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4.夜会
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夜会は貴族たちの絶好の交流の場だ。
特にうら若い令嬢たちにとっては、将来の夫をみつくろう大切な機会であり、念入りに着飾ってくる。今日は国王主催の規模の大きな夜会だからなおさらだ。そのうえ有望な王子たちも参加するとあって、令嬢たちの熱の入りかたは尋常ならざるほどだった。
長い髪を念入りに結い、豪奢な飾りや宝石を身に着け、上質なドレスに身を包む。
美しい令嬢を貴族の子息たちが放っておくはずもなく、会場ではあちこちで男女の駆け引きが起こり、いっそう華やかだ。
会場にいる可憐な乙女らを、男たちに負けないくらいの熱い視線で、うっとりと見つめる人がいる。
名門ロワ伯爵家の令嬢ルイーズだ。
「私は遠路はるばる、王都に来たかいがあったわ!」
「それは何よりです、姉上」
なぜ感激しているのかリュンクスは重々承知であるが、優美な笑みを浮かべているに留める。
数時間前、ルイーズは一部の家人たちの頭をすでに真っ白にさせてきたが、リュンクスだけはそのときと変わらない。
公式の場とあって、ルイーズもリュンクスも礼服を身にまとっていた。黒を基調とした落ち着いた色合いで、華美な装飾など一切なくても、二人は美貌だけで際立っている。
リュンクスは社交の場に出るのは初めてだったが、あと半年もすれば名門を継ぐ将来有望な若者だから、ずっと令嬢たちの視線を集めていた。ただ、彼は常に姉の傍らにいたし、高位貴族の者であるため、たやすく声をかけられない。
そして、彼の傍らにいる麗人は、さらに令嬢たちを怯ませた。一瞬兄弟かとさえ錯覚する者がいたのも、無理はない。ルイーズは夜会においてもドレスなど身につけず、いつも通りの男装でやってきていたからだ。
親族や古参の使用人たちが蒼白になって『もっと嫁の貰い手がなくなる』と必死で諫めたが、ルイーズは『それでけっこう』と一蹴してしまった。若い女使用人たちは『お嬢様はこれでよいのです!』と力強く後押ししている。
実際のところ、ルイーズもよく目立った。
見目麗しい弟と一緒にいるうえ、二人ともかなりの長身であったからだ。美男子だと見惚れていた令嬢たちが、よくよく見て女性だと気付き目を丸くするのが、もう何度も起こっている。
出会いの場でもある夜会でわざわざ男装をしている時点で困惑され、ロワ伯爵家の者であるから迂闊に子細も聞けない。結果として人目を引いているにも関わらず、遠巻きにされているのだ。
中には眉をひそめ、明らかな侮蔑の視線を向ける者もいたが、ルイーズはまったく気にしていない。
女性がドレスを着なければいけないという法律はない、と開き直っているからだ。
彼女は心置きなく夜会を楽しんでいた。
「あぁあ……みんな、なんて可愛いんだろう!」
ルイーズの目は着飾った令嬢たちに釘付けである。会場にルイーズよりも長身の娘はいなかったから、全員が小柄認定だ。
「姉上に勝る女性はいませんよ」
にっこりと微笑むリュンクスに、ルイーズは真顔で頷いた。
「それはそうよ」
「でしょう?」
「私みたいな大女はまずいないもの。むしろいたら、幅を取って邪魔よ」
「では、私も邪魔ですね。陛下と殿下方に挨拶が済みましたら、早く退出しましょうか」
「貴方はいいのよ。何人か貴方と話がしたそうな女の子を見かけたわ。さっさと帰ってしまったら、もったいないじゃない」
「視線がうるさいんですよ」
優しげな笑みを浮かべ、声も大きくはない。遠巻きにしている令嬢たちは見惚れた顔をしながら、何を話されているのかしらと頬を染めている。ただ、リュンクスの声は低く冷たいものだ。
リュンクスが苛立ちを滲ませていることが、ルイーズには分かる。弟が会場に来てから、刻一刻と不機嫌になっているのは間違いなさそうだ。
「あのね。女の子には優しくと、いつも言って――」
「私が言っているのは、男の不躾な目です」
ルイーズが周囲を見回すと、慌てて視線を逸らす若い男たちが何人もいた。
彼らの頬が薄っすら染まっているのを見て、まず対象は自分ではないと判断する。こんな男装した奇異な大女に、懸想するはずがないからだ。
だから、ルイーズはそんな彼らを白い目で見ている弟を見つめ、
「貴方、昔から男の人にも求愛されていたものね……可愛すぎるのも罪だわ!」
と同情した。
「…………。姉上、本当に、早く、帰りましょうね」
念を押すように、いちいち区切って言ってきたリュンクスに、ルイーズは怯まない。
「無理強いしてくるなら、いつものように再起不能にしたらどう?」
昔のリュンクスは華奢で薄幸の美少年のような風貌だった。侮って強硬手段に出て来た男性もいたが、リュンクスは全員を立ち直れないほど、叩きのめしていた。
身体的にも、精神的にも、だ。
天使のような顔で猛毒のような言葉を吐き、容赦なく心を折ってくる少年に、誰もが一度は涙したものである。
「そうですね。正当な権利を行使するだけです」
「えぇ。貴方に恥じることがないのなら、堂々としていればいいのよ」
にっこりと笑い合う姉弟の、微妙な言い分のすれ違いに気付く者は残念ながらいない。
