざしは散々浴びてきたが、アンバルの目はそんなものを遥かに凌駕したもののように思えた。絡みつくような嫌らしい、ねちっこい目だ。

 ディアナは疲弊した足に鞭打って、駆けだした。

 たっぷりの長毛があるはずなのに、寒気を覚え、温もりを求めた。優しく包み込むような、温かな――――腕。咄嗟に何を自分が求めたのか気づき、ディアナは廊下でまた足を止めて、うなだれる。

 ――――……だめよ。ルベウスは……私が求めていい人じゃない……。

 頭で分かっているはずなのに、自制できていない自分が情けない。

 そう思っていると、部屋の扉の前で立っているジェミナイを見つけた。どうやら、ルベウスが貴族達との接見に望む間、外で控えていたらしい。

 彼はすぐにディアナに気づいて苦笑いした後、扉を少しばかりそっと開けた。ディアナは躊躇したが、『将来の王妃が何者か知っておくのも大事だ』と言い訳して、扉に近づく。

 部屋の中では、堂々と立つルベウスに対し、数人の貴族たちが鬼気迫る勢いで、『国の安定のためにも、早く決めておいた方が』と再婚を迫るような事を言っていた。

 ルベウスは黙って聞いていたが、やがて小さく頷いた。

「話は分かった。実は私は、人生で初めて心惹かれる女性を見つけた」

『……そうなのね。でも、顔と口と性格がきつくて、夫に触らせないような女は、つまり私のような者はやめておきなさいよ』

「彼女は舌鋒鋭いのに気持ちは優しくて、意地っ張りなのに、気まぐれを起こして時々甘えてきてくれる、綺麗で可愛い女性だ――――最高の結婚相手だと思わないか?」

 再婚する気があるのか。

 ディアナは絶句したし、貴族達は揃って呆気にとられた顔をした。

『……あの子、そんな面倒な女なの? ちょっと考え直した方がいいんじゃない……? みんな半泣きじゃない!』

 だが、当のルベウスは一人澄ました顔をしていて、話が聞こえたらしきジェミナイは、目が泳いでいる。そして、扉が開いている事に気づいたルベウスは、傍にディアナがちょこんと座っているのに気づき、目を和らげた。

「おいで」
『絶対嫌!』

「恥ずかしがらなくていい」
『いいえ。貴方、なんで嬉しそうなのよ。なんでそんなに楽しそうなわけ!?』

 元夫の様子がやっぱり妙だ。訳が分からない。

 ただ、ひどい寒気に襲われていたはずの身体は、今は逆に熱く感じた。
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