そうしている間に、侍従が国王一家の来訪を告げた。
特にうら若い令嬢たちにとっては、将来の夫をみつくろう大切な機会であり、念入りに着飾ってくる。今日は国王主催の規模の大きな夜会だからなおさらだ。そのうえ有望な王子たちも参加するとあって、令嬢たちの熱の入りかたは尋常ならざるほどだった。
長い髪を念入りに結い、豪奢な飾りや宝石を身に着け、上質なドレスに身を包む。
美しい令嬢を貴族の子息たちが放っておくはずもなく、会場ではあちこちで男女の駆け引きが起こり、いっそう華やかだ。
会場にいる可憐な乙女らを、男たちに負けないくらいの熱い視線で、うっとりと見つめる人がいる。
名門ロワ伯爵家の令嬢ルイーズだ。
「私は遠路はるばる、王都に来たかいがあったわ!」
「それは何よりです、姉上」
なぜ感激しているのかリュンクスは重々承知であるが、優美な笑みを浮かべているに留める。
数時間前、ルイーズは一部の家人たちの頭をすでに真っ白にさせてきたが、リュンクスだけはそのときと変わらない。
公式の場とあって、ルイーズもリュンクスも礼服を身にまとっていた。黒を基調とした落ち着いた色合いで、華美な装飾など一切なくても、二人は美貌だけで際立っている。
リュンクスは社交の場に出るのは初めてだったが、あと半年もすれば名門を継ぐ将来有望な若者だから、ずっと令嬢たちの視線を集めていた。ただ、彼は常に姉の傍らにいたし、高位貴族の者であるため、たやすく声をかけられない。
そして、彼の傍らにいる麗人は、さらに令嬢たちを怯ませた。一瞬兄弟かとさえ錯覚する者がいたのも、無理はない。ルイーズは夜会においてもドレスなど身につけず、いつも通りの男装でやってきていたからだ。
親族や古参の使用人たちが蒼白になって『もっと嫁の貰い手がなくなる』と必死で諫めたが、ルイーズは『それでけっこう』と一蹴してしまった。若い女使用人たちは『お嬢様はこれでよいのです!』と力強く後押ししている。
実際のところ、ルイーズもよく目立った。
見目麗しい弟と一緒にいるうえ、二人ともかなりの長身であったからだ。美男子だと見惚れていた令嬢たちが、よくよく見て女性だと気付き目を丸くするのが、もう何度も起こっている。
出会いの場でもある夜会でわざわざ男装をしている時点で困惑され、ロワ伯爵家の者であるから迂闊に子細も聞けない。結果として人目を引いているにも関わらず、遠巻きにされているのだ。
中には眉をひそめ、明らかな侮蔑の視線を向ける者もいたが、ルイーズはまったく気にしていない。
女性がドレスを着なければいけないという法律はない、と開き直っているからだ。
彼女は心置きなく夜会を楽しんでいた。
「あぁあ……みんな、なんて可愛いんだろう!」
ルイーズの目は着飾った令嬢たちに釘付けである。会場にルイーズよりも長身の娘はいなかったから、全員が小柄認定だ。
「姉上に勝る女性はいませんよ」
にっこりと微笑むリュンクスに、ルイーズは真顔で頷いた。
「それはそうよ」
「でしょう?」
「私みたいな大女はまずいないもの。むしろいたら、幅を取って邪魔よ」
「では、私も邪魔ですね。陛下と殿下方に挨拶が済みましたら、早く退出しましょうか」
「貴方はいいのよ。何人か貴方と話がしたそうな女の子を見かけたわ。さっさと帰ってしまったら、もったいないじゃない」
「視線がうるさいんですよ」
優しげな笑みを浮かべ、声も大きくはない。遠巻きにしている令嬢たちは見惚れた顔をしながら、何を話されているのかしらと頬を染めている。ただ、リュンクスの声は低く冷たいものだ。
リュンクスが苛立ちを滲ませていることが、ルイーズには分かる。弟が会場に来てから、刻一刻と不機嫌になっているのは間違いなさそうだ。
「あのね。女の子には優しくと、いつも言って――」
「私が言っているのは、男の不躾な目です」
ルイーズが周囲を見回すと、慌てて視線を逸らす若い男たちが何人もいた。
彼らの頬が薄っすら染まっているのを見て、まず対象は自分ではないと判断する。こんな男装した奇異な大女に、懸想するはずがないからだ。
だから、ルイーズはそんな彼らを白い目で見ている弟を見つめ、
「貴方、昔から男の人にも求愛されていたものね……可愛すぎるのも罪だわ!」
と同情した。
「…………。姉上、本当に、早く、帰りましょうね」
念を押すように、いちいち区切って言ってきたリュンクスに、ルイーズは怯まない。
「無理強いしてくるなら、いつものように再起不能にしたらどう?」
昔のリュンクスは華奢で薄幸の美少年のような風貌だった。侮って強硬手段に出て来た男性もいたが、リュンクスは全員を立ち直れないほど、叩きのめしていた。
身体的にも、精神的にも、だ。
天使のような顔で猛毒のような言葉を吐き、容赦なく心を折ってくる少年に、誰もが一度は涙したものである。
「そうですね。正当な権利を行使するだけです」
「えぇ。貴方に恥じることがないのなら、堂々としていればいいのよ」
にっこりと笑い合う姉弟の、微妙な言い分のすれ違いに気付く者は残念ながらいない。
そうしている間に、侍従が国王一家の来訪を告げた。
